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18.白狐怪奇譚②【短編】
第3話 史と寿々
しおりを挟む日曜日
寿々は史からの誘いで渋谷駅での待ち合わせに向かっていると、駅前で女の子の人だかりが何やら賑わっているのを見てのっけから嫌な予感がしていた。
「嘘マジ?あの人めちゃくちゃイケメンなんだけど・・」
「えー!ハーフかなぁ?声掛けちゃう??」
流行りのファッションを精一杯に着こみ、女の子達は今日一番自信をもってここに来ている。
そんな雰囲気の集団の何人もが一人の人物に注目をしていた。
「・・・・マジかよ」
女の子達の目線の先にいたのはやはり史だった。
その寿々の呆れた顔を見つけ史は手を挙げるとニコニコとしながら寿々の方へと近づいてきた。
「寿々さん、おはようございます」
いつもとはちょっと違う雰囲気の史に寿々も正直どう反応したらいいのか複雑な顔になった。
史を良く見るとどうやら髪の毛を切ったらしく、いつももっさりしていた銀髪の後ろ髪が随分とすっきりとしている。
恐らくそのせいもあってより一層イケメンに磨きがかかっているようだ。
「・・・渋谷駅での待ち合わせとか最悪だな」
と寿々が愚痴を漏らすと
「正直朝から地獄のように声をかけられましたよ。とにかくここから移動しましょう」
と史ももう二度としたくはないといった雰囲気だ。
周りの女子集団が未だに寿々などに目もくれず史にばかり注目する中、二人はどうにか改札口を抜けて駅構内に入った。
「はぁ・・全く。で?どこに行くつもりなんだ?」
寿々がそう聞くと
「上野に行こうかと。どうです?」
史がそう言うと
「え?上野?行きたいかも」
と寿々は目を輝かせて答えた。
「寿々さんは上野好きですか?」
「えーだって国立博物館も科学博物館もあるだろ?美術館も行きたくなるし1日じゃ時間が足りないくらいだよ」
と楽しそうに話す寿々の横顔を見て史もついつい嬉しくなってしまった。
電車に乗り込むと日曜の朝という事もありかなりの人混みだ。
二人はほぼ密着するほど距離が近かく、史はそれだけで緊張したが寿々はこんなにも近くにいるというのに特に気にする様子もなくスマホを弄りながら何かを調べているようだった。
池袋に到着すると一気に人混みが駅に流れていき、降車口付近に乗っていた史は人混みに押されその弾みでずっとポケットに突っ込んでいた左手を手摺に押し付けられ思わず顔を歪めた。
「いっ・・・!!」
「?え、何?」
寿々は人混みを避けながらも史のその様子に怪我な顔をした。
「・・・・・」
黙り込む史だったが、よく見ると若干涙目になっている。
そこで寿々はようやく史が左手をポケットにずっと突っ込んでいるという事に気づき、嫌な予感がした。
「史、左手どうしたんだ・・」
その言い方に何となく言い出したづらくなったものの、史は最初から話すならば電車がいいだろうとそう思い今日わざわざデートに誘ったのだ。
仕方なくゆっくりと手を出しその怪我を寿々に見せた。
「・・・・・・・」
史は寿々の開いた目が全く瞬きをせず硬直しているのを見て焦った。
「実は今日誘ったのは、ちょっと俺の家の方も色々とあって・・・寿々さんに誤解されたくなかったので仕事前にちゃんと話がしたかったんです」
そう言いながら申し訳なさそうに話す。
「え・・骨折?」
「いえ、ヒビ入ったくらいなので大した事ないです。全治1ヶ月とのことでしたので」
「・・・・・・やっぱり俺の」
そう言うと寿々の顔が思わず歪んで今にも泣き出しそうで史も予想はしてはいたが本気で慌てた。
「違いますって!だから、そう思われたくないのでちゃんとあとで話しをさせて下さい」
そうは言われても寿々はもはや何が本当に自分のせいかそうじゃないのかがわからないのだ。
二人はそのまま黙り込んでしまった。
寿々は今回の群馬の一件でメンタルがだいぶ弱っている。
本当は今日も出かけたくは無かったけど、それでも出かけた方が色々考えなくてもいいのでは、と思って来たのに。更に史の怪我を見て本気で自分は誰かと一緒にいてはいけないのでないかとそう思ってしまったからだ。
すると史は
「寿々さんがそんな顔するなら俺これ取ります」
と言って固定されたテーピングを剥がそうとした。
「マジでやめろ!何してんの頭おかしいのかよ」
寿々がそう言って慌てて史の右手を両手で掴む。
「・・・だったら勝手に落ち込んでないでちゃんと話しを聞いて下さいよ」
と史も拗ねるように寿々を見た。
「・・・・はぁ、わかった。じゃあとりあえず上野着いたらまずは全部話せよ」
そう言って寿々は掴んだ史の手を離した。
二人は上野に着くと不忍口の改札を出てそのまま公園に入り池の方へと歩き出した。
まだ2月半ばだと言うのに、その日はとても天気が良く日差しも暖かい。
もう今日にでも梅の花が満開になるのではないか、そんな春の訪れすら感じられる日だった。
「この間の金曜日。家に帰る途中に俺の従兄弟、えっと・・父の姉の息子が突然家の近くまでやってきてたんです。それで・・・この怪我なんですが・・」
史は左手を見せながらそう話し始めた。
「・・・その前にもう少し詳しく秦家の事を話さないとですね・・・。ただ・・」
史はそう言うと不安そうに寿々を見る。
「わかってるよ。お前の家の事を聞くならちゃんと覚悟して聞かないと」
寿々はそう言ってくれたが、史はやはり不安だった。
「俺もだけど、寿々さんも今結構精神的にキツくないですか?・・なのに俺の家の話しなんて聞いたらもっとショックを受けるんじゃないかと」
「ん~・・・まぁショックはある。と思う。だけどもうこの際だから全部まるっと受け止めておいた方がいっそう楽なんじゃないかな・・多分。それに・・・」
寿々は少し思い悩んでから
「俺は史とフェアでありたいと思ってるよ。正直今はお前の負担の方が完全に大きい。・・年齢とかそういう概念をすっ飛ばしてもやっぱりそれは絶対に違うと思う」
寿々がそうはっきりと言ってくれて史もだいぶ気持ちが楽になった。
「わかりました・・・」
史はそう答えると二人は池のほとりにあるベンチに座り、秦家の家族全員とその人々の忌まわしい負の連鎖と捻じれた関係を全て寿々に話した。
最初寿々は頷きながら聞いてくれていたが、途中から本当に暗い顔になり最後の方は全く喋らずただショックを受けながらもちゃんと全部話を聞いてくれた。
「・・・で俺。先週群馬に行って、真紀さんと寿々さんと一緒に過ごして思ったんですよ。きっと俺はこの為に生まれ変わってきたんだなと。・・・そしてそう思ってしまった以上ちゃんと清算をしなければいけないと・・・ようやく本気で秦家と真剣に向き合わなければとそう思ったんです。向こうが俺をまだ陥れて利用できると本気で思っているのならば逃げるのではなくちゃんと俺はもうあの家に都合よく扱えるような存在ではなくなったとそう証明させたいんです」
寿々は史の隣で真剣にその話を聞きながら、絶対に自分が泣くような状況ではない、史の方が辛いんだから絶対に泣いてはいけない。そう思っていながらも涙が止まらなかった。
『・・・フェアでありたいとか言いながら、こんなにも俺が泣いていてどうするんだよ・・』
と顔を両手で覆い指で瞼をぐっと押し当てた。
史もその寿々の姿を見て、なんだか自分の分まで泣いてくれているようで胸がいっぱいになった。
「・・・多分、この後どこかのタイミングでもう一人の従弟の汐音がやってくると思います。正直力は迦音よりは全然大した事ないのでそこは何とも思っていないんですが。・・・あいつはとにかく姑息で卑怯なやり方しかしないのでもしかしたらまた寿々さんや、下手したら編集部の人達にも何かしらの迷惑がかかるのではないかと・・そればかりが気が掛かりです。今家にいる迦音に聞いたら迦音も今汐音がどこに住んでいるのかはわからないと言ってました。どうも伯母が父さんの脅しを聞いて本気で匿ったようで・・」
寿々はようやく涙を拭うと
「・・・わかった。じゃあもしその汐音が来たら俺も一緒に何とかする」
「いや、そうじゃなく。その時は絶対に立ち向かわずに逃げてください!」
史は寿々の言葉を必死に否定した。
しかし寿々は何かを決心したように
「だめだ。絶対に俺はそいつに一言、いや二言以上言ってやらないと気が済まない。言ったところでどうにもならなかったとしてもだ。それに・・・もし史が不利になったり逆にもし間違って史がそいつを過剰に傷つける事があったらどちらにしても俺は止めたい。いや絶対に止める」
「でももしそれで寿々さんが怪我でもすればその時は・・・」
そう言いながら寿々は赤く腫れた目でキッっと史を見返す。
「?・・・・」
「史は『俺がいれば大丈夫』ってそう言ったよな」
そう言われて正直そんなに自信を持って言い返されると思っていもいなかったので返って自信がなくなってきてしまった。
「そ・・そうですけれど・・・」
「だったら俺はお前のその言葉を信じるよ」
信じてもらえるのは嬉しいけれど、やはりもし万が一また自分の事で寿々が傷つき、それが原因で寿々を失うような事があったらもうどうしたって自分一人で生きていける気がしなかった。
「・・・・・・」
寿々も史がそれでも落ち込んでいるのを見て
「じゃあ俺も何か約束をしないとだな」
と史の方に向き直ると
「俺も絶対にお前を一人にして消えたりしない。だから俺の事ももっと信じて欲しい」
真剣な目で話した。
史も思わず堪えていた涙が頬を伝ったがすぐに拭い
「・・・・わかりました」
と答えた。
そして寿々の少し下の目線から弱々しい目で見上げる様にして
「抱きしめてもいいですか?」
と言われて寿々も急にそんな目でせがまれて心臓が破裂しそうなほど驚き
「ダメだ!絶対にダメ!!てかここ公園だし真昼間から何言ってんだ?」
動揺しながらベンチの距離を離れる様に移動した。
「真昼間の公園じゃなければいいんですか?」
と史は離れられた分だけ距離を詰める。
「ち、違う!そうじゃない!もともとそんな仲じゃない!!いい加減勘違いするな」
「勘違いじゃないですよ。正直それ以上の仲でしょ真面目な話・・・」
「・そ・・そうだとしてもだ。お前俺と約束しただろ。誕生日と編集者として一人前になったらって」
そう言われて史もため息をついてようやく諦めたようで
「・・・そうですけれど。普通だったらもう付き合っていてもおかしくない距離に好きな相手がいるのにこれからもずっと待てをさせられ続ける18歳の身にもなってくださいよ・・」
「だから・・そんな事を言われても俺には何もしてやれないから・・」
「何もしなくてもいいですよ。俺がしますから」
「もぅ・・勘弁してくれ・・。あまりしつこいと俺もう一人で帰るから!」
そう言って寿々は赤くなった顔を覆った。
「すみません。ちょっと調子に乗り過ぎました・・・ていうか本音が出すぎました」
そう言って前に向き直り
「でもそりゃぁそうですよね・・・。俺がどれだけこうやってふざけて本音を言ったところで結局寿々さんの対象はあくまでも女性なわけですし・・・。暖簾に腕押し?ですよねぇ・・」
とまるで悲観を通り越して達観しているような口ぶりで投げやりな言葉を言うものだから思わず寿々も顔を覆ったまま
「俺もね、色々考えているんだよ。お前がどうやってそういうハードルを越えてきたのかは知らないけれど俺も精神的には色々考えてるの。具体的な事は何も考えられないけれど、それでも遥かに高い壁を一生懸命上って色々と心の準備中なわけ。だから変に茶化さないでくれよ真面目にさ・・」
寿々のそのいっぱいいっぱいな言い方があまりにも可愛くて史は思わず笑ってしまった。
「・・・そんなの。頑張って一人で越えようとしなくてもいいじゃないですか。せっかく一緒にいるんですから。俺だってハードル完全に越えてるかは分からないですよ?分からないから先に進めば何か答えが見つかるかもしれないって思っているだけです」
寿々はそう言われて確かにその通りだとは思うけれど、やはりそれについては自分の中で一足飛びでどうにかなるような問題ではなかった。
実際史が群馬から帰る姿を見て何か自分にもしてあげられることがないか・・そう思ってはいた。でも今はまだ史が望むような事を受け入れたりしてあげる意外で何か叶えてあげれないだろうか・・・。
寿々は本気で悩みそして・・・・・・。
「・・・・わかった」
寿々は何かを決心してもう一度向き直る。
「・・・どうしたんですか?急に」
史もその寿々の何かを覚悟した顔を見てビクついてしまった。
「お前、部屋探しているんだよな。じゃあもううちにくればいいよ」
「・・・・・・・・は?」
史はその言葉に唖然とした。
「仕事の話は抜きにして。実際問題、俺はお前と一緒にいることで鬼神の呪いによる周囲への厄災を避けられる可能性がある。・・・そして秦家の今後起こりうるトラブルがあった時にも一緒ならば対処しやすくなる。更にうちには偶然にも前に颯太が使っていた6畳間がずっと空いている。もはやこれは必然なのかもしれない・・・自分で言っておいて本当に恐ろしいけれど・・」
寿々は最後の方は腕を組みながらこのあまりにも自然すぎる流れに寒気すら感じていた。
しかし史の方をちらっと見ると素直に喜んでいるようには見えなかった。
「いや・・ほらこの前俺の家なら引っ越したいって言ってたし・・・まぁ・・無理にってわけじゃないけれど」
と少し気まずそうに付け加えると
「・・・正直に嬉しい・・です・・・でもそれと同時に俺はそんな事をしてまともな精神状態で日々暮らしてゆけるのでしょうか・・・一緒に暮らしたって何ができるわけでもないのに、本当にそんな拷問のような生活が・・」
「いい加減にしろ!ちょっとはそういう方向から気持ちをシフトしろ!」
「無理です!18歳男子を舐めないでください!」
そう言いながら史は頭を抱えた。
「じゃ今の話しは全部無しな」
と寿々は呆れてきっぱりと言うと
「絶対に引っ越します!!」
とかつてない程の真顔でそう答えた。
その後二人は話し疲れたものもあり、近くの懐石料理屋で昼食を取る事にし
「!・・やばい茶碗蒸し美味い・・」
寿々はどうやらランチの湯葉と茶碗蒸しがだいぶ気に入ったようですっかり上機嫌に戻っていた。
「食べられないものがあったら俺もらいますよ」
史も群馬に行った事で寿々の偏食の傾向が少しずつ分かってきたようで、寿々が子供の様に自分の食べられない料理を史の皿に移したとしてもある意味自然な流れだと何も疑問にすら感じていなかった。
そしてその後二人は国立博物館で特別展示の浮世絵や屏風を一通り見終え、寿々が一番行きたかったであろう考古遺産の展示がある平成館に向かうと、寿々はそこで珍しく色々とオタクっぷり発揮し、なんだかんだと饒舌に語るので史もそんな姿にびっくりしてあっけに取られていた。
「寿々さんて本当に考古オタクなんですね・・」
と史にそう言われて思わず寿々もこんなところで興奮気味に語っているのが恥ずかしくなり
「・・まぁ実際は遺跡にもほとんど行けてないただの頭でっかちなだけなんだけどな・・」
そう言いながらも本当に楽しそうに展示物を堪能していた。
気が付けば時刻が既に午後4時半を過ぎており、結局科学博物館に行くことは出来そうにないので寿々は帰り際に博物館のショップに立ち寄ると埴輪のボールペンやら朝顔狗子図のステッカーなどを無駄に買い込んでいた。
「普通に楽しんでしまったな・・」
寿々は上野駅に戻りながらハッとしてそう呟く。
「結局普通にデートしていたと思いますけれど?」
と史にそう言われると寿々は気まずそうな顔で
「断じてデートではない・・・」
と最後まで往生際悪く抵抗する。
「寿々さんは元カノだった人とはこういうところには来た事あるんですか?」
と聞かれると
「来られるわけないだろう?・・結局いつだって男は女の子の行きたいところに連れていかれるもんだ・・」
そう自分で言っておきながら、今日は自分の行きたい場所に史を連れ回していたような気がしてふと史を見て
「・・もし行きたい場所があるなら今度はそっちに合わせるよ」
と少し気まずそうに答えた。
すると史も少し照れくさそうにし
「俺は寿々さんが行きたいところに行ければ嬉しいので」
とかわされてしまい思わず寿々も
『く・・イケメンがすぎるだろ・・・』
と思わざるを得なかったのだ。
二人はそのまま電車に乗り込み、寿々は最寄りの路線が小田急なので新宿で乗り換えになるのだが、史もいいとよに自転車を置いたままだという事なので結局二人は代々木八幡まで一緒に行くことになった。
小田急の電車をホームの一番端で待っている間、寿々は史に何も言わず先ほど博物館のショップで買った朝顔狗子図の子犬のキーホルダーを史に差し出した。
「?」
突然寿々に無言で渡されたので何事かと史も戸惑う。
「・・うちのマンション史の家みたいにカードキーとかじゃないから。引っ越してきたら鍵渡すけどそれ使ったらいいよ。あと前にしおりをもらったお返し・・一応」
史はびっくりしたのだが、そのキーホルダーの犬の顔を見て素直に
「・・・・微妙な顔」
とぼそりと呟いた。
「な?俺もその微妙な顔にツボって」
と寿々も史がこんなところで変に感極まらずにさらっと渡せて正直ほっとしていた。
「でもなんか俺はいつまでも寿々さんの犬のままなんだなぁ・・ってちょっと落ち込みます」
などというものだから
「そ・・そう言うんじゃないって!・・俺が犬好きだからなだけで」
と寿々も本気で弁明し
「・・俺が欲しかったから。史も同じの使えばいいかな・・と」
「は?お揃い??嘘でしょ???」
寿々を見返すと本気で恥ずかしそうな顔をしている。
「・・・・なんで今ここが駅のホームなんだ・・!!」
と史は喜びを抑えようと右手を握りしめわなわなと震えている。
「だからあえてここで渡してるんだよ・・てか本気で怖いし引くわ・・」
と寿々も恥ずかしさが一瞬にして消し飛びドン引きしていた。
電車に乗り込むと、史は代々木八幡ですぐに下りないければいけないので二人は先頭車両の降車口前に留まり、すっかり暗くなった外の風景に目をやる。
「はぁ・・明日からまた地獄のような仕事量が待っているんだな・・・。先週のノルマを明日に持ち越した自分を殴りたくなる」
と寿々は肩を落とした。
「俺は金曜日粗方片付けてきましたけれど、それでもまだ現代妖怪の記事がちゃんと届くか心配ですね。あと木曜には盤太郎先生の取材もあるかもしれないし。準備が山ほどありますよ」
「あと一番は企画書なぁ・・・。?ていうか史その手で原稿書けるのか?」
と寿々は急に史の怪我が心配になった。
「昨日試しにやってみましたけど、かなり遅いし痛いですがちゃんとがっちり固定しておけば何とかいけないくもないかと。あ、でも明日の朝は病院行ってからになると思います」
「そりゃあそうだろうけど。チャリ気をつけて帰れよ?」
すると車内アナウンスでもう少しで代々木八幡に着く事が分かると、史は先頭の降車口付近に誰もいないのをいいことに座席との仕切りに背を向け隠れる様にして窓の外を見つめ手すりを持つ寿々の左手をすっと取りそのまま握りしめた。
「!?・・・・」
寿々もびっくりしてこんな場所で急に大声で怒る事もできずただ驚くだけで言葉が出て来ない。
「・・・・・」
史は寿々の手を握り締め数秒間無言のまま真剣な目で見つめた。
寿々はその目線に縛られ何も抵抗できず、ただひたすら胸の鼓動が煩く呼吸も上手く出来ず息が止まりそうだった。
電車が駅に停止しかけたタイミングで史は細長く整った美しい指と大きな手のひらをそのまま寿々の細く貧弱な指と指一本一本の間に滑り込ませるように絡ませ合わせると寿々の手をもう一度優しく握り直す。
とその瞬間、電車が止まり寿々は態勢を保つために反射的にその手をぎゅっと握り返してしまい、史もその手を引き寄せるように力を込めた。
寿々はその間ずっと唖然とした顔で一瞬たりとも史の瞳から逸らすことが出来なかったのだが、何とかして一言でも言ってやろうと思ったのと同時に降車口の扉が開き、そのままそっと手は離され史はゆっくりと外に出て行ってしまった。
「・・じゃあ、また明日」
そう言って振り返った顔は先ほどまでの真剣な表情とは違い、いつものようにあどけない笑顔だ。
結局その間寿々は何も言えず顔を真っ赤にさせ口を開いているうちに扉は閉まってしまった。
史は何か言いたそうな表情の寿々を乗せたまま遠ざかる電車を見えなくなるまでホームで見送ると、右手を見つめ
「・・・・はぁ、焦っていい事ないけど・・・どうしても時間が気になってしまうな・・」
と春の夜風に似た緩んだ空気に溶けるように小さくそう呟いた。
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