サ終直前のネトゲで推しに急接近されましたが、現実の自分がクソダサ陰キャのため最後の思い出だけ作って逃げようと思います

二一

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最後の思い出

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「なんか変な感じ」
 あのサ終の日も、こんないい天気だった。そんなことを思い出しながら、翼はロフトベッドから下りた。時計はまだ8時になったばかりで、10時のログインまでは余裕がある。寝起きのままでパソコンを立ち上げると、ユーリからログイン用のURLとIDが届いていた。
 洗濯機を回しているあいだに、買い置きの菓子パンとヨーグルトで朝食を済ませ、顔を洗って服を着替える。今日はゲームをするだけだし出かける用事もない。着替える必要もないのに、あの日のことを思い出してしまったのだ。
 端末は充電器に繋いだままにした。
 これからログインするアーレジェはtsukiが用意してくれたもので、あんな危険なんかない。二度と嫌だと思うくらい怖かったのに、同時に幸せな時間だった。
「戻れなくなるのは嫌だな……」
 ゲームの中の世界は翼の理想そのもので、こんな現実になんか戻りたくなくて――。
 でも今は、信じられないことにクソダサい翼なんかを好きだと言ってくれるユーリがいて、頼ってくれる同僚がいて、食事を約束する友人がいて。
「普通の人っぽいなぁ」
 マンガの中でだって普通の人は異世界になんか飛ばされないし、あたりまえの生活の中で笑いながら生きている。仕事に行って、帰って、週末は誰かと出かけて……そんな主人公じゃないNPCみたいな存在だ。翼はずっと非現実を夢見ていて、こんなあたりまえの生活なんかどうでもよかった。
 洗濯物を干しながら見上げた空は、何の変哲もない青空だ。街並みを見下ろせば、数日前にユーリと歩いた路地が少し見えている。隠れ家みたいな喫茶店があって、その先にもなにかがある。ゲームなら道があれば進むのに、現実じゃ決まった道を逸れることにハードルがある。
 道だけじゃなくて、誰かに話しかけることだって迷ったりする。
「俺のままでもカナタみたいにできるのかな」
 昨日みたいに、あの道を曲がってユーリを迎えに行くとか。
 部屋に戻ると、いつのまにか時計の針は10時のまであと10分だ。代替品として補償されたバウティスタpro5装着し、スリープモードになっていたパソコンを起こす。
 思ったよりも冷静だ。
 ユーリからのURLにアクセスすると、シンプルな画面に「しばらくお待ちください」と進行を表すバーが現れた。
 ぼんやりと眺めているうちに画面が切り替わり、見慣れた、なのに少し懐かしいARK LEGENDのロゴが現れた。
「うわ……」
 BGMが流れ、メニュー画面が表示される。
「どこから始まるんだろ」
 最後にいた場所? レオマの神殿がそれともヨキ島の灯台か。
 目を凝らすと、そこはカナタはNPCで賑わう酒場だった。
『カナタ。久しぶり』
 ヘッドフォンから少し高いユーリの声が聞こえる。振り返ったところで、大剣を背負った戦士が見蕩れるほどの笑顔で立っていた。
『来てくれてよかった』
『うん。ちゃんと来れてよかった』
 ざわざわとしたNPCたちの会話はもう聞こえない。カナタたちが話しかけることもできない。ここはもう終わった世界なのだ。
『ほな、行こうか?』
 ユーリが握り返せない手を差し出す。
『どこ行くの?』
 握れない手を差しだしたところで、ユーリが歩き出した。
 着いていった先は、よくふたりでのんびりしていた塔の上だ。眼下にはハーミット城下の街が広がっている。明るい太陽の下で、ユーリの金色の髪がキラキラと光っていた。
 カナタが大好きだった光景。
 指が勝手にスクリーンショットを撮っている。
『あれ?』
『どうしたん?』
 ユーリが振り返る。
『スクショ撮れなくなってる』
『スクショ? なんで?』
 塔の柵にふたり並んでもたれかかる。風になびく黒髪をそっと手で押さえる仕草をした。
『俺、ずーっとユーリのことスクショしてた。カッコいいときとか、いっつも』
 気持ち悪いくらい。なぜか、すんなりと言葉が出てくる。
 だって、ユーリが好きだった。一目惚れのアレックスそっくりのユーリが、自分に笑いかけてくれるのがうれしくて――。忘れたくなくて何枚もスクリーンショットを撮っていた。
『アレックスそっくりやったから?』
『そう。アレックスは絶対、俺に向かって笑ってくれたりしないから』
『そやけど、アレックスが笑いかけても翼は知らんふりすんねろ?』
『うん。翼はアレックスとしゃべったりできないから』
 田中翼は、自分が安心できる場所から少しだってはみ出せなかった。
『ユーリを通してアレックスを見てたつもりだったのに、いつのまにか逆になってたんだ』
 アレックスじゃなくてユーリが好きだと自覚して、それで――。
『カナタ。あの日の続きしてえぇ?』
 ユーリの声に隣を見上げる。翼のときよりも少し顔の距離が近い。
『ここに来て、サ終が早まること言おうと思っとった』
 それから。
 ユーリの身体が、まっすぐにカナタと向き合う。
『好きやから付き合ってって告白するつもりやった。現実で会って欲しいって、どうしても……』
 ユーリの声が詰まる。
 もし、あの日ここに来ていたら?
 きっと、ユーリの告白にイエスなんて応えられない。
『カナタが好きやねん。俺と付き合ってください』
 あの日のカナタは、翼じゃなくて。
 あの日のユーリは、アレックスじゃなくて。
 今は――。
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