終わりの町で鬼と踊れ

御桜真

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第五章

【3】 そして得たもの

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 爆発に、近くの家も吸血鬼どもも吹き飛んだ。立っていたものは誰も彼もなぎ倒された。

 炎はいつまでもめらめらと燃えて消えない。
 奴の体の破片が散らかってる。黒いコートの跡形もない。

 ――ざまあみろ。
 思ってみたけど、全然うれしくなかった。ずっと殺してやりたいと思ってた父さんの敵を討っても、全然うれしくない。
 達成感もない。

 残った吸血鬼どもは、もうあと数人。こちらの方がずっと数が多い。今は空が吹き荒れてるし、いずれまた夜も来るだろうけど、ここは島だ。
 朝までしのげば、俺たちのほうが有利だった。

 吸血鬼どもは引き際をわきまえていたようで、すぐに身を翻して北の方へ駆けて行く。
 追いかけるおっさんたちや銃声が響くが、俺はもうどうでもよかった。

「噛まれたぞ……」
 周囲で、誰かがつぶやく声が聞こえた。
 良くない空気だ。

「おい、さっさと起きろ」
 紗奈が地面に倒れ伏したまま、起き上がらない。抱え込んで引っ張り起こすが、ぐっしょり濡れた体は重かった。

「おい」
 紗奈の顔に雨が叩きつけていく。
 おい、いい加減にしろよ、と思った時、小さく瞼が震えた。パチパチと瞬いてから、紗奈は俺を見て笑った。
 奴に貫かれた胸から、血が止まらない。

「ダメっぽい」
 血の滴る唇が、冗談めかして言う。出会ってからこっち、そんな態度見せたこともないくせに、ここに来てそれか。

 ――ムカついた。

「お前、いい加減にしろ」
「あたしどうせ生きられないよ」
「生きたいって言ってたろうが」
 吸血鬼に変わってしまっても。
「そうだけど」

「あきらめるな。お前が言ったんだろうが。あきらめるな」
 吸血鬼どもを抹殺して、撲滅して、除菌すれば、世界を取り戻せる。そう思ってた。

 今までだって何度も、言葉を話すのを見たことがある、やりとりをかわしたことがある。
 襲われた時に、駆除する時に。だけど、奴らは人間じゃなかった。人間だったのは知っていたけど、もう俺の中では人間じゃなかった。

 人間じゃなかった。
 そのはずだった。
 ――でも、そうじゃない。

 何も変わらない。
 理性と自制と、欲望の狭間で、苦しんでいる。人間だった。人間のようでなくなっただけの。

 吸血鬼のことは憎くて、でもこいつは苦しんでて、たぶんあの少年だって苦しんでた。
 俺は何が憎いんだ。吸血鬼という奴らなのか、父さんを殺したあの少年、ただ一人か。俺自身か。

 風も雨も殴り付けるようだ。海から吹き付ける風が雨を真横に散らしている。俺の頭の中を揺さぶり続ける。

 何がなんだかわからないけど、このままじゃだめだ。
 このままだと、こいつはほんとに死ぬ。吸血鬼だって、重傷を負えば死ぬ。
 それにこいつはほとんどまともに人間の血をとってなかったはずだ。回復が追いつかないんじゃないのか。

「俺の血をやる」
 思わず言っていた。
 血を飲めば、活力が戻るはずだ。
 けれど紗奈が応える前に、誰かが俺の肩を掴む。

「おい、そいつ噛まれてただろ」
 いつか、渡船場で俺に絡んできたおっさんだ。血まみれの日本刀を持っている。

「うるせえ」
「なんだと、お前はいつも勝手ばかり……」
「うるせえ!」
 何もかもの苛立ちを込めて、俺は腹の底から怒鳴った。

「終末前生まれは黙ってろよ、おっさん!」
「なんだと、年長者をうやまえ!」
「何が年長者だ。お前らがこの世界をこんなにしたんだ。俺たちは生まれた時から世界が滅びてた。昔はいいとか、どうだとか、お前らの言うことなんてなんも知らねえ。お前たちのせいだ」

 豊かだった時代なんて知らない。
 物があふれて食いものを捨ててた時代なんて。病気になっても怪我をしても当たり前に手当てを受けれた時代なんて。

 俺たちはもう死ぬだけだ。ゴミみたいに転がって。何もない。いつか滅びる。
 吸血鬼か俺たちか、それとも両方が。
 適者生存なら、俺たちが生きるべきだ。そう思う。
 だけど、食うものも満足に無くて、町には壊れたものばっかり転がっていて、あれが俺たちの未来の姿だ。

「だけど、ここを守らなきゃならないことは分かってる!」
 いつか死ぬんだとしても、いずれ滅びるんだとしても、今は生きてる。
 なんでか知らないけど、生きてる。

「でも、こいつだって、生きてる」
 こいつらだって、生きてる。――だけど、傷が治らない。

 もし助けても、こいつはまた別の場所に行くだろう。行かないといけない。
 噛まれたところを見られた。もともと吸血鬼だったから、今更噛まれたって何も変わらないけど。見られたら別だ。
 もうこの土地で人のふりをすることはできない。言い訳がきかない。

 こいつを生かしてどうする。こいつ自身が迷ってる。生きていたい気持ちと、生きていてはいけないという気持ちと。
 ――そんなの、俺が肯定しないでどうする。

「俺の血を飲め」
 さっきと同じように。

 噛みつかれるのはリスクが高い。死ぬかもしれない。
 けど血を飲むのにいちいち噛みつく必要はない。腕を切って血をわけあたえることはできる。

「俺が血をやる――いつだって」
 事情を知っている人間が一緒ならば、生きていける。ここにはいられなくても。例えば、俺が。
 俺は腰の包丁を取り出して、自分の腕に振りかぶった。だけど、思いもよらない強い力で、紗奈が俺の手首を握りしめる、

「いやだね」
 あっさりと紗奈は言った。俺の決意を感じ取ったのか、彼女は笑った。
「あんたはここにいるべきだ。お父さんとの誓いを守れよ。逃げるな」

 見透かされてる。俺の迷いも考えも。
 それが悔しくて、図星をさされたようで恥ずかしくて、曲げない紗奈にむかついて、俺は口をつぐむ。

「あたしとも誓え。家族を守れ」
 俺は、何も言えなかった。
 ――なんでお前に、とか。言われなくたって、とか。なんだって言えたはずなのに。

 そんな俺に、あっけらかんと紗奈は言う。 
「人間《ひと》を助けられて良かった」
「馬鹿か、お前」
 そんな、馬鹿みたいなことしか言えなかった。紗奈は笑う。

「あんたを助けられて良かった。吸血鬼になった甲斐があった」
 くそったれだ。
 人間も吸血鬼も、くそったれな奴らばっかりだ。
 くそったれな奴らに囲まれて、くそったれな俺は、紗奈の意志を覆せずにいる。

 妹を、母を守ろうとして、父との約束に縛られて――本当は俺は、こんな閉塞感でいっぱいの土地から逃げたかったのかもしれない。
 こんな状況から。

 だから、紗奈に血を与えて一緒に逃げるなんてこと考えたのかもしれない。
 そんな俺のエゴ紗奈にはばれているんだろうけど。

 逃げたって何にもならない。
 みんなくそったれだけど、生きていこうとして、守っていこうとしてるだけだ。
 知ってる。
 だから、苛立って仕方がない。悔しくて、どうにもならなくて、おっさんたちにあたって。

 俺は本当に、くそったれだ。
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