魔法使いと栗色の小鳥

宵川三澄

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14話

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翌日、続々とマキュスの別荘の正門に馬車が入り来る。
キースは部屋のバルコニーからイルネギィアとそれを見ていた。馬車の造りはそれぞれで、どうやら公爵夫人は身分に関係なくテオドールの相手を絞ったようだ。勿論、貴族であるのは間違いないが。
「今夜は晩餐がにぎやかになりそうだ」
「どんなご令嬢なのか、ちょっと気になります」
イルネギィアは正直に答えた。
出来れば、バレリーより魅力的な人がいないといい、と思いながら。

招かれたご令嬢は三人だった。
そして、三人が三人ともどこか印象が似ていた。
控えめ…、華奢…、妖精タイプ…。
キースはそれを見て さすが、母親、と思う。見事にテオドールの好きそうなタイプだ、と。
晩餐の席でそれぞれの令嬢を紹介され、なごやかに食事はすすむ。最後のデザートを終えた後、テオドールと夫人は彼女らとともに珈琲をたしなみ、キースは自室に戻ることにする。しかし、それはバレリーによって遮られた。
すがるような目でここにいろ、と言われ 仕方ない、とキースは歓談の場となっている応接間に戻った。イルネギィアは使用人部屋で食事をとるので、キースが戻るまで部屋で大人しく待っているのだろう。女中の一人を呼びとめ、イルネギィアに先に休むように、と伝える。
どうも、皆は深夜までカードに興じるようだ。

キースはカード自体は丁寧に断って、その場でブランデーを楽しんでいた。
バレリーをカードのパートナーに選んだテオには もう少し空気を読め、とも思う。それでも、バレリーが嬉しそうなので仕方のないことだ、と息をついた。
ご令嬢の一人、エミリーは赤毛のしとやかな淑女で彼女は歳若いコンパニオンを連れていた。十七かそこらだろう、イリーと同じくらいだ彼女の話し相手になるかもしれない。
また、金髪の背の高い内気そうな少女はヴィクトリア嬢。社交界で何度か会っている。きっとテオも顔見知りだろう。彼女は弟に付き添われてこの別荘を訪れた。彼女の弟は自分にはあまり近寄ってこない。〝魔法使い〟に嫌悪があるならこの縁談はむずかしいだろう。姉と同じく背の高い金髪の、いかにも上流貴族だ。
やはり侍女を伴っているのは、銀髪のベティ・アン嬢。いい手が来ると侍女に高い声ではしゃいでしまっている。子供だな、と思う。
バレリーはベティ・アンの髪を大層褒めた。若い彼女は王都で好まれる流行のスタイルで髪を結っている。彼女らは気が合いそうだ。

そんな風に一歩下がって彼らを品定めしていると、公爵夫人がキースの傍らに座った。「あなたはカードに参加しないの?」
キースは答える。
「苦手なんです」
「負けてあげることも出来るでしょう。テオドールは納得しないでしょうけど」
苦手、の理由がわかっているなら聞かないで欲しい。話題を変えようとキースは彼女らを見て言った。
「驚きました。全員、魔力もちですね。爵位にはこだわらなかったんですね」
勿論よ、と公爵夫人は扇をかるく揺らす。
「貴方も気に入ったら彼女らとお話なさい。いつも貴族は嫌だと言うけれど、話してみれば気さくなお嬢さんもいるわよ。ほら、銀髪のベティ・アンはなかなか可愛らしいでしょう?」
「彼女は銀の色に染めているだけですよ。…結婚は貴族としますよ。母上の気に入るような。生活は別だと言っているだけです。だいたい、外で恋愛をする男なんて珍しくもないでしょう?」
「貴方は少々モラルに欠けるわ。お父様が聞いたらお嘆きになるわよ」
「父上は理解してくださると思いますよ。いつでも、あの人は僕を哀れんで下さいますからね」
子供みたいなことを言うものじゃありません、とたしなめられる。
眼鏡を直すとキースはそろそろ、と場を辞そうとする。バレリーはテオと笑いあっている。昼のわだかまりは解けたみたいだし もう、いいだろう。

「あの子はどうするつもりなの? キース」
公爵夫人が唐突に聞いた。
あの子? とキースは首をかしげる。
「〝魔法使い〟として育てるの?」
ああ、とイリーのことか、と合点した。
「どうしましょうね。僕は〝魔力庫〟にしたいんですよ。自分で仕事させるより、僕の付属品の方が彼女に向いていると思ったもので。魔力の規制をせずに育った娘にはそれが一番安全な魔力の使い方だと思うんです」
ただ、彼女と話していると、もしかしたら〝魔法使い〟の適性はあるかもしれないとも思う。
「おまえの恋人でも、愛人でもないのね?」
キースの眉があげられる。
「彼女の魔力の大きさがわかりますか?」
「いいえ、私では判別できないわ。でも、些少の魔力ではお前が傍に置こうなんて思わないでしょう? 違うのね?」
なにを期待しているのだ、とキースは思う。
「どういう意味です?」
「そのままの意味よ。違うのなら、あの子が誰の子供を産もうとお前は関知しないわね?」
キースはその言葉に眉をひそめた。
「誰の子供ですって?」
「たとえばお前の兄の」
――ぞっとした。

「お前が言ったのよ。外に子供を作ってもかまわないだろう、と。キース、お前は良くて、テオドールは許さないということはなくてよ。お父様も私も優れた後継を求めているのですもの」
この人は、と思う。
この母を許容する父は自分が思っているよりきっと怖い人かもしれない、とも。
彼らに比べて自分のモラルが崩壊しているとは とても思えない。

「母上、誤解しないでください…。僕は愛情ある家庭を持ちたいと思っているんです。僕が貴族社会が苦手なのはご存知でしょう? 貴方達が許すなら、このまま身分を捨てたいと思っています。幸い、〝魔法使い〟として国の役に立っていますから望めばどこかにそっと暮らしていくだけの生活の糧は得られるでしょう」
「許すと思っているの?」
「いいえ。だから、妥協案が貴女の蔑む愛人計画ですよ。別に僕はあちこちに恋人を作り、子供を孕ませたいわけじゃありません」
くつ、と母親は嗤う。
「別にあちこちに子供を作ってもいいのよ。ただし、才ある子供をね。オーティスとエストアの家名を辱しめない程度なら許容しましょう。でも、お前の愛ある家庭とやらにはどうせ、魔法は存在しないのでしょう? だから私は反対しているのです。夢物語です、お前の語る家庭は。だって、お前自身が魔法と切り離されては生きていけないでしょう? お前は〝魔法使い〟なんだから」
平行線だ――と思う。いつも。
「魔力のない娘と暮らしますよ。綺麗な銀の髪ならなおさらいい。子供に僕は〝魔法使い〟の宿命を負わせたくない」
「許しません」
――やはりね。
「…と、言いたいけれど、少し考えが変わったのよ。あの子を見て――ね」
公爵夫人は微笑む。
「可憐な娘ですよ。イルネギィアは。お前が魔力を誰にも継がせたくないなら、テオが魔力ある娘と子供を臨めば良いのです。結婚の必要はありません。テオドールならこの考えに賛同するでしょう。テオは〝魔法使い〟であることを望んでいた子ですもの」
キースはブランデーグラスをテーブルに置いた。
「…なぜそこまで〝魔法使い〟にこだわるのです? まさか〝守護者〟のためですか? それなら、馬鹿馬鹿しい。本末転倒ですよ。彼らはオーティスの〝魔法使い〟にとりついた悪夢だ。〝魔法使い〟がいなければ、きっと現れません。それでいいじゃありませんか。貴女の望みはかなえました。オーティス伯領はこれから繁栄しますよ」
「お前がいなくなれば また――…。お前は貴族の義務をわかっていません」
そうかもしれない。だから、貴族が嫌いなのだ。
言いたくはないが、そろそろハッキリ言った方がいいかと口を開く。

「母上…。あまり力に固執しない方がいい。僕は国王陛下にこの身を捧げた〝魔法使い〟なんです。僕が国の外でやっている仕事を具体的にご存知ですか?」

公爵夫人がその美しい顔を向けた。

「…セヴァレトの国益に沿わない人物は排除してきました。陛下のために、です。ですからそれを国内で行うこともあるでしょう。…父上は王弟なのですから、火種にもなりうることを忘れないでください。公爵家は力を持ちすぎてはいけないんですよ。テオの、兄上の婚約が破棄されたのも僕のせいではなく、兄上が公爵家の嫡子だったからです。…父上は優秀すぎるのです。そして、それはテオも。――母上はお分かりでしょう?」

公爵夫人は口元を歪めた。言い過ぎたか、とキースは後悔する。
だが、ありえない話ではないのだ。
そして、もうひとつ釘を刺すことにした。

「イリーには傷ひとつ負わせることは僕が許しません。彼女になにかあれば僕が手を下します。彼女はこの国にとって貴重なほどの魔力を持っている。テオの死体など僕は見たくもない」

公爵夫人の手は震えている。怒りのせいだろう。
お前には、わからないのよ、と呟いた。だが、息をついて彼女は冷静さを取り戻す。
「…わかりました。テオにはイルネギィアの魔力についてはなにも言いません。――やっぱり、お前は冷たい子だわ」
「貴女が望んだ結果です。僕はこの国で最高の〝魔法使い〟なのですから」

僕の魔法の力を使うのは、貴女ではないのです。



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