魔法使いの同居人

たむら

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誘拐少女と探偵

8話

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 紅坂さんは車を発進すると、ようやく話してくれた。

 鍵の偽造や諸々の情報については、情報屋と呼ばれる紅坂さんの義兄弟から仕入れたのだという。昨日のうちにゼンマイから得た記憶を情報屋へと伝え、マンションの特定から合鍵の作成まで行ってくれたのだそうだ。驚きの速さだ。

 これから向かうマンションについても、簡単な情報は調べてくれていたらしい。住んでいるのは父と子の二人家族で、二人ともここ最近姿を見かけないという。

 家の中に引きこもっているのかといえばそうでもないようで、夜になっても明かりは点かないらしい。父親に借金があったことから、近所では夜逃げしたのではという噂が流れているとのことだった。

 しばらくしてたどり着いたのは十階建てのマンションだった。

 外装はきれいではないが、かといって汚くもない。築年数は二十数年といったところだろう。ただ、周りに並ぶマンションはどれも大きく、最近建てられたもののようだ。そんな新築物件に囲まれているせいか、相対的に貧相な印象を受ける。

 紅坂さんは住民用の駐車場に堂々と車を止めると、迷いなくマンションの中へ足を進める。ここの住人だと言わんばかりの態度であった。僕は彼女の後ろを恐る恐るついて行く。

 エントランスの先にはエレベーターがあり、中に乗り込む。僕が入るのを確認すると紅坂さんは七階のボタンを押した。扉が閉まりエレベーターが上へ動き出す。すると、それまで黙っていた紅坂さんが口を開いた。

「郵便受けを見た?」
「見てませんけど」
「真雪くんも探偵の助手なんだから、常に周囲に注意を払わなきゃ。まあ、お説教は時間があるときにするとして、エントランスにあった七〇三号室の郵便受けね、郵便物が外まで溢れ返ってたの。やっぱり住人は戻っていないみたいだね」
「ということは、このまま突入するということですか?」
「もちろん」

 エレベーターが目的の階に着くと、電子音とともにドアが開いた。住人に見知らぬ人間がマンション内にいることを見とがめられるのではないかという不安があったが、あいにく降りた階に人影はなかった。

 廊下を進み、手前から三つ目の七〇三号室というプレートが付いた扉の前で立ち止まる。紅坂さんは二度インターホンを押し、室内からの反応がないことを確認すると、例の偽造した鍵を取り出し、迷いなく鍵穴へ差し込んだ。カチャリと錠の下りる音がするのを僕は固唾をのんで見守っていた。

 紅坂さんと目が合う。「行くよ」と視線で訴えてくる彼女に無言で頷くと、僕らは室内へ足を踏み入れた。

 午前中にも関わらず、室内は薄暗かった。玄関から伸びる廊下には左右と正面に三つの扉があり、そのうち正面の扉だけ半分ほど開いている。紅坂さんは靴を脱ぐと、正面の扉へと向かう。僕も彼女に後に続いて歩き出したとき、突然身体が強張った。自分の意思に反して身体が動くことを拒む。

 紅坂さんが振り返り、身動きできずにいる僕に「どうしたの?」と問いかけてくる。自分でも理由がわからず何も言えずにいると、開け放たれた扉の向こうから物音がした。僕と紅坂さんは反射的に音がした方向を見る。緊張が場を支配し、心臓が早鐘を打つ。

 隣に住む人が出した音であれば問題ない。だがもしも音の出所が室内だとしたら、この部屋には誰か人がいるということになる。

 生唾を飲み込むのさえ躊躇われる静寂の中、紅坂さんは足音を忍ばせて中へ進んでいく。ここで立ち尽くしているわけにもいかず、僕も細心の注意を払い歩を進める。いつのまにか身体は動くようになっていた。

 扉の先はダイニングとリビングが一対の部屋になっていた。ダイニングテーブルの上には、醤油などの調味料が並べられており、椅子が二つ置かれている。その奥のリビングにはこたつ机とテレビがある。置かれている家具などは総じて古いもののようだが、片付けが行き届いているため小綺麗な印象を受ける。

 紅坂さんはテーブルの下やテレビデッキと壁の隙間などを素早く確認していた。誰か隠れていないかを確認したのだろう。

 しかし人影は見つからず、僕たちの目線は一つの扉に集まった。先ほど僕たちが入ってきたもの以外に、この部屋にはもう一つ横にスライドさせるタイプの扉があった。もし誰かがいるとすれば、可能性はここ以外にない。紅坂さんは躊躇することなく扉を開けた。

「あれー?」

 紅坂さんが間の抜けた声をあげたまま部屋の前で立ち止まる。
 たまらず紅坂さんの肩越しに部屋を覗き込んだ僕は絶句した。

 そこには細い腕に手錠を掛けられた幼い少女がいた。
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