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8.話し合い①
十日かけてやっと南部辺境伯領の領邸に着いた。
が、我々訓練参加者達を出迎えたのはライアン様ではなく、家令だった。
王都で会議に出席している為、辺境伯が留守なのはわかるが、次期辺境伯である嫡男のライアン様ではないのを疑問に思ったが、単に忙しいのだろうと考えた。
「ライアン殿に訓練の事で報告したい事があるのだが、邸に居られないのだろうか?」
東部辺境伯領からの訓練参加者の代表であるモーリス卿が家令に問うた。
家令はライアン様が客人を迎えに行き、留守である事を告げ深々と頭を下げた。
モーリス卿は一瞬眉を顰めたが、仕方ないといった感じで戻って来たら知らせてくれるよう家令に頼んだ。
そして、訓練参加者達の方に向き直ると訓練開始及び内容についての連絡は後ほどする事を告げ、各自割り当てられた部屋へ向かうように言った。
家令とモーリス卿の遣り取りを聞いていた私の胸に不安が広がる。
何故か嫌な予感に胸騒ぎがする。
客人とは…まさか…?
いや、しかし東部辺境伯リカルド卿は参加させていないと言っていた。
『考え過ぎ…だよね…。』
嫌な考えを振り払うように軽く頭を振った後、割り当てられた部屋へと向かう。
領邸の敷地内にある離れには男性騎士達が、私を含めた女性騎士達八人は領邸内の部屋を割り当てられた。
後発組が来たら交代して私達先発組は各辺境伯領へと帰還する事になっている。
取り敢えず、割り当てられた部屋に入り旅装を解く。
動き辛いからフルアーマーやハーフメイルは着けなかったが、胸当てを着け、スモックの中は鎖帷子を着ている。
上から羽織っているフード付きマントは防水仕様の為、普通のものよりはほんの少し重い。
其れ等を外し、やっと一息吐けた。
割り当てられた部屋は客室なのだろう。小さいが浴室もあり、旅の汚れを落とす事にした。
それが終わって着替えを済ませると扉がノックされたので入室を促すとティーセットの乗ったワゴンを押して侍女が入って来た。
後は自分でするからと言ってから、何度かお茶会に来た時に見知った侍女だったので、ライアン様が戻られたか聞いた。
すると、少し思案してから
「戻られましたが…でも…。」
と、何だか歯切れの悪い言い方をする。
先程の嫌な予感が的中したと思った。
だからそれ以上聞くのも気が引けて
「…わかったわ。ありがとう…。」
そう言うと、侍女は申し訳なさそうに頭を下げ、退室していった。
如何したものか。
訓練の事もある為、いつ話し合うかを決めなければいけないのに。
侍女の様子から、迎えに行った客人とはラフレシア嬢で間違い無さそうだった。
訓練参加者の名簿に名前が無かった事をから、個人的にライアン様に会いに来たと考えられる。
その発想は無かった…。
だが、プライベートでライアン様に会いに来るのは今回が初めてではないだろう。
「当たり前よね。噂が私の耳にも入るぐらいなんだから。」
独り言ちる。
それにしてもライアン様に限らず、婚約者がいるのに浮気する人って何で身辺整理をしないのか謎である。
柵や損得勘定があるからだとしても杜撰過ぎる。
バレないとでも思っているのだろうか?
いやいやいや、いくら何でもバレるだろう。
人の多い所に人目も憚らず二人きりで行けばバレるのは火を見るより明らかではないか。
何故バレないと思うのか。
やはり二人揃って頭の中がお花畑状態になっているとしか思えない。
思わず想像してしまった。
…茶でも淹れよう。
カップに口を付け、茶を飲んで気分を変える。
要らぬ想像に頭痛がしそうだった。
最後に会った時のライアン様の顔が思い浮かんだ。
胸が少しチクッとしたような痛みを感じた。
好きだったのだ。
いや、正直今も好きだ。
だけど人の心は変えられない。
私との婚約も卒業後の結婚も、ラフレシア嬢との逢瀬に比べれば簡単に忘れられてしまうようなものだっただけの事。
今は異性として恋愛感情を持てなくても、結婚すれば自然と夫婦らしくなっていくものだと思っていた私が馬鹿だっただけ。
あの笑顔も優しさも本当に愛した人に向けるそれとは違ったのだ。
「ニア!!」
私の名を呼ぶ声と大きな音を立ててドアが開くのと殆ど同時だった。
「ハロルド、ノックぐらいしさいよ。」
その行動だけで誰だかわかる奴も珍しい。
幼馴染みでもある従兄のハロルドは、何度言っても私の部屋に入る時にいつもノックをせずいきなりドアを開ける。
「…すまない…じゃなくて!」
「じゃあ、何なのよ。」
カップに口を付け、温くなったお茶を飲む。
「何なのよ。じゃねぇよ。お前の婚約者、何なんだあれ。」
「次期南部辺境伯様よ。今のところはね。」
「だぁぁー、そうじゃなくて。娼婦みたいな女を腕にぶら下げて戻って来たんだが?どういう事なんだ?お前ら一体どうなってんだよ。」
『チッ!脳筋め。噂も知らんのか。』
と、腹の中だけで言う。
「私の後釜よ。と言うか元カノ?じゃなくてずっと一途に想ってた最愛の女…かな?」
「はあ?!」
そう言うと目の前のソファーに音を立てて座る。
それに答えずお茶を飲んでいるとテーブルを乗り越えそうな勢いで身を乗り出してきた。
「いいのか?それで…。あいつの事、好きだったんじゃないのか?」
「…人の心ほどままならない物はないよね。」
「そ…な…。」
かなり動揺しているらしく言葉が出て来ないようだ。
「婚約解消の件はお父様も承知しているから。」
この話は終わりとばかりに畳みかけるようにハロルドに言った。
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