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第1話 「誓いとは」
しおりを挟む前世の俺は性格が悪かった。
屑で、馬鹿で、太っていて、不細工で、モテたことがない。
中学ではラノベにカバーをつけなかったタイプだ。
当時、どうして俺があんなことをしていたか覚えていない。
自分でオタクです、と自己紹介しているものなのに。
それが別に悪いこととは言わない。
だけど、それがキッカケでいじめられてしまう可能性もあるのだ。
周囲に合わせないといけない。
それをしなかった俺は当然のように孤立した。
直接的なイジメを受けることもあった。
陰口、悪口、暴力、クラスの最上位者らは、なにかあるたびに底辺を踏みつけにしようとするのだ。
その経験の末。
俺は、いつしか登校しなくなった。
両親には風邪やら熱やら仮病でなんとか誤魔化していたが、それが一週間も続くはずがなかった。
学校に行きたくない。
その一言だけで、俺は人生を踏み外した。
そのキッカケ全てがイジメから始まった。
俺が取るべき行動。
これから先、虐げれないようにしなければならない。
「人の顔に泥を投げつけると、危ないですよ」
顔の汚れを袖で拭きとりながら言う。
案の定、悪ガキたちはそんな注意には言うことを聞いたりはしない。
「知らねーだ」
「本を読んでいるからって頭いいフリすんじゃねーよ」
妬みかよ。
頭なんか良かねーよ、悪いわ。
だからこうやって勉強してんだよ。
それぐらいでイチイチちょっかい出すっなって。
本当に子供はなにを考えているのか分からねぇな。
「それは俺の勝手じゃないですか。
好きなように学び、好きなように知識をつける。そうすれば将来、どんな場面でも辛い思いをせずに済みますよ」
前世の俺が決してしなかったことをベラベラと上から話す。
子供たちは理解していないようだが。
「何言ってるのか分かんねぇよ!」
泥をまた投げつけられる。
父が鍛錬用に使っている木剣が、木のすぐ横に落ちていたので拾い上げ、泥を叩き落とす。
重いが、持ち上げるより重量にまかせて振り下ろしたり振り上げることはできた。
子供の投げる泥のスピードなどたかがしれる。
他の奴らも一斉に泥を投げつけてきたが、同様に木剣で防いでいく。
「おい、あいつ……」
「全然当たんねーぞ!」
「クソが!」
見える、というより無意識に剣をふっていた。
父には「しっかりと相手の動き、肉体を見ろ」と教えられていたが「心の眼」の方法もあるという。
そこは無意識の領域。
直勘に委ねる余裕があって一流らしい。
「お返しですよ!」
バッターのように木剣をスイング。
泥団子はバラバラになったが、投げつけてきた悪ガキどもに当たるのには十分だ。
雨のように降り注いできた泥に全員が目をやられる。
「クソッ! 覚えておけよ!」
敵わないことが分かると即退散。
捨て台詞が小物っぽいが相手は所詮まだ子供。
そんな相手に対して俺は高笑いしていた。
自分の勝利に酔いしれていたのだ。
イジメを撃退したのは人生でこれが初めてなので大目に見てほしい。
————
あれから更に3年後。
俺は7歳になった。
剣の腕は父曰く、初任務を受ける冒険者よりも上だそうだ。
喜ぶべきかどうかは分からないが弱くはないらしい。
「この村にはね、昔からの慣しがあるの」
母が書斎で俺に勉強を教えていた時だ。
何故だか改まったような感じである。
「旅立てる年齢、13歳ぐらいになった子には村長が将来何をしたいのかって問われるの。王国の騎士や最高の魔術師だとか目標の高い夢でもなんでもいいわ。それを答えたら、それが叶うためのおまじないをかけられるの」
儀式みたいなものなのか。
村長を村人たちは賢者のような人だって尊敬していたけど、まさか本当に叶えたりな。
「キュリムが望むのなら冒険者以外だっていいのよ、お父さんも口出ししないって言っていたし村に留まっても……」
「いえ、冒険者になりますよ勿論」
俺もそれを前提にして鍛えてたし。
両親にはいつまでも厄介になるにはいかない。
また引きこもり癖になってしまう。
「無理しなくてもいいのよ?」
「俺が望んだことなので無理はしてないですよ。大きな世界を見てみたい、いろんな人と出会ってみたいんです」
「そ……そうね」
母はどこか悲しそうな表情だった。
なにかマズいことでも言ったのだろうか。
転生したこの世界で、あまり親を泣かせたくはない。
「おいおい、どうかしたか?」
様子を見にきた父が心配そうに書斎に入ってきた。
「キュリムがね、やっぱり冒険者になるって決めてくれたから嬉しくってね……」
「へぇ、お前が自分から冒険者になりたいって口にしたことが無かったから嫌がってたんだと思ったが、さすがは俺の息子だ」
頭をグリグリされる。
悪い気分ではなかったが、痛い。
ふと、思う。
もしも父に冒険者になりたくないって言ったらどうなるのか。
お前が決めたのなら反対はせん、と賛同してくれるのか。
それとも「なんのためにお前を育ててやったと思ったんだ!」と叩かれるのか。
「旅は楽しーぞ。ギルドの依頼をこなせば金も入るし、強さも手に入る、それと可愛いお嫁さんもな!」
息子の前でなにを言っているのやら。
あとで詳しく聞かせてもらうぞダディ。
母は苦笑いしていた。
目は笑っていなかったけど。
「じ、冗談だよ冗談!」
それを察したのか前言撤回する父。
母は怒ると怖い。
以前、父と悪戯で来客者の食事にカラシを盛ったら母は鬼の形相だった。
背後に鬼門が出現していたのを覚えている。
そのせいか一晩中、父と廊下で正座だ。
途中で寝てしまい、朝目を覚ますと抱き合っている状態で恥ずかしかった。
中身はいい歳なんだよ俺は。
————
さらに6年後。
俺は13歳になった。
日常は毎回、同じことの繰り返し。
朝になり朝食を食べてから必ずやることは父との剣の稽古だ。
ウォーミングアップに村を一周したりする。
元気ありふれた子供なのでキツいと思ったのは最初だけだったが、慣れていくと楽しい。
そのあとは剣の稽古だ。
筋肉もついたおかげでロクに触れなかった父の実剣も今は軽々しく振れていた。
朝の鍛錬が終わると、今日だけは村の皆と昼食をとることになる。
祝いなのだ。
今日が儀式当日である。
村長の自宅近くで行われた。
昼から夜になるまで皆で祭り騒ぎだ。
男たちは酒を飲み、女たちは大勢で雑談だ。
俺は主役的立場で、村の皆には13歳になったことを祝われた。
誕生日以上の騒ぎだ。
「俺の息子はなぁ!」
泥酔した父が、皆に俺を自慢していた。
アイツは俺を超える最高の剣士になるとか。
整った顔をしているから女との交際は1人では留まらないだろうとか。
他の父親は羨ましそうな顔をしていた。
自分らの子供も、俺のように優秀に育ってくれればと少し悔しそうにしていた。
「久しぶりだねキュー君」
肩をポンと叩かれる。
すぐ背後には、背の低い老人が立っていた。
この村の村長だ。
「こちらこそご無沙汰しております!」
瞬時に頭を下げる。
目上の人には礼儀正しくするのがモットーだ。
「まだ若いのだから、大人のように堅苦しくせんでいいんだぞ。今日はお前が主役だからな」
「主役って、大げさですよ」
照れるでしょうが。
たかだか13歳の少年が誓いを立てるだけじゃないか。
前世の俺の場合は近所のスーパーでショートケーキを買って終わりだったぞ。
「あ、すまん。一人じゃなかったわい」
「へ?」
村長が別の方向に顔を向けた。
そこには黒髪の少女がいた。
赤く鋭い瞳に、黒の長髪。
毛先だけが赤いのが特徴的である。
つまんなそうな表情をして椅子に座っていた。
「あの子も、ですか?」
「そうそう。彼女も今年で13歳でお前さんと同じように今宵、誓いをたてるんじゃ」
「可愛いですね」
率直な感想が口から出てしまう。
強気な女の子ほど素が露わになると可愛いい。
ああいう系は、世間でツンデレと呼ぶ。
いつもはツンツンしているくせに特定の条件がそろうとデレデレしちゃうチョロい娘だ。
「ふん」
視線に気がつき目があった。
そして鼻息を吐かれた。
さらに睨みつかれてから、少女はどこかに行ってしまった。
「昔は素直でいい子だったのにな」
「原因はなんですか?」
「ん、それは、正直に言うと、お前さんの存在が大きいせいでな」
なにを言いだすんだ爺さん。
とツッコミたくなったが、ちゃんとした理由はあるらしい。
「アランソン家には同い年の優秀な子がいる、お前も見習いなさい。と、比べられていたのだ」
なるほど、納得。
てことは俺が優秀すぎるせいなのか。
自分が特別という自覚はない。
前世よりも人一倍努力をしているだけだ。
どちらかというと父と母の遺伝のおかげといっても過言ではない。
「……俺みたいだな」
「ん、なんか言ったかい?」
「いえ、村長。なんでもありませんよ」
親近感なのか。
同族嫌悪なのかは分からないが、あの少女には微かな興味を抱いていた。
祭りは夜まで続き、フィナーレが訪れた。
村人たちに囲まれ、用意されたステージの上に立つ。
右側には先程俺を睨みつけた少女が並んで立っていた。
そして目の前には村長。
これから俺たちは誓いをたてるのだ。
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