終わりの町で鬼と踊れ

御桜真

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第一章

【2】 潮風に船は錆び 2

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 腰のベルトに捕まる手を感じながら、自転車を懸命にこぐ。ソーラーパネルが力を発揮している間に少しでも遠くに行きたい。

 漁港を離れて、本来なら大通りに戻って、道の真ん中を走る。だけど今そっちに出れば、炭鉱の奴らに見つかるかもしれない。
 海側の都市高速の高架下や倉庫街付近、その近くのマンション群の前は本来なら通りたくないところだが、あえてそっちを選んだ。そこに潜んでるかもしれない奴らに見つかってないのを祈りながら。

 交差点を抜け、橋を渡る。すぐそこが海だ。
 太陽はいつの間にか、西で真っ赤に燃えて、海を染め上げている。

 ドーム球場と巨大なショッピングセンター近くの、大きな家を目指した。
 この辺りの家は一軒一軒が大きくて、物を隠すのには向いている。塀で囲まれて、庭が広いからだ。

 少女を下ろして、無人の家の車庫に自転車を停めた。
 チェーンを駄目にしてしまったので、車庫にあった別のチェーンをあさって固定する。
 それから俺は、二軒先の別の家に向かった。どこにいるか嗅ぎつけられないように、カモフラージュだった。

 門を開けて、玄関の引き戸を開ける。
 足を踏み入れようとして、何か光った気がした。嫌な予感と、首に何か当たる感覚に、慌てて止まった。

 後ずさる。目の前に、ぴんと張った糸のようなものが見える。
 ピアノ線だ。ブービートラップか。

「――あいつ」
 駆けこんだら死ぬところだった。

 思わずうなったのと、後ろでガツンと音がしたのは同時だった。
 野球のバットを振り下ろした少年と、そのバットを片手で受け止めた少女が、俺の視界の中でかたまっていた。

「……おい」
 あきれて声を出した俺を、少年の目がぎょろりと動いて見る。
「なんだ、榛真《はるま》か」

 へらっと表情が崩れた。
 その顔を見て、あきれが少し苛立ちに変わる。こいつの用心深さは相変わらずだし、それを責めることもできないが。

「亨悟《きょうご》、お前、俺を殺す気か」
「榛真くんなら大丈夫だって信じてるよ。これくらいの罠当たり前だし」
「家入る前に教えろよ」
「知らねー奴連れてるからだろ」
 へらへらと笑っていたのが一変、またぎょろりと目が動いて、バットを握ったままの少女を睨みつけた。

「こいつなんなんだ? この辺の奴じゃないな? 女連れかよ、生意気な」
 フードをかぶったままの少女の顔を覗き込むようにして言う。

 警戒警戒警戒。亨悟の顔に書いてある。
 ぐいぐいと少女とバットの取り合いをしていたが、少女がパッと離したせいで、亨悟はよろけた。

「怪我してるから連れてきた」
 俺の言葉に、ふうん、と不満そうに言う。そして改めて俺を見て、笑いだした。

「お前背中に何生やしてんだよ」
 リュックから、ボウガンの矢が突き出ている。笑いごとではない。

 俺は溜息をついて、ドアから一歩引いた。亨悟に先に行くように促す。
 奴の後ろで、どんどん日が傾いていく。完全に暗くなる前に姿を隠して、腹ごしらえをしておかないと。

「いいから、中入れろよ。他に罠はってないよな?」
「窓に気をつければ問題ないね」
 ピアノ線をくぐって、亨悟は玄関に踏み込んだ。靴のまま家にあがって、勝手知ったる廊下を歩く。


 大きな家の中は、がらんとしている。
 玄関の近く、庭に面した一階の和室に入った。袋小路になっていない部屋が一番いい。

「おい、お前傷見せてみろ」
 後ろをついてきた少女に言うと、眼鏡の奥の目が俺をにらみつけた。
「怪我なんかしてない」
「どう見たってしてるだろ。意地張ってる場合か」

 赤いポンチョを掴む。同時に、ものすごい勢いで手を振り払われた。

「触るな」
 叩かれた手首が折れるかと思った。
 ただでさえ吸血鬼の女に折られかけたのに。思わぬ過剰な反撃に、俺は手首を抑えて少女を睨んだ。

 手当てしてやろうと思ったのに、この仕打ちは何だ。無言の抗議に、負けじと強い視線が返ってくる。

「いいから、触るな。なんともない。これは返り血だって言っただろ」
 ひとことひとこと、ゆっくりと言い聞かせるような言葉に、亨悟が愉快そうに笑った。

「強引に服をはぎとろうとする奴がいるかよ、馬鹿め」
 亨悟のからかうような言葉に、むかっとするのと同時、顔が熱くなるのがわかった。

「誰が、強引になんて」
「たった今この目で見ましたー。榛真くんがー女の子にー」
「うるさい。もういい! ……あんたも勝手にしろ、死んでも知らないからな」

 亨悟と少女に言い放ち、俺は部屋の隅にリュックを下ろした。
 中を見てみると、リュックに刺さっていたボウガンの矢は、サランラップの芯を貫通して、鯖の缶詰の蓋を突き刺して止まっていた。
 缶詰に穴は開いているが、中の汁はあまりこぼれていない。横から亨悟が覗き込んできて、大袈裟な声を出した。

「あーもったいないなあ。これの味噌味おいしいのに」
「俺の心配しろよ」
「お前みたいな無謀な奴、心配してもしょーがねーや」
 俺は矢を引き抜いて、矢じりについた味噌の出汁をその辺の布で拭きとってから、リュックに放り込んだ。

「お前卵持ってるだろ。飯にしようぜ」
 穴のあいた缶詰を差し出すと、亨悟は顔を輝かせて頷いた。



 夜は吸血鬼の時間だ。
 天神の奴らはともかくとして、たいていの吸血鬼は昼に眠って、夜に食料を探す。だから俺たちは夜が来る前に腹ごしらえをして、身を隠しておかないといけない。

 吸血鬼たちと同じように、日中眠って、見張っていられるように夜起きている人もいる。
 だけど、俺たちは吸血鬼みたいに夜目がきかない。灯りをつけられなきゃ何もできないし、物音も立てられないんじゃやっぱり何もできない。

 俺は、なるべく音をたてないように、ピアノ線にやられないように気をつけながら雨戸をしめた。
 途端に夕日のさしていた部屋が薄暗くなる。

 亨悟はキッチンの戸棚に隠してあった卵とカセットコンロを取り出した。
 亨悟は、この近くの家の庭で、ニワトリを数羽飼っている。朝採った新鮮な卵のはずだ。

 キッチンの床にカセットコンロを置いて、缶詰を温め出した。暗くなった家の中で、コンロの火が浮き上がる。

「お前この缶詰どうしたんだよ」
「取ってきたんだよ。天神で」
「天神に行ってたのか。ほんと馬鹿だなあ」
 天神、博多駅周辺、かつて栄えた街で人間は支配権を失っている。
 だけど同時に、人間が荒しそこねたままの場所でもある。まだ物資が残っている。

「天神で炭鉱の奴らに追いかけられた」
 ああ、それで矢が生えてたのか、と亨悟は笑う。
「最近ご無沙汰だったが、また来たか。炭鉱ヤクザちゃんと捲いてきたのか?」

 のんきな奴だ。
「一応な。うるせえ炭鉱車の音も聞こえねーだろ。それよりもっと俺の無事を喜べ」
 長浜でも見かけたのは気になる。まだ天神近郊をうろついているのならいいが、こっちのほうまで来たら厄介だ。

 だから用心のために、今日は自宅に戻らず、この隠れ家に寄った。よそ者が一緒だったのもあるが。

「もしかしたら博多の方に行ったかもしれないし、変に大騒ぎして刺激しなきゃあ、アイランドシティとか、志賀島《しかのしま》の方に行ってくれるかも」
 地下は吸血鬼たちの棲み家で、奴らは地下鉄の廃線を移動に使う。

 地下鉄は微妙に環状になっていなくて、途切れた区間がある。この区間のお陰で、奴らの西方面や、郊外の支配は不完全な状態だ。
 多くの人間はそういった場所の、人が多く住めるような施設で、肩を寄せ合って、群れになって暮らしている。

 この近隣の大きなところでは、埋め立てて造られた人工の島アイランドシティ。
 そこと志賀島は、陸地とつながっていた道路を破壊して、簡単に渡れなくしてあるらしい。

 西の糸島や農業をやっていた地域は今も機能している。俺たちよりもよほどマシな生活をしてて、たまにそこの食料と街で拾ってきた物資を交換してもらう。

 それから太宰府天満宮と国立博物館跡。吸血鬼を退けられると思って、宗教施設に駆けこんだ人たちがいる場所だ。

 他には北九州の八幡製鉄所あたりの工業地帯。そして今日俺を襲ってきた奴らのいる、筑豊の炭鉱。

 ガソリンが手に入らなくなって、人間はまた炭鉱に目をつけた。
 炭鉱は日の光が入らないこともあって、奴らと激闘があったというが、採掘している石炭は重要なエネルギーだった。

 そして、俺の生まれた能古島《のこのしま》。

「他の人に、警告に行かないと」
「お前は律儀だなあ。まあ、七穂《ななほ》ちゃんもいるし」
 亨悟は笑いながら、缶詰に卵を落とした。音を立てて、味噌と卵の混じる匂いが広がる。

「……お前、気をつけろよな」
 脳天気な亨悟に、しぶしぶ言うと、奴はまた笑った。
「お前はほんと、いい奴だよ」
「うるせえ」
 俺は思いきり顔をしかめた。

 亨悟はもともと、この界隈の奴じゃない。何年か前にもやってきた炭鉱ヤクザの一人だった。
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