ある悪魔(見習い)の話

雫喰 B

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1.読み切り

 これはとある一人の悪魔(見習い)が、最終試験の為に人間界に降りた時の話。

※『』内は悪魔(見習い)の心の声です。

△▽△▽△▽△▽△

 俺は、魔界でいつもいつも先輩悪魔達に扱かれている見習い悪魔。

 あまりの出来の悪さに先輩悪魔達も「お前、来る所間違えたんじゃね?」と大きく諦めの溜め息を吐かれている。

 常々、俺もそう思っていた。

 何をやってもダメ出しの毎日に、『やっぱ俺、悪魔向いてないかも…?』なんて思っていたんだ。



 そんな俺もいよいよこれから最終試験を受け(筆記)、本物の悪魔になる為に人間界に行かなければならない。
 
 最終試験の課題 ───

 当然それは人間の魂をGetする事である(実技)。

 そして、その期限は三ヶ月。

 持ち帰った魂の点数は、“ 極上の魂 ”である事が一番得点が高い。

 つまり、極悪人の魂も得点は高いが、善人の清らかな魂をドス黒く染め上げた魂の方が更に得点が高い。

 何故得点が高いかというと、魔素が多いらしい。
 そして、魔素が多い魂を魔界で解放すると魔界全体が潤うと言われているからだ。

 

 とにかく落ちこぼれで落第寸前の俺はもう後が無い。

 何としてでも期限までに人間の魂…特に極上の魂を手に入れ、最終試験に合格しなければ!

 と勢い込んで人間界に来てみたものの……。

 此処に来て1週間、どんな人間の魂を手に入れようかと未だに悩んでいる。

 俺だけが思っている事かもしれないがなんか人間って、もっと呑気にお気楽に生きているものだと思っていた。

『そりゃあ、確かに欲深い生き物だと聞いてはいたが、悪魔も顔をしかめるほど欲深いとは思っていなかったんだよな。』

 他人を妬み不幸を願う者、他人の金や財産を相手の命を奪ってでも手に入れようとする者、自分が上手く行かないからと相手を貶め呪う者etc.…。

 果ては他者の命を奪う者まで…。

 有るわ有るわ、数え上げれば切りが無く、あまりにも多過ぎてどの人間の魂にしようかと目移りしてしまう。

 そして俺は、今日も標的を決めきれずに街中まちなかをうろうろと彷徨っていた。
 
 そんな俺の目の前に一人の女が…。

 それほど人を引きつけるような人間でもないのに、何で目を引かれたのか自分でも分からないがとにかく目を離せない。

『何なんだ一体……?』

 地味な色合いのヨレヨレのワンピースを着て、能天気そうにいつもニコニコしていて、不幸とは全く縁が無さそうに見える。

『まぁ顔は俺好みではあるが…。』
 
 とにかく気になった俺は暫く彼女を観察する事にした。

『………。』
『………。』
『………。』

『何なんだコイツは?』

 彼女は毎日毎日飽きもせず、街中で迷子になって鳴いている子供を見掛ければ飛んで行って一緒に親を探し、困っている人がいればその度に手を貸している。

『ケッ!!』

 俺達とは真逆の彼女に反吐が出そうになるしイライラする。

『あ~やだやだ!!』

 そう思っている筈なのに気付けば今日も彼女を観察しているのだ。

 日が傾き、いい加減飽きた俺は当初の目的通りに、魔界に連れて行くに相応しい穢れた魂を手に入れる為、他に標的になりそうな人間を探しに行こうとした。

 だが、家に帰ろうとした彼女のほんの一瞬見せた途方に暮れたような寂し気な顔が気になり、いつもならば家までは付いて行かないのに、その日は付いて行く事にした。


 彼女の後を付いて行きながら考える。

『けどよー、考えてもみろよ。

 能天気にニコニコして他人を放っておけない奴は、家に帰ってもニコニコと幸せそうに一家団欒している筈だから、家まで付いて行っても無駄足になるだけだと誰だって思うだろう?

 だから今まで家に付いて行く事なんてしなかったんだ。

 なのに何で今日に限って家まで行こうとしてるんだ?

 はあ~、何やってんだろう俺…。
 ど~せ無駄足だろうが仕方無い。』
 

 半ば億劫になりながらダメ元で付いて行く。

『けど…もっと早く付いて行ってれば良かった。』



 彼女の母親は二年前に亡くなったらしく、葬式の翌日には再婚相手とその連れ子が家に来た。

 継母と連れ子である二人の義妹に、それ以来ずっと虐められていたようだった。

『だからいつも街中に居たんだ。』

 父親はというと家の中の事には全く無関心で、もう一人の娘の事に気付いてもいない。
 いや、その存在すら最初から無かったのだと思っているのかもしれない。

 そんな感じの冷たい家族だった。

 そんな毎日でも夜寝る前に、服の中から取り出した母親の形見のペンダントに話し掛けている姿は、悪魔の俺でもちょっと感傷的になるぐらいには可哀想に思えた。

 

 その数日後、いつも着ている地味な色合いのヨレヨレのワンピースとは違い、髪を結い上げ綺麗に化粧を施し、明らかにサイズが合っていない上、似合ってもいないド派手なドレスを着た彼女が、馬車に乗って何処かへお出掛けするのを見た俺は早速後を付けた。 

『あんなに着飾って何処へ行くのだろうか?』

 不思議に思い付いて行く。

 そして、彼女の家よりも大きな屋敷へと馬車は入って行った。

 姿を消して屋敷の中に入ると彼女を見つけて後を付ける。



 一つの部屋に通された彼女がテーブルを挟んで男と向かい合わせに座っているが、男の方は明らかに態度が悪い。

 ソファーの背もたれに片腕を乗せて脚を組んで座り、嫌悪感いっぱいの目で彼女を見ている。

「いつもいつも辛気臭い顔をして鬱陶しい。しかもセンスの悪いドレスばかり着やがって…ちょっとは愛想ぐらい振り撒いてみろよ。まったく…。」

 などと言って男が舌打ちをする。

 いつもニコニコと能天気に笑っている女が、ギュッと握った手を膝の上に置き青い顔をしてずっと俯いている。

 それを見て何だか分からないが、ムカムカと腹が立つ。

 扉をノックする音が聞こえた後、ティーセットを乗せたワゴンを押して侍女が部屋に入って来た。

 何を思ったのかその侍女は、お茶を淹れるでもなく、彼女を嘲るように一瞥した後、男の隣に座って撓垂れ掛かり二人はイチャつきだした。

「っな!?」

 信じられないその光景に思わず声が出たが、男と侍女はイチャつくのに夢中で声に気付く事は無かった。


 彼女が部屋を出る様子はなく不思議に思っていたが、やはり堪えられなかったのだろう。

 立ち上がろうとしたところで「いつものように終わるまで立つな!」と男が怒鳴った。

 震えながら諦めたようにソファーに腰を下ろす彼女。

 男の言葉から、此処に来た時はいつもこうだったのだと悟った。

 後で分かったのだが、その男は彼女の婚約者で彼の事が好きだった彼女は婚約できて嬉しかったらしい。
 
 けどそれも裏切られ蔑ろにされ続け、今では好意の欠片すら無いものの、男の家の方が爵位が高い為に逆らう事も出来ないらしい。

『人間とは面倒臭いしがらみが多いようだ。』

 かつて好きだった男に言われ、気が弱い女は逆らう事もできず馬鹿みたいにが終わるまでソファーに座っていた。

 膝の上で硬く握り締められた彼女の両手は小刻みに震え白くなっていた。



 思ったよりも早く行為を終わった男が服を整える事なく彼女を見遣る。

「泣きもしねぇのかよ。面白くねぇな。」

 そう毒突いた男が彼女の首に掛かるペンダントに気付いた。

 口角を上げ嫌らしく嗤うと彼女からペンダントを取り上げ、「返して!」と泣き縋る彼女を振り払い、その様を見てニヤニヤと嗤う侍女に投げ渡すと、彼女の腕を掴んでを引き引き摺り出すように部屋から追い出した。

『ケッ!どーせこの後も、またクズ男と腐れ侍女は乳繰り合うんだろう。』

 フラフラと誰に見送られる事もなく馬車に乗る彼女。

 御者ですら手を貸さない。

 帰りの馬車の中で一人、俯き両手で顔を覆って声を押し殺し彼女は啜り泣いていた。

 それを見て悪魔の筈なのに俺の胸はズキズキと痛んだ。

 その夜、俺は意を決して彼女の前に姿を現す事にした。

『こんな所に彼女を置いて置けるかよ。』


 潤んだ大きな宵闇の瞳が俺を見上げている。

『何で驚かない?
 ふつう驚くだろ?』

 ジッと見詰められて思わず唾をゴクリと飲み込んだ。

『天使が見て見ぬ振りを決め込むのなら俺が(その魂を)貰ってもいいよな。』

 そう思った。

 だが、その前に契約を交わさなければならない。

 意を決して、俺は彼女に“ 悪魔の契約書 ”を提示した。

 そこに書かれているのは、彼女の願いを叶える代償にその魂を貰い受ける事。

 それを見てフッと笑い「願い事と言われても…。」と首を傾げる彼女。

『なんか可笑しな事を書いたっけ?鈍いのか?』

「ほら、義母や義妹達やあの男にやりたい放題やられて復讐したいだろう?代わりに俺がやってやるから!なっ、いいだろう?」

 なのにキョトンとした顔で俺を見上げる彼女。

『いや、だからどんだけ鈍いんだよ!?』

むごたらしい目に遭わせて殺すとか、これまでにやられた事を全部やり返すとか…何かあるだろう!」

 けど、やっぱりキョトンと首を傾げる。

『ダァーッ!もうーッ!!』

 顎に人差し指を当て首を傾げた後に彼女が呟く。

「そりゃあ、酷い目辛い目には遭ったけど…死んで欲しいとは思わないし、酷い目に遭わせるつもりもないし…。」

 その答えに何だか苛つく。

「だ・か・ら!何でもいいんだよ!何か無いの?」

 彼女は、今度は反対側に首を傾げて言った。

「ちょっと風邪をひいて寝込む…とか?あ、でもそれもしんどいし辛いよね…。」

『ダメだこりゃ………。』

 心からそんな事を言う彼女はどうやらお人好しのようだ。

『俺は諦めるしかないのか?』

 そう思った時、彼女が何かを思いついた。

「あ、そうだ!この先ずっとタンスの角なんかで足の小指をぶつける!…とか?」
「ぶふぉっ!?」

『何それ!?』

 思わず吹き出した。

 『いや、そっちの方が酷くね?』

 肩を震わせて笑っていると、「何で笑うのよ。」と頬を膨らませている。

『…かわいい。』

「いいのか?」

 そう聞いたら黙って小さく頷いた。

「でも…お前なら天使が迎えに来てくれるかもしれないのに?」

 彼女は首を左右に振り、クスリと笑った後に言った。 

「だって…ずっと傍で見ていてくれたでしょ?」
「っ!?見えてたのか?…けど…俺は見習いとはいえ悪魔だぞ?」

 再び顔を上げて俺を見る彼女。

「でも…傍にいてくれたわ。それに(天使が)来てくれる保証なんてないでしょう?」

 その言葉に申し訳無さと罪悪感を感じ、この時ほど自分が悪魔(見習い)だったのを悔やんだ事はなかった。

「…ほんとにいいのか?」

「ええ。優しい見習い悪魔さん、私は貴方が良いわ。」

 もう後戻りは出来ない。

 彼女が頷き契約書にサインした後、俺は呪文を唱えた。

 

 途端、マリオネットの糸が切れたように彼女の体がくずおれるのを抱き留めてベッドの上に横たえた。

「何か…不思議な感じ…。」

 立ったまま此方を見ている彼女(の魂)が言った。

 彼女の手を取る。

 いつものようにニコニコと能天気に笑う彼女。

 その笑顔を見て何だかとっても切なくて…。

 だって…魂を魔界に連れて行けばもう二度とこの笑顔には会えない。

「このまま逃げようか…。」
 俺がそう言ったら

「馬鹿ね。」
そう言ってまた笑う。

「ζΨηεδξλωφ」 

 仕方なく帰還の呪文を唱えたのだが発動しない。

「ζΨηεδξλωφ!ζΨηεδξλωφ!! ζΨηεδ…。」

 それでも発動しない。

『何で!?
 何でなんだよ!!』

「っ!?」

 急に目が眩むほど眩しい光が辺りを包む。

 目の前には光り輝く天使が…。

『まさか!
 今更彼女の魂の救済に現れたのか!?

 彼女を取られる!!』

 そう思った俺は臨戦態勢をとる。

 が、

 ポスンと頭を叩かれた(?)

「は?」

「何を勘違いしているんですか?行きますよ。」

『コイツ、何言ってんだ? 
 一緒に…って、俺も?
 それとも俺の耳がどうかしたのか?』

「見て…。」

 彼女が俺を指差して言う。

 俺の体の肘や膝下の青黒い皮膚の色が血色の良い色に代わり、長く尖った爪は人間の爪みたいになって…尖った耳も人間と同じ形になり、鉤爪みたいな尻尾も無くなっていた。

 そして、背に生えたコウモリみたいな漆黒の翼は…、

 純白の羽毛に!

「分かったら、行きますよ。」
「え!?いや…ちょっ…待っ…!?」

 その天使はそれ以上何も言わせずに俺と彼女の手を引いて天へと羽ばたいた。



 何で?って思ってたら

 彼女の魂の救済は、彼女が復讐を望まなかった事で決まったらしい。

 俺は?というとまだ見習い悪魔だった事と彼女に申し訳無く思った事で救済措置がとられたらしい。

『う~ん。
上の考える事は分からない。』


 で、俺と彼女は天使見習いとなった。

 そして、彼女は優秀で天使に昇格するのも早そうだ。

 俺は…というと、こっちでもやっぱり落ちこぼれで日々、扱かれる毎日である。


── 完 ──


~~~~~~~

*お読みいただきありがとうございました。

 

 
 

 

 
 






 

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