4 / 72
4月18日 サ終のおしらせ
3
しおりを挟む
だれも声を出さない。多分、出せないのだ。カナタがそうであるように。
『ミキニャ、今日はもう落ちるニャ……』
呆然としたミキニャの声と同時に、猫耳のアバターが消えた。気づけば酒場のプレイヤーが減っている。
『儂にも気持ちの整理をする時間が必要じゃ』
ウワバミのアバターが消える。テーブルはカナタとユーリのふたりだけになっていた。
今日はなにをする予定だったっけ? 公開されている伝説はもう集め終わっていて、みんなでプレイヤーたちが作ったおもしろ伝説を探していた。そう、せっかくなら4人で新しい伝説を作ってみようかなんて相談している途中だった。
『終わっちゃうんだ……』
やっと声になった自分の言葉に、息が止まるかと思った。冗談じゃなく、この世界が翼のすべてを占めていたのだ。
『外、行かへん?』
すでに立ち上がったユーリが穏やかに誘ってくれる。酒場を出て街中を進み、震える指先で操作した先は、ハーミット城の中にある泉だ。
『レオマの神殿、行きたいんやけど』
ええかな? 遠慮がちなユーリに呆然としたまま頷いて、泉の中へと足を踏み入れる。まばゆい光に視界が奪われると、次の瞬間にはまったく違う景色が広がっていた。
神殿の門をくぐれば、豊かな水が溢れる噴水が月の光にキラキラと輝いている。公式からのお知らせを知らないのか、数人のプレーヤーが神殿のなかに入っていた。
懐かしいな――。
強ばっていた心がほんの少し動き始める。
『ここでカナタが声かけてくれたん覚えとる?』
もちろん。あれはもう3年も前だ。
『うん。神殿の扉が開けられなくて、ユーリが立ち往生してた』
『だって、神官の祈りが必要やなんて知らんかったもん』
あのころのカナタはひとりで冒険することが多くて、パーティが必要なイベントは単発でメンバーを募ってクリアしていた。交流を継続することが怖くて、ひとりでレベルを上げていく内にタイミングをなくしていたのだ。
『夜中やったし、ログインしてる人もあんまおらんし……そういや、カナタはなんであんな時間にログインしとったん?』
覚えとる?
そんなこと、忘れるはずがない。深夜というにも遅すぎて、明け方に差し掛かる午前4時過ぎだった。
『あのころ、就職したばっかでしんどくて、なんか嫌になっちゃってて……ログアウトしたら朝になって仕事行かなきゃって、逃げてたんだよ』
そんなことしても、逃げられるわけないのに。
『やることもなくて、月夜草でも集めようかなってここに来て……』
そしたら、神殿の入り口でうろうろしているユーリを見つけたのだ。そのアバターに思わず声をかけた。普段だったら無視されるかも知れないと、初見プレイヤーには怖くて声なんかかけられないのに。
だって、アレックスにそっくりだったのだ。嫌で嫌で仕方なかった社会人生活の中での唯一の癒やしが、ときどきコンビニで見かけるアレックスだったから。もちろん、現実世界のアレックスに声をかけるなんて不可能で、だからゲームでならと勇気を出した。
――なにか困ってますか?
迷って、そう話しかけた。
疲れでぼんやりしていた頭が一気に興奮して、心臓がバクバクと脈打っていた。
ゲーム内では、アカウントに身分証明を登録している成人だけが、会話機能を使える。それも、話しかけて相手が許可した場合だけだ。カナタのプロフィールはほとんどが空白で、普通ならあやしいと拒否されてもおかしくなかった。
それでも、藁にも縋る思いだったのか、ユーリはすぐ会話に応じてくれた。
――神殿に入れへん。ジブン神官? 一緒に入ってくれへん?
大剣を背負った金髪碧眼の戦士から聞こえた関西弁がミスマッチで、張り詰めていた緊張が一気に解けたのを覚えている。
――いいよ。祈りの歌の伝説集めに来たの?
――そうやねん。これでメインの伝説コンプリートやから。
そう胸を張ったユーリの胸元には銀紋章があった。一緒になかに入って、出てきたときにはユーリの紋章は金に変わっていた。
――なぁ。一緒に最後の伝説を探さへん?
神殿を出ると、空が白んできていた。ゲーム内の時間は、現実の時間とリンクしている。ログアウトして、仕事に行く準備をしなければいけない時間だ。
――最後の伝説? それってただの噂だろ?
――噂やけど、ホンマかも知れんやん。制作者tsukiが仕込んだ、最後の伝説。あるんやったら見つけたい。
晴れ晴れとしたユーリの誘いに、一も二もなく飛びついた。ネットでは有名な噂だったのだ。
【ARK LEGENDには完全クリアの条件として、制作者tsukiが作った最後の伝説が存在する】
それから、これまで以上に翼の生活の大半がARK LEGENDになった。仕事での憂鬱なんかどうでもよくなって、ユーリと伝説を探すための時間をいかに作るかを考える。効率のいい業務遂行方法を選んでいくうちに、おのずと仕事にも慣れていった。人付き合いができなくても、気にならなくなった。
だって、ゲームの世界に行けばそこにはユーリがいて、一緒に冒険ができるのだ。そのうちにミキニャとウワバミが仲間になって、最後の伝説探しが生活の主軸になっていた。
『ミキニャ、今日はもう落ちるニャ……』
呆然としたミキニャの声と同時に、猫耳のアバターが消えた。気づけば酒場のプレイヤーが減っている。
『儂にも気持ちの整理をする時間が必要じゃ』
ウワバミのアバターが消える。テーブルはカナタとユーリのふたりだけになっていた。
今日はなにをする予定だったっけ? 公開されている伝説はもう集め終わっていて、みんなでプレイヤーたちが作ったおもしろ伝説を探していた。そう、せっかくなら4人で新しい伝説を作ってみようかなんて相談している途中だった。
『終わっちゃうんだ……』
やっと声になった自分の言葉に、息が止まるかと思った。冗談じゃなく、この世界が翼のすべてを占めていたのだ。
『外、行かへん?』
すでに立ち上がったユーリが穏やかに誘ってくれる。酒場を出て街中を進み、震える指先で操作した先は、ハーミット城の中にある泉だ。
『レオマの神殿、行きたいんやけど』
ええかな? 遠慮がちなユーリに呆然としたまま頷いて、泉の中へと足を踏み入れる。まばゆい光に視界が奪われると、次の瞬間にはまったく違う景色が広がっていた。
神殿の門をくぐれば、豊かな水が溢れる噴水が月の光にキラキラと輝いている。公式からのお知らせを知らないのか、数人のプレーヤーが神殿のなかに入っていた。
懐かしいな――。
強ばっていた心がほんの少し動き始める。
『ここでカナタが声かけてくれたん覚えとる?』
もちろん。あれはもう3年も前だ。
『うん。神殿の扉が開けられなくて、ユーリが立ち往生してた』
『だって、神官の祈りが必要やなんて知らんかったもん』
あのころのカナタはひとりで冒険することが多くて、パーティが必要なイベントは単発でメンバーを募ってクリアしていた。交流を継続することが怖くて、ひとりでレベルを上げていく内にタイミングをなくしていたのだ。
『夜中やったし、ログインしてる人もあんまおらんし……そういや、カナタはなんであんな時間にログインしとったん?』
覚えとる?
そんなこと、忘れるはずがない。深夜というにも遅すぎて、明け方に差し掛かる午前4時過ぎだった。
『あのころ、就職したばっかでしんどくて、なんか嫌になっちゃってて……ログアウトしたら朝になって仕事行かなきゃって、逃げてたんだよ』
そんなことしても、逃げられるわけないのに。
『やることもなくて、月夜草でも集めようかなってここに来て……』
そしたら、神殿の入り口でうろうろしているユーリを見つけたのだ。そのアバターに思わず声をかけた。普段だったら無視されるかも知れないと、初見プレイヤーには怖くて声なんかかけられないのに。
だって、アレックスにそっくりだったのだ。嫌で嫌で仕方なかった社会人生活の中での唯一の癒やしが、ときどきコンビニで見かけるアレックスだったから。もちろん、現実世界のアレックスに声をかけるなんて不可能で、だからゲームでならと勇気を出した。
――なにか困ってますか?
迷って、そう話しかけた。
疲れでぼんやりしていた頭が一気に興奮して、心臓がバクバクと脈打っていた。
ゲーム内では、アカウントに身分証明を登録している成人だけが、会話機能を使える。それも、話しかけて相手が許可した場合だけだ。カナタのプロフィールはほとんどが空白で、普通ならあやしいと拒否されてもおかしくなかった。
それでも、藁にも縋る思いだったのか、ユーリはすぐ会話に応じてくれた。
――神殿に入れへん。ジブン神官? 一緒に入ってくれへん?
大剣を背負った金髪碧眼の戦士から聞こえた関西弁がミスマッチで、張り詰めていた緊張が一気に解けたのを覚えている。
――いいよ。祈りの歌の伝説集めに来たの?
――そうやねん。これでメインの伝説コンプリートやから。
そう胸を張ったユーリの胸元には銀紋章があった。一緒になかに入って、出てきたときにはユーリの紋章は金に変わっていた。
――なぁ。一緒に最後の伝説を探さへん?
神殿を出ると、空が白んできていた。ゲーム内の時間は、現実の時間とリンクしている。ログアウトして、仕事に行く準備をしなければいけない時間だ。
――最後の伝説? それってただの噂だろ?
――噂やけど、ホンマかも知れんやん。制作者tsukiが仕込んだ、最後の伝説。あるんやったら見つけたい。
晴れ晴れとしたユーリの誘いに、一も二もなく飛びついた。ネットでは有名な噂だったのだ。
【ARK LEGENDには完全クリアの条件として、制作者tsukiが作った最後の伝説が存在する】
それから、これまで以上に翼の生活の大半がARK LEGENDになった。仕事での憂鬱なんかどうでもよくなって、ユーリと伝説を探すための時間をいかに作るかを考える。効率のいい業務遂行方法を選んでいくうちに、おのずと仕事にも慣れていった。人付き合いができなくても、気にならなくなった。
だって、ゲームの世界に行けばそこにはユーリがいて、一緒に冒険ができるのだ。そのうちにミキニャとウワバミが仲間になって、最後の伝説探しが生活の主軸になっていた。
12
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。
ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。
高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。
そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。
文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。
アルカナの英雄は死神皇子に嫁ぐ
霖
BL
難攻不落と言われたアルカナ砦を攻略し、帝都に名が届くほどの軍功を上げた辺境国王の庶子リセル。しかし英雄として凱旋したリセルを待ち受けていたのは、帝国の第三皇子ジュノビオの不可解な求婚だった。
実直皇子×お人好し美人
※ほかのサイトにも同時に投稿しています。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
本気になった幼なじみがメロすぎます!
文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。
俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。
いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。
「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」
その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。
「忘れないでよ、今日のこと」
「唯くんは俺の隣しかだめだから」
「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」
俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。
俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。
「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」
そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……!
【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる