My First Magic

五十鈴 葉

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0章 歪んだバイト

0-1 生き神

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 今は昔、生物は魔力のあるモノとないモノ、知性のあるモノとないモノで区別され、その生活もそれぞれで区別された。
 そうなると、必然的に知性も魔力もどちらも持ち合わせている生物の方が食物連鎖の頂点に立つこととなる。しかし、それを許さなかったのは知性はあるが魔力のないモノたちである。
 
「──ここでの知性はあるが魔力のないモノとは、"人間"をさす。そして、知性も魔力も持ち合わせているモノは魔物と呼ばれている。近年では、差別用語として批判されることもあるため、魔人と呼ぶこともあるな。
 また、知性も魔力も持たないモノもいるわけだが、それは動物。次に知性はないが魔力はあるモノを魔獣と呼ぶ。この場合の知性とは、文化的発展を遂げてきたか、特定の言語で高度な会話ができるか、などの基準がある」
 
 昼下がりの穏やかな空気が流れる教室の中。チラホラと見受けられる船を漕ぐ生徒たちを無視して、教師は授業を続けた。
 
「知性があるってことはそれなりの争いも起こるってことだ。人間は魔物……この時代はお世辞にも魔人とは言えないから魔物って呼ぶぞ。
 人間は魔力を持つ魔物や魔獣に対抗するために、文明を築いてきた。衣食住はもちろん、武器や言語、戦術なんかだな。それらを発展できた要因の一つはなんだと思う? 出席番号8番」
「え……あ、はい……えっと…………手とかを器用に使えた、から?」
「かっこよく言うなら、身体の進化だな。まぁ、大体正解だ。かつての魔物は、現在の魔獣と同じく四足歩行やスライムなどの液体状のモノもいた。それじゃあ、物なんて到底使えないだろ?
 この教室にも、本来の姿に戻れば生活が困難になる者がいるはずだ。初めは食物連鎖の頂点にいた魔物は、この時期から人間に狩られるようになった。それをよしとしなかったのは、かつての魔王だな」
 
 そう言って教師は黒板に文字を書いた。文明が築かれてしばらく経った頃、人間と魔物は大きく衝突した。それは、未来を大きく変えるターニングポイントである。
 
「この時、多くの犠牲を出したが結局決着が着く前に人間と魔物は共生することに決めた。この理由に、互いが互いの言い分を考慮して争う必要はないと判断されたからという一説がある。
 この頃になると、人間の言葉を魔物が理解するようになってたからな。そして、魔物は人間の文化や生活に加わった。そうして、現在のように人の姿に化けるようになったって訳だ。
 人間の姿を借りる代わりに、魔物は人間に魔力を提供することでさらなる発展へと協力することを約束した。これをなんと言うか。後ろのやつ」
「はい、人魔共生平和条約です」
「正解。ここは必ず出るからチェックしておくように」
 
 教師のかけ声と共に、生徒たちはそれぞれ言われたことをメモした。しかし、その中にも一切動く気のない生徒達もいる。完全に夢の世界へ入っているか、目は開いてるが何も聞いていないか、聞こえていても動くほどのやる気がないか。
 窓際の後ろから2番目の席に座っている1人の生徒は、頬杖をついて外を眺めていた。校庭には、体育の授業をしている後輩。空は眩しいくらいの快晴で、真っ白な雲が輝いて見える。そんな雲の隙間にチラリと見えた虹色の鱗。
 
(……あれって)
 
 キーンコーンカーンコーン──────────
 
 思わず頬に触れていた手を下げて首を伸ばす。瞬きをして、次に目を開いた時にはそこはただの空になっていた。揺れる耳飾りが止まりかけた頃、生徒の声が響く。
 
「きりーつ」
 
 周りが立ち上がると、反射で自分も立ち上がる。しかし、未だに視線は窓の外だった。「ありがとうございました」と挨拶はするが、どこか他人事だ。
 
「……どうした? 何か面白いもんでもあったか?」
「うわっ、びっくりした」
「うわとはなんだ、うわとは。授業中も外ばかり見てるし、俺の授業はそんなに退屈か?」
「……いえ、そこの寝ている人たちよりは退屈だとは思っていません」
 
 始まりから終わりまで、一瞬たりとも前を向かなかった生徒に対して教師は注意をしに来たようだ。それを察した生徒は机に突っ伏している友人達を指さして少し皮肉交じりの言葉を返した。
 
「お前なぁ……たとえ分かりきったことを言っているとしても、聞くフリくらいはしろよ。そうじゃないと先生モチベ下がるんだから」
「分かりました」
 
 教師のモチベーションなど、生徒の知ったこっちゃない。だが、教師だって生き物だ。互いに生きやすい、心地よい世の中を作るにはいつだって配慮が必要なのかもしれない。
 では、ここで1つ。教師のモチベーション維持に協力してやろうと生徒は思い立った。
 
「じゃあ先生、1つ質問いいですか」
「おぉ、なんだ?」
「……龍って、本当に神様なんですか?」
 
 授業に関する質問をすると思っていたのだろう。教師は少し黙ったあとにそれでも真っ直ぐに瞳を見てくる生徒に対して机の上にあった教科書をパラパラとめくって見せた。
 
「少し難しい質問だな。答えるとするなら、"どちらとも言えない"だと、俺は思う」
「それって、○×問題で△って答えるようなものですよね」
「あぁ、そうだ。まずお前は、龍とは何かを知っているか?」
「魔物……ですか? 龍は知性を持たない個体はいないって聞いたことあります」
「正解だ。龍は生まれながらにして高い知性を持つ。初めて人間と言葉を交わしたのも龍だと言われているくらいだしな。それと同時に、魔力も普通の魔物と比べ物にならないくらい高い。じゃあ次に、神とはなんだと思う?」
「……なんか、こう……すごい存在? あ、願いを叶えてくれる!」
「……まぁ、神頼みって言葉があるくらいだしな」
 
 目の前に開かれた教科書には、龍についてのことが書かれている。龍は、その恐るべき強さから人間からも魔物からも一目置かれていた。いや、今もそうだろう。
 そんな強さから、神と呼ばれているのか……生徒はそう考えたが、教師の答えから考えるにそこまで簡単な話ではなさそうだ。
 
「神ってのはな、一言で言えば"信仰対象"だ。つまり、その地域や人の考え方によって龍の在り方は変わる。宗教とかと同じようにな。お前、龍族の知り合いいるか?」
「いたらその子に聞いてます」
「だよな、俺の通ってた学校に1人龍族がいたんだ。ソイツが言うには、日本では龍族も他の魔物と同じように生活するが、他の国ではまるで天皇のように龍族を扱うとこもあるらしい」
「あ、それ聞いたことあります。人型になるのも許されていない国があるんですよね」
「あぁ、龍はその姿形が神聖とされているから人型になると穢れるとかなんとか。じゃあ俺らはどうなるんだよって話だよな」
「別にいいんじゃないですか? 穢れてても」
 
 キョトンとした顔でそう言った生徒は、筆箱のチャックを開け閉めして遊び始めた。手持ち無沙汰になったらしい。それを見た教師はため息をついて話をまとめる。
 
「まぁ、神ってのは人知を超えた優れた存在とも言われてるし、龍が神ってのはあながち間違いじゃないだろ」
「……ボクは、神様はフィクションであるべきだと思います」
「?」
 
 カチャカチャ鳴らしていたチャックの動きを止めて、生徒は教科書を閉じた。そして、頬杖をついて外を見た。物思いにふけったその顔は、何か特別な感情が隠れているような気がして、教師は目を細める。
 
「昔話は昔話。神話は神話で、不確かで証拠がないからこそ美しいモノとして受け継がれてるだけじゃないですか。それで、本当はこうですとか、事実は違いますとか言われる方が迷惑です」
「……そうかもな。知らない方がいい事だってあるのも事実だ。少なくとも、俺の知ってる龍は尊い存在からはほど遠かったからな」
 
 世間に出回っている話なんて、多かれ少なかれ修正が入って綺麗になるように面白くなるように出来ている。だからこそ、人の目を引きつけ世界に広がるのだ。
 
「…………で、いいのか?」
「?」
「お前、次移動教室だろ。完全に置いていかれてるぞ」
 
 気がつけば、教室はすっかり静かになり、生徒と教師2人きりになっていた。すると、ちょうどよくチャイムが鳴る。
 それを聞いた生徒は、教師に向かってとてもいい笑顔を作った。教師もその顔を見て、笑顔を返した。
 
「大丈夫ですよ、サボるので」
「そうか…………って、言うとでも思ったか!!」
 
 瞬間、教師は生徒を逃がさないように首根っこを掴んだ。



 龍とは一体何なのだろう。この日、生徒がそんな何気ない疑問を抱いたのもきっと何かの運命だったのかもしれない。
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