S級パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる〜勇者より先に魔王討伐を目指す〜

灰色の鼠

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第1章 ー愚者編ー

第16話 『大将の代償・前編』

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「ぐがあー……すぴー」

「スー……すー」


 夕暮れの陽で染められた大草原の街道を進む馬車の床の上で、数人の男女が気持ち良さそうに熟睡していた。
 特に貴重品を身につけている金髪のチャラそうな男性が深い眠りに陥っていた。

 男性はこのパーティを纏めている主将リーダーの『トレス・マッカー』だ。
 地位の高い貴族の元で産まれ、冒険者としての才能が全世界でも認められている人物である。
 顔は誰がどう言おうと絶対的なイケメン、さらに剣の腕も同様に誰がどう言おうと絶対的な実力をも誇っていた。

 短期間だけでのステータスの成長速度、権力、財産、全てを兼ね揃える彼はいわゆる『完璧者』だと言われてきた。
 しかし、それは全て幻影でしか過ぎない仮初めの姿である。

「おーい兄ちゃん達。もうそろそろ王都へ到着するぜーってあら寝てらっしゃる。あっそこの起きているお嬢ちゃん、悪いが彼らを起こしてくれないか?」

 草原を駆け抜ける馬車の御者は、申し訳なさそうに目を覚ましていた桃色の髪を持つ女性に声を掛ける。

「……いえ、お構いなく。それより急いでください」

 彼女の返事は冷たかった。
 仕方ないと思いながら、御者は馬車の移動スピードを上げる。

「グーースピー」

「煩いわねぇ、まったくもう」

 憂鬱そうに桃色の髪の少女ジュリエットは、ダラシなく寝ているトレスの顔を細い目で眺めていた。

 普段なら無傷であるのにも関わらず、ネロを追放したと同時にトレスは重傷を負った。
 そのため、トレスの頭には丁寧に包帯が巻かれていた。

 本来ならジュリエットが治癒魔法で治しているところだが、頑なに彼女は頰を膨らませながら断り続けた。
 なので仕方なく、治療能力が皆無も等しい女子陣がトレスの傷を手当てする。
 しかし、あまりにも不器用な為か包帯を巻くのに数時間も費やしてしまった。

(ふん、いい様だわ)

 トレスを嘲笑ってやると同時に突然、ジュリエットの体が床からふわりと浮くように離れる。

 彼女だけではない。
 寝ているメンバーらも同様に、全員が唐突に馬車を襲った衝撃に体を跳ねてしまう。

「!?」

「っっっ!!」

 何が起きたのかが分からずに目を覚まし始めるメンバー達。
 ジュリエットもなにが起きたのかが理解出来ずに、再びトレスの方へと視線を向けた。
 だがそこには、彼の姿はなかった。

 外を見ると、ジュリエットは大きく目を見開いた。
 なんと勇者候補トレスは寝たまま馬車から放り出されてしまったのだ。

 宙をふわりと華麗に浮いて馬車の外へと退出していったトレスを目撃したジュリエットは、あんぐりと口を大きく開けた。
 手を伸ばせばキャッチ出来たのかもしれなかったが、ジュリエットはあえて手を差し伸べずにその光景をボーッと見つめる。

 ドサリ!! 顔から草原の地面に着地するトレス。
 地面に突き刺さった頭が支えるかのように、胴体から下は空に向かって伸びたままだった。

「う、うっ、うぎゃあああああああああああ!!!!

 流石に目を覚ましたトレスは目を見開いて大声で叫んだ。首の骨が折れてしまったのだろうか。
 いや、勇者候補なのでその程度で折れる訳ないと期待ハズレしたかのような表情をみせるジュリエット。
 どうやらスピードを出しすぎたせいで馬車の車輪が外れてしまったらしい。

「はぁ」

 ジュリエットは小さなため息をこぼす。
 止まる馬車に体を揺らしながら空を虚ろな目で見上げる。
 もうそろそろ夜を迎える空には、光を放つ星々が幾つも広がっていた。

 今のジュリエットの頭の中では、追放されてしまったネロの事でいっぱいだった。




 ※※※※※※




 王都に辿り着いた『漆黒の翼』パーティ。
 泣き喚くトレスを運びながらギルドの治療所へとさっそく向かったのだ。

 道中、トレスは僧侶としての役割を担うジュリエットに治療してくれと頼んだが、ジュリエットは冷たい声で「悪いけど疲れたわ、……それに魔力はクエストの為に温存しなきゃいけないの」と適当に言いくるめた。
 他のパーティメンバーはジュリエットを疑ったが、馬鹿なのかトレスは納得したように「そうか……仕方ないね」と痛々しそうに言って気絶したのだった。

 治療所の医療班に見せたところ命に関わるほどの怪我ではないと断定され、トレスの首にギブスがはめられた。




 ※※※※※※

  


 夜。
 王都の中央区には冒険者専用の宿屋があった。
 今回はそこでチェックインしてすぐ食堂へ行き、空いたお腹を満たすために食事を摂取する。

 トレスはと言うとギブスのせいでまともに料理が食べられず仕方なくカレンに「あーん」されていた。
 子供のようで、ジュリエットはますます呆れた様子をみせる。

 メニューはポテトサラダ、ホワイトシチュー、黒パン、アップルパイ、ハムメロンの豪華な料理である。
 特にメロンは入手が中々困難で、貴族でしかほとんど食べられない果物だ。
『魅惑のエメラルド』と呼ぶ、非常に痛い奴らもいる。

 けどやっぱり、ジュリエットはネロの事を思い出してしまい、スプーンとフォークが止まってしまった。咀嚼した食べ物も、震えた喉を通らない。

 不安なのだ。こうやって自分たちが豪勢で豪華な食事を取っている間、彼がどうしているのかが気になってしまう。
  ちゃんと新しい仲間は見つけられているのかな?
  それとも冒険者を引退してしまったのか?
 温かくてしっかりした食事を食べられているのか? 

 まるで戦場へとむかって行ってしまった夫を、心から心配してしまうようなジュリエットであった。
 悲しそうに俯き、溢れる涙を拭う。

「おや、どうしたんだいジュリエット!   元気がないじゃないか?」

 元凶である男、トレスの声がジュリエットの心に棘を刺した。
 彼女は俯いた顔を上げ、スプーンを置いてから冷たい眼差しでトレスの方を見つめながら言った。

「……ん、なにか?」

 食べているんだけど? という言い訳は出来ない。スプーンが止まっていたからだ。
 仕方なくシカトをせずにジュリエットは答える。

 心なしか、トレスの頰が赤く染まっていて表情が和んでいた。

「ごほん……折り入って頼むのだが、このままでは食べらないんだ、このギプスのせいでね。なので……代わりに食べさせてくれまいーー」

「カレンが食べさせていたじゃない? どうして私が?」

 チラッとカレンの方を見ると、彼女は物凄い殺気を放ってジュリエットを睨みつけてハンカチを齧っていた。
 ジュリエットは顔を強張らせる。
 憎悪しか湧かないトレスに唇を歪ませていた。
 彼の頭をわざとっぽく掻いて照れている仕草、ジュリエットにとって気持ち悪いものだった。

「…………いや、それがね、彼女の食事を運ぶ手が不器用でね……はは」

(うわーサイテー)

 トレスの隣に座っていたカレンが口を半開きにさせて驚いていた。
 サクマはと言うと、面倒そうに顔に手を当てて黙っている。

「だから俺に免じて頼む!」

 両手を合わせて頼み込むトレス。
 手動くなら自分で食べろよな、と呆れたジュリエットは周囲を見渡した。

 ハエが飛んでいる、自分たちの席を迂回するかのようにブーンブーンと鬱陶しく。
 メンバーらも気がつきハエに目をやったが、すでにその時は手遅れだった。

 ハエは直行でトレスのシチューへと落ちてしまったのだ。
 驚いてしまい首を捻ってしまうトレス。

 器を覗き込むと、そこにはシチューの温度で息絶えたハエが浮いていた。

 これじゃ、到底食べられないだろう。
 ジュリエットはトレスの食事に手を貸してやらなくてもいいのだと、彼女は安堵した。

「あっ……あ、ああ」

 悲しそうに顔を青ざめるトレスを微かに嘲笑いジュリエットは椅子から立った。

「もうお腹いっぱい、部屋に戻るわ」

「ちょっ、ちょっと待ちたまえジュリエットよ!」

 呼びにかけるトレスを無視してジュリエットはそのまま自分の部屋に向かうため食堂から退出したのであった。




 ※※※※※※




 部屋に着いたジュリエットは戦闘用の装備を外して、ゴムで桃色の髪を纏めてポニーテールにした。

 そして服を全て脱いで、荷物からパジャマを取り出して着替えてベットに背中から飛び込んだ。
 ベットの軽いクッションが彼女の体を小さく弾いて、白いシーツから微かな波紋がジュリエットを中心に広がった。

 ベットのすぐ横には壁があり、窓が設置されている。
 ちょうど王都の街を見渡せるほどの高さで、丁度癒されたいところであったジュリエットは窓を開けた。

 瞬間、窓の向こうから気持ちのいい夜風が部屋に流れ込んでくる。風はすぐそばのカーテンをも大きく靡かせていた。

「………」

 夜の街はまるでイルミネーションのような絶景が広がっていた。
 自分だけ眺めるなんて勿体無いものだと思う程、とても綺麗な光景だ。

 なのにジュリエットの心に溜まってしまった靄は、簡単に晴れることなんてなかった。

 やっぱり、何かが物足りない。


「ーーー ネロ君」

 どうせならこの部屋で、この窓で、この風を感じながら……友人のネロと一緒に眺めていたかった。

 遥か、遠い場所に居るであろう彼に目掛けて、ジュリエットは夜空に手を伸ばしてみせた。
 届いているかは分からない。けどなにもせずにはいられない。
 ジュリエットの伸ばした手の人差し指には、ルビーのはめられた金色の指輪がはめられていた。

 ジュリエットにとって苦くて甘い思い出が、この指輪に刻まれた2つの名前により物語っている。

「ーーーー 『       』」

 ジュリエットは夜空に伸ばした手を見つめながら、小さくなにかを呟いて大きく手のひらを広げてみせた。

 すると直後。

「ジュリエット、ちょっといいかい?」

 うっとりと夜空に向けた指輪を眺めていると、ジュリエットの安らぎを邪魔するかように誰かが、部屋の扉を叩いて彼女の名前を呼んだ。

 こんな夜に誰なの? と鬱な表情で窓を閉めて扉へとさっそうと向かった。


「…………っ」


 扉を開けるとそこにはギブスをガッシリとはめている仁王立ちの男が腕を組みながら、ジュリエットを廊下から嫌らしい目線で見下ろしていた。

「やあジュリエット。ちょっと部屋に上がってもいいかい?  用があるんだい」

 ジュリエットの最も嫌う人物、勇者候補のトレスだった。
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