魔法使いの同居人

たむら

文字の大きさ
45 / 52
誘拐少女と探偵

13話

しおりを挟む
 昼過ぎになると男が持ってきた湯を入れた桶とハンドタオルで体を拭いた。以前、月乃ちゃんの汚れや匂いを見かねて男に掛け合ってみたのだが、すんなりと許可が下りたのだ。タイミングは昼が多いが、日中に男が外出している日は夜に行われることもあった。

 しかしシャワーの利用は認められていない。ここでの生活は想像していたよりもずっと快適ではあるが、それでもこの部屋から出ることは絶対に禁じられていた。

 身体を拭くだけでは満足とはいかないが、それでも何もしないよりはずっとよかった。月乃ちゃんの身体もずいぶんきれいになってきている。遊ぶときに伸びた髪の毛を邪魔そうに払う姿をよく見るので、手元にあった輪ゴムで後ろ髪を括りポニーテールにしてあげた。無造作に下げられているときに比べ可愛さが何倍にも膨れ上がったように見える。

 身体を洗い終えると、月乃ちゃんは僕の太ももを枕代わりに昼寝をする。無防備なその様子は僕への信頼の証な気がして、こそばゆい気持ちになる。

 月乃ちゃんが寝ることでやることがなくなった僕は毛布の下から雑誌を取り出す。それは男のいない隙をついて何度か様子を見に来てくれた紅坂さんが、暇だろうからと持ってきてくれたもので、クロスワードがいくつも載っている。

 男は食料を持ってくるときと、身体を洗うための桶とタオルを持ってくるとき以外この部屋には入ってこない。荷物検査もないため、男の留守を狙ってやって来る紅坂さんの差し入れも、布団に隠せるものならばれることはなかった。

 クロスワードパズルを解いていると、自分の記憶の偏りがよくわかった。物の名称などの知識を必要とする問題はある程度わかるのだが、時事ネタがまるでわからない。ひとえに記憶喪失と言っても、自分が失ったのは過去の思い出だけらしい。

 一時間足らずで月乃ちゃんは目を覚ました。起きてすぐに月乃ちゃんは雑誌の表紙に印刷された豚のキャラクターを模写し始めたので、パズルを取り上げられた僕はそれを眺めていた。

 本当は紅坂さんにお願いしてクレヨンでも用意してあげたいところだったが、それはやめた。紅坂さん曰く、人間は手の変化に敏感で、クレヨンが指にでもついていれば、男に感づかれる可能性が大きいとのことだった。

 紅坂さんの存在に気づかれでもしたら大ごとだ。僕がある程度の心の平穏を保っていられるのは、いざとなれば紅坂さんに助けてもらえるという算段があるからこそだ。この生命線を失うリスクだけは避けなければいけなかった。

 日が落ちた夕方過ぎの時間帯、この部屋に向かってくる足音に気づいた僕は月乃ちゃんから鉛筆と紙を取り上げると慌てて布団の中に隠した。

 だいぶ乱暴に奪ってしまったので、月乃ちゃんがぐずり出すのではないかと不安になる。しかし彼女は僕の行動の意図を理解しているかのように平然とした顔でこちらも見つめていた。利口な子供だと感心する。

 ドアが開くと男が姿を現した。手にはコンビニ袋を下げている。夕食の時間になったようだ。渡された袋の中には種類のばらばらなおにぎりや菓子パンが入っていた。

 男は一言もくちにせず、無言で食料を僕に渡し部屋を後にした。僕としても男と会話をするときには、相手の機嫌を損ねないよう神経をすり減らすので有難い。

 食料は月乃ちゃんに先に選ばせるようにしている。しかし、任せると甘いパンしか食べようとしないため、他のものも食べるよう、僕が最終チェックを行うのが決まりとなっていた。

 彼女には甘いものを最後に食べるという習慣がないみたいで、菓子パンとおかかのおにぎりを交互に食べ出す。見ているこちらが気持ち悪くなる組み合わせだが、本人は幸せそうなので、止める気にはなれなかった。

 監禁されることになったとき、僕が最も恐れていたのは食料問題だ。初めてこの部屋にやってきたときは、おかしの袋ばかりがあちこちに散らばっていたため、まともな食事にはありつけないと覚悟していた。

 しかしそれは杞憂だったようで、今のところ十分な食料をもらえている。不満点を挙げるとすればコンビニ食ばかりということくらいだが、立場を考えればこの程度我慢の内にも入らなかった。

 男は僕たちに夕食を渡した後、どこかへ出かける。これは僕が監禁されてから毎日決まっての行動で、およそ二時間ほど経つと帰ってくる。家で食事を取っている様子がないので、外食に出ていることは予想できたが、それにしては少々時間が掛かり過ぎではという疑念があった。

 男が出ていく理由は行動を観察する中で何となく予想がついた。男の生活サイクルの中には入浴時間が無かった。おそらく外出時に食事だけでなく銭湯に寄っているのではないかと僕は考えた。それなら食事にしては長い外出時間にも説明がつく。

 脳内での紅坂さんへの報告を終え、部屋の中を見回す。月乃ちゃんの瞬きの回数が多い。あと一時間もすれば眠りにつくことだろう。

 月乃ちゃんが寝てしまうと僕に残される娯楽はクロスワードくらいしかないのだけれど、幼い子が眠っている中電気を点けているのも気が引ける。僕も月乃ちゃんに合わせて眠ったほうがよさそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる

グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。 彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。 だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。 容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。 「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」 そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。 これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、 高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。

甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。 平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは── 学園一の美少女・黒瀬葵。 なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。 冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。 最初はただの勘違いだったはずの関係。 けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。 ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、 焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

怪我でサッカーを辞めた天才は、高校で熱狂的なファンから勧誘責めに遭う

もぐのすけ
青春
神童と言われた天才サッカー少年は中学時代、日本クラブユースサッカー選手権、高円宮杯においてクラブを二連覇させる大活躍を見せた。 将来はプロ確実と言われていた彼だったが中学3年のクラブユース選手権の予選において、選手生命が絶たれる程の大怪我を負ってしまう。 サッカーが出来なくなることで激しく落ち込む彼だったが、幼馴染の手助けを得て立ち上がり、高校生活という新しい未来に向かって歩き出す。 そんな中、高校で中学時代の高坂修斗を知る人達がここぞとばかりに部活や生徒会へ勧誘し始める。 サッカーを辞めても一部の人からは依然として評価の高い彼と、人気な彼の姿にヤキモキする幼馴染、それを取り巻く友人達との刺激的な高校生活が始まる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...