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28.生還者
「…ウッ…くっ…。」
意識を取り戻したライアンだったが、顔面の痛みに呻いた。
起き上がろうとしたところで、後ろ手にロープで拘束されている事に気付き、仕方なく痛みを堪えて体の向きを変えると辺りを見回す。
拘束されてはいるものの、天幕内に見張りの騎士はおらず、自分一人だと分かり大きく息を吐き出した。
今のところ顔面以外に痛みは無い。
と、誰かが近付いて来る気配に、入り口に背を向け意識を失っている振りをした。
天幕に入って来た足音が、自分に近付いて来るのがわかった。
自分のすぐ傍まで来て屈んだように感じたので体を其方に向け、相手の顔を見た。
「「!?」」
お互いに驚いた。
「…タリス。」
「驚かさないで下さいよ。そんな事より…ちょっと待って下さい。」
そう言って彼は、後ろ手に結ばれたロープをナイフで切った。
「大丈夫ですか?」
心配している彼の手を借りて体を起こした。
「ありがとう。すまないが水をくれないか?」
タリスは立ち上がり、天幕内に置かれた小テーブルの上にある水差しからコップに水を注ぐとライアンに手渡した。
手渡されたライアンはそれを一気に喉に流し込むと大きく息を吐き出す。
その間にタオルを水で濡らして持ってきたタリスは、コップと引き替えにライアンに渡した。
「イテテテ…。」
濡らした手拭いを顔に当てる。
顔面が痛いものの、鼻の骨も顎や頬骨も折れて無さそうだと分かり、そのまま手拭いで顔に付いた血を拭う。
その様子を眉尻を下げ、困ったような顔で見ていたタリスがもう一つの濡れた手拭いを差し出しながら、あの後決まった事を報告した。
ライアンが謹慎処分となった事、夜明けと同時に捜索活動が行われる事など。
そしてライアンの処分については、今回の件が片付いた後に北部辺境伯が決める事も。
「…わかった。」
ライアンは顔を拭っていた手を止めタリスに言った。
「タリス…悪いが、一足先に俺はニアを探しに行く。」
立ち上がろうとしたライアンを押し止めるタリス。
「無茶ですよ!それに謹慎処分食らってんですよ!何考えてんですか!」
ライアンの身を案じて言うタリスの言葉に彼は首を横に振った。
「頼む、行かせてくれ。ニアやハロルドだけでなく、シトリン・カーライルも戻ってきていないんだ。」
「!?」
それを聞いたタリスの顔から血の気が引く。
シトリン・カーライル男爵、挙動不審有りとの報告があった人物で、黒幕との繋がりを疑われている。
そんな人物が彼等が取り残された場所にいる事にライアンが危機感を抱いているのだ。
「…ですが…。」
「それにニアは怪我をしている筈だ。一刻も早く救出しなければ血の臭いに惹かれて魔獣達が集まって来るだろう。」
「だからと言って、危険を承知で森に入るなど…。」
「そんな事は言われなくてもわかっている。しかし彼女に何かあったらと思うと…。」
「…わかりました。呉々も無茶はしないで下さいよ。全く、嫡男だって自覚あります?無いですよね。」
「だから向いてないって言い続けてただろ。父には親不孝者で申し訳ないと、俺を廃嫡して早急に跡継ぎを決めておいてくれと伝えて欲しい。」
「なっ!?何言ってるんですか!」
「頼む。無事に戻って来られるかわからないから信頼しているお前に頼んでいるんだ。」
苦笑しながら天幕から出て行くライアン。
タリスは掛ける言葉も思い浮かばず、何も言えないままその背を見送った。
だが暫く後、タリスはライアンを行かせた事を後悔する事になる。
話を聞いたセドリックはタリスを責めなかった。
領主である自分が来た事で、ライアンはやっと身動きが取れるようになったのだ。
廃嫡を望み、後を託して救出に向かう。
そこまでニアが大切だったのだろう。
「遅すぎたがな…。」
そう言って目を眇め、前を見据えるセドリックにタリスは黙って頭を下げると天幕から出て行った。
天幕から出て移動していたタリスは、何やら騒がしい事に気付いた。
前方から走って来る騎士を呼び止める。
「騒がしいが、何かあったのか?」
足を止めた騎士は、頭を下げると答えた。
「カーライル卿が帰還されました!」
「何!?」
彼が生還した事で、ニアとハロルドの安否が気になる。
「ですが…負傷され、出血量も多く…。」
続く言葉に、森に取り残された者達の置かれた状況が良くない事がわかった。
「呼び止めてすまない。報告に行ってくれ。」
駆けていく後ろ姿が天幕の中に消える。
ライアンの事も気掛かりだが、モーリス卿が帰還した後の状況を知っているのはカーライル卿だけだ。
一刻も早く彼から話を聞く必要がある。
タリスは彼の元へと急いだ。
医師がいると聞いた天幕に行き、入り口に立っている騎士に帰還したカーライル卿に話を聞きに来た事を告げ中に入った。
彼は傷の手当てを受けていたが、意識はあるようだった。
それを見守るように何人か傍にいるのがわかった。
「!?」
その中にニアの兄、アレクサンデルの姿を認めて驚いた。
「アレクサンデル殿?」
声を掛けられ驚いたようだった。
「…?…タリス殿、何故ここに?」
「貴殿こそ、何故ここに?」
カーライル卿は東部辺境騎士団所属である。なのにモーリス卿ではなくアレクサンデルがいる事に違和感を抱いた。
何やら思い至ったアレクサンデルが
「彼に話を聞きに来ただけだよ。君もだろ?」
ふ と言ってニヤリと笑うのを見て、警戒しながらもただ黙って頷くタリスだった。
「と言う訳なんだけど、彼から話を聞いても差し支えないかな?」
手当てを終え、水の入った盥で血を洗い流している医師にアレクサンデルが聞いた。
「処置も終わりましたから、少しぐらいなら大丈夫でしょう。」
医師はそれだけ言うと、看護師と共に天幕から出て行った。
普通の怪我人であれば救護天幕に運ばれるが、報告とそれに伴う聴取がある為、天幕内はベッドに横たわっているカーライル卿だけだ。
上体を起こそうとした彼を手で制してからアレクサンデルは質問をした。
「で?戻ったのは君一人だけなんだけど、途中まで誰かと一緒だったのかな?」
青い顔をしたカーライル卿がゆっくり首を横に振る。
「いえ、小官一人です。申し訳…。」
「いや、咎めている訳じゃないから謝罪は無用だ。帰還するまでの話が聞きたい。」
彼は自分の荷物が置かれたサイドテーブルを指さして言った。
「…そこの革袋を…。」
テーブルの上に無造作に置かれた物の中から、革袋があったので手に取り掲げて見せた。
「これのことかな?」
彼が頷くのを見て、
「…封印…?中に何が入って…。」
袋を開けようとしたら
「駄目です!!っつぅ…。」
慌てて制止しようとしたが傷に響いたようで、痛みに顔を顰め呻いている。
「…?」
袋を開けようとしていた手を止め、開けていないと示す為に再度掲げて見せた。
「…魔石…です。魔石が入っているんです。」
「「魔石っ!?」」
アレクサンデルとタリスが驚いた。
だが、タリスはその革袋に見覚えがあった。何故ならば、それは撤退する時にラフレシアの懐から落ちた物だったからだ。
「…だからだったんだ。」
額に手を当て呟いた言葉は、隣にいたアレクサンデルにも聞こえた。
「どういう事だ?」
タリスは、険しい表情を浮かべる彼にその時の事を話した。
「なん……だと!?」
怒りを抑えるように奥歯を噛み締めているアレクサンデルから、抑えきれない怒気が洩れ出している。
タリスは少し早口になりながら気になった事を聞いた。
「これに再度封印を施したのは誰だ?」
「…カレドニア…様です。」
「!?」
「何っ!?」
生死がわからない妹の手掛かりに、アレクサンデルが詰め寄り、タリスの声も俄然大きくなる。
「…と言っても、持っていた護符を使われただけですが…。」
「そ、それで、魔獣の攻撃を受けたと聞いたがニアは…妹は大丈夫なのか?」
「そ、それは…。」
「なんだ、わからんのか?」
途端に顔色を悪くしたカーライル卿にタリスが気色ばむ。
「も、申し訳ない!その革袋を一刻も早く持って帰れと言われ…。」
「で?怪我人を放置して、おめおめと逃げ帰ったと言うのか?」
顔は笑っているのに目だけ鋭く詰め寄るアレクサンデルに、「いや…」、「その…」、「しかし…」と、たじたじになるカーライル卿。
彼に目で助けを求められ、タリスは困惑した。
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*いつもお読みいただきありがとうございます。
*お気に入り、しおり、エール等、本当にありがとうございます!
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