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第2部 魔王って? 獣王って? 天使って?
第3話 ゼブル氏談・魔王の心得
しおりを挟む椅子に座らされて、その周りをゼブルさんがぐるぐる回って歩きながら
「新たに魔王になられたばかりの御方が、しかも指名されたその日に城から脱走を図るなど、このゼブルも長い年月生きておりますが、今までに見た事は勿論、聞いた事もございませんな。だいたい、魔王としての御責任をどうお考えなのか、お伺いしたいものです。300年ぶりに、しかも、魔族の国民皆から尊敬され信頼されていらっしゃるガイア様がお選びになった方が、このような真似をなさるとか、ああ嘆かわしい!
これがもし国民に知れれば、魔族とヒト族の全面戦争にも発展しかねない大事ですぞ。つまり一部の魔族が、ヒト族の代表である勇者に大恥をかかされたと思い込み、その恥をそそぐ為には、ヒト族を滅亡させるしかないという過激な考えを持つかもしれない。これは充分に起こりうる事態でございます。それらの不心得者が100余年ぶりに魔族からヒト族への戦いを仕掛け、ヒト族は当然これに応じるでしょう。これが他の魔族や亜人をも巻き込んで大きな争いになり、ついには大戦争となるかもしれない。アスラ様はその辺を本当に理解しておられるのでしょうか?
その上わたくしの自慢のゴーレム兵までバラバラにされて! あれは旧文明に存在したという有名な『ガン〇ムγ』というロボットを手本にして、苦心の末に製造した逸品で、いずれは『ビーム〇ーベル』や『フィ〇ファン〇ル』等の武器を装備させるのは勿論、いつの日か宇宙を飛ばせてみたいと夢見ていたのに。ああ悲しい。これ程の悲しみは経験したことがございません。ああ、重ね重ね悲しい。ぶつぶつ、ぶつぶつ……」
長い。
こんな話をくどくどと、何度も何度も繰り返す。
もう軽く20回は聞いたもんね。
ありえねー! いい加減うんざりだ。
そこで、私は手を挙げて言った。
「はい、先生、質問があります」
「先生ではない、ゼブルです。しかしまあ、それは今は宜しい。質問とは何でしょうかな?」
「脱走を図ったとおっしゃいますが、あれは私が言い出したのではなくて、連れの二人が発案したことです。私はそれを断りきれなくて、やむなく一緒に付いて行っただけなんです。それに、ガイアさんも途中からやって来られて、先生のおっしゃる『脱走』に同意されたんです。それなのに私だけがここに呼ばれて、叱られているのはなぜでしょうか?」
「黙らっしゃい! 新魔王ともあろうお方が責任を他に押し付けようとは情けない。ガイア様は既に魔王をお辞めになったからには、何をなさろうと自由です。また、連れの御二方には、そもそも魔族に対する義理も義務もない。わたくしが言っているのは、その御三方にアスラ様が流されてしまった、その意志の弱さが問題だという事です」
うー、なんか納得できない。この人の主張、どこかおかしい。
そうか! 出発点が変なんだ。
「はっきり言って、私、魔王になるって決めたわけじゃないし、承諾の返事もしておりませんけど?」
「言葉の使い方が間違っております。『魔王になる』のではなく既に魔王なのです」
「しかし、私の拒否権は?」
「しかしもタカシ君もヒロシ君も…… オホン、失礼。とにかく、拒否権などという物は存在し得ませんな。何とおっしゃられても貴女様はもはや魔王でございます。これは厳然たる事実です」
「なぜ?」
「魔族皆に信頼される魔王が指名した者が、その時点で魔王だからです。決定事項です。即ち、仮に貴女様が脱走に成功されていたとしても、何処に行かれたとしても、魔王の称号は付いて回るという事ですな」
「えーっ!?」
「驚かれるような事ではございません。大抵の良識ある魔族は、これを承知しております。ガイア様のような300年も敬われてきた魔王様が御選びになった新魔王なら、国民たちは喜んでその選択を受け入れるでしょう。彼ら、彼女らは思うでしょう。ガイア様程の立派な魔王様に選ばれた者ならば、きっと優れた魔王様になってくれると。わたくしもそう信じます」
そんなあ。そっちの都合や理屈ばっかり言われても。
「だからといって、アスラ様の自由が制限される訳ではない。何をなさるかは貴女様ご自身の意志のままです。ヒト族と戦ってこれを滅するのか、融和を図るのか、それとも何か別の道を歩むのか。誰もアスラ様の決断に対して文句は言わないでしょう。ただし、忘れないで頂きたい。
魔族を守る者が即ち魔王なのであって、魔族皆の信頼を裏切る事だけは許されない。
私は今日、これだけはアスラ様に申し上げておきたかった」
うーん、重いんですが。
そうだ! これは思い出したくも言いたくもなかったけど、この際しょうがない。
多少ボカシてっと……
「私、ヒト族だし、もちろん家族もいるんですよ」
「ヒト族である事は問題ではありません。実際、ガイア様も魔族であるかどうかは定かではございませんから」
「え、そうなの?」
「はい。魔族か、ヒト族か、それとも何か全く別の存在かもしれません。これはガイア様御自身が常々言っておられる事です。それでも魔族はガイア様を魔王として信頼してきましたし、ガイア様もそれにお応えになった」
「でも、私が魔王とかになったら、ヒト族の国に住む家族に迷惑がかかるかも」
「御家族の事は存じ上げております。アスラ様は本来、小さいながらも王国の公爵の御令嬢でございましょう? はっきり申せばブランカ王国のサヴァラン公爵家ですな」
ああ、やっぱりもう、しっかり調べ上げて知ってるんだね。
今更ながらだけど、がっくり。
「ただ、元々、御家族と仲が宜しくなかったという事も分かっております。御幼少の頃から美味しいものがお好きで、敬虔な他の御家族、つまり教会の教えの通りに硬いパンと簡素な主菜、塩味だけの薄いスープを御召し上がりになる方々、特に厳格な御父上と折り合いが悪かったそうですな。もっと美味しいものが食べたいと駄々をこねては叱られてばかりおられたとか」
あちゃー、そこまで詳しくバレてるのね。
「2年前、まだ12歳であられた時に、結婚を迫ってきた馬鹿王子を瀕死にまでボコって、実家も母国も出奔され、それ以来、冒険の旅をお始めになったと聞いております」
う、個人情報の保護はどうなった……
「そういった込み入った経緯を、わざわざ連れのお二人に話したくはないというアスラ様のお気持ちも、多少はわたくしにも理解できる。ただし、御家族に迷惑が及ぶとの心配は無用かと」
「えっ、なぜ?」
「申し上げにくい事ですが、御父君を始めとして、皆様お亡くなりになったか消息不明でございますので」
「はあ?」
「我々の調べでは、アスラ様の御実家は既に絶えているのです」
「なぜ? もしかして私が王子をボコったせいで?」
「そうではございません。アスラ様が飛び出された後、今からちょうど1年程前になりますか、御実家のサヴァラン公爵領で大規模なミスリル鉱山が発見されたのです」
「それで?」
「鉱山を欲したブランカ王家が公爵家を陥れるために、ありもしない陰謀の計画をでっち上げ、それを口実に理不尽にも公爵領を攻め、御実家は滅亡されたのです」
そうかあ。あのバカ王子の親だったらやりそうなことだわ。
でも、私とあの不細工バカ王子を政略結婚させようとした、私の父親も相当の悪党だったからねえ。だって、娘を王子と無理やり結婚させて、あわよくばブランカ王家を乗っ取ろうって魂胆があった一方で、王家を潰して自分がそれに取って代わろうって裏で動いてたってこと、私はよく知ってるもの。
だからゼブルさんの言う陰謀も、でっち上げだとは決して言い切れないところもあるんだなあ。この人は私の手前、実家のことを庇って話してくれたのかもしれないし。
まあ、悪党同士の争いに負けたってことで、ある意味で自業自得ではあるんだけど、本当に理不尽、事実無根だとしたら、あのバカ王子の父親、つまりブランカ国王が「しめしめ」って顔してるのも想像しただけで|気持ちが悪い。
これはちょっと、調べるなり何か手を打つ必要があるかな?
でも、もう私には関係ないし、別にいいけどね。
まあ、気分が向いたらってことで。
「ええと、最後にひとつだけいいですか?」
「何でしょう? 他に何か御実家に関して、お聞きになりたい事でも?」
「そうじゃなくて、ガン〇ム似のゴーレムのことなんですけど」
「う、悲しい事を思い出させないで頂きたい」
「あれは、だいじょうぶだと思いますよ」
「本当ですか!」
「はい、あれは1体以外は部品がバラバラになっただけで、きっとまた、すぐに組み立てることができるのではないかと」
「それは良かった!!」
ゼブルさんは、今までの真剣な顔が嘘みたいに無邪気そうに喜んだ。
へえ、この人、こんな顔もできるんだ。
今度、創造の力でガンプラにでも挑戦してプレゼントしてあげようかな。
「しかし、新魔王でありながら脱走をお図りになった件は、また別でございます。くれぐれも、ちゃんと反省してくださるよう、お願い致します」
ゼブルさんは念を押すのを忘れなかった。
で、私はちょっとイラッときて、意地悪な事を言ってしまった。
「でもガン〇ムって、人が乗り込んで操縦するモビルスーツっていう兵器であって、自動で動くロボットやゴーレムとは違いますよね」
「あっ!!!」
ぷぷぷ。案の定、「言われてみれば」って顔をしてるぞ。
このタイプの人は細かな設定の違いに拘るからねえ。
よーし。ちょっとスッキリした。
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