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最後の思い出
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「それじゃ、アーレジェ最後の伝説回収を祝って乾杯ーニャ!」
小洒落た間接照明の店内で、ミキニャの元気な声が乾杯の音頭をとっていた。ミキニャが予約してくれた席は、少し離れた個室で、周りをあまり気にせずに済むところがありがたい。
三木本唯花と自己紹介したミキニャは、スラリとした長身で、ショップ店員らしい洗練された女の子だった。そして、並ぶと翼よりも背が高い……。
まさかのいちばんチビだった現実に、人知れず落ち込みつつ席の隅っこで気配を消してみる。
翼の隣にはニコニコとしているユーリと、向かいにはミキニャの隣で早くもビールの半分を飲んだコマが笑っている。
会費制でメニューまで手配された場は、ミキニャがいかに飲み会の手配に慣れているかを物語っているみたいだ。
翼もまた軽く立ち上がって、いつもどおり簡略な自己紹介をした。そして、いつものごとくミキニャからは「それだけ?」という突っ込み付きだった。
腰を下ろしたところで、ユーリが少し身体を寄せてくる。
「翼、大丈夫?」
その小声はきっと翼以外には聞こえない。
「……なんとか」
苦笑いで答えると、その「大丈夫の内訳」を想像して勝手に恥ずかしくなった。
昨夜はあのままユーリのベッドで寝てしまい、朝遅くに起きたものの運動不足の肉体は、あろうことか起き上がることを拒否してきたのだ。
つまり、慣れない運動のせいで節々といい筋肉といい、まぁいろいろな場所が痛くて動けなかった。
結局、それなりに動き出せたのは夕方で、翼は着替えのために自宅に戻る時間がなかった。ジーンズはともかく、夏のTシャツを2日着るのはさすがに嫌で、ユーリの服からなんとか小さめのものを借りて着替えている。
「なぁなぁ、あの噂どう思う?」
テーブルいっぱいの料理を肴に、うまそうに酒を飲むコマがみんなを見渡す。
「アーレジェコラボのVRスーツの話かニャ?」
こちらもハイペースで酒を飲むミキニャが、すぐに食いついた。
「俺、値段が同じだったらそっちがいいなぁ」
翼が思わず口を挟めてしまうのは、ゲームの中でとはいえ慣れ親しんだ人たちだからだろう。
「そやけど、噂だけでまだわからんで? コラボしたとしても、先行予約か抽選かとか……」
ユーリがARCの社員だということは、翼以外には伏せている。だから、ユーリの発言は当たり障りのないものになっている。もちろん、部署が違うから知らないという可能性もある。
「抽選とか泣くニャ……ミキニャは高くてもいいから受注にして欲しいニャ」
「先行予約に受注チケットあるのが理想だよな」
「それニャ! アーレジェはプレイヤーに優しいゲームだからきっと大丈夫ニャ」
ニコニコするミキニャに、翼のほうもうれしくなってしまう。tsukiさんならきっと大丈夫、そんな信頼が共有されているみたいだ。
「それにしてもさ、カナタその格好暑くねぇの?」
ふと会話の合間でコマが指差しつつ首を傾げている。
それも当然で、夜だというのに30度近い気温に長袖のジャージは鬱陶しく見えるだろう。
「クーラー効いてるから大丈夫……あ、えーと、あんまり腕出すの苦手で……」
苦し紛れの言い訳は、慣れなさすぎてどもってしまった。一応、貧弱すぎる腕を出すことに抵抗があるのは嘘ではない。
本当の理由は、ユーリから借りたTシャツがあまりにもサイズが大きく、首元がだらしなくなってしまったから。そして、いつものサイズなら見えない部分まで見えてしまって困ったというか……ジャージのほうはたまたまユーリが中学生のころに着ていたものが見つかって、ギリギリ翼も合わせられたというか……。
ジャージの上着を脱ぐわけにはいかないのだ。
翼の言い訳に、コマと並んだミキニャも自然と視線を移してくる。その目がスッと細められた。
「カナタもユーリも、今度服買うときはミキニャに言うニャ」
「「え?」」
きょとんとハモったふたりに、ミキニャがずいっと身体を乗り出してくる。
「そのコーデは見るに耐えないニャ。カナタはそもそもバランスむちゃくちゃニャ。ユーリのはそれは素材を無駄にしてるニャ!」
ちなみに、今日のユーリはいつもどおりのスポーツジャージ上下だ。似合っているし別にダサくもないが、確かに素材を無駄にしていると言われるとなにも言えない。当のユーリだけが、そうかなと首を傾げている。
翼に至っては、ミキニャの指摘は至極真っ当で、さらに言うと普段の服装ですらミキニャの合格点になりそうなものはない。
「ミキニャがぜーんぶコーディネートするニャ!」
「あ、あの……俺はちょっとその、服買うとか苦手だから遠慮したいっていうか……」
ミキニャがいるようなキラキラした服屋に入るなんて、そんな勇気があるはずない。
「服買うの苦手ってなんだよ、ソレ」
いい感じにアルコールが入ってきたのか、コマがケラケラと笑う。スタスタと席を移動したミキニャが、翼の隣りにしゃがみ込む。ミキニャの外見は、翼が絡むことのなかったはずの女性そのものだ。
「惜しいニャ。今流行りのこの細身。普通体型の男じゃ着こなせないやつがガンガン試せるニャ」
こんな貧弱体型が流行りなんて聞いたこともない。疑問に思いつつも、ミキニャの勢いに圧されて言葉が出ない。ミキニャの手がごく自然に翼の胴体を測る。
「細っ! オンナとしてはムカつくけど、ショップ店員としては最高の素材ニャ」
ミキニャが、暗号のようなカタカナをぶつぶつつぶやいている。
「メガネは大きいレンズにして、小顔を目立たせて……黒髪マッシュでかわいさプラス……細さ前面で色は白黒オンリー……デカスニーカーかブーツ? いや、オーバーサイズのフーディーでも……」
「え、と……俺よりユーリのほうが、服とかは似合うと……」
「ユーリはド定番でサマになるから面白みがないニャ! とりあえずジャージやめて、xxxとかで揃えるだけでガチイケメンになるニャ」
はい、おしまいとでもいうように、ミキニャの興味がまた翼に戻る。
「ミキニャ。俺は?」
ひとり取り残されたコマが会話に割り込んでくる。
「コマはこだわり強そうだから、それでいいニャ。ミキニャは飾らない原石を磨きたいニャ」
振り返りもせずアッサリと言い放ったミキニャに、コマが酷いとかなんとか拗ねている。
翼としては早くこのファッション談義から解放されたい。そこに、ユーリがスッと入ってきた。
「ほな、今度俺たちふたりで行くから、お出かけ用の服とか合わせてや」
ユーリと一緒なら店にも入れそうかも。しかも、服だけでもクソダサから脱却できれば、ユーリの隣りに並ぶのもマシになったりは……。
「もちろんニャ! いつにするニャ!?」
「俺、今金欠やから、ボーナス入ってから」
いい感じに予定を先延ばしにしたユーリの機転に感心してしまう。やっと、ファッションの話から解放されそうだ。
「とりあえず、長袖はいいけどせめて前開けるニャ」
油断した翼に、ミキニャの手があっさりとジャージのファスナーを引き下げた。別に怒るような感じでもない。首まで上げていたファスナーを、20センチくらい下ろしただけ・・・…まぁ、サイズの合わないTシャツがバレるかも知れない。
ただ、問題はそこじゃなくて――。
ミキニャの視線が一点に留まった。
翼は何事もなかったように、下りたファスナーを元に戻す。
ユーリのTシャツでは首回りが大きくて隠れていなかったのだ。その、内出血の跡というか、その昨夜のちょっと強めのユーリのキスの結果というか……。
「……」
ミキニャの視線が翼からユーリに移動して、また翼に戻った。
「もろもろ把握したニャ。とりあえずひと言、言わせろニャ」
底知れない迫力に、なぜかユーリとふたり背筋を伸ばしてしまった。
「リア充爆発しろ、ニャ」
その瞬間、テーブル向こうのコマが大きく吹きだした。そのまま腹を抱えて笑い出す。
「コマ! こういうことかニャ!」
「だから、俺からは言えねぇってったじゃん」
「ミキニャの勘がドンピシャだったってことニャ!?」
すでに耐えきれないコマが、息も絶え絶えに笑っている。
「どうりでユーリの「オカン感」がマシマシになってたはずニャ」
「え? なに? こいつもともとそんな感じ?」
「ユーリは元から過保護ニャ! カナタには特に!」
「ええ!? そんなん普段は我慢しとったし!」
「あれでかニャ!? 隠せてないニャ。テストプレイのときはカナタもなんか自然に距離近くなってたから、なんでかなってなったニャ」
コマに聞いたけど、意味ありげにはぐらかされてしまった。そう悔しがるミキニャに、コマの爆笑が重なっている。これは離れの個室で本当によかった。
翼はといえば、もはやショックで呆然とするしかできない。
「いつからニャ?」
動けなくなっている翼のかわりに、ミキニャの視線がユーリに移っている。
「えと、サ終のあと? かな」
「たまたま会ったって言ってたアレかニャ?」
「ミキニャ、よう覚えとるね?」
「コマはいつから知ってたニャ?」
ひぃひぃ笑うコマにもミキニャの質問が飛んでいる。
「え、多分すぐ?」
「ミキニャだけ仲間はずれニャ! 恋バナ混ぜてほしかったニャ! にやにやしたかったニャ!」
悔しがる方向がどうもちがう。カナタとユーリが男同士だとかはどうでもよさそうだ。
「ここからはニヤニヤできるじゃん」
適当に煽るコマに思わず目を剥いてしまう。
「とりあえずだ、カナタ」
一転、にこにこと人畜無害な笑顔になったコマが翼を見つめる。絶対ろくでもないことを言うに決まってる。でも、それを防ぐ力は翼にはない。圧倒的に経験値不足だ。
「昨日どうだったか聞かせてよ」
「っ!!」
「あかんに決まっとるやろ!」
翼が叫ぶより先に、ユーリがコマに噛みついている。同時に翼の身体がユーリのほうに引っ張られた。
なんだかもう、なにを言っても酒の肴にしかならなさそうだ。ショックよりも諦めのほうが強くて、翼はなぜかホッとしていた。
「とにかくカナタとユーリ!」
ビシッと指差してきたミキニャに、ハイっとばかりに背筋を伸ばす。
「絶対うちの店に来るニャ……ふたり合わせて全身コーデさせるニャ。ひとり寂しいミキニャに、せめての癒やしをちょうだいニャ!」
「俺も行っていい?」
「あ、コマは別日に来るニャ。おそろコーデには邪魔者ニャ」
「ひどーい」
棒読みで嘆くコマに、ユーリの冷たい目が刺さっている。
「コマは寂しい者同士、ミキニャの愚痴を聞く係ニャ! 裏切りは許さないニャ」
そんなむちゃぶりに、背後のユーリが小さく吹き出した。
「カナタ、約束ニャ!」
「え、お、俺……!?」
ユーリもじゃないのか。そんな疑問を出すより先に、ミキニャの指がビシッと向けられる。
「カナタは逃げるかも知れないニャ」
そんな前科を持ち出され、グッと返答に詰まった。
「カナタは逃げへんよ? 俺が逃がさへんもん。おそろコーデしてもらいたいし」
「ゆ、ユーリ!」
そんな恥ずかしいことを堂々と……。
「OKニャ。絶対ニャ」
満足したのか、ミキニャがまだ8割方残っていた日本酒をグイッと飲み干している。清々しい笑顔がどこか怖い。
「オフ会、次はいつにする?」
こちらも楽しそうなコマがトドメを刺しにくる。
コミュ障だなんて言い訳をするヒマも与えられないらしい。
だけど――。
小洒落た間接照明の店内で、ミキニャの元気な声が乾杯の音頭をとっていた。ミキニャが予約してくれた席は、少し離れた個室で、周りをあまり気にせずに済むところがありがたい。
三木本唯花と自己紹介したミキニャは、スラリとした長身で、ショップ店員らしい洗練された女の子だった。そして、並ぶと翼よりも背が高い……。
まさかのいちばんチビだった現実に、人知れず落ち込みつつ席の隅っこで気配を消してみる。
翼の隣にはニコニコとしているユーリと、向かいにはミキニャの隣で早くもビールの半分を飲んだコマが笑っている。
会費制でメニューまで手配された場は、ミキニャがいかに飲み会の手配に慣れているかを物語っているみたいだ。
翼もまた軽く立ち上がって、いつもどおり簡略な自己紹介をした。そして、いつものごとくミキニャからは「それだけ?」という突っ込み付きだった。
腰を下ろしたところで、ユーリが少し身体を寄せてくる。
「翼、大丈夫?」
その小声はきっと翼以外には聞こえない。
「……なんとか」
苦笑いで答えると、その「大丈夫の内訳」を想像して勝手に恥ずかしくなった。
昨夜はあのままユーリのベッドで寝てしまい、朝遅くに起きたものの運動不足の肉体は、あろうことか起き上がることを拒否してきたのだ。
つまり、慣れない運動のせいで節々といい筋肉といい、まぁいろいろな場所が痛くて動けなかった。
結局、それなりに動き出せたのは夕方で、翼は着替えのために自宅に戻る時間がなかった。ジーンズはともかく、夏のTシャツを2日着るのはさすがに嫌で、ユーリの服からなんとか小さめのものを借りて着替えている。
「なぁなぁ、あの噂どう思う?」
テーブルいっぱいの料理を肴に、うまそうに酒を飲むコマがみんなを見渡す。
「アーレジェコラボのVRスーツの話かニャ?」
こちらもハイペースで酒を飲むミキニャが、すぐに食いついた。
「俺、値段が同じだったらそっちがいいなぁ」
翼が思わず口を挟めてしまうのは、ゲームの中でとはいえ慣れ親しんだ人たちだからだろう。
「そやけど、噂だけでまだわからんで? コラボしたとしても、先行予約か抽選かとか……」
ユーリがARCの社員だということは、翼以外には伏せている。だから、ユーリの発言は当たり障りのないものになっている。もちろん、部署が違うから知らないという可能性もある。
「抽選とか泣くニャ……ミキニャは高くてもいいから受注にして欲しいニャ」
「先行予約に受注チケットあるのが理想だよな」
「それニャ! アーレジェはプレイヤーに優しいゲームだからきっと大丈夫ニャ」
ニコニコするミキニャに、翼のほうもうれしくなってしまう。tsukiさんならきっと大丈夫、そんな信頼が共有されているみたいだ。
「それにしてもさ、カナタその格好暑くねぇの?」
ふと会話の合間でコマが指差しつつ首を傾げている。
それも当然で、夜だというのに30度近い気温に長袖のジャージは鬱陶しく見えるだろう。
「クーラー効いてるから大丈夫……あ、えーと、あんまり腕出すの苦手で……」
苦し紛れの言い訳は、慣れなさすぎてどもってしまった。一応、貧弱すぎる腕を出すことに抵抗があるのは嘘ではない。
本当の理由は、ユーリから借りたTシャツがあまりにもサイズが大きく、首元がだらしなくなってしまったから。そして、いつものサイズなら見えない部分まで見えてしまって困ったというか……ジャージのほうはたまたまユーリが中学生のころに着ていたものが見つかって、ギリギリ翼も合わせられたというか……。
ジャージの上着を脱ぐわけにはいかないのだ。
翼の言い訳に、コマと並んだミキニャも自然と視線を移してくる。その目がスッと細められた。
「カナタもユーリも、今度服買うときはミキニャに言うニャ」
「「え?」」
きょとんとハモったふたりに、ミキニャがずいっと身体を乗り出してくる。
「そのコーデは見るに耐えないニャ。カナタはそもそもバランスむちゃくちゃニャ。ユーリのはそれは素材を無駄にしてるニャ!」
ちなみに、今日のユーリはいつもどおりのスポーツジャージ上下だ。似合っているし別にダサくもないが、確かに素材を無駄にしていると言われるとなにも言えない。当のユーリだけが、そうかなと首を傾げている。
翼に至っては、ミキニャの指摘は至極真っ当で、さらに言うと普段の服装ですらミキニャの合格点になりそうなものはない。
「ミキニャがぜーんぶコーディネートするニャ!」
「あ、あの……俺はちょっとその、服買うとか苦手だから遠慮したいっていうか……」
ミキニャがいるようなキラキラした服屋に入るなんて、そんな勇気があるはずない。
「服買うの苦手ってなんだよ、ソレ」
いい感じにアルコールが入ってきたのか、コマがケラケラと笑う。スタスタと席を移動したミキニャが、翼の隣りにしゃがみ込む。ミキニャの外見は、翼が絡むことのなかったはずの女性そのものだ。
「惜しいニャ。今流行りのこの細身。普通体型の男じゃ着こなせないやつがガンガン試せるニャ」
こんな貧弱体型が流行りなんて聞いたこともない。疑問に思いつつも、ミキニャの勢いに圧されて言葉が出ない。ミキニャの手がごく自然に翼の胴体を測る。
「細っ! オンナとしてはムカつくけど、ショップ店員としては最高の素材ニャ」
ミキニャが、暗号のようなカタカナをぶつぶつつぶやいている。
「メガネは大きいレンズにして、小顔を目立たせて……黒髪マッシュでかわいさプラス……細さ前面で色は白黒オンリー……デカスニーカーかブーツ? いや、オーバーサイズのフーディーでも……」
「え、と……俺よりユーリのほうが、服とかは似合うと……」
「ユーリはド定番でサマになるから面白みがないニャ! とりあえずジャージやめて、xxxとかで揃えるだけでガチイケメンになるニャ」
はい、おしまいとでもいうように、ミキニャの興味がまた翼に戻る。
「ミキニャ。俺は?」
ひとり取り残されたコマが会話に割り込んでくる。
「コマはこだわり強そうだから、それでいいニャ。ミキニャは飾らない原石を磨きたいニャ」
振り返りもせずアッサリと言い放ったミキニャに、コマが酷いとかなんとか拗ねている。
翼としては早くこのファッション談義から解放されたい。そこに、ユーリがスッと入ってきた。
「ほな、今度俺たちふたりで行くから、お出かけ用の服とか合わせてや」
ユーリと一緒なら店にも入れそうかも。しかも、服だけでもクソダサから脱却できれば、ユーリの隣りに並ぶのもマシになったりは……。
「もちろんニャ! いつにするニャ!?」
「俺、今金欠やから、ボーナス入ってから」
いい感じに予定を先延ばしにしたユーリの機転に感心してしまう。やっと、ファッションの話から解放されそうだ。
「とりあえず、長袖はいいけどせめて前開けるニャ」
油断した翼に、ミキニャの手があっさりとジャージのファスナーを引き下げた。別に怒るような感じでもない。首まで上げていたファスナーを、20センチくらい下ろしただけ・・・…まぁ、サイズの合わないTシャツがバレるかも知れない。
ただ、問題はそこじゃなくて――。
ミキニャの視線が一点に留まった。
翼は何事もなかったように、下りたファスナーを元に戻す。
ユーリのTシャツでは首回りが大きくて隠れていなかったのだ。その、内出血の跡というか、その昨夜のちょっと強めのユーリのキスの結果というか……。
「……」
ミキニャの視線が翼からユーリに移動して、また翼に戻った。
「もろもろ把握したニャ。とりあえずひと言、言わせろニャ」
底知れない迫力に、なぜかユーリとふたり背筋を伸ばしてしまった。
「リア充爆発しろ、ニャ」
その瞬間、テーブル向こうのコマが大きく吹きだした。そのまま腹を抱えて笑い出す。
「コマ! こういうことかニャ!」
「だから、俺からは言えねぇってったじゃん」
「ミキニャの勘がドンピシャだったってことニャ!?」
すでに耐えきれないコマが、息も絶え絶えに笑っている。
「どうりでユーリの「オカン感」がマシマシになってたはずニャ」
「え? なに? こいつもともとそんな感じ?」
「ユーリは元から過保護ニャ! カナタには特に!」
「ええ!? そんなん普段は我慢しとったし!」
「あれでかニャ!? 隠せてないニャ。テストプレイのときはカナタもなんか自然に距離近くなってたから、なんでかなってなったニャ」
コマに聞いたけど、意味ありげにはぐらかされてしまった。そう悔しがるミキニャに、コマの爆笑が重なっている。これは離れの個室で本当によかった。
翼はといえば、もはやショックで呆然とするしかできない。
「いつからニャ?」
動けなくなっている翼のかわりに、ミキニャの視線がユーリに移っている。
「えと、サ終のあと? かな」
「たまたま会ったって言ってたアレかニャ?」
「ミキニャ、よう覚えとるね?」
「コマはいつから知ってたニャ?」
ひぃひぃ笑うコマにもミキニャの質問が飛んでいる。
「え、多分すぐ?」
「ミキニャだけ仲間はずれニャ! 恋バナ混ぜてほしかったニャ! にやにやしたかったニャ!」
悔しがる方向がどうもちがう。カナタとユーリが男同士だとかはどうでもよさそうだ。
「ここからはニヤニヤできるじゃん」
適当に煽るコマに思わず目を剥いてしまう。
「とりあえずだ、カナタ」
一転、にこにこと人畜無害な笑顔になったコマが翼を見つめる。絶対ろくでもないことを言うに決まってる。でも、それを防ぐ力は翼にはない。圧倒的に経験値不足だ。
「昨日どうだったか聞かせてよ」
「っ!!」
「あかんに決まっとるやろ!」
翼が叫ぶより先に、ユーリがコマに噛みついている。同時に翼の身体がユーリのほうに引っ張られた。
なんだかもう、なにを言っても酒の肴にしかならなさそうだ。ショックよりも諦めのほうが強くて、翼はなぜかホッとしていた。
「とにかくカナタとユーリ!」
ビシッと指差してきたミキニャに、ハイっとばかりに背筋を伸ばす。
「絶対うちの店に来るニャ……ふたり合わせて全身コーデさせるニャ。ひとり寂しいミキニャに、せめての癒やしをちょうだいニャ!」
「俺も行っていい?」
「あ、コマは別日に来るニャ。おそろコーデには邪魔者ニャ」
「ひどーい」
棒読みで嘆くコマに、ユーリの冷たい目が刺さっている。
「コマは寂しい者同士、ミキニャの愚痴を聞く係ニャ! 裏切りは許さないニャ」
そんなむちゃぶりに、背後のユーリが小さく吹き出した。
「カナタ、約束ニャ!」
「え、お、俺……!?」
ユーリもじゃないのか。そんな疑問を出すより先に、ミキニャの指がビシッと向けられる。
「カナタは逃げるかも知れないニャ」
そんな前科を持ち出され、グッと返答に詰まった。
「カナタは逃げへんよ? 俺が逃がさへんもん。おそろコーデしてもらいたいし」
「ゆ、ユーリ!」
そんな恥ずかしいことを堂々と……。
「OKニャ。絶対ニャ」
満足したのか、ミキニャがまだ8割方残っていた日本酒をグイッと飲み干している。清々しい笑顔がどこか怖い。
「オフ会、次はいつにする?」
こちらも楽しそうなコマがトドメを刺しにくる。
コミュ障だなんて言い訳をするヒマも与えられないらしい。
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