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第7話 横田さんが好きです。
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横田さんとペアを組むようになって、私は変わった。
会社帰りの駅ビルで、いつもは素通りしていた服やアクセサリーの店を見て帰るようになり、ときどきは通勤用の服を買い足している。
少し襟元の開いたシャツに合わせて、小さなチャームのついたネックレスも買った。
日曜日には美容院に行って髪を整えてもらい、かわいいお弁当作りの本を買った。
ざんぎりヘアは、美容師さんのすご腕で、後頭部がふんわりと、そしてナナメに流す前髪がキュートなショートヘアに変貌した。
思い切って中学生のころからかけていたメガネもコンタクトレンズに変えてみた。
正直、髪型や服装、メガネのあるなしで、こんなに人相って変わるのだと、驚いてしまう。
いつものもさっと野暮ったかった私が、こざっぱり、そこそこ見られる雰囲気になっていた。
日曜日の夜は、化粧をしては落とすのを繰り返して、通勤用のメイクを追求した。
自分なりにきちんと綺麗にメイクをして、買ったばかりのパンツスーツに襟元の開いたシャツ、そこから一粒ダイヤが小さく光るネックレスをした自分の姿は、これまで思いこんでいたほど悪くない。私だってがんばれば明るい印象の女の子になれる。
そんな私の前向きな気持ちを、横田さんは「髪型似合っているよ」「その服、いいね」「綺麗なネックレスだ」と、ひとつひとつを褒めてくれた。
勇気を出してふたつ作ったお弁当のうち、大きめのお弁当箱を横田さんに渡すと、天を仰いで喜んでくれた。
「うれしい、本当にうれしいよ。でも、無理させてないかな? そうだ、材料代出す。一食いくらぐらいかかる?」
真剣な顔で訊いてくれる横田さんに、ついでなのでいいんですと答えると「うーっ」と口元を引き結んだ。
「だよなぁ。お弁当屋さんじゃないんだもんなぁ。よし、わかった。それじゃあ、お弁当を作ってくれた日は、デザートをごちそうする。ちゃんと美味しい店をリサーチするから任せて」
「エビ鯛になっちゃいます」
「お弁当の方が鯛だからね。俺、本当に助かっているんだから。いつもありがとう」
優しくねぎらってもらって、胸にこみあげるものがあった。
認めてもらえること、茶化したりからかわれたりせずに、行動を褒めてもらえることに私は飢えていたんだ。
――うれしいです、横田さんと一緒にいる時間が好きです。
少しずつ、ほんの少しずつ。
私は横田さんの隣で自然に笑えるようになっていった。
コンプレックスだらけで、怖がりで、自己肯定力の限りなく低かった私が、横田さんの引き上げ力につられて、ぐんぐん上を見るようになった。
やっぱり横田さんは前世から、徳を積んできた人にちがいない。
そして現世での横田さんは、私というちっぽけな存在を、人として認め、生きる張り合いをくれた。
尊敬し、敬い、神と崇め祀っていた横田さん。あなたすごい人です。
毎日横田さんに会うのが楽しみで仕方ありません。
――横田さんが……好きです!
私の心の中に、畏れ多さを超越した感情が芽生えていた。
これまでの私なら、とっくに危険信号を鳴らしまくって横田さんから逃げていただろう。
でも、今はちがう。
私は横田さんのパートナーで、一大プロジェクトの始動にかかわっている。
自分が誇らしく、より一層磨きをかけたいと心から願い、日々実行している。
できる、やればできるんだ! 私!
仕事もプライベートも充実して、日を追うごとに横田さんを好きになる。
そして……その事件は鈴鳴寺の裏山で起こった。
地質調査を依頼する前に、不法投棄物の廃棄スポットがないことを確認しようと横田さんが言った。
都内の緑地で、人の来ない場所はターゲットにされやすいのだという。
すでにオリエンテーリングのように裏山の地形はチェックしているけれど、人の分け入らない場所までは見回っていない。
私と横田さんは、ジーンズにスニーカー、そして軽登山用のジャケットを着て調査に挑む。
なんとジャケットは横田さんからのプレゼントだ。
「美味しいお弁当のお礼。ぜんぜん色気のないプレゼントで悪いけど、仕事で必要だから、使ってください」
ちゃんと私のサイズに合わせて買ってくれた登山ジャケットは、肩から胸がラベンダー色で胸元の切り替えで濃いすみれ色に変わる。
「きれいな色……」
「似合うだろうなって思って、日曜日に買って来たけど、一緒に選べばよかったかもってあとで思いついた。勝手してごめんね。気に入ってもらえたらいいけど」
「き……気に入りました。ありがとうございます。これ着てお仕事、がんばります」
横田さんは、目を細めて「よしよし」と頭を撫でてくれてから「あっ」と手を離した。
「ごめん、なんだかポロロンとかぶった」
「ポロロンちゃんと?」
ごめんごめんと謝る横田さんだったけど、いいんです。犬だと思ってくれてもぜんぜんオッケーです。おそばにいられるなら。
そんな震えちゃうほどときめく出来事があって、私はさらに横田さんとの仕事に熱を入れていた。
そして……。
完全装備の私たちは、裏山が清らかに保たれているのか、調査に入ったのだ。
「ここ、祠じゃないですか? 和尚さんはこんなのがあるって言ってませんでした」
横穴式の岩で囲まれた穴には、覗き込むと石の積まれた形跡がある。
返事のない横田さんに振り返って驚いた。いつも元気溌剌の横田さんがしゃがみこんで頭を抱えている。
「頭痛ですか? 生理痛のお薬ならありますけど」
私の声に、横田さんは首を振った。
「江田島さん、手を握ってくれない?」
来たー! 愛情表現が唐突!
「てっ、て、手ですか?」
ぜんぜん、苦しゅうないなんだけど。
私はいそいそと横田さんの隣にしゃがんだ。
横田さんが、顔も上げずに私の手を探す。
――恥ずかしがっているのかな?
どきどきとしながら、おずおず手を握る。
――キャッ!
「あ、あれ?」
横田さんの手汗、すごい……覗き込んだ顔も蒼白になっている。
これって、なにかの発作的な? 心筋梗塞とか?
「きゅ、救急車! 呼びます」
「待って。手を握ってくれたら退散する……悪霊のせいだから」
――え? 神様、なんとおっしゃいました?
会社帰りの駅ビルで、いつもは素通りしていた服やアクセサリーの店を見て帰るようになり、ときどきは通勤用の服を買い足している。
少し襟元の開いたシャツに合わせて、小さなチャームのついたネックレスも買った。
日曜日には美容院に行って髪を整えてもらい、かわいいお弁当作りの本を買った。
ざんぎりヘアは、美容師さんのすご腕で、後頭部がふんわりと、そしてナナメに流す前髪がキュートなショートヘアに変貌した。
思い切って中学生のころからかけていたメガネもコンタクトレンズに変えてみた。
正直、髪型や服装、メガネのあるなしで、こんなに人相って変わるのだと、驚いてしまう。
いつものもさっと野暮ったかった私が、こざっぱり、そこそこ見られる雰囲気になっていた。
日曜日の夜は、化粧をしては落とすのを繰り返して、通勤用のメイクを追求した。
自分なりにきちんと綺麗にメイクをして、買ったばかりのパンツスーツに襟元の開いたシャツ、そこから一粒ダイヤが小さく光るネックレスをした自分の姿は、これまで思いこんでいたほど悪くない。私だってがんばれば明るい印象の女の子になれる。
そんな私の前向きな気持ちを、横田さんは「髪型似合っているよ」「その服、いいね」「綺麗なネックレスだ」と、ひとつひとつを褒めてくれた。
勇気を出してふたつ作ったお弁当のうち、大きめのお弁当箱を横田さんに渡すと、天を仰いで喜んでくれた。
「うれしい、本当にうれしいよ。でも、無理させてないかな? そうだ、材料代出す。一食いくらぐらいかかる?」
真剣な顔で訊いてくれる横田さんに、ついでなのでいいんですと答えると「うーっ」と口元を引き結んだ。
「だよなぁ。お弁当屋さんじゃないんだもんなぁ。よし、わかった。それじゃあ、お弁当を作ってくれた日は、デザートをごちそうする。ちゃんと美味しい店をリサーチするから任せて」
「エビ鯛になっちゃいます」
「お弁当の方が鯛だからね。俺、本当に助かっているんだから。いつもありがとう」
優しくねぎらってもらって、胸にこみあげるものがあった。
認めてもらえること、茶化したりからかわれたりせずに、行動を褒めてもらえることに私は飢えていたんだ。
――うれしいです、横田さんと一緒にいる時間が好きです。
少しずつ、ほんの少しずつ。
私は横田さんの隣で自然に笑えるようになっていった。
コンプレックスだらけで、怖がりで、自己肯定力の限りなく低かった私が、横田さんの引き上げ力につられて、ぐんぐん上を見るようになった。
やっぱり横田さんは前世から、徳を積んできた人にちがいない。
そして現世での横田さんは、私というちっぽけな存在を、人として認め、生きる張り合いをくれた。
尊敬し、敬い、神と崇め祀っていた横田さん。あなたすごい人です。
毎日横田さんに会うのが楽しみで仕方ありません。
――横田さんが……好きです!
私の心の中に、畏れ多さを超越した感情が芽生えていた。
これまでの私なら、とっくに危険信号を鳴らしまくって横田さんから逃げていただろう。
でも、今はちがう。
私は横田さんのパートナーで、一大プロジェクトの始動にかかわっている。
自分が誇らしく、より一層磨きをかけたいと心から願い、日々実行している。
できる、やればできるんだ! 私!
仕事もプライベートも充実して、日を追うごとに横田さんを好きになる。
そして……その事件は鈴鳴寺の裏山で起こった。
地質調査を依頼する前に、不法投棄物の廃棄スポットがないことを確認しようと横田さんが言った。
都内の緑地で、人の来ない場所はターゲットにされやすいのだという。
すでにオリエンテーリングのように裏山の地形はチェックしているけれど、人の分け入らない場所までは見回っていない。
私と横田さんは、ジーンズにスニーカー、そして軽登山用のジャケットを着て調査に挑む。
なんとジャケットは横田さんからのプレゼントだ。
「美味しいお弁当のお礼。ぜんぜん色気のないプレゼントで悪いけど、仕事で必要だから、使ってください」
ちゃんと私のサイズに合わせて買ってくれた登山ジャケットは、肩から胸がラベンダー色で胸元の切り替えで濃いすみれ色に変わる。
「きれいな色……」
「似合うだろうなって思って、日曜日に買って来たけど、一緒に選べばよかったかもってあとで思いついた。勝手してごめんね。気に入ってもらえたらいいけど」
「き……気に入りました。ありがとうございます。これ着てお仕事、がんばります」
横田さんは、目を細めて「よしよし」と頭を撫でてくれてから「あっ」と手を離した。
「ごめん、なんだかポロロンとかぶった」
「ポロロンちゃんと?」
ごめんごめんと謝る横田さんだったけど、いいんです。犬だと思ってくれてもぜんぜんオッケーです。おそばにいられるなら。
そんな震えちゃうほどときめく出来事があって、私はさらに横田さんとの仕事に熱を入れていた。
そして……。
完全装備の私たちは、裏山が清らかに保たれているのか、調査に入ったのだ。
「ここ、祠じゃないですか? 和尚さんはこんなのがあるって言ってませんでした」
横穴式の岩で囲まれた穴には、覗き込むと石の積まれた形跡がある。
返事のない横田さんに振り返って驚いた。いつも元気溌剌の横田さんがしゃがみこんで頭を抱えている。
「頭痛ですか? 生理痛のお薬ならありますけど」
私の声に、横田さんは首を振った。
「江田島さん、手を握ってくれない?」
来たー! 愛情表現が唐突!
「てっ、て、手ですか?」
ぜんぜん、苦しゅうないなんだけど。
私はいそいそと横田さんの隣にしゃがんだ。
横田さんが、顔も上げずに私の手を探す。
――恥ずかしがっているのかな?
どきどきとしながら、おずおず手を握る。
――キャッ!
「あ、あれ?」
横田さんの手汗、すごい……覗き込んだ顔も蒼白になっている。
これって、なにかの発作的な? 心筋梗塞とか?
「きゅ、救急車! 呼びます」
「待って。手を握ってくれたら退散する……悪霊のせいだから」
――え? 神様、なんとおっしゃいました?
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