Vegetables

二一

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Vegetables―スピンオフ―

Starting happiness 5

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 着替え用に準備された控え室の扉をあけて中に入る。

 あれ? 待機してるはずの着付け係りの姿が見当たらない。

 どうにもできずウロウロとしたものの今さら部屋から出たくもないし……。

 悩んでいると軽いノックとともに扉が開いた。

 係りの人が戻ったのかと振り向き――。

「律――」

「着替えないのか?」

 どうしたんだ?と聞く間もなく律から問われる。スラリとした長身に普段は見ないカジュアルなスーツ姿が腹立たしいまでにカッコいい。朝から支度でバタバタしていてじっくり律を見るのは今が初めてなんだ。

 思わず見蕩れてしまい返事が遅れる。

「千章?」

「あ、ごめん。いや、着付けの担当の人がいるはずだったんだけど――」

 我に返って慌てた。我ながら間抜けだ。

「律、ちょうどいいや。後ろ外してくれねぇ?」

 苦しくてさ――そう言いつつ背中を向けてファスナーを手で示す。きっちり止められたファスナーは自分では到底外せそうになかった。

 脱いでしまえばスーツに着替えるのはすぐだ。

「脱がしてほしいって?」

「っ変な言い方すんな!」

 ニヤリとからかう律に噛み付く。

 ――うわ……っ。

 振り返った拍子に律の腕に捉えられた。後ろに流されたベールを持ち上げる律の腕は意図せず抱きしめるような体勢になる。一気に頬が熱くなるを感じた。

 一方の手が背中のファスナーをゆっくりと下ろしていく。

 落ち着け、落ち着け自分――ただ着替えるだけだから。

 ってか何で一々こんな……後ろからピッて下ろせばいいのに。

 内心でぼやく文句とは裏腹に心臓は苦しいほど早くなっている。

「おつかれさん」

 律が耳元で囁く。

「うん」

 労わりの言葉が単純にうれしくて思わず文句も飛んでしまった。おれって単純すぎ――。

「さっさと脱いじまえ。落ち着かねぇ」

「なんで律が落ち着かなくなるんだよ」

 ぶっきら棒に言い放った律に思わず問い返す。確かにおれは落ち着かなかったけど別に律は関係ないだろう?

 認めたくはないけどおれの女装なんて今さらだし。

「いい顔してたな」

 おれの質問には答えず、律が窓の方を見ながら呟く。もしかして話そらした?

「ああ、美晴? そうだな。ホントよかった」

 これは本音だ。最初結婚するって聞いたときはどうなるかと思ったけど、落ち着いて考えれば環は信用できるやつだしこれ以上の安心はないと思う。

 こんな格好をさせられたことは腑に落ちないけど、あの幸せそうな2人を見たらまぁいいかって思えたもんな――。

「――律?」

 窓のほうを見ていたおれの頬に律の指が触れた。

 どうしたんだと目で問いかけるも律は何も言わずただおれを見下ろしている。

 どうしたんだろう――。

 律はいつだって真っ直ぐだ。こんな風に言いよどむことなんかまずないのに。

「――何でもねぇよ」

 律が小さく呟く。

 同時に離れようとした指を思わず捕まえた。一回り以上大きな律の手を逃がさないように力を籠める。

「律」

 無性に伝えたくなった。真正面から律の目を見つめる。

「おれはさ、あんな形では誓ってやれないけど――けど、ずっと律といたいから」

 言い終わってから途端に恥ずかしさで俯いてしまった。どうかしてる――言ったことは本音だけどこんなストレートに――。

 結婚式の浮かれた空気でおれまでどうにかなってしまったみたいだ。

「千章……おまえってやつは――」

 驚いたように、でも呆れたように呟かれる律の言葉。

「敵わねぇ――」

 予想外の律の言葉に思わず顔をあげた。

 敵わない? 律がおれに?

 いつだって敵わないのはおれのほうなのに――。

 頭の中が疑問だらけのおれを律の腕が包み込む。

「え……?」

 小さく伝えられた言葉にドキリとする。



 ――アリガトウ……。



 おれは訳もなく泣きたくなってそんな自分を誤魔化すように律を強く抱き返した。

 ここがおれの居場所。

「千章――キス」

 頭上から降ってきた聞きなれた言葉。いつもの律。

 踵の高い靴のおかげで今日は身長差が少ない。おれは少しだけ伸び上がってその唇を重ね合わせた。

 律の腕がおれの腰を抱き上げるように捕らえる。

 そんなことしなくても逃げやしないのに――。






 ずっと後になって律が明かしたこと。

 律は美晴の姿におれを重ねていたってこと――同じ姿をしたから余計にだったのかも知れないけど――。

 おれには他にも幸せな道が用意されてるんじゃないかって不安になったって……。

 おまえにも不安に思うことってあったのか――? なんて軽口を叩くと頭を小突かれた。

 この時のおれは全然そんなこと気付いてなかった訳だけど、それなのに律の心を見透かしたように言葉を投げたもんだからドキッとしたらしい。

『ずっと一緒にいたい――』

 けどそれで腹くくったって……。

 もちろんおれには全く自覚なしに言った言葉だった訳なんだけど結果オーライ。

 だってバカだよなぁ、あのときのおれにはもう律のいない未来なんか考えられなかったんだから――。


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