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三章、ノストラ

四話、立てこもり

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 警察が校門の前で会話をする。
 アラカはそれへ可能な限り近付いて聞き耳を立てる。

「テロリストの要求は」
「……」

 微かな音ではあるものの、アラカには聞こえた。
 そして問い掛けられた方の刑事がアラカの方を痛ましそうに眺めてきた。

 身体の欠損に、身体中に巻かれた包帯。
 満身創痍の身体と、白い容姿はどこか物語の聖霊染みていた。

「今、ネットで話題の……例の動画に出ている人間を全員出せ、だそうです」

 刑事が「そうか…」と呟いてからまたアラカを遠巻きに眺めた。

「……どうしますか」
「受け入れるわけにはいかないだろ。
 どうなるか、予想できるのに」

 例の動画。それはネットに流出したある一人の人間を破壊せしめた事件のことだ。

「例のあの子に協力要請を求めるとか……一応、動画にも出て…いますし、以前はそうし、て…」

 若手の刑事が言葉を続けることもできず…声を止める。
 そして、

「……すみません」

 一言だけ、消えそうな声で呟いた。

「しかしどうするか……どうも敵さんは銃を持ってる。
 近付くだけで実際に撃ってきやがった……相当、危険だぞありゃ」

 救急車のライトを眺めて「長期戦になるな」と嘆息を吐く。





「————アリヤ、注射器持ってて」
「え、あ、はい…って、お嬢様?」

 そんな中、彼女の声に誰もが注目をした。
 空の注射器をアリヤに渡して、鈴のような声で……精霊のような軽やかな足取りで、校門へ近付く。


 誰もが足を退ける。
 その清廉な姿に着く義手に、その痛ましい義足に、身体を覆う包帯の白に。

 そして少女は瞳を開けて、未だ虚無を宿す疲れ切った心地で。

「どうも、僕が発端の事件みたい。
 だから僕が止めてみるよ」

 ————そう、宣言した。


 しかしそれはいかん、と一人の少女が前へでる。
 羽山アリヤ。住み込みメイドである彼女は主人が危険地帯に行くという現状を見過ごすわけがなかった。

「警察に任せれば大丈夫ですよ」

「さて、ね。それも分からないよ、人が数名死ぬかもしれない。
 そうでなくとも、人生に後遺症が残る子も出るかもしれない」

「確かにそうですが、お嬢様が行く理由がありません」

 今回は負けぬ、とアリヤも言葉で迎え撃つ。
 一ヶ月以上、お世話をした彼女だからこそ許される進言だろう。

「簡単な価値の大きさの問題だよ」

 だがしかし、アラカという存在を前にそれは無謀が過ぎた。
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