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suggestio veri, suggestio falsi
viginti tres
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もう、痛みどころか縫合をしたという痕すらない。
「それなら良かった」
安心したように、胡桃沢が言った。
「それでは、失礼します」
そう言い、斎は胡桃沢へ背を向けドアへと向かう。
「気をつけてのぉ」
部屋を出て、ドアが閉まる瞬間、斎の耳に胡桃沢の声が届いた。
天弥の家の横に停車した車の中で、斎は時間を確認した。約束した時間にはまだ少し早く、どうするか考え込む。車外に出て、教えられた天弥の部屋の窓を見上げた。そして、早くても良いかと考え携帯を手にする。
天弥の番号を表示し、通話ボタンを押そうとした瞬間、聞きなれた声が耳に入ってきた。その声に不安を覚え、曲がり角の先にある玄関へと向かう。
角を曲がったところで、天弥とサイラスが玄関先で向かい合っている姿が視界に入った。二人は斎に気がつくこともなく、何かを話し込んでいる。
ふと、天弥の手がサイラスに触れ、背伸びをしたかと思うと、その耳に何かを囁いた。サイラスの表情が、驚愕と戸惑いの交じり合ったものに変わる。
斎の足はその場に凍りついたかのように動かず、声も出せずに二人を見つめた。
最初から気がついていたのか、偶然なのか、ゆっくりと天弥の顔が斎へと向けられた。その妖艶な笑みが鮮やかに斎の目に映り、その心を捉える。
ずっと待ち望んでいた存在が今、目の前にある。だが、なぜ自分の前ではないのかと、締め付けられる胸を押さえた。押さえ込んでいた不安が溢れ出し、二人から目を逸らそうとするが無理な事だった。目の前の天弥は、斎の総てを魅了し捉えて離さない。
成す術も無く天弥を見つめていると、いきなり斎を捉えていたものが消えた。天弥の雰囲気が変わり、一瞬、不思議そうに斎を見つめたと思うと、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「先生」
全身で喜びを表しながら、天弥は斎に向かって駆け出した。
「天弥!」
すぐにサイラスが天弥の名前を呼び、その腕を掴む。天弥は足を止めさせられ、何事かと振り返るとサイラスの顔を見る。いつもとは違う、何かを思い詰めたような切ない表情に、天弥は思わず見入ってしまう。
互いに視線を向け合う二人に、斎は重い足を無理やり動かし背を向けた。自分でもどうやって身体が動いているのか分からず、懸命に車へと向かう。
車へと乗り込むと、自分を馬鹿だと思う。最初から、これは取引だったはずだ。それを忘れて、勝手に本気になって天弥にのめり込んだのだ。自分にその価値がなくなれば、見限られるのも当然だ。
クラッチを踏むと、震える手でキーを回した。一刻も早くこの場から離れたくて、エンジンがかかるとすぐに、車を発進させた。
車のエンジン音が響き、天弥はハッとして斎が居た場所へと視線を向けた。そこに斎の姿は無く、天弥は慌ててサイラスの手を振り払うと駆け出した。
「先生!」
角を曲がると、天弥は斎の姿を捜す。道路の先に斎の車が遠く走り去って行くのが見え、それを追うかのように、天弥は止まった足を再び動かして駆け出した。
「それなら良かった」
安心したように、胡桃沢が言った。
「それでは、失礼します」
そう言い、斎は胡桃沢へ背を向けドアへと向かう。
「気をつけてのぉ」
部屋を出て、ドアが閉まる瞬間、斎の耳に胡桃沢の声が届いた。
天弥の家の横に停車した車の中で、斎は時間を確認した。約束した時間にはまだ少し早く、どうするか考え込む。車外に出て、教えられた天弥の部屋の窓を見上げた。そして、早くても良いかと考え携帯を手にする。
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角を曲がったところで、天弥とサイラスが玄関先で向かい合っている姿が視界に入った。二人は斎に気がつくこともなく、何かを話し込んでいる。
ふと、天弥の手がサイラスに触れ、背伸びをしたかと思うと、その耳に何かを囁いた。サイラスの表情が、驚愕と戸惑いの交じり合ったものに変わる。
斎の足はその場に凍りついたかのように動かず、声も出せずに二人を見つめた。
最初から気がついていたのか、偶然なのか、ゆっくりと天弥の顔が斎へと向けられた。その妖艶な笑みが鮮やかに斎の目に映り、その心を捉える。
ずっと待ち望んでいた存在が今、目の前にある。だが、なぜ自分の前ではないのかと、締め付けられる胸を押さえた。押さえ込んでいた不安が溢れ出し、二人から目を逸らそうとするが無理な事だった。目の前の天弥は、斎の総てを魅了し捉えて離さない。
成す術も無く天弥を見つめていると、いきなり斎を捉えていたものが消えた。天弥の雰囲気が変わり、一瞬、不思議そうに斎を見つめたと思うと、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「先生」
全身で喜びを表しながら、天弥は斎に向かって駆け出した。
「天弥!」
すぐにサイラスが天弥の名前を呼び、その腕を掴む。天弥は足を止めさせられ、何事かと振り返るとサイラスの顔を見る。いつもとは違う、何かを思い詰めたような切ない表情に、天弥は思わず見入ってしまう。
互いに視線を向け合う二人に、斎は重い足を無理やり動かし背を向けた。自分でもどうやって身体が動いているのか分からず、懸命に車へと向かう。
車へと乗り込むと、自分を馬鹿だと思う。最初から、これは取引だったはずだ。それを忘れて、勝手に本気になって天弥にのめり込んだのだ。自分にその価値がなくなれば、見限られるのも当然だ。
クラッチを踏むと、震える手でキーを回した。一刻も早くこの場から離れたくて、エンジンがかかるとすぐに、車を発進させた。
車のエンジン音が響き、天弥はハッとして斎が居た場所へと視線を向けた。そこに斎の姿は無く、天弥は慌ててサイラスの手を振り払うと駆け出した。
「先生!」
角を曲がると、天弥は斎の姿を捜す。道路の先に斎の車が遠く走り去って行くのが見え、それを追うかのように、天弥は止まった足を再び動かして駆け出した。
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