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餓鬼4

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「そういうことでしたか……」

 自警団からこれまでの経緯いきさつを聞き、緑髪エルフの魔術師さんは安堵した。

「間に合って良かったです。 たまたま鉢合はちあわせた衛兵さんに聞いて駆け付けた時には村が光に包まれ、中ではゴブリンの死体が散乱していましたからね。 ヒヤヒヤしましたよ」
(そりゃ驚くわな……)

 その後、目につくゴブリンを片っ端から倒し回っていたら、ギルドへ足を運べずに困っていたらしい。
 って、いつからいたんだろ……それとどの辺りを掃除していたのか詳しく!
 黒髪の女性剣士さんが私とシスターちゃんの頭をでる。

「チャルちゃんもエメルナちゃんも、気持ちは分かるけど危ないよぉ」
「…………ごめんなさい」

 私もバレないよう、ほんの少しだけ頭を下げておいた。
 彼らが来てくれなければ、今頃どうなっていたか想像もしたくない。 私の奇策は失敗したのだ。 本当なら感謝なり反省なり伝え、聞きたいことも沢山あるんだけど、まだ1歳だからね。 早く成長したいっ!

(っと、一息吐いたみたいになってるけど、先行した2人はどうなってるの!?)
「こっちも終わった」

 進行方向に振り返ると、灰毛並みの兎人さんが先行していた1人に肩を貸しながら戻ってきた。 背中からは弓、腰からは矢筒が見える。
 先行の自警団さんは足から血を流していた。 あの時、挟撃されていたタイミングで、2人も4体のゴブリンに囲まれていたらしい。

(曲がった先で戦ってたのか…………もう1人は?)
「重いって!! ハーフリングには無理だって!!」

 オレンジ髪の小人族ハーフリングさんが大盾をソリにして遅れて来た。
 体格が中学生でも力は大人……とはいかないらしい。

(ん? オレンジ髪さんの周囲に何か飛んでない?)

 赤・青・黄色・緑・茶色の光の玉? …………目を凝らして見ると、それらは発光した人型の妖精だった。 全身それぞれのカラーのみで、例えば赤い妖精なら蝋燭ろうそくの火が人の形をしたみたいな姿をしている。 服は着ていない。
 トンボみたいに細長い薄羽を背中から生やし、それこそトンボのように飛び回っていた。 ……500円のガチャガチャで、これくらいのサイズのフィギアよく買ってたなぁ。

(お姉ちゃん何あれ?)
((ん~……ピクシーっぽいけど、あんなに小さかったかなぁ?))

 ピクシーってのは人型の妖精らしい。 あのぬいぐるみのモデルになった妖精より格が1つ上なんだとか。
 そんな妖精達がいるってことは、オレンジ髪さんは精霊使いだったのか。 たしかに、脳筋には見えないもんね。
 大盾に乗せられた自警団さんは背中と右太ももから出血していた。 毒を受けているかもだから、2人は預かってきた解毒薬で応急処置した後にギルドへ送られることとなる。
 エルフさんが指揮をる。

「ここは私達にまかせて、皆さんは怪我人の応急処置と搬送をお願いします」

 『負傷者は近くの民家で一時的に保護してもらってる』 出発前、そんなルールがあるとシスターちゃんは教わっていたが、解毒はできても背中の刺傷までは放置できない。
 願っても無い自分達より圧倒的に強い冒険者パーティーからの申し出。 だが、応急処置をしている自警団達の表情はえなかった。

「それはありがたいが、情けない事に6体相手に
すらギリギリだったからなぁ……」

 元々負傷者の応急処置・搬送を目的として編成+αされてはいるが、槍の危険性を学習してしまったゴブリンを警戒しつつ大盾に乗せて運んでいては、10人中6人が戦力外となってしまう。 奇襲に長けたゴブリンは切り傷程度なら無視して突っ込んで来るとお姉ちゃんから聞いていたが……いつも通りと油断した結果がこれだ。

「でしたら……アンデ、精霊を少しまわせますか?」
「あぁそれなら、さっきから暇してるヴィルでいいんじゃないかな。 ヴルカンだから路地じゃ飛び火しそうで戦えないんだよね」

 赤い精霊をオレンジ髪さんが呼びつける。

「この人達の護衛を「いやよ!」」

 …………

「お前なぁ、戦いたいって駄々捏だだこねてたろ!」
「ニーちゃんとコラボしたいの! 花粉大量に出して、涙と鼻水にあえいでる敵を花粉ごとボワッと燃やすの! 美しいながらも逃げを許さない広範囲攻撃、まさに私にピッタリな最強の必殺技になると思わない?♪」
(なぁ、粉塵爆発って知ってるか!?)

 んなことされたら、もうこの村歩けなくなるぞ!!

「ニーナは索敵に必要なんだよ! 今度安全なところで試してやるから、今日は大人しく言うこと聞いてくれ」 
「そんなんじゃヤだ。 ……そうねぇ、せっかくこの村まで来たんだから、ミックスフルーツパイを1ホールで勘弁してあげるわ!」

 ドヤ顔で胸を張る赤。 オレンジ髪さんは本当に精霊使いなのだろうか。 

「……仕方ない。 ヴェルト、代わりに行ってくれ」
「良いレすよぉ♪」

 黄色い妖精がニコニコ笑顔で即答する。

「ちょぉっとぉぉ~~!! 私の出番取らないでよぉぉぉ~~~!!!」

 一転して涙目になる赤。
 なにこの駄精。

「いい加減にしないと、マジで交代させるからな」
「うぅ……分かった、6ピースで我慢してあげるわよ」
「1ホール分じゃねぇか。 いつも通り1人1ピースだ」
「4ピース!」
「2ピースを5等分するならいいぞ」
「減ってるじゃない! てかそれ私だけ食べられなくなりそうで怖いんですけど!? 皆の視線が冷たいんですけど!?」
「そもそもその体で1ピース以上食いきれると思ってるのか?」

 それ私も思った。
  なおも駄駄を捏ねる赤は、器用に空中で寝転がり両手足をバタバタさせた。

「ミックスフルーツパイをベッドにして眠りたかったのよ! もしくはお風呂にしてかるのも夢だったんだから!」
「よぉっしお前ら、交代してくれた奴にせっかく仕事を見つけてやったのに働かないヴィルの分くれてやるぞ~」

 青・黄・緑・茶が色めき立つ。

「やぁね冗談よ本気にしないでよやだなぁゴブリンなんて私が燃やし尽くしてあげるから任せなさぁいってきまぁ~すっ!!」

 我先にと自警団の頭上に飛翔し「よろしくねぇ~♪」と旋回せんかいする赤。
 精霊使いも大変だなぁ。

「話はつきましたか?」
「うん。 見ての通りヴィルが行きたいってさ」
「なら、とりあえずは安心ですね。 では皆さん、行動を開始しましょう!」

 ・ ・

 先頭から黒髪さん、オレンジ髪さん、妖精に囲まれたシスターちゃんと私、エルフさん、兎人さん、イケおじの一列に歩く。
 私達2人は自警団の邪魔になるからと、このまま前へ進むことになった。
 本当は走りたくてウズウズしてるんだけど、エルフさんに「注意散漫になるから」と止められたから仕方ない。

「み……皆さん、ありがとうございます」

 珍しくシスターちゃんから話しかけている。 なんだか知り合いっぽい。

「気にしないでください。 私達もレムリアさんが1人なのは心配ですので、お2人を連れていくのはついでですよ」
「そうそう! それに畜産地区は大丈夫そうだしね。 私達は3人をギルドに届けたら住宅街を回ってみるよ」
(おぉ、頼もしい。 瞬殺だったもんね)

 正直、彼らがこんなに強いとは思わなかった。 いくら冒険者でも、もっと人数いないと苦戦するものだと思ってたから。
 索敵とか聞こえたし、よく村に来ているから道にも詳しそうだ。

 シスターちゃんはまだしも、なぜ私までいるのかに話題は移り、シスターちゃんの締め付け力が強まった。

(ヤバイ、脇腹はやめて、痛い痛い!)

「この子……えっと……便利なので!」

(うん、ありがとう。 私も語彙ごい少ないから気にしないでね)

「あっはは♪ エメルナちゃんもそうなの? 私たちもよくシエルナさんには頼り切ってたよぉ。 やっぱり血筋かねぇ」

(え?)

「シエルナさんに、ですか?」
「ああぁ、ここだけの話ね。 シエルナさんは学生時代まで、私達と一緒に冒険者してたのよ。 懐かしいわぁ」

(マジで!? 初耳なんですけど!)

「そうだったんですか!?」
「うん。 学生時代の先輩でね、キーちゃんと私と三人でお小遣こづかい稼ぎしてたんだよぉ」 
「へぇ~」

 キーちゃんって誰!
 話の流れ的に、兎人さんかな?

「その話し、エメルナちゃんには秘密だから。 シエルナさんが驚かせたいって楽しみにしてるの」

 あ……
 えっ……嘘ん…………やらかした?
 ごめん……普通の幼児じゃなくて。

「あっ、ごめんなさい。 ……気を付けます」

 私を見て焦るシスターちゃんに、黒髪さんが微笑み返す。

「大丈夫だってぇ! まだ私たちの会話になんてついてこれないよ♪」

(すんません!)

「意外と分からないかも。 シエルナさんの娘さんなんだから」

(お母さん何してたの!?)

 ああぁいや、これ以上は聞かないでおこう。 心からのリアクションが出来なくなってしまう。
 意図せず図星を突いてきた兎人さんに、黒髪さんが笑い返す。

「いくらなんでも、それは無いってぇ♪」
「でも、あれにはビックリした。 狙い済ましたようなタイミングで、何を投げたの?」
「え? なんのことで――」

  暗転。

 突如、空の明かりがシャボン玉のように破裂した。 視界が一気に悪くなる。
 目が慣れていないせいで、いつもよりなんとなく暗い。
 シスターちゃんが足を止め、空を見上げて青ざめる。

「ぁああ……明かりが……」
「やっべぇな、路地に潜んでた奴等が出てくるぞ」
「ニーナ、ミクル、索敵範囲を広げる!」

 緑と茶色の妖精がオレンジ髪さんの手にそれぞれ着地し、あめのような物を貰って頬張ほおばった。 2人がそれぞれの色に強く輝く。
 元の位置に戻り、旋回を始める妖精達。
 準備をしている間に、目が月下の薄暗さに慣れてくる。

「って、ちんたらやってる間に出てきてっぞ!」

 所々の暗い路地から数体のゴブリンが現れた。
 黒髪さんが剣を構える。

「突っ切るよ!」

 剣で魔法で道を斬り開きしつつ、私達は駆け足で家に急いだ。

                        *

 ある女の子は見た。
 窓の外、月明かりに白く輝く1人のシスターを。
 ゴブリンが恐れていた光の空はもう無い。
 「外は危険だ」「暗くして隠れていなさい」と両親に言い付けられていた女の子は悩んだ。
 外は危ないって言わなきゃ……でも大声を出したらゴブリンに見つかっちゃう。
 誰か……周囲の家からも人が覗いてるのが月明かりで見れる。 でも皆、私と同じで誰1人動こうとはしなかった。

「あぁ……」

 暗闇からゴブリンが現れる。 1体……2体……どんどん増えてシスターさんの逃げ道が無くなってしまった。

 ガァアアァァァァァ!!

 数十のゴブリンが一斉に襲いかかる。

 「っ!!」

 女の子はこれから起こる惨劇を想像し、まぶたをきつくつぶった。

                        *

「何か聞こえる!」

 兎人さんの長い耳がピクピクっと反応し、私達は足を止めた。
 耳を澄ますと…………確かに聞こえる。

(…………声?)

 女性の声のような音が、進行方向から微かに伝わってくる。
 こんな時間、ましてやこんな状況で出歩く者など……自警団がいるか。
 でも女性の自警団なんて……お婆ちゃんが鍛えてそうだなぁ。
 駄目だ、浅学せんがく悲惨な私には想像も及ばない。

「…………レムリアさんだ!」

 シスターちゃんが単独で走り出す。 

(マジで!? よく分かったなこの蚊みたいな音で!)

 てか私の事は忘れたのか揺れが激しい! 吐く吐く吐く!!

「ちょっ!? チャルちゃん!」

 ゴブリンや身の安全なんて意識から吹き飛んだシスターちゃんは走った。
 走って走って……徐々に音が近付いてくる。
 私にもそれが声だと確信できるまでになった時、そこに音程とメロディーがある事に気が付いた。

(歌?)

 それは誰かの……多分レムリアさんの歌声だった。

(何? え、どういうこと?)

 兎人さんが隣に追い付く。

「聞いたことない歌ね……どこの国の言語かしら」
「ハァ! ハァッ! ハァ! ハァ!」

 必死で走るシスターちゃんに余裕はない。 道も安全性無視の細い路地に入る。 ギルドへ行く時にお母さん達と通ったルートだ。
 何度目かの角を曲がり、歌声も大きく響いてきた頃。
 遠くで1体のゴブリンが路地から飛び出してきた。

 グギャアァァアァアァアァァァァア!!!!!
(もがき苦しんでる!?)

 怪我を負ったようにも、誰かが追撃に来る様子もない。 ただ頭を抱えてうずくまっている。
 兎人さんが速度を上げ、ゴブリンのうなじを腰から抜いたナイフで切り裂いた。
 力の抜けるゴブリンの隣を走り抜け、シスターちゃんが最後の角を曲がる。
 と。

「レムリアさん……」

 追い付いた兎人さんも、足を止めて言葉なく見入る。

「何……これ」

 事切れたゴブリンの大群。 その中心で月の明かりをスポットライトに絶唱する純白のシスター。
 修道服は白く輝き、つむがれる清麗せいれいな独唱は、完璧と思っていたシスターちゃんの比にならない程に美しい。
 一切の雑音を拒絶する聖域を作り上げているのは、紛れもない、レムリアさんだった。

((これ……聖歌だ))

 お姉ちゃんが古い記憶を思い出す。

((魔力を込めた聖歌でね、特定の魂にだけ影響を及ぼす防御不可の全方位攻撃だって、戦時下の魔王軍でも恐れられてたの))

 シスターちゃんの時に言ってたあれか。 暴走させて自爆させるって歌。

((今回のは、ゴブリンの魂にだけ効果のある聖歌で、ゴブリンの魂を掻き乱す歌だね))
(ゴブリンの魂だけ?)

 音……特定…………固有周波数?

(『共振現象』か!)

 ある一定の周波数を利用して、声だけでワイングラスを割る、あの。 それを、魔力で波を作り、ゴブリンの魂だけに影響を及ぼしていると!?
 無茶苦茶だ! チート過ぎるだろ!
 声の届く範囲全てが初見殺しとか、絶対敵に回したくない相手だ。
 ゴブリンからしてみれば、鼓動すら否定されているようなものか。

「何これ……」

 皆がそろうも、誰1人としてあと一歩を踏み出せずにいた。 全員が魅入みいられる。
 そのうち、誰かがこう呟いた。

「この言語……教会に伝わるとされている『神の言葉』かもしれません」

 そういえば、兎人さんも聞いたことないって言ってたような。

((うん。 でも私も今、確信したよ。 ずっと似てるなぁって思ってたけど、何で……))

 聖歌の歌詞は、この世界では聞けるはずのない、日本語だった。
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