フィーネ・デル・モンド! ― 遥かな未来、終末の世界で失われた美味を求めて冒険を満喫していた少女が、なぜか魔王と戦い、そして……

Evelyn

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第2部 魔王って? 獣王って? 天使って?

第20話 ルシフェル様、ちょっとだけ登場

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(馬鹿者! いったい何をやっておる!)

 だって……

(だっても何もあるか! ゼンマイ仕掛けなどにするからだ。ゼンマイの巻きが切れて、止まってしまったではないか)

 だって、その方が雰囲気が……

(無駄に細部に拘るのもいい加減にしろ。魔導にさえしておれば、あれで間違いなく終わりだったのだ!)

 うう、反論できないのがつらい。

 音が止まるのと同時に慌ててオルゴールの蓋を閉めた。
 
 残った細胞の中の獣王本体(たち?)が言う。

「「「「「うう、今のは少々慌てたぞ。卑怯な手を使いおって」」」」」
「卑怯? なんで?」
「「「「「当たり前だろう! 余の支配下にある細胞を音楽で篭絡ろうらくして、その箱の中に閉じ込めようとは、これが卑怯でなくて何なのだ!!」」」」」

 はあ? 何だ、コイツの理屈は?
 部下の身体を犠牲にしてまで自分の思い通りに動く細胞兵器にして、良心の呵責かしゃくがあるどころか、私が「支配下の細胞を篭絡」だあ?
 彼らを、お前の身勝手な敵意や陰惨な支配から自由にしてやっただけなんだよ。
 感謝されこそすれ、お前なんかに「卑怯」呼ばわりされる筋合いはないぞぉ。

「「「「「しかも、セイレーンなど呼び出しおって。貴様のように姑息な手段に出る奴は、今さら謝っても、もう決して許さんぞ!」」」」」

 姑息、謝る、誰が?
 ダメだコイツ。
 その言葉、そっくりそのままお返ししたい。

 ここで、アルトさんの声がした。

「あの~、お取込み中、悪いんですけど」

 5人を代表して聞いてきたみたい。
 私はなるべく平静に答えた。

「はい、何でしょう?」
「どうするの、もう1回やるの?」
「いやー、それはちょっと、もういいかなーなんて。セイレーンさんたちに悪いし」
「そうしてもらうと助かるわ~。だって、同じ曲を最初からまた歌うとかマヌケだから、できれば避けたいものねぇ~。じゃあ転移で送り帰してくれるかな?」

 それで、言われる通り送り帰そうとしたら

「あ、そうだ。アスラちゃん、私たち1人1人の名前、たぶん忘れてるでしょう」

 う、見抜かれてる。

「はあ、名前覚えるの苦手なもので……」
「じゃあ教えるから、今度こそちゃんと覚えてね。私はテレース。長女よ」
「(メゾ・ソプラノで)私は二女、名前はライドネー」
「(ドラマティコ)三女、テルクシオペーよ」
「(リリコ)四女、モルペーで~す」
「(コロラトゥーラ)五女のパルテノペーで~す。よろしくね~」

 覚えられる筈がない。
 するとまたアルトさんが

「あ、そうそう、私たちのお母さんにアスラちゃんのこと話したら、何だか興味津々で、ぜひ会ってみたいって言うのよね~」
「はあ」
「それで、また私たちの南の海にくる事があったら、お母さんに会ってあげて欲しいんだけど、その時はくれぐれも注意してね」
「注意って?」
「普段は優しいのに、怒らせると超怖~いから。特に言葉づかいとか礼儀作法とかには厳しいのよね~」
「そうなんだ……」
「ま、アスラちゃんなら大丈夫と思うけど、念のため言っておくわ。じゃあね~、また会おうね~」
「「「「またね~、ばいば~い」」」」

 セイレーンさんたちは笑顔で手を振りながら去って行った。
 言葉遣いに礼儀作法かあ。
 あんまり自信ない。

 と、ここで私は気付いた。
 そういえば、念のため一応は結界を張っておいたけど、獣王は私はともかく、セイレーンさんたちには全く手出ししなかったみたいだぞ。
 妙だなあ。今の会話の間もひたすら黙ってたし。
 セイレーンには手出しできない訳が何かあるのか?
 あの声の迫力に恐れをなしてってだけが、まさか理由じゃないよねえ。
 もしかして、今の話の怖~いお母さんにビビってるとか?

 すると、心の声さんが教えてくれた。

。だから、本来は魔族にもヒト族の側にも立たない中立の存在だ。今回は、お前だったから特別に味方してくれたのだ)

 へー、そうなんだ。
 でも、確かさっき、ヒト族に目の敵にされてるって言ってなかったっけ。

(それは辺境の海辺に住むヒト族共が勝手に勘違いをして、セイレーンと魔族を同様に考えているだけだ。海の魔物や怪物にはそういったものが多い。何しろ太古から、人間が手を出しにくい未知の領域だからな)

 そうかあ、納得。だって海は広いものねえ。

(その通りだ。。怖いどころか、とんでもなく凄まじい力を持った魔女だぞ。陸地より遥かに広大で、底知れぬ深さを持った大洋をべる女王だからな、当然だ。
 セイレーンに下手に手を出せば、その女王が黙ってはおらぬだろう。陸地の事とはいえ、何らかの苛烈な報復をしてくるのは間違いない。それ位は承知しているからこそ、獣王もセイレーンを傷付けるような真似は出来なかったのだろうよ)

 なーるほど。だから「姑息」とか悔し紛れに毒づいたわけかあ。
 でも、心の声さん、詳しいねえ。
 さすが8000年以上生きてるだけのことはあるって、ちょっと尊敬したかも。
 ひょっとして、そのお母さんと会ったことがあるとか?

(まあな。大昔の事になるが)

 へー、やっぱり。
 で、そのお母さんと何があったの?
 また、ガイアさんの時みたいな色っぽいお話?

(な、何を言う! キルケーとそんな事があってたまるか!)

 なーんか怪しいなあ、その慌てぶり。
 隠さない方が身のためだぞぉ。
 後でバレた時に却って恥ずかしい思いするかもよぉ。

(バ、バカなことを言うな。そんな事より、良いのか? セイレーンが帰って遠慮の無くなった獣王が、更に激しく襲って来るだろうに)

「「「「「ふん、セイレーンも去った。もう妙な手を使う隙は与えんぞ。今度こそ貴様の最後よ!!!」」」」」

 実際その通りでした。
 本体を吸収しそこねた獣王の細胞たちが、また私に迫って来たのです。
 赤紫色の霧は先程までよりも一層の敵意に満ちているようでした。
 あ、しまった、どうしよう、と私は焦り、目の前が真っ暗になりました。
 もう最後なのだ、私の命はここで尽きるのだとさとった時、これまでの人生の様々な出来事、悲しかったことや嬉しかったことの全てが、まるでモノクロームの走馬灯のように頭の中に甦るのでした。

 ところがところが…… なあーんてね。

(何だ、その妙な、陳腐な語り口と余裕は?)

 それはこういうことでーす。
 と、

(な、何をする?)

 すると当然、箱から霧が一気に噴き出し、目の前にぶわっと拡散する。
 ついさっきまでと色が違う、白い霧だ。
 獣王の残りの細胞に倍する白い霧が、まず私を守る壁のように広がり、それから敵意に満ちた赤紫色の霧に向かって進み、それらを包み込む。
 そして、相手を攻撃し、捕食し、赤紫色の細胞群はみるみるその体積と密度を減らしていく。

(どういう事だ?)

 うん、このオルゴールの中の亜空間の時の進み方を速めておいたんだ。
 そうすれば細胞の意識が浄化される速度も増すでしょ。
 箱の中では、もう10年ぐらいの時が経った筈だよ。
 できればもう少し時間をかけたかったけど、おそらくもう大方はだいじょうぶ。
 その証拠に色が変わってるからね。
 獣王の残った細胞の数は少ないし、こうなりゃ断然こっちが有利。
 事が片付いたらまたオルゴールの中に戻して、今度こそじっくり時間をかけて、ゆっくりと悪意や敵意を解きほぐしていくつもり。

(…………)

 ところが事態は私の思うようには進みませんでした。

 あれれ、なんか白い霧の勢いが失くなってきたぞ。
 どんどん敵の細胞を捕食してた筈が、侵食のスピードが衰えて、今にも止まっちゃいそう。

「「「「「「ふざけるな!!!」」」」」」

 そして獣王の怒号と共に、勢いは均衡どころか、白かった筈の霧が一気にまた毒々しい赤紫へと色を変じました。そして前よりもいっそう増した敵意を感じさせ、こちらに向かってくるではありませんか。ありゃりゃ?

! 

 えっ、えっ!?

(ついさっき、意識を喰われそうになった時に感じた筈だ。獣王の魔族に対する怨みや敵意は、我から見ても相当の物だぞ。多少の時間をかけても、そう簡単に消え去るものではない)

 でも、吸い込んだ細胞たちは現に白く色を変えて……

(それは、そやつらが獣王本来の細胞ではなく、部下たちのものだったからだ。それが亜空間から解放されて再び獣王の怨念に触れ、影響を受け、また支配に堕ちたのだ。
 あの強烈な敵意は昨日や今日に形成された訳ではない。親たちや父祖の代からの延々とした蓄積だ。あ奴にはあ奴なりの魔族に敵意を燃やす理由がある。そして、その害意に再び晒された部下の細胞たちが、また一気に元に戻ったのだ。
 こうなれば生半可では済まぬぞ。今度こそ極大魔法で、あれを消し去らねば解決せぬだろう。しかし、そうすると周りの者が傷つき命を落とすのは避けられぬ。当然に仲間たちもな。
 それでも犠牲を払ってでも敵を滅せねば、どうせ奴の細胞は自分の部下も、お前の仲間も街に住む魔族も、ここにいる全ての者を喰うだろう。そして、いずれは奴の言う通り、地上に暮らす生きとし生けるもの全てを喰らい尽くすだろう。
 さあ、どうする? ここで奴に喰われてしまうのか、それとも仲間を犠牲にしてでも奴を始末するのか、決断を下すのはお前自身だ。?)

 うー、いきなり、そんな酷なこと言われても……

(そうだろうな。さすがに今のお前には酷な決断か。ならば仕方がない。久し振りに交代だ)

 えっ?

(代われと言っておるのだ。本意ではないが我が片付ける)

 。そして

「うわあ! 今度は何じゃ!?」
「いよいよですな」

 すぐ眼前まで迫って来ていた赤紫の霧が、光に触れて消滅していく。
 光は私の身体から発しているらしい。
 強い輝きだが全く熱は感じない。
 消え残った細胞は怯えたように、それ以上は私に近付けないでいる。
 これは

「うむ、やはり身体があると違うな」
(うーっ、強制的に交代するなんて、ズルいぞ。抗議する!)
「まあ、そう言うな。ここは我に任せておけ」
(あっ、翼が出てるじゃないか。しかも6ついも!)
「ああ、久し振りの顕現だからな。つい勢いでこうなった。周りには後で適当に誤魔化しておけ」

 はぁ、どうしよう。
 どんどん面倒なことに ――――

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