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crossroads
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「なぁ、レナード」
軽やかなレナードがすぐに振り向く。その顔を真っ正面に見つめて笑いかける。
「結婚パーティのピアノ演奏。リクエストはあるかい?」
その瞬間、レナードの周りが凍り付いた。
「……弾いてくれるのか?」
「もちろんだ。ワールドツアーに出発する前……アレンの屋敷に立ち寄ったときに、ちょうどその話を聞いてね」
レナードの父であるアレンは、クラウスにとっても親同然だ。
「マーサのサロンで演奏を頼まれて行ったんだ。そのときに、やっと家長を押し付けられるとアレンがうれしそうに教えてくれたよ」
レナードが静かに話を聞いているのが妙におかしかった。いつもなら、自分より優先して会いに行ったことを拗ねるだろうに。そこには、クラウスに対する後ろめたさのようなものが見え隠れしているように思えた。
「早く準備を始めないと、レナードに恥をかかせてしまうといけないだろう?」
ぶっつけ本番で舞台に立ったとしても、そんな無様は晒さない。だけど、今回ばかりは心の準備が必要だった。
「クラウス……俺は……」
珍しく言いよどんだレナードに、穏やかな顔を見せてやる。大丈夫だからと。これは当然のことで、レナードが気に病むことじゃない。クラウスだって、とっくの昔に覚悟をしていたことだ。
「それにしてもシュティフィ嬢もこんなに待たされて気の毒に」
レナードの婚約者をあげて、親友の不義理をなじった。レナードが20歳そこそこで婚約をしてやっと今だ。年下のシュティフィ嬢も20代を終えようとしている。散々せっつかれていただろうと、想像に難くない。家を通じて抗議することもできただろうに、シュティフィ嬢は、まだ未熟だからと言い訳をするレナードを静かに待ち続けたのだ。
この結婚を先に延ばすのはもう限界だと、誰もが焦りを隠せていなかった。
「俺はクラウスを愛してる。それでも?」
レナードの硬い声が響く。酷い男だ。それでも、その言葉がただ愛おしい。
「私もだよ。それでも、これは必然だ」
バックマン家の直系男子はレナードひとりだ。国内屈指の血筋をここで絶やせるはずがない。レナードだって分かっているはずだ。
レナードが苦しげに顔を歪めた。
「……選曲は、クラウスに任せる」
「わかった。最高の演奏を聴かせるよ」
レナードがほんの少し身体を揺らした。きっと、クラウスに近づくことを迷ったのだ。その瞬間、自分たちの関係が変わったように感じた。
兄弟同然に育った仲のいい家族。
そんな関係に押し込められたのだ。
「そうだ。私も18区にアパートを借りたんだ。ディナーのあとはアパートに帰るよ」
そこで、レナードが爆発した。近年ずいぶんと落ち着いたレナードの、かつての短気を思い出す。そう、殴られた瞬間に、もう殴り返しているような。もっとも、レナードに手を出すような級友は存在しなかったが。
「ここは、おまえの家だろう!?」
そう、アレンたちがまだこの家で暮らしていて、レナードとも兄弟のように育った家だ。
「もちろん。私にとっては唯一の故郷だよ」
「だったら……!」
出て行く必要などないはずだ。まくし立てるレナードが落ち着くのを待って口を開いた。
「私の育った家だよ。だけど、これからはシュティフィ嬢の家にもなる。そこに住み続けるほど厚顔ではないつもりだ」
そもそも、どんな顔をして仲睦まじい二人を見ろというのだろうか。たとえ覚悟をしていたとしても、それは想像しただけで息ができなくなってしまう。
「ここはレナード、きみたち家族の家になるんだ」
そして、いつか里帰りするクラウスを笑顔で迎えて欲しい。
レナードはもう反論しなかった。しても無駄だと悟ったのかも知れない。いつだって、クラウスはレナードを言いくるめてしまうのだ。レナードがクラウスに甘いことを知ったうえで――。
「愛してるよ、レナード。幸せになって」
軽やかなレナードがすぐに振り向く。その顔を真っ正面に見つめて笑いかける。
「結婚パーティのピアノ演奏。リクエストはあるかい?」
その瞬間、レナードの周りが凍り付いた。
「……弾いてくれるのか?」
「もちろんだ。ワールドツアーに出発する前……アレンの屋敷に立ち寄ったときに、ちょうどその話を聞いてね」
レナードの父であるアレンは、クラウスにとっても親同然だ。
「マーサのサロンで演奏を頼まれて行ったんだ。そのときに、やっと家長を押し付けられるとアレンがうれしそうに教えてくれたよ」
レナードが静かに話を聞いているのが妙におかしかった。いつもなら、自分より優先して会いに行ったことを拗ねるだろうに。そこには、クラウスに対する後ろめたさのようなものが見え隠れしているように思えた。
「早く準備を始めないと、レナードに恥をかかせてしまうといけないだろう?」
ぶっつけ本番で舞台に立ったとしても、そんな無様は晒さない。だけど、今回ばかりは心の準備が必要だった。
「クラウス……俺は……」
珍しく言いよどんだレナードに、穏やかな顔を見せてやる。大丈夫だからと。これは当然のことで、レナードが気に病むことじゃない。クラウスだって、とっくの昔に覚悟をしていたことだ。
「それにしてもシュティフィ嬢もこんなに待たされて気の毒に」
レナードの婚約者をあげて、親友の不義理をなじった。レナードが20歳そこそこで婚約をしてやっと今だ。年下のシュティフィ嬢も20代を終えようとしている。散々せっつかれていただろうと、想像に難くない。家を通じて抗議することもできただろうに、シュティフィ嬢は、まだ未熟だからと言い訳をするレナードを静かに待ち続けたのだ。
この結婚を先に延ばすのはもう限界だと、誰もが焦りを隠せていなかった。
「俺はクラウスを愛してる。それでも?」
レナードの硬い声が響く。酷い男だ。それでも、その言葉がただ愛おしい。
「私もだよ。それでも、これは必然だ」
バックマン家の直系男子はレナードひとりだ。国内屈指の血筋をここで絶やせるはずがない。レナードだって分かっているはずだ。
レナードが苦しげに顔を歪めた。
「……選曲は、クラウスに任せる」
「わかった。最高の演奏を聴かせるよ」
レナードがほんの少し身体を揺らした。きっと、クラウスに近づくことを迷ったのだ。その瞬間、自分たちの関係が変わったように感じた。
兄弟同然に育った仲のいい家族。
そんな関係に押し込められたのだ。
「そうだ。私も18区にアパートを借りたんだ。ディナーのあとはアパートに帰るよ」
そこで、レナードが爆発した。近年ずいぶんと落ち着いたレナードの、かつての短気を思い出す。そう、殴られた瞬間に、もう殴り返しているような。もっとも、レナードに手を出すような級友は存在しなかったが。
「ここは、おまえの家だろう!?」
そう、アレンたちがまだこの家で暮らしていて、レナードとも兄弟のように育った家だ。
「もちろん。私にとっては唯一の故郷だよ」
「だったら……!」
出て行く必要などないはずだ。まくし立てるレナードが落ち着くのを待って口を開いた。
「私の育った家だよ。だけど、これからはシュティフィ嬢の家にもなる。そこに住み続けるほど厚顔ではないつもりだ」
そもそも、どんな顔をして仲睦まじい二人を見ろというのだろうか。たとえ覚悟をしていたとしても、それは想像しただけで息ができなくなってしまう。
「ここはレナード、きみたち家族の家になるんだ」
そして、いつか里帰りするクラウスを笑顔で迎えて欲しい。
レナードはもう反論しなかった。しても無駄だと悟ったのかも知れない。いつだって、クラウスはレナードを言いくるめてしまうのだ。レナードがクラウスに甘いことを知ったうえで――。
「愛してるよ、レナード。幸せになって」
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