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エメルナちゃんの成長記録10

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 魔術師が扱う杖にも様々ある。
 木製の安物から、金属製の重~い物まで。
 長さや形状も幅広く、某映画のように指揮棒タクトサイズの物まであるらしい。
 用途はアンテナ。 正確には、空気中の魔力を集めて蓄積する、アンテナとバッテリーだ。

 『タクト』はアンテナとしての用途しか無いらしく、需要は主に貴族や王族、もしくはその護衛が隠し持つ。
 構造や理屈はお姉ちゃんも知らなかった。 お婆ちゃんなら知っていそうだね。
 1m以上ある『ロッド』には『魔鉱昌シークチェイル』と呼ばれる硬い昌石しょうせきが嵌められている。 RPG魔法使いのロッドにある水晶玉みたいな物。
 主に魔道兵や冒険者のような、接近して戦う可能性の多い職業の者が扱うらしい。 魔法唱えるより殴る方が早い場合もあるからね。

 てことで、私も1mはある鉄製のロッドを手に取っ――

「重っ!?」

 持ち上げるだけで全体重を……止めた。 これは無理したら潰れるやつだわ。
 それもそのはず、鉄製の棒ってだけで何kgあると? アニメで皆が軽々振り回す日本刀だって、素人からしたらダンベルと変わらない。
 ましてや幼児。 いや、今は10歳前後だから少j……美少女だ。
 やっぱり女の子は軽くないとね!
 と言うことで木製のロッドに持ち変える。

 あ……駄目だ。

 こっちも想像の倍は重かった。 
 今からゴブリンとタイマンするってのに、これでは走り回れない。
 突っ込んで来たらカウンターでホームランかましてやろうと思っていたのに、軽々避けられてられるパターンが目に浮かぶ。

 じゃぁ、残るは……。

 木製のタクトと鉄製のタクトを手に取る。
 どちらも頼りない。 距離を取っていれば問題無いだろうけど……。

「ねぇ、私本当に魔法使えるの?」

 隣で選択を見守るお姉ちゃんに不安を告げる。

「今日はどんな想像でも簡単に再現できるモードにしておいたから、安心して好きなのを選んで良いよ。 棄権もできるし、痛覚軽減も強めておいたからね♪」
「おぉ~♪」
 ……ん? 今何でもって?

 私は迷わず、木製の1mロッドを両手に抱えた。


 コロシアムに転送され、カンッ! っと石床にロッドを突き立てる。
 10m前方には1体のゴブリン。 対峙たいじする程度なら慣れたものだ。
 実況席のお姉ちゃんに合図を送る。

「は~い! それじゃぁ始めるよ! Readyレディー……Fightファイト!」

 合図と共に走り出すゴブリンへ、ロッドを向け全魔力を注ぎ込む!
 魔法と聞いて1度はやってみたかった究極のロマン砲。

「エクスプロー ジョンッ!!!!」

 複数の魔法陣が空中で重なり合い、コロシアム中央が極大の火力によって大爆発した。
 瓦礫がれきとゴブリンと私が吹き飛ぶ。
 石壁に激突し、爆風に乗って生焼けのゴブリンが隣に衝突。 赤い塊が飛び散る。
 そのままHPが0にまで溶け、私は深夜に目を覚ました。

(痛ったい!! 熱っつい!!)

 跳び起きて小さな体をさする。
 肉体には反映されていないのに、私は寝ボケたように暴れ狂った。

(近すぎたぁ!!)

 テンション1つでぶっ放したロマン砲は目測を誤り、視界を真っ赤に染め、衝撃波と爆風で体が浮いた。 よく分からないまま全身に痛みが走っていると、もろに背後から爆発を受けたゴブリンが瓦礫と共に吹き飛んできて……。
 記憶を辿たどって鳥肌が立つ。

(はわわわわわ……隣でグシャッ!って。 頭からグシャッ!って)

 無修正グロ動画に耐性なんて持っていないから震えが止まらない。
 血の気の引いた私の背中をお姉ちゃんがさする。

((えぇっと、反省した?))

 笑顔なのに声が低い。
 叱りたそうに、まずは心配してくれているらしいお姉ちゃんが、静かに怒っている。
 頭が上がらない。

(はい……もう授業中に遊びません。 ごめんなさい)

 意気消沈していると、震える背中をツンツンされた。

((2度目は無いからね? 痛覚軽減を強めていたから無事で済んだけど、ショック死だってあり得る衝撃だったんだから))
(ぅ……はい)

 嘘でも大げさでもない。
 そう、物理耐性は補強できても、精神面は素のままなのだ。 耐性を軽く超えるオーバーキルを受ければ、結果は容易に想像できる。
 一歩間違えば、また死んでいた。
 こんなん直撃してよく耐えられたな、あの狂性駄クルセイダー
 手足の震えが治まらない。 吐き気も酷い。
 トラウマになったかも。

((なら、あきらめる?))

 甘いささやきに……拳を握り頭を振るう。

(……それは、まだ嫌かな)

 ただの自業自得だし、ちゃんと戦ってない。
 動悸どうきは未だに激しいけれど、命拾いしたと思えば安いものだ。
 良い経験になった。 次は堅実に、真面目に戦闘と向き合おう。
 そう考えると、動悸も少しは落ち着いてきた。
 すぐにはやれそうにないけど……。

((そう、なら良かった。 罰はもう受けてると思うし、反省もしてるから許してあげる。 ただし、次の夢は特別に10対1の死に戻り戦ね♪))
(…………あれ? 罰はもう受けたのに?)

 何かお姉ちゃんが楽しそうなんですけど。

((だって、魔法を軽く見た罰はもう受けたけど、貴重な授業を遅らせた罰は別問題でしょ?))

 機嫌は良くなっているけれど、違う理由で青ざめる。

(あの……1体でも苦戦してるので、さすがに5体までにしていただけませんかね? 真面目に頑張りますから)

 少し思案し、お姉ちゃんは二択にしぼった。

((10対1と、5対1で負けたらゴブリン達に仲良しされるの、どっちが良い?))
(10体でお願いします!)

 今日はなかなか寝付けなかった。

                *

 レムリアさん達が帰って数日、私は日々戦いにはげんでいた。 初期装備の片手剣と盾は、あれから十数度死線を潜り抜けても吐き気は改善されず、断念。
 遠距離ならばと、魔法訓練に変更した昨晩がアレだった。 10対1は地獄でしたよ……
 遠すぎて当たらないし、範囲チート魔法は規制されるし、囲まれて目潰ししきれないし。
 当たったら当たったで……うっぷ。
 一瞬で灰になるまで焼かないと後悔することを私は知った。
 まぁ、地味に日本語禁止が一番辛かったけど。


 玄関がノックされる。

「おはようございま~す!」
「おはま!」

 エレオノールさんとフローラちゃんがやって来た。
 お母さんが「おはよう、上がって」と招き入れ、私のいる居間に通す。

「ねぇね!」

 目が会うと、求めるように両手をパタパタ上下してくる。
 癒しの天使降臨!
 焦土に一輪の花が咲く。 やつれた心に潤いが戻った。

(萌ぇ~♪)

 あの無邪気な笑顔は見るだけで暖かい気分にひたらせてくれる。 精神的な疲れなんてどこぞに吹き飛んで行きましたとも。
 こんな幸せがあるから、心折れないで頑張れるのだ。
 日常の空気に戻り、私はあらためてそう実感した。

 3月下旬。 私とお母さん、フローラちゃんとエレオノールさんは、日差し暖かい晴れた昼前、小さめの竹籠たけかごを肩に掛けて外出した。
 快晴とは言え肌寒いので、防寒着は手放せない。 モコモコの幼児を抱えた二人が歩き出す。
 目的はお馴染みの自然公園・草原だ。

 背の低い雑草が遥か遠くまで生いしげっている。 そんないこいの広場に、多くの奥さま方がつどっていた。
 中には子連れや、休暇日らしい男性の姿も。
 そんな中にいた、銀杏いちょうっぽい黄色ポニテの女性が私達を見つけ、手で招く。 そっちに向かうと、お母さんより年配そうなお姉さんは大きな竹籠を背負っていた。

「2人とも、おはよぅ!」

 180くらいの背丈で、スタイルの良い男前なお姉さん。 深緑のエプロンを身に付け、上着は白のタートルネック、下は藍色のジーパンという動きやすそうなコーディネートだ。
 ……エプロン?

「おはようございます」
「おはよう……ってクレアさん? どれだけ採る気なの」

 お母さんにつっこまれ、銀杏いちょポニさんは「なっははは!」と大きく笑った。

(クレアさん? 聞き覚えが……誰だっけ)

 知り合いっぽいのに知らないって事は、寝ていた時にでも顔見せされていたのかも。
 この体、基本寝ているからな。
 腰に両手を添える姿が様になっている。 大工か漁師が似合いそうなお姉さんだ。

「いやいやぁ、君らまで誤解せんといてよぉ。 ウチのは買い出し用やからねぇ? このあと商店街行かにゃならんのよぉ」

 なまってた。
 この村、外を歩くとよく老人から話し掛けられるが、たまに何言ってるか聞き取れないほど訛りの強い人もいる。 それを私は『ネイティブ・師範クラス』と呼んでいるのだが、銀杏ポニさんは上級者くらいだろう。
 主に標準語だが、イントネーションが田舎な感じ。
 そんな銀杏ポニさんは、背中を隠す程の大きな籠を背負っていた。

(大家族なのかな、それとも飲食店? てか採りにって、今から山にでも登るの?)

 日当たりの良い場所は溶けていても、建物の影になる所や山の中は、まだ雪が残っている。
 そうでなくとも、ついこの間ゴブリン騒動があったってのに。 たくましい人達だ。

 私達で全員だったらしく、銀杏ポニさんが離れた所のおばさんに手を振る。 と、おばさんが「皆! 揃ったから始めますよ!」と呼び掛けた。
 拡声器なんてあるのかよ……。


 草原の中心辺りから村までの間で広がり、腰を下ろして目的の食材を摘み採る。
 『ムリュクキトン』と呼ばれる『ふきのとう』だった。
 青臭く苦い山菜の香りが鼻を付く。
 そんな様子をフローラちゃんと遊びながら眺めていた私は……内心、憂鬱ゆううつとしていた。
 匂いはそんなに嫌いじゃないんだけど、味が無理。 好きになれる要素が一切無い。
 最後に食べたのは小学生の頃だったかな? お婆ちゃんが作ったふきのとう味噌だったかを一口食べてアウト。 粉薬に漬け込んだみたいだった。
 夕飯に出てきたら、残してもいいかなぁ。

「んあっ……っあい!」

 皆の真似をして雑草をむしるフローラちゃん。 私もそれを見ながら、フローラちゃんの真似をしている。
 この年齢で手伝うのは無理との判断だ。
 周囲を見渡すと、大人に混じって3~5歳くらいの子供もチラホラ見れた。 ちゃんと手伝っているようで感心する。
 なんだか、高校の時にやった田植えのボランティアと重なった。
 年齢も性別も、他人か家族かも関係ない、素朴でほのぼのとした楽しい雰囲気。 日差しもポカポカして暖かい。
 こういう空気、すごく好きだ。 見ているだけで癒される。

((私が厳しくしてる理由、分かってくれた?))

 お姉ちゃんも、同じ気持ちらしい。

(うん、私もお母さん達みたいに皆を、この日常を守れるようになりたい。 そのためなら、いくらでも頑張れる気がする)

 実際に命のやり取りを経験して、夢世界で何度も辛いことがあったけれど、そんなの全部、この瞬間に比べたらどうってことない。
 トラウマだなんて甘えていられない。
 この村を失ったら、もっともっと後悔するんだから。

(頑張るよ。 だから、これからもお願いね)
((ええ、任せなさい♪))

 せっかくだからと、お姉ちゃんにこの風景をコロシアムの控室で飾ってもらうことにした。
 このたかぶりを忘れないようにしないとね。
 思わぬ収穫に、口元がほころぶ。
 と、

「そうだ、今朝クォーツ伯爵家から手紙が届きました」

 お母さんと並んでふきのとうを採っていたエレオノールさんが、いきなり気になる事をささやく。
 クォーツ伯爵ってのは確か、ゴブリン騒動の最中、衛兵さんが向かった貴族家の名だ。
 貴族……と聞くと、苦手意識で気分がえる。 村の様子を見る限り、悪政を敷く無能ではないのだろうけど、庶民では逆らえないイメージからか気が引ける。
 アニメの見過ぎだと良いが。

(貴族からの手紙? ゴブリンの件かな)

 エレオノールさんのヒソヒソ話しは続く。

「約3日後、ファントムさんが村に来るそうです」

 身を乗り出し「え! 来るの!?」と目をキラキラさせるお母さん。
 あれ、なにその若手のイケメン俳優が地元に来るみたいなテンション。 こっちの貴族ってそういう系列なの? お父さんが見たら勘違いしそうなほどに表情が華やいでいるけど……。
 ちょっと珍しい顔をするお母さんに、エレオノールさんも楽しげだった。

「はい。 なのでお泊まりになると思うんですが、お茶菓子は何にしましょう?」
「そんなの適当でいいわよ。 緑茶とおかきで充分だって」
(急に扱い酷くない!?)

 その後、メニューにお団子が追加され、ふきのとう摘みを終えた私達は帰宅した。

                *

「……ンゲェ」
「ありゃ、苦かった?」

 夕飯のふきのとうソースパスタ、鬼苦い。
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