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第2部 魔王って? 獣王って? 天使って?

第4話 朝と言えば(理想の朝食?) ☆☆☆

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 朝が来た!
 さわやかなそうな朝は来たけど、ああ眠いウ・ト・ウ・ト
 昨夜は、こんこんとお説教だったもの。
 おまけに今朝は魔王としての初仕事だそうだ。
 気が重いずーん

 しかし、朝は朝です!
 目覚めた後、最も大切なことは何でしょう?
 顔を洗う? ぶーっ、それはもう終わりました。
 歯を磨く? ぶーっ、それも終了済み。
 ということは答えはもちろん

 

 私はパジャマのまま転移で急ぎ1階へとんだ。
 このパジャマは昨夜ガイアさんが例の錬金術で作ってくれた。
 白地に赤や青や黄色の丸、三角、四角の幾何学模様が入って、わりと可愛らしい趣味にびっくり。
 ガイアさん本人の体格に合わせてしまったのか、ちょっと袖や裾が長めだけど、それは少しまくってしまえば何とかなる程度で、大したことじゃない。
 着替えてる暇が惜しい。
 だって、お腹ペコペコだもの。

 この時、なぜか私の頭の中は素敵な朝食の幻想で一杯だった。

 まずジュースは最低3種類は欲しい。
 やっぱりオレンジジュースは欠かせないし、後はグレープフルーツ、それにトマトジュースかな。昨日のトマトは凄く美味しかったけど、あれは完熟じゃなかったから、どうだろう、良さそうな完熟トマトがあって、それをジュースにして出してくれるといいなあ。
 それに、やっぱりミルクは必要だ。これは確かティアお婆さんの所では新鮮なミルクが取れるから、それがこのお城にもあると信じたい。

 サラダはレタスよりクレソンを多めで。私、クレソン好きだから、いっそのこと全部クレソンでもいいや。あっさりめのドレッシングをかけてね。
 あ、でも今朝の気分ではホウレンソウのサラダも捨て難い。だったらドレッシングはマヨネーズ味がベースかな。

 パンはやっぱり焼きたてを希望。
 何てったって、味も香りも違うから! クロワッサンかロールパンがいいなあ。ワッフルなんかだったら喜びで飛び上がっちゃうかも。
 でもトーストでも、ふんわりカリっと焼いてくれれば文句は言わないよ。
 パンには、これも昨日のティアお婆さんの牧場から直送の新鮮なバターがある筈だ。ジャムも忘れずに付けてね。

 ソーセージとハムはもちろん必須。できれば塩は薄目で、肉の旨味のしっかりしたものを希望する。
 卵は今朝取れたてのものじゃなくちゃ駄目。それを目玉焼きならば2個でサニーサイドアップか、ふわとろのオムレツならばなおよろしい。

 アクセントにちょっとした魚料理があれば最高!
 塩漬けのニシンを燻製にしたやつとか、欲を言えば同じニシンでも酢漬けがいいなあ。それにタルタルソースをつけて食べると、意外だけど、くーっ、これが美味しいんだよ。付け合わせには茹でたジャガイモを塩胡椒して少量……

 とか妄想しながら私がいきなり食堂に現れると、例のグラン・シェフ姿のメイドさんたちは少し慌てたようだった。
 もしかして食欲が顔に出てた?
 でも、さすがに彼女たちは心得たもので、その1人がジョゼちゃん。覚えてます?すぐに落ち着いて私をテーブルに案内してくれる。

 さあ、ブレックファースト!

 そこに運ばれてきたのは意外も意外、なんと和朝食だった。
 びっくりしたけど、これはこれで美味しそう。
 ご飯にお味噌汁、納豆、冷奴、魚の干物。
 渋いなあ、和の伝統だね。
 いただきまあす!

 ところが、最初に口にしたお味噌汁からして何かおかしい。

 はーい、ここで例の辛口料理評論家、勇者アスラ子先生…… は話が長くなるからご登場は遠慮いただいて、私がそのままレポートすると

 まず、お味噌汁は、これはティアお婆さんの所から分けてもらったんだろう、うん、味噌は悪くない。でも、お味噌の味だけで、ダシが全く取ってないんだよねコンブも、もちろんカツオブシも。お湯に味噌を溶かしただけのもので、だから味にコクがない。しかも、その味噌がしっかり溶けてなくて、ところどころダマ、つまりカタマリがあったりする。
 具は、これは何だろう? 海藻であることは間違いないけど、ワカメじゃないし、ヒジキとかそんな物でもないし、食用にしていいのかどうか不安なんで、これは食べないでおこう。

 ご飯はロング・グレインのお米だ。まいったなあ。長粒ちょうりゅう種は炊くとすぐに粒が割れちゃって見た目が悪いし、粘り気がなくてパサパサで、じゃぱにーず・ふーどには合わないんだよね。しかも、たぶん強火で一気にやっちゃたんだろう、粒が割れてるのに芯は残ってるし…… うーん困った。

 で、納豆は、これは決して納豆なんてじゃなくて、ただの腐った豆。そもそも大豆じゃないし、えんどう豆か何かを茹でて腐らせただけだ。納豆菌の存在を知らないのかな? なーんか納豆とは違う腐敗臭がするぞ。これは絶対に遠慮しておきましょう。

 ということは、はい、皆さんの予想通り冷奴も豆腐じゃありませんね。何かひどく型崩れしたプリンみたいなシロモノが、そこはかとない腐敗臭ぷ~~んを放ってますよお。
 いやいや、これは決して「豆腐よう」とか「腐乳ふにゅう」なんて洒落た発酵食品じゃありません。豆が原材料かどうかもわからない、おそらく何かの動物の乳をプリンもどきにして、こうじや酒は使わずに普通に長期間置いて腐らせたものです。
 命が惜しければ、ぜーったい口にしてはならないものです。

 そこでもう1品、魚の干物ですが、あーらら、これは干物というよりミイラですねえさすがに包帯は巻いてませんけど。サンマかカマスでしょうか、いったい何日干したんでしょう、カラッカラに乾燥して色もすっかり茶色に変色して、全身に包帯でも巻くと似合いそうですねえ。一応焼いてはありますが、それ以前に食べるべき身がありません。

 折角のガイアさんの心尽くしの手作り朝食だそうですが、これは無理ですねえ。とても食べられそうにありません。はぁ…………

 あーあ、また朝ご飯抜きかあ。困ったなあ。
 と、ここで私は考えた。長粒種のコメ、味噌、待てよ…………「ピーン!」なんてね
 そうだ、アレが出来るんじゃないか!? 良ーく思いついた。偉いぞ私!

 厨房に駆け込む。
 驚く料理人さんたちは今日もメイド服! これには私が驚いた。
 仮に魔王になったとして、最初の改善点はこれかなあ。
 で、それはそうとして、事情を話すと(ガイアさんには内緒で)キッチンを使わせてくれるそうだ。
 良かった! よーし、これで希望が出て来たぞ。

 まず、炊いたご飯の残りをもらって軽く水で洗い、たっぷりの量のお湯に入れて鍋で弱火で煮る。長粒種のコメは不味いんじゃなくて、調理法の問題だ。和風に炊くんじゃなくておかゆにすると、短粒種のコメにはないあっさりとした特性が生きてくる。さらさらとしたお粥になって、食感も淡白な味も抜群です。

 つまり、ちゃいにーず朝食の定番、です!

 チャーハンも同じく長粒種のコメを生かした料理で、短粒種のジャポニカ米では絶対にできない、パラッ、フワッとした絶品に仕上がります。しかーし、朝からチャーハンはちょっとねえ。やっぱり、ここはお粥でしょう。
 それに、もう炊いてあるご飯を使えば時間の節約になるし、芯が残ってるのも更に煮れば解消できる。本当は生のコメからじっくり炊いたほうが美味しいけど、この際はなにしろ急ぐんで仕方がない。
 ここにかねて作り置いた魚醬ナンプラーとかね をほんのちょっぴり入れてコクと旨味を出す。どのくらいの量を入れるか、それはお好みで。今朝はほぼ白粥に近い程度の量にする。あ、もちろん全くの白粥でもいいし、それは気分と相談ということで。

 一方でワイルド・ボアの甘味噌煮を作る。昨日と違って、ここにはお味噌の樽が1つしかないんで上澄み液の量が少なくて、東坡肉とんぽーろー的にするのは無理。それに、昨日のタタキや鰻と続いて今日も続けて醤油風の味付けじゃあ芸がない。だからミソ味にする。
 ワイルド・ボアはもう柔らかく蒸し焼きにしてあるので、こちらも時間が節約できる。味噌を溶かしたお湯の中に適量の砂糖を入れる。甘味噌煮とは言うものの、他に甘いデザートも作るつもりだから、砂糖は控えめに。お粥と一緒に食べてちょうどいいぐらいの味付けにしたい。
 そこに適当な大きさに切ったお肉を入れて、コトコトと煮る。一気にやると味が染みないし、肉が固くなる。朝食作りにあまり手間暇はかけられない。でも、ここは少ない時間的余裕の最大限、40分は煮たいところ。それにどうせ中華粥もなるべく長く煮た方がいいので、両方を同時進行だ。

 そしてデザートを作る。できればこれも中華風で胡麻団子か何かにしたかったけど、聞いてみるとやっぱり白玉粉もないし、餡どころか小豆もない。だったらどうしようかと考えて見渡してみると、おお、桃があるじゃないですか! ちゃいにーずの果物の代表といったら、まず桃かライチーでしょう。この季節に桃があるということは、きっと晩成種だな。これで行こう。
 そのまま生で食べても、もちろん美味しいが、どうせお粥と肉を煮ている間の時間もあるし、これは桃の中華風コンポートにしよう。こっちは砂糖をたっぷり入れた水に紹興酒しょうこうしゅを入れてまず煮立たせる。砂糖だけよりも、せっかく紹興酒があったから、中華風の風味にするためにこれを使う。砂糖と紹興酒って相性もいいらしいし。
 充分煮てアルコール分を飛ばし、紹興酒の風味だけを残したシロップに、皮を剝いて切り分けた桃を入れて煮る。こっちは本来は生で食べる果物だから、あまり長く煮る必要はない。そこそこ味が染みた頃合いで火から下ろし冷ましておく。
 冷凍魔法を使うとしっかり冷えて更にいいんだろう。でも、私は攻撃魔法の加減に自信がないし、ましてやここは室内なので大惨事になるのは避けたい。それに、まだ少し温かいコンポートも、それはそれでいいものです。

 お粥と肉を煮たり、桃のコンポートが冷めるのを待っている間に思いついて、簡単なおかずを1品作ることにした。

 それはやはり中華風のトマトと卵の炒め物。
 まず、お味噌汁の薬味にするためのネギがあるので、これを軽く胡麻油で炒める。そこに溶いた卵を入れて、軽く中華の炒り卵風に半熟程度に火を通す。これらを別の皿に取っておいて、同じフライパン(残念ながら中華鍋はありませんでした)に、くし切りにしたトマトを入れて炒める。
 案の定、昨日食べた極上トマトの残りがあるからねえ。これを使わない手はないでしょう。それに、トマトに火を通すなんて言うと、えーっ、とか驚く人も多いけど、焼いたり炒めたりしたトマトも美味しいんだよぉ。
 加熱に向いたトマト細長系で皮が薄くて味の濃厚なと、そうじゃないトマトがあるって意見もありますがぁ…… それはねえ、入手の容易さと加熱時間の長短、それに料理の種類によるんだよって主張でここは押し切りたい。
 トマトに限らず要は「適材適所」って、この場合は良さそうで少し違うか? 「現地調達」ってこれも違うなあ。だったら「百花繚乱ひゃっかりょうらん」って全然意味不明!
 そうだ、その時その人の「気分次第」って、これです。決定!

 で、トマトがしんなりして汁気がなくなったところに、さっきの卵とネギを入れてさっとかき混ぜて、塩胡椒で味をつける。塩はもちろん岩塩、胡椒は挽きたての黒胡椒がお勧めです。

 ということで、朝食の出来上がり。
 テーブルに戻り、よそった中華粥の上にワイルド・ボアのちょっと甘い味噌煮を乗せて食べる。

 

 白粥じゃあなくて、味の濃密なスープ粥にする手もあったけど、スープを最初から取ってる時間はないしねえ。ここのスープは昨日の通りで、あれはちょっとなあ。
 それに私、中華の白粥って結構好きなんだよね。特に、こんな風に具を乗せて食べると、具と白粥の見た目のコントラストもいいし。
 味も、口に入れるとまず、淡白な白粥と甘辛くてコクのある味噌煮の味が別々にして違いが楽しめて、それからすぐにお肉がほろりと崩れて両方の味が溶け合って混沌未分。
 とっても美味しゅうございますとってもお上品な誉め言葉でございます
 あんまり甘くない柑橘類、ライムやスダチとかがあったら、少しその汁を絞ってかけても、また風味が変わっていいですよー。

 トマトと卵の炒め物も我ながらいい出来だ。
 時間を考えて作ったので温かくて、それに何と言っても、卵のふんわりとろとろ感とトマトの酸味が絶妙です。
 やっぱり、朝食に卵とトマトは欠かせないよねー。

 亜空間収納からピクルスを出す。これも、おいしー美味しいピクルスの作り方は、ふふふ…… 後述
 私、実は生のキュウリは青臭くってあんまり好きじゃない。なのに小振りのそれをピクルスにしたのは大好きで、我ながら不思議。意外と中華粥にも合うなあ。
 本当は搾菜ざーさいとか和風の漬物とか欲しいところ。でも、さすがにそれは手持ちがないからね。そのうちに作ってみよう。

 とにかく、やっと幸せです。


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