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4月18日 サ終のおしらせ
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学生時代から住んでいる6畳ワンルームのマンションは薄暗く陰気で、立地のわりに家賃が安いこと以外の利点はない。それでも、自宅からほど近い職場に就職してしまったことで、結局ズルズルと住み続けている。
玄関を開けるなり迫った極小キッチンにコンビニの袋を置くと、翼はそのままユニット式のバスルームへと飛び込んだ。明日も通常出勤で、ダラダラ夜更かしすることはできない。やるべきことは済ませ、いつでもベッドに入れるように準備しておく。
勢いよくシャワーを浴び、5分ほどでバスルームを飛び出した。半分濡れたままの身体をフェイスタオルで拭きながら部屋に戻り、ロフトベッドの柵に引っかけていたスウェットに着替える。そのままタオルを首にかけると、買い物袋の中身を冷凍庫へと放り込んでいった。
冷凍チャーハンを電子レンジに入れ、そのあいだに好きでもないのに買ってしまったサラダを半分だけ皿に取る。麦茶をタンブラーに注ぐと、レンジが終了音を立てた。
パソコンの電源を入れ、ロフトベッド下のゲームチェアに座る。
「17時55分。バッチリじゃん」
公式からのお知らせはこれまでの流れからみて、恐らく18時だ。チャーハンをかき込み、顔をしかめながらサラダを麦茶で流し込む。
ゲームを立ち上げ、先日買い換えたばかりの最新型VRヘッドセット、バウティスタpro7を装着した。
真っ暗な画面に「ARK LEGEND」とシンプルなロゴが浮かび上がる。ゲーム制作会社の株式会社ARCが手がけた、今年で30周年を迎えるオンラインRPGだ。ファンタジーの世界で、選ばれし探索者が各地に散らばる「伝説」を収集するというゲームだが、その伝説はプレイヤーたちも作ることができ、つまり永遠にクリアすることがない。いつしか、ゲーム自体に隠された伝説を見つけることがクリアの条件なのだと、まことしやかに噂されるようになっていた。
スタートボタンを押すと、途端に広がった世界の端に、赤い通知マークが点灯する。
『カナタ、おっそーいニャ』
指先の端末を操作して酒場の扉を開けると、そこには猫耳の女の子が口を尖らせている。分厚い布の胴着に腕の武器は武闘家のコスチュームだ。その頭の横には「ミキニャ」とユーザーネームが表示されている。
『これでも最速で帰ったし、メシ食ったし、風呂も入った』
『前言撤回。素晴らしいニャ。ミキニャは今日午後半休取った』
『おふたりさん、気合い入ってるのぉ』
『ウワバミさんもでしょう?』
椅子に座っていた老人が、床に着きそうなほどの長い髭を撫でつつ笑っている。尖った耳はいわゆるエルフの特徴だし、ローブに杖と分かりやすい魔法使いの出で立ちだ。
『老人はヒマじゃからな』
そんな嘘かホントか分からない理由だって、誰も追求しない。
酒場には、たくさんのプレーヤーがめいめいの動きで公式からのお知らせを待っている。フレンド登録をしていないプレーヤーの会話は、相手がオープンにしていなければ聞くことができないため、人口密度に対して会話音はさほどない。
時刻は18時を少し過ぎた。いつもならもうそろそろ発表があるはずだ。
気分を落ち着けようと酒場の奥の部屋に移動して、大きな姿見の前に立った。メニュー画面を開き、たくさんのDLCから今日の衣装を選んでいく。
姿見に映る翼のアバターは、頭の横に「カナタ」と表示されている。そのビジュアルは、耳が隠れる程度の黒髪ストレートヘアに、勝ち気な二重の瞳、アイドルのようなスラリとした体型で、田中翼とは似ても似つかない。裾の長い白基調の衣服は、このゲームの神官職であることを意味し、胸には最高位のレベルを表す金紋章が揺れていた。
ここでの翼は、むさ苦しい陰キャ男性じゃない。堂々と前を向いて伝説を探す探索者だ。
『ユーリ。来れないのかと思ってたニャ』
ホッとしたようなミキニャの声が聞こえた。
『堪忍。これでも定時ダッシュしたんやで』
朗らかな関西弁が聞こえたところでコスチュームメニューを閉じ、酒場のフロアへと戻る。そこには、嘘みたいにバカでかい剣を背負った戦士が、堂々とした体躯で立っていた。顔の横には「ユーリ」とユーザーネームが表示されている。その鎧の胸当てには、カナタと同じ形の紋章が金色に光っていた。
ミキニャとウワバミが座るテーブルにユーリがつくのに合わせて、カナタもまた残りひとつの椅子に座った。ミキニャとウワバミの胸にも同じ金紋章が輝いている。金紋章は、公式の伝説すべてを集め終わった証しだ。
この4人でパーティを組むようになって2年ほど。30年の歴史をもつARC LEGENDでは、カナタたちのようなレベルカンストパーティは珍しい。
『公式からのお知らせって何かニャ?』
パーティメンバーが揃ったところで、改めてミキニャが今日の最も重要な話題を振った。
『タイミング的に、新しいイベントではないかと儂は思ったが』
ここ最近はゲームのアップデートもグッと減っている。わざわざお知らせが出てもおかしくないとウワバミが付け加える。
『俺は……』
ユーリが重ねたところで、ヘッドセットに違和感を覚えた。
『ごめん、ちょっと待って……音声がなんか……バグ?』
いっせいに全員がしゃべり始めた途端、狭い空間に音が反響するような奇妙な感覚になったのだ。
『ちょっとヘッドセット調整するね』
メニューから設定を開いて、新しく繋いだヘッドセットを確認する。
『カナタ、ヘッドセット買い換えたんや?』
『うん。前のやつ、マイクの音量が調整できなくなっちゃって……これ昨日届いたから、使うのはじめてなんだ』
ユーリの問いに答えながら、あれでもない、これでもないと設定のボタンを変更していく。ぐわんぐわんと妙にリアルな音声がまだ続いている。
『どこのにしたのかニャ?』
『バウティスタのVR pro7』
『おおおおおっニャ!』
『奮発したのぉ』
感嘆が浴びせられるのを照れくさく感じつつ、前のは長く使っていたしちょうど臨時収入があったからと言い訳のように付け足した。
『それやったら、マルチエフェクトモードをオフにしてみたらあかん?』
『マルチ……あ、これか』
『それと、自動アップデートをオン』
『うん。できた』
ユーリの提案どおりにボタンを操作すると、しばらくしてやたらリアルだった音声が馴染んだものに戻った。
『戻った! ユーリありがとう。もしかして、ユーリも同じの使ってる?』
『俺のはバウティスタやけどpro5。買い換えようか迷ってちょっと調べとったから。使い勝手よかったら教えてな』
『オッケー。まず慣れるところからだけどね』
そんなやり取りに、カナタはまず説明書を読むべきだとウワバミの真っ当な指摘が入ってくる。新しいアイテムがうれしくて、ついつい先走ってしまうのは仕方ないだろうと、残り3人の異論がきれいに揃った。
『ちょー羨ましいけど、ミキニャに3エーチはさすがにキツいニャ』
『3エーチとはなんじゃ?』
『渋沢栄一3人だから栄一3人で3エーチ』
つまり3万円超えはキツいということだ。暗号を解き明かされたウワバミが感嘆の声をあげている。
わいわい雑談をしているうちに、ふと空気が変わったような気がした。
『出たようじゃ』
ウワバミのつぶやきに、多分全員が一瞬で口を閉じ、通知ボタンを押した。視界の下部にテキストが表示されていく。ミキニャが息を飲んだ音が聞こえた。
玄関を開けるなり迫った極小キッチンにコンビニの袋を置くと、翼はそのままユニット式のバスルームへと飛び込んだ。明日も通常出勤で、ダラダラ夜更かしすることはできない。やるべきことは済ませ、いつでもベッドに入れるように準備しておく。
勢いよくシャワーを浴び、5分ほどでバスルームを飛び出した。半分濡れたままの身体をフェイスタオルで拭きながら部屋に戻り、ロフトベッドの柵に引っかけていたスウェットに着替える。そのままタオルを首にかけると、買い物袋の中身を冷凍庫へと放り込んでいった。
冷凍チャーハンを電子レンジに入れ、そのあいだに好きでもないのに買ってしまったサラダを半分だけ皿に取る。麦茶をタンブラーに注ぐと、レンジが終了音を立てた。
パソコンの電源を入れ、ロフトベッド下のゲームチェアに座る。
「17時55分。バッチリじゃん」
公式からのお知らせはこれまでの流れからみて、恐らく18時だ。チャーハンをかき込み、顔をしかめながらサラダを麦茶で流し込む。
ゲームを立ち上げ、先日買い換えたばかりの最新型VRヘッドセット、バウティスタpro7を装着した。
真っ暗な画面に「ARK LEGEND」とシンプルなロゴが浮かび上がる。ゲーム制作会社の株式会社ARCが手がけた、今年で30周年を迎えるオンラインRPGだ。ファンタジーの世界で、選ばれし探索者が各地に散らばる「伝説」を収集するというゲームだが、その伝説はプレイヤーたちも作ることができ、つまり永遠にクリアすることがない。いつしか、ゲーム自体に隠された伝説を見つけることがクリアの条件なのだと、まことしやかに噂されるようになっていた。
スタートボタンを押すと、途端に広がった世界の端に、赤い通知マークが点灯する。
『カナタ、おっそーいニャ』
指先の端末を操作して酒場の扉を開けると、そこには猫耳の女の子が口を尖らせている。分厚い布の胴着に腕の武器は武闘家のコスチュームだ。その頭の横には「ミキニャ」とユーザーネームが表示されている。
『これでも最速で帰ったし、メシ食ったし、風呂も入った』
『前言撤回。素晴らしいニャ。ミキニャは今日午後半休取った』
『おふたりさん、気合い入ってるのぉ』
『ウワバミさんもでしょう?』
椅子に座っていた老人が、床に着きそうなほどの長い髭を撫でつつ笑っている。尖った耳はいわゆるエルフの特徴だし、ローブに杖と分かりやすい魔法使いの出で立ちだ。
『老人はヒマじゃからな』
そんな嘘かホントか分からない理由だって、誰も追求しない。
酒場には、たくさんのプレーヤーがめいめいの動きで公式からのお知らせを待っている。フレンド登録をしていないプレーヤーの会話は、相手がオープンにしていなければ聞くことができないため、人口密度に対して会話音はさほどない。
時刻は18時を少し過ぎた。いつもならもうそろそろ発表があるはずだ。
気分を落ち着けようと酒場の奥の部屋に移動して、大きな姿見の前に立った。メニュー画面を開き、たくさんのDLCから今日の衣装を選んでいく。
姿見に映る翼のアバターは、頭の横に「カナタ」と表示されている。そのビジュアルは、耳が隠れる程度の黒髪ストレートヘアに、勝ち気な二重の瞳、アイドルのようなスラリとした体型で、田中翼とは似ても似つかない。裾の長い白基調の衣服は、このゲームの神官職であることを意味し、胸には最高位のレベルを表す金紋章が揺れていた。
ここでの翼は、むさ苦しい陰キャ男性じゃない。堂々と前を向いて伝説を探す探索者だ。
『ユーリ。来れないのかと思ってたニャ』
ホッとしたようなミキニャの声が聞こえた。
『堪忍。これでも定時ダッシュしたんやで』
朗らかな関西弁が聞こえたところでコスチュームメニューを閉じ、酒場のフロアへと戻る。そこには、嘘みたいにバカでかい剣を背負った戦士が、堂々とした体躯で立っていた。顔の横には「ユーリ」とユーザーネームが表示されている。その鎧の胸当てには、カナタと同じ形の紋章が金色に光っていた。
ミキニャとウワバミが座るテーブルにユーリがつくのに合わせて、カナタもまた残りひとつの椅子に座った。ミキニャとウワバミの胸にも同じ金紋章が輝いている。金紋章は、公式の伝説すべてを集め終わった証しだ。
この4人でパーティを組むようになって2年ほど。30年の歴史をもつARC LEGENDでは、カナタたちのようなレベルカンストパーティは珍しい。
『公式からのお知らせって何かニャ?』
パーティメンバーが揃ったところで、改めてミキニャが今日の最も重要な話題を振った。
『タイミング的に、新しいイベントではないかと儂は思ったが』
ここ最近はゲームのアップデートもグッと減っている。わざわざお知らせが出てもおかしくないとウワバミが付け加える。
『俺は……』
ユーリが重ねたところで、ヘッドセットに違和感を覚えた。
『ごめん、ちょっと待って……音声がなんか……バグ?』
いっせいに全員がしゃべり始めた途端、狭い空間に音が反響するような奇妙な感覚になったのだ。
『ちょっとヘッドセット調整するね』
メニューから設定を開いて、新しく繋いだヘッドセットを確認する。
『カナタ、ヘッドセット買い換えたんや?』
『うん。前のやつ、マイクの音量が調整できなくなっちゃって……これ昨日届いたから、使うのはじめてなんだ』
ユーリの問いに答えながら、あれでもない、これでもないと設定のボタンを変更していく。ぐわんぐわんと妙にリアルな音声がまだ続いている。
『どこのにしたのかニャ?』
『バウティスタのVR pro7』
『おおおおおっニャ!』
『奮発したのぉ』
感嘆が浴びせられるのを照れくさく感じつつ、前のは長く使っていたしちょうど臨時収入があったからと言い訳のように付け足した。
『それやったら、マルチエフェクトモードをオフにしてみたらあかん?』
『マルチ……あ、これか』
『それと、自動アップデートをオン』
『うん。できた』
ユーリの提案どおりにボタンを操作すると、しばらくしてやたらリアルだった音声が馴染んだものに戻った。
『戻った! ユーリありがとう。もしかして、ユーリも同じの使ってる?』
『俺のはバウティスタやけどpro5。買い換えようか迷ってちょっと調べとったから。使い勝手よかったら教えてな』
『オッケー。まず慣れるところからだけどね』
そんなやり取りに、カナタはまず説明書を読むべきだとウワバミの真っ当な指摘が入ってくる。新しいアイテムがうれしくて、ついつい先走ってしまうのは仕方ないだろうと、残り3人の異論がきれいに揃った。
『ちょー羨ましいけど、ミキニャに3エーチはさすがにキツいニャ』
『3エーチとはなんじゃ?』
『渋沢栄一3人だから栄一3人で3エーチ』
つまり3万円超えはキツいということだ。暗号を解き明かされたウワバミが感嘆の声をあげている。
わいわい雑談をしているうちに、ふと空気が変わったような気がした。
『出たようじゃ』
ウワバミのつぶやきに、多分全員が一瞬で口を閉じ、通知ボタンを押した。視界の下部にテキストが表示されていく。ミキニャが息を飲んだ音が聞こえた。
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