無能の勇者の英雄譚 —世界に蔑まれた俺、契約した腹ペコ女神に《星々》を操る魔術を伝授したので成り上がってみせた—

灰色の鼠

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プロローグ

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 俺は勇者と呼ばれる存在に憧れていた。
 世界の脅威を斥け、人々に希望を与える英雄。

 そんな英雄に俺もなりたい、と子供の頃から真剣に夢をみていた。
 誰しもがなれないからこそ特別なんだ。
 大人たちからは何度も馬鹿にされる事があった。


「ネロくんなら、なれるんじゃないかな?」

 草むらの上で『英雄譚』と呼ばれる本を読んでいた時、幼馴染のジュリエットが意外にも賛同してくれた。
 彼女は昔から理解のある友達だ、なんでも真剣に悩んでくれるし聞いてくれる。

「ジュリエットはどうして、そう思うの?」

 だってこれ、と読んでいた本の最後のページをジュリエットは指差した。
 そこには真っ黒な渦を纏った悪魔と、光を剣に纏わせた男の『最後の戦い』が綴られていた。
 千年に渡る、人族と魔族の長き戦乱が終止符を迎えた世界の命運をかけた戦い。
 何度読んでも飽きない、最高の英雄譚。

「この人ってネロくんのお父さんなんでしょ?」

 ページに描かれた英雄の名はエミリオ・ダンタ。
 世界の終末を目論んだ四人の魔王の計画を阻止するため、結成された人族の連合軍。
 連合の中心でもある父親はどう考えても圧倒的不利な戦場を前にしても決して怯まず、大勢の仲間を失ってもなお進み続け、勝利したのだ。

「うん、顔は覚えていないけど自慢の父さんだよ」

 あれから十二年が経過した。
 魔王の支配下にあった魔族の大半は、人族と和平を結んで此処『アズベル大陸』に移住を果たすものが多い。
 いまや人種差別もが撤廃されて平和な状態だ。

 これも、そう、勇者がいたから。
 英雄と呼ばれた父の存在があったからこその平和なんだ。

 だけど、ここには父はいない。
 生まれてすぐ、父は旅に出てしまった。
 いつ帰ってくるか分からないほどの長い旅。

 俺もいつか、この村から出て誉れある勇者に。

「俺も父さんのような英雄になるよ。世界を救済できるような……」

 夢物語を誇らしく語る少年に見えたのか、ジュリエットは嬉しそうに微笑んだ。
 けど異論が突きつけられる。

「つまりネロくんも旅に出ちゃうんでしょ? 反対はしないけど、条件付きだよっ」
「条件?」
「私も連れていくこと。大人になっても私を守るって約束したでしょ。いくら危険だとしても着いていくよ」

 彼女との約束か。
 子供の約束とは、そう永続はしないものである。
 どのようなキッカケで忘れるのか、それすら覚えられないぐらい軽々しい契りだからだ。
 だけど俺は覚えている、忘却するものか。

「うん、置いていったりはしない。どこまでも一緒だ」

 死地に馳せようと、この命に代えて守り抜こう。
 だからこそ誰しもが唄う英雄にならなければならない。
 そんな俺の隣に、いつまでも、ジュリエットが。

 想像しただけで恥ずかしくなった。
 顔が火照て、すぐ傍にいるジュリエットにすら見せられないぐらい赤くなっていた。

 途端、予告もなく勢いよく彼女は立ち上がった。
 背丈が急激に伸びたのではないかと、すぐ隣で驚いてしまう。構わず、後ろで手を組みながらジュリエットははみかみ笑った。
 彼女の笑顔はいつも心の孔を埋めてくれる。

「ねぇ、あのさネロくん……ずっと言えなかった事なんだけど———」


 それを言い切ることは、許されなかった。

 何もかもが壮麗なジュリエットとは相容れない存在が、すぐ彼女の背後から出現した。

 動脈する紺色空が視界を埋め、現れた黒い球体から絶叫に似た喝采が木霊する。
 まるで太陽のような巨躯。
 周囲を青い炎のような陽炎が囲んでいる。

 それがただの球体ではなく、眼球であることを認識する。瞼が開いた瞬間、まるで世の中すべての悲劇が一斉に襲いかかるような圧力に跪いた。

「ジュリエット……?」

 眼前のジュリエットから笑顔が消え失せる。
 背後で確かに存在する物体、灼熱に身体を侵され、その質量に成す術なく彼女は絶叫した。

 眼球の瞳孔はジュリエットを見据えていた。
 目的は彼女である。俺でも誰でもない、彼女だ。

 救おうと手を必死に伸ばしてみせる。
 だが、遙か遠い未知の世界に引き摺り込まれていく彼女にいくら手を伸ばそうと届くことは許されなかった。
 眼球は滑稽な俺の姿を嘲笑った。

 瞳に宿るは全悪。
 万象のあらゆる存在ですら呑み込んでしまう壮観に、俺は苦しみもがくことしかできなかった。

 ジュリエットの胴体が眼球に触れた刹那。
 何もかもが消滅ししていた。

 俺一人だけを残して………



 そこには何もない、なにも起こっていなかった。
 だけどジュリエットの存在は消えていた。
 守ってやると、誓った彼女が消えてしまった。

 膝が震える中、冷たい風が身体に覆い被さった。
 無言のうち、俺は孤独感と喪失感に全身が襲われる。
 だけど俺は守るべき者を差し置いて、抱いてはいけない感情に涙を流してしまう。

 それは、安心感だった。
 自分では無くて良かったという醜いほどまでの安心感だ。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」










 ———長い夢から目を覚ました。
 ベットから起き上がり、未だ感覚のある悪夢に俺は叫んでいた。

 現実なのか。
 ここは現実なのかと、確かめる前に誰かが部屋に入ってきた。
 母親だ、叫び声を聞きつけて駆けつけて来てくれたのだ。

「ネロ! 大丈夫よ! ただの悪夢よ!」

 心配する母に抱かれ、やっとのことで恐怖心が平常心に移ろうのだった。

 そうだ、これは夢だ。
 ジュリエットが行方不明になってから七年が経過している。
 あの日から世界が変わった。

 魔族と人族を統合した『人類』に新たな脅威が到来したのだ。
 前兆もなく発生する『虚無の孔』から、人ならざる形をした化物が出現して人を攫う。
 各国は虚無の孔の化物『魔獣』を斥けるため、日々奮闘をしていた。

 その元凶はいまだ知れず、少なくとも着実に人類は淘汰の未来を辿っているだろう。

 俺ももう十七歳だ。
 リグレル王国の田舎である此処に、選定のため先代の勇者とその一行が訪れるのだった。
 勇者と同様の加護『勇ましき炎』を秘めた者を見つけだす為の儀式が今日行われる。

 そのため村は活気付いていた。
 勇者ではなくても十人もの少年少女は、明日から輩出される。

 俺が勇者の可能性を秘めているかは分からない。
 だけど、行方不明になったジュリエットを取り戻すために虚無の孔に近づかなければならない。



 憧れはいつからか、焦燥に変わっていた。





 ———

 後書き

 エミリオくんの物語から十年後の話が舞台となっております、ネタバレも含まれる内容なのですが気にならないという方にはぜひ読んでいただきたい一品です。
 評価などしていただければ嬉しい限りです。
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