魔法使いの同居人

たむら

文字の大きさ
47 / 52
誘拐少女と探偵

15話

しおりを挟む
 夕食の時間になると、まだ心に引っかかるものを感じてはいるものの、いつも通りに過ごせるようになっていた。

 もっとも、監禁されている人間の「いつも通り」は、他人には異常に見えるのだろうけれど。

 今日、男が持ってきたのはコンビニのおにぎりだった。月乃ちゃんが選んだ鮭と昆布のおにぎりの包装を剥がしてあげる。手元に残ったのはイクラ一個と梅二個のおにぎりは僕の分となる。

 月乃ちゃんは梅が苦手みたいで、ここ数日よく梅おにぎりを食べている。僕もすっぱいものが得意なわけではないのだけれど、ここでは文句を言える相手もいなかった。

 月乃ちゃんは食事のときは静かで比較的ゆっくりと食べることが多いのだが、今日はお腹が空いていたのか、がっつくように小さい口におにぎりを押し込めていた。案の定、勢いよく飲み込んだ米粒が変なところに入ってしまったようでむせてしまい、米を口から盛大に吐き出す。

 僕が慌てて水の入ったペットボトルを渡すと、僕以上に慌てていた月乃ちゃんはペットボトルを傾け過ぎて、服やズボンを盛大に濡らした。辺りを見回しても手元に水を吹き取れるものはない。かといって真冬にびしょびしょの服を着ていては風を引いてしまう。自由が利かないこの状況で体調を崩すことは何としても回避する必要があった。

 やむを得ず僕は毛布で拭くことにした。何度も擦ることである程度の水気は取れたみたいだが十分とは言えない。身体を冷やさないため服を脱がし、僕の分も二枚の毛布を被せる。

 ひとまずの手は打ったが、いつまでも裸でいるわけにもいかない。すぐに服を乾かす必要があったが、ただでさえ冬で気温が低いうえに、閉じ込められている僕らには室外で干すことができなかった。

 どうしたものかと考えた末、ドライヤーで乾かすことにした。夕食を僕らに渡した男はいつも通りに部屋を出て行ったようなので、見つかることはない。そして都合のいいことに、手錠を外すための鍵はポケットの中にある。

 僕は手錠を外すと、心配そうにこちらを見る月乃ちゃんにハンドジェスチャーですぐに戻ることを伝えると立ち上がった。念のため音を立てないように扉を開けて、リビングを覗いてみる。電気は付いたままだが男の姿はなかった。

 リビングを横切り、リビングから廊下に出るドアの前に立った。廊下の左側に浴室であろうスペースに繋がる扉があったことを、紅坂さんと忍び込んだときに確認している。足音を殺して廊下に出ると、ゆっくりと進んでいく。男はいないとわかっていても緊張感がある。

 そのときだった。廊下の右側の扉から誰かの声がして、僕の身体は金縛りにあったみたいに硬直する。身動き一つできない状態の中、その声だけが耳に届いてきた。

「こっちは特に問題はない。万事うまく進んでいるぜ」

 男の声だった。外出したものとばかり思っていたが、まだ部屋の中にいたのだ。

 やってしまったという焦燥感に駆られる。極限とも言える監禁生活のはずが、何日も過ごすことでわずかな気の緩みが生まれたのかもしれない。してはいけないミスをしてしまった。

 しかし、いつまでもここで固まっているわけにはいかない。男が部屋から出てきたときにバッティングしてしまう。

 僕は慎重に、そしてゆっくりと身体を反転させ、月乃ちゃんのいる部屋へ戻ろうとした。

「そうか。そっちも順調なんだな。ここでの生活にも終わりが見えてきたようで安心したぜ」

 男は誰かと電話しているようだった。さすがに相手の声は聞こえない。男の声を片耳で聞きながら、忍び足で月乃ちゃんの元へと急ぐ。

「ああ、よろしく頼むぜ。紅坂」

 その言葉を聞いた瞬間、足が止まった。後頭部をハンマーで殴られたような衝撃があった。すぐにここから離れる必要があるのに、身体が前へ進まない。それなのに思考だけははっきりとしている。

 どうして男の口から紅坂さんの名前が出てきたのだろう。

 僕の知る紅坂とは別人だろうか?
 しかし、紅坂なんて珍しい苗字が偶々被るとは思えなかった。

 電話の相手があの紅坂さんだとしたら、何を反しているのだろうか。僕や月乃ちゃんを解放するように男と交渉をしている?

 いや、さすがに無理のある考えだ。そんな回りくどいことをしなくても、この家の合鍵を持つ紅坂さんは、男がいない隙を狙い、いつでも僕と月乃ちゃんを連れ帰ることができる。僕らが監禁されているのは、あくまで月乃ちゃんがそれを嫌がるからで、男に無理やり従わせられているからではない。

 様々な可能性が浮かんでは消えていく。
 そんな中で、僕の脳裏に一つの疑念が生まれる。

 この誘拐自体が、紅坂さんによって仕組まれたものだとしたら?

 何の根拠もない馬鹿げた考えだ。紅坂さんがそんなことする理由がない。僕は疑念を振り払うように首を左右に振った。しかし、頭の内側に張り付いたかのように、その可能性が消せないでいた。

 鉛のように重い身体を引きずって、僕は月乃ちゃんが待つ部屋へと戻った。

 寒そうに震える月乃ちゃんを見て当初の目的を忘れていたことに気が付いたが、今はどうすることもできない。僕は自分の上着を脱いで彼女に着せた。

 ぶかぶかの服を着た月乃ちゃんが僕に何かを伝えようとしていたが、相手をしてあげるだけの心の余裕はない。愛想笑いを返すだけで精一杯だった。

 時計を見上げると午後七時を回っている。紅坂さんへの定時報告まで一時間を切っていた。

 今の僕の思考を紅坂さんに読まれるわけにはいかない。言葉なら嘘をつくことはできるけれど、頭の中を覗かれては本心を隠すことはできない。僕は紅坂さんを疑っているのだ。

 月乃ちゃんの手を引き立ち上がると、紅坂さんから指示された定位置から数メートル距離に腰を下ろした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる

グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。 彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。 だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。 容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。 「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」 そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。 これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、 高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。

甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。 平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは── 学園一の美少女・黒瀬葵。 なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。 冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。 最初はただの勘違いだったはずの関係。 けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。 ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、 焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

怪我でサッカーを辞めた天才は、高校で熱狂的なファンから勧誘責めに遭う

もぐのすけ
青春
神童と言われた天才サッカー少年は中学時代、日本クラブユースサッカー選手権、高円宮杯においてクラブを二連覇させる大活躍を見せた。 将来はプロ確実と言われていた彼だったが中学3年のクラブユース選手権の予選において、選手生命が絶たれる程の大怪我を負ってしまう。 サッカーが出来なくなることで激しく落ち込む彼だったが、幼馴染の手助けを得て立ち上がり、高校生活という新しい未来に向かって歩き出す。 そんな中、高校で中学時代の高坂修斗を知る人達がここぞとばかりに部活や生徒会へ勧誘し始める。 サッカーを辞めても一部の人からは依然として評価の高い彼と、人気な彼の姿にヤキモキする幼馴染、それを取り巻く友人達との刺激的な高校生活が始まる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...