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初熱9
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換気にと開け放たれていた窓から、湿った空気が流れ込む。
そんな今にも降りだしそうな外を無気力と化したまま眺めていると、廊下からバタバタと慌ただしい足音が響いてきた。
頭を転がして振り向く。 と同時に、廊下を注視していたナースちゃんもバッと立ち上がる。
……どっちだ。
足音の主は病室の目前で速度を落とすと、入室するなり小声で息荒く、ナースちゃんにネックレスを手渡した。
「これなんだけどっ、使えるかな?!」
(お母さんっ!)
やはり精神年齢が身体に引っ張られているのか、お母さんの顔を見た途端、本能的な安心感に目頭が熱くなる。
前世では記憶に無いくらい、すっごい心細くてすっごい抱っこして欲しくなってきた。
一気に感情が爆発してるみたい。
素直にギャン泣きすれば、抱っこしてくれるかな? あっ、でもナースちゃんにイジメられたとか誤解されるのは嫌だなぁ。
――なんて、割りと真面目に葛藤していると、こっちに来るお母さんと目が会った。
「エメルナ~。 あれ? 泣いてたの?」
(え?)
言われてやっと、目頭の滴を自覚する。
と、ナースちゃんまでお母さんの隣に来て、私を覗き込んできた。
「いえ? お母さんが帰ってくるまで、すっごく大人しかったなのですよ?」
「……そっかぁ♪」
なんだか嬉しそうな笑みを浮かべるお母さんに、背中とお尻に手を回され、抱え上げられる。
ハグの形でギュっと抱き締められ、より強く感じられるようになった柔らかな人肌と、安心するお母さんの匂いが心に染みた。
あっ、泣く。
(まったくお母さんってば、泣いてる娘を見てこんなに喜んじゃうとか。 ド畜生かな?♪)
((滅多に泣かないから、泣くほど必要としてくれてるのが嬉しかったんだろうね))
だろうね。
かまってちゃんみたいな親心を想像してしまい、ちょっとほっこりした。
なんてしている背後から、ナースちゃんによってシルバープレートのGPSネックレスが掛けられ、私は再びベッドへと戻された。
首周りから体の熱が吸いとられてくかのように、ひんやり冷た気持ち良い。
「シア先生は……?」
ふへぇ~♪と癒されていると、お母さんとナースちゃんの会話が耳に入った。
ナースちゃんが申し訳なさげに耳を伏せる。
「あれからまだ……。 そっちは、ネックレスだけだったなのです?」
「それがね、帳簿には無かったんだけど、師匠に話したら今から作ってくれる事になって。 『すぐ担当医連れて来い』って」
「ヤァ~、それって……」
お母さんだけじゃなく、シア先生まで行っちゃうの?
どうすんだ、これ。
ナースちゃんに呼んできてもらい、シア先生と合流する。
事情を説明すると、シア先生は案外あっさり「分かった。 セラっちはこのままエメルナちゃんを看てて」と即答した。
……ずっと私をガン見しながら。
お母さんに「今すぐ行ける?」と確認を取る。
「あのっ、返信の方は……」
「そっちは夜勤に頼んでおくよ。 それより、さっさと作って来よう。 室内の魔素を薄めてくより、排出の効率を上げた方が確実だもん」
確かに。
吸収・排出のバランスが偏ったせいでこうなってるんだから、排出の効率さえ上げてしまえば、後は勝手に調整していく筈だ。
加えて室内の魔素も取り除けられれば良かったんだろうけど、そこは自律神経(仮)の乱れさえ治せばあまり問題無いと思う。
この後すぐ「もうちょっと待っててねっ」と私の前髪を優しく撫でると、お母さんとシア先生は急ぎ病室から出て行った。
・ ・ ・
あれから数十分。 体感的には数時間。
降りだした雨に、ナースちゃんが窓を閉めたくらいの僅かな変化はあったものの。
「ハァ……ハァ……」
私自身には全く進展が無いまま、暑苦しさ・息苦しさに耐えるだけの時間がひたすら続く。
いい加減、逆上せたみたいに全身気怠くなってきた。 ちょっとづつ疲労物質が蓄積してくあの感じ。
さっきまでは熱くても、とにかく体を動かしたい衝動に駆られて嫌な気はしなかったのに。 今では疲れの取れていない翌朝みたいで、動きたくない。 二度寝したい。
(うっ……)
「ケホッ! ケホッコホッ!」
喉のイガイガに堪えきれず、本気で咳き込む。
「あぁ……はいなのです」
ナースちゃんに背中を支えられながら、もう何度目かの水を口に含んだ。
「……っん」
水分補給のペースが明らかに増えている。 なのに尿意を感じないのは、汗や口呼吸から全身の水分が気化しているせいだと思いたい。
もしかすると、室温・湿度も大変な事になっているのかも知れない。 雨音と深夜並みに暗いせいでか、気付くのが遅れた。
てかもうこれ、完全に夜なんじゃないかな。 お父さんが居ないせいで体内時計が狂ってそうだ。
ついでに上半身を脱がされ、汗を拭いてもらう。
「あっ、もう……。 エメルナちゃん♪」
と何かに気が付いたらしきナースちゃんに、子供をあやす笑顔で話し掛けられた。
中身は18才以上なので、何だか気を使わせているようで申し訳ない。
(なにぃ?)
ナースちゃんへ、顔を向ける仕草で返答とする。
「お夕飯……えっと、ごはん、食べられそうなのです?」
それは、体調を見て食べるべきか判断してほしいのですが……。 医師免許持ってるのに無知な患者に尋ねるってどうよ。
いやまぁ、栄養を理由に無理矢理食わされるよりはマシだけどさ。
お腹の調子は、よく分からない。 けど喉を通らないほど辛い感じじゃぁないので、お粥にしてくれればちょっとは食えそうかな。
朝食で食欲が無い時だって、少し食べたらもう少しってなったりしてたし。 無理なら残せば済むんだから。
念のため(……ちょっとくらいなら大丈夫だよね?)とお姉ちゃんに確認を取ると、((だね))と同意された。
なので、ナースちゃんにコクンと頷く。 「ごはん」と聞いて、ちょっと嬉しそうな感じに。
「分かったなのです。 すぐに作ってくるなのですよ♪」
両腕で小さなガッツポーズをとり、ナースちゃんはパタパタと病室から出て行った。
え! もしかしてナースちゃんの手作り?!
これは、一口たりとも残せんな♪
・ ・
作ってきてくれたのは、リゾットのような雑炊だった。
どういう事かと言うと……白いご飯に細かなキノコと野菜、それをトマトスープで煮込み、チーズを少々溶かした味。
私用なのかチーズは風味程度で、トロ~ッと伸びるCMみたいな絵は見れなかったけど、もちろん超絶美味しかったよ。
出来ればお薬の後にも食べたかったくらい。
……ただ、せっかくの「フー、フー。 あ~ん♪」を楽しめる気分には、最後までなれなかった。
量も、子供用スプーンで5杯だけ。 残りはナースちゃんの夕飯となっていた。
チーズ増し増しで。 ……治ったら夢で再現しよう。
とまぁ、そんなこんなで相変わらず「ハァ……ハァ……」横になっていると、その扉を蹴破るような轟音は突如、正面入り口の方角から鳴り響いた。
あまりの出来事に、ナースちゃんがバッと立ち上がる。
「***・・・**・・*****・・・・*!!」
雨音+遠過ぎで全く聞き取れなかったが、それでも獣耳人には充分だったらしく、みるみる顔が青ざめていく。
「*****、********……***、******……」
(何て?)
動揺し過ぎてなのか、またもや聞いたことのない単語の呟きで聞き取れなかった。
そういえばナースちゃん、国外出身なんだっけ? 母国がどうとか言ってたし。
ビクビクと私に振り向く視線が険しい。
察するに、急患なのだろう。 それもかなり危険な状態の。
しかし夜勤がいる筈だが。
私と急患の間で躊躇っていると、近付いてくる慌ただしい足音が私の耳にも入った。
扉を開け放つと同時に、看護師さんらしき女性がナースちゃんにヘルプを求める。
「いた! セラさん手術できる?! 重傷の女性冒険者2名。 背中に深い爪痕と、左足欠損の。 両者出血多量により意識不明。 直ぐに来て!」
言うだけ言って、看護師さんは返事も待たずに行ってしまった。
一刻を争う事態に、室内が凍り付く。
「******……**********……」
立ち尽くすナースちゃんの背中が葛藤に震える。
手術のヘルプを無視するか、熱で苦しむ1歳児を放置するのか。
手術を諦めれば私を看ていられるが、最悪の場合、死者が出る。
しかしヘルプに向かった場合、今度は熱で苦しむ1歳児を1人きりにしてしまい、対応が不可能になってしまう。
それこそ、誰かに私を頼めば済む話しなのだが……そんな宛があるなら、とっくに走り出している筈だ。
(どうしよう……)
私の存在が足枷になってる。
実際のところ、私は結構特殊な幼児なので、残されたからといって無闇に歩き回るような行動派ではない。
なんなら寧ろ、1人で水も飲めるし、汗だって拭ける。
普段出来ない魔力結晶作りの練習だって、今ならやりたい放題だ。
だがそんな事、ナースちゃんは知る由も無い。
(早く……行って……)
私は大丈夫だから、ちゃんと大人しく待ってるから。
何より、このまま行かずに誰かが亡くなったら、絶対に後悔する。
私も、ナースちゃんも。
(だけど……なんて伝えれば)
迷ってる暇なんて1秒たりとも無いのに。
もういっその事「行って!」って喋っちゃおうか。 振り向いても無視して、謎の声みたいな感じに誤魔化せれば、なんとか――
((目を閉じて! 呼吸はそのまま!))
(えっ……?!)
――突然の指示に面食らうが、何か考えがあるらしく、私はお姉ちゃんに言われるがまま瞼を下ろした。
「エメルナちゃん……」
「ハァ……ハァ……」
目を閉じてすぐナースちゃんが振り返ったらしく、頭を毛並みに沿って撫でられる。
暫しそれを繰り返すと、ナースちゃんは意を決したように「すぐ、戻るなのっ」と手を離し、ヘルプへと走って行った。
ホッと一息、瞼を上げる。
1人きりになった病室はやけに広く、洞窟のように暗く、雨だけが音を作った。
キャンドルの火が無かったら、どうなっていたやら。
これは……普通の1歳児には怖いかもな。 ナースちゃんが渋るのも分かる気がする。
けど大丈夫、少しも寂しくなんてないよ。
私にはお姉ちゃんがいるんだから。
(ナイス、さすがお姉ちゃん)
((運、だけどね♪ 上手く伝わってくれて助かったよ))
謙遜するお姉ちゃんだが、私じゃぁ「謎の声作戦」か「手術室近くまで着いていく(もちろん即却下)」の2択しか思い付かなかったんだから、やっぱりお姉ちゃんのおかげである。
私のアイデアは、どちらもナースちゃんを更に混乱させ兼ねない危険な行動なのだと、今になって気が付いた。
その点、お姉ちゃんは全ての判断をナースちゃんに委ね、私は大人しく待っていられる子なのだと、行動で示したのだ。
(でも、何で目を閉じたの? 寝たフリ?)
下手に大人しいと、ぐったりしてる風にも見られちゃいそうだったけど。
((やっぱり分かってなかった……♪))とでも言いたげに、お姉ちゃんが微笑む。
((エメルナちゃんは幼児なんだよ? 幼児に見つめられて、それでも放って行けるほど冷静には見えなかったからね))
(あぁ~……)
私達は、魔法は使えてもエスパーって訳じゃない。 目を見詰めるだけで相手の想いが伝わる程、都合の良いコミュ力スキルなんて備わっちゃいない。
どんな理由であれ、ナースちゃんのような優しい娘が、目まで合った子供を見捨てる真似なんて出来なかっただろう。
((切羽詰まってるとね、自分にとって都合の良いように解釈しちゃうものなんだよ。 あの娘は私達が『大人しい』『変わった子』だって驚いていたし、お母さんからもそう聞いていた。 そんな子がご飯を食べて眠たそうに目を閉じていたら、『大人しく眠っていてくれるんじゃないか』って期待しちゃうでしょ?))
(確かに)
ネガティブ思考の私だって、そう思うかも。
((頭を撫でていたのは、あの娘なりのヘルプだったんじゃないかな。 もし目を開けていたら、ここから動けなくなっていたでしょうね))
ナースちゃんも判断を委ねた訳か、私の容態と反応に。
まぁ、ほぼ想像だけどね。 お姉ちゃんも((運だ))って言ってるし。
(でも、これはこれで怖くない? 寝返ってうつ伏せって突然死とか……何歳児までの事故だったかは忘れたけど)
((そこまでは……何で不吉な方向にだけ頭の回転が早いかな?))
さぁ?
私にも分かんない。
・
不吉ついでに、私達は座って水をチョビチョビ飲みながら、あの事についても話し合ってみた。
深い爪痕と、左足の欠損……。
まるで巨大な猛獣に引き裂かれ、食い千切られたのではと想像してしまうのは、最近そんなゲームばかりをしているからだろうか。
(こっちの世界ってさ、モ○ハンみたいな巨大な魔獣まで生息してたりするの?)
空飛んだり、口から火炎放射したり、鉄より強靭な鱗を纏ってたりする、人の十数倍はあろう巨大なモンスター。
そんなのが生息しているんだとしたら、絶対に村から出たくないんだけど。
どころか村の中ですら超危険じゃない?
なんて不安も込めて伝えてみると。
((安心して良いよ。 今じゃ未開の地や魔王国にしかいないから))
(……いんのかよ)
安心して良いよとは一体何だったのだろうか。
せっかくのゲーム的要素なのに、全く心躍らないどころか、結構な絶望感から薄ら寒くなる。
『都心民「熊なんて山にしかいないからww」』みたいに軽く言われたけど、熊と火竜とでは話が別でしょうに。
てか重傷者がここに来たって事は、その魔獣は現在、村近くにまで来ているってことなんじゃないの?
ヤバイじゃん! どうしよ!
高まる動悸が、熱からかパニックからなのか分からなくなってきた。
そんな私の思考を感じ取ったらしく、お姉ちゃんが((いや、ちょっと待って!))と慌てて訂正する。
((そもそも大型の魔獣かすらまだ決まってないのに、逸り過ぎないで。 食い千切られたとは言ってなかったし、深い爪痕程度なら、熊でも充分作れるでしょ?))
(ぁ……)
確かに。
勝手に繋げて、勝手にパニクってた。 ……どうしようもねぇな私。
((それにね、ゲームみたいなあんな魔獣は、縄張りの主や森の守り神みたいな希少な存在だから、人里近くになんてまず出てこないんだよ。 魔王国のも、最近じゃぁそれほど大きくはならないし、飼い馴らされてるし))
(飼い馴らせるの!?)
異世界物でよく見る、馬の替わりを勤める地竜等の絵が浮かぶ。
もしくは魔物使い職。
そんなイメージを覗き見たお姉ちゃんが、((うん))と頷いた。
((野生に馬なんていなかったからね。 いても魔王国じゃ食料扱いだったから))
(あぁ~……)
そういう事なら……と、少しづつだが、さっきよりは気持ちが落ち着いてきたのを自覚する。
動悸は……治まりそうにないけど。
((それに、討伐対象がここまで来る心配もいらないと思うよ? 冒険者は複数人で組むのが基本だから、重傷者だけ離脱させて、残りはそのまま討伐を完了させる、なんて、あるあるだからね。 ゲームみたいな人数制限や即効性の回復アイテムなんて、こっちには無いもの))
(そっか……そりゃそうか)
今頃、残りのメンバーが死に物狂いで頑張ってくれているのだろう。
そう考えると随分気が楽になってきたし、頭が冷めたおかげもあって、今後私たち一般人に何が出来るのか、何をするべきなのかが自ずと理解出来た。
冒険者に必要なのは『癒し』だ。
(つまりは『温泉』か!)
((何が!?))
説明不足過ぎて驚かれた。
・
(……さて)
動悸が治まり、喉も潤ったところで、私達は私達の成すべき事を成すとしよう。
コップを戻し、万が一誰か来た時すぐ上体を倒して寝転がれる位置に座る。
もちろん熱苦しいので布団の上で。 これくらいは1歳児の範囲内でしょ。
これから行うのは、毎日練習してる魔素の結晶化だ。 せっかく大量の魔素があるんだから、有効活用しなきゃ勿体ない。
まず、体内に意識を集中し、保有魔力量を把握する。
(うっ……)
雨雲の中を覗いたみたいで息が詰まった。 少し前までは霧くらいだったのに。
(ちょっ! どうしよう、これ……)
明らかに、私の操作しきれる量を逸脱している。
いつもは、せいぜい風呂場の湯気程度の量しかなかったんだ。 それがいきなり……難易度跳ね上がり過ぎだろ。
((大丈夫、落ち着いて魔力の通り道を作ってみて。 授業の時みたいに))
(授業?)
通り道、と言うと。 思い当たったのはつい先日やった、遠くの魔素溜まりから魔力を吸収する時に使った、あの方法だった。
しかし、そもそも魔力量を把握出来ていないのにそんな……。
(っあ)
違う。 内側か!
右掌から体の中心に向けて、腕の中に導線をイメージした魔力の道を作っていく。
それは正解だったらしく、肩を過ぎた辺りで魔素がこっちに向かって流れ始めた。
池の水が水路に流れていくような、毛細管現象で吸い上げられていくような感覚。
気持ち若干、腕の中が熱くなってきたことで正解と確信する。
(よしよしよしよし!)
((後で説明しようと思ってたんだけど、把握して集めてからじゃないと使えないのは、魔力量がすっごく少ない場合の方法なの。 普通は、そんな感じに使うんだよ))
(そうなの?)
いつもの実戦練習ではHP・MPゲージ設定で、根性を鍛える(倒しても吐かないようになる)のがメインだから、細かい所は省略されていた。
杖で防御・回避に専念してないと、まともに戦えなくて……。
言われみれば大人の何分の一しかない稀薄さなら、掻き集めないと使い物にすらならんわな。
掌に魔力が流れてきたので、いつも通り皮膚呼吸的なイメージをしつつ、私の干渉領域を掌から半径数cmに意識して……
(あれ?)
いつも通り、魔力を掌の上に出したんだけど……なんか、出が酷く悪い。
穴の少ないフィルターで塞がってるみたいな。
こんな所にまで影響が?
「ん~~~!」
勢いを強め穴を押し広げるイメージで掌の筋肉に力を込めてみる。 と、ちょっとだけだけど量が増えてきた。
そのまま魔力を操作し、配列を整え、積み上げ、数分掛けて石粒大の結晶体を生成していく。
暖色の明かりに輝いていて綺麗だが、見た目が完全にガラスでしかないな。 あんな綺麗なダイヤモンドカットは、残念ながらまだまだ再現できそうにないからね。 仕方ないね。
にしても……遅い。 明日には筋肉痛になってそうなほど頑張ってるのに。
(……ねぇ、これ、作ってる場合じゃなくない?)
体感でしかないが、さっきからずっと消費している筈なのに、全然減っている気がしないのだ。
このままでは本末転倒でしかない。
((うん……。 練習は諦めて、とりあえず両手で放出してみて。 なるべく多くね))
お姉ちゃんの判断に、放出するだけなら……と頷き返す。
(分かった……)
持て余した結晶はベッド下へと放り捨て、私は両腕に意識を集中した。
毛細血管とも神経とも違う、魔力の導線をより太く構築していく。
肩を過ぎた辺りで、両腕へと、お湯を飲んだ時のような熱さが流れ込んできた。
(っ……!)
初体験な気持ち悪さに、指の筋肉がビククッと震える。 感電して痺れた感じに。
((交代する?))
(……大丈夫。 私じゃ危険だと思った時は、お願い)
気持ちだけありがたく受け取り、両腕の導線が乱れないよう、集中を続ける。
簡単に助けてもらえるより、いざと言う時の保険として見守っていてくれる方が、千倍嬉しい。
そうでもないと、私ってば一生成長できそうにないから。
腕を通り、掌に集まる魔力。 だったが、やはり両手共にフィルターが掛かっているようで、出が悪い。
これは……うんん、判断するにはまだ早い。
もうちょっとだけ。 せめて10分は様子見してからにしないと。
・
(痛っ……!)
あれから数分。 突如左掌の中央、魔力の放出口に火傷したみたいな刺激が走った。
反射的に手を振り、放出も中断する。
何度かグッパァしているとすぐに治まったけれど……なんだったんだろう。
((これこれ。 耐性が無さ過ぎるとね、こうして魔力焼けしちゃうんだよ))
(さっき言ってたやつか)
耐性うんぬんで諦めた、って意味を実感する。
これは、考えなしに全身の魔力を一点集中なんてさせていたら、ナースちゃんの目の前で悲鳴を上げていただろう。
(……低温火傷みたいな?)
((どちらかと言うと、腱鞘炎や疲労骨折に近いかな))
(あぁ~……)
だから『耐性』なのか。
痛みの引いた箇所に変色が無い事を確認し、指先でモミモミしながらシコリの有無も調べておく。
相変わらずのモチプニで、ホッと一息。
(もう大丈夫そうだけど……止めといた方が良いかな?)
痛みは治まったとしても、見えない所にダメージが残るタイプだったら……と思うと、このまま続けて良いのかに迷う。
こんな幼い内から体に負担をかけて、一生消せないシコリを残すのはなるべく避けたい。
かと言って、これ以外の方法なんて私には無くて……。
そんな葛藤まで伝わったのか、((そうねぇ……))とお姉ちゃんがアッサリ頷く。
((思っていたより虚弱過ぎるし、「魔力焼けは体が発する警告」とも、言われているからね))
(うっわっ……)
危うく続けるところだった。 だって前世なら「なん言うとるがよそんくらいで、ちょっとくらい我慢しられよ」と嘆かれられていただろうから。
((それに……大丈夫なの?))
(え?)
いきなりの深刻そうな声色に、何の事だか見当もつかず困惑する。
腫れもシミも無いし、痛みが引いているのはお姉ちゃんだって同じ筈だけど。
などと考えながら掌を見ていると、((そっちじゃなくて))と指摘された。
((体温……40度以上あるんじゃないかな? これ))
(え……)
「ハァハァハァハァ……」
言われて、漸く自覚する。
お姉ちゃんの……いや、私達の息がとんでもなく荒くなっていた事に。
渦巻く熱が、体の自由を蝕んでいた事に。
(あっ、これは……死ぬかも)
そんな今にも降りだしそうな外を無気力と化したまま眺めていると、廊下からバタバタと慌ただしい足音が響いてきた。
頭を転がして振り向く。 と同時に、廊下を注視していたナースちゃんもバッと立ち上がる。
……どっちだ。
足音の主は病室の目前で速度を落とすと、入室するなり小声で息荒く、ナースちゃんにネックレスを手渡した。
「これなんだけどっ、使えるかな?!」
(お母さんっ!)
やはり精神年齢が身体に引っ張られているのか、お母さんの顔を見た途端、本能的な安心感に目頭が熱くなる。
前世では記憶に無いくらい、すっごい心細くてすっごい抱っこして欲しくなってきた。
一気に感情が爆発してるみたい。
素直にギャン泣きすれば、抱っこしてくれるかな? あっ、でもナースちゃんにイジメられたとか誤解されるのは嫌だなぁ。
――なんて、割りと真面目に葛藤していると、こっちに来るお母さんと目が会った。
「エメルナ~。 あれ? 泣いてたの?」
(え?)
言われてやっと、目頭の滴を自覚する。
と、ナースちゃんまでお母さんの隣に来て、私を覗き込んできた。
「いえ? お母さんが帰ってくるまで、すっごく大人しかったなのですよ?」
「……そっかぁ♪」
なんだか嬉しそうな笑みを浮かべるお母さんに、背中とお尻に手を回され、抱え上げられる。
ハグの形でギュっと抱き締められ、より強く感じられるようになった柔らかな人肌と、安心するお母さんの匂いが心に染みた。
あっ、泣く。
(まったくお母さんってば、泣いてる娘を見てこんなに喜んじゃうとか。 ド畜生かな?♪)
((滅多に泣かないから、泣くほど必要としてくれてるのが嬉しかったんだろうね))
だろうね。
かまってちゃんみたいな親心を想像してしまい、ちょっとほっこりした。
なんてしている背後から、ナースちゃんによってシルバープレートのGPSネックレスが掛けられ、私は再びベッドへと戻された。
首周りから体の熱が吸いとられてくかのように、ひんやり冷た気持ち良い。
「シア先生は……?」
ふへぇ~♪と癒されていると、お母さんとナースちゃんの会話が耳に入った。
ナースちゃんが申し訳なさげに耳を伏せる。
「あれからまだ……。 そっちは、ネックレスだけだったなのです?」
「それがね、帳簿には無かったんだけど、師匠に話したら今から作ってくれる事になって。 『すぐ担当医連れて来い』って」
「ヤァ~、それって……」
お母さんだけじゃなく、シア先生まで行っちゃうの?
どうすんだ、これ。
ナースちゃんに呼んできてもらい、シア先生と合流する。
事情を説明すると、シア先生は案外あっさり「分かった。 セラっちはこのままエメルナちゃんを看てて」と即答した。
……ずっと私をガン見しながら。
お母さんに「今すぐ行ける?」と確認を取る。
「あのっ、返信の方は……」
「そっちは夜勤に頼んでおくよ。 それより、さっさと作って来よう。 室内の魔素を薄めてくより、排出の効率を上げた方が確実だもん」
確かに。
吸収・排出のバランスが偏ったせいでこうなってるんだから、排出の効率さえ上げてしまえば、後は勝手に調整していく筈だ。
加えて室内の魔素も取り除けられれば良かったんだろうけど、そこは自律神経(仮)の乱れさえ治せばあまり問題無いと思う。
この後すぐ「もうちょっと待っててねっ」と私の前髪を優しく撫でると、お母さんとシア先生は急ぎ病室から出て行った。
・ ・ ・
あれから数十分。 体感的には数時間。
降りだした雨に、ナースちゃんが窓を閉めたくらいの僅かな変化はあったものの。
「ハァ……ハァ……」
私自身には全く進展が無いまま、暑苦しさ・息苦しさに耐えるだけの時間がひたすら続く。
いい加減、逆上せたみたいに全身気怠くなってきた。 ちょっとづつ疲労物質が蓄積してくあの感じ。
さっきまでは熱くても、とにかく体を動かしたい衝動に駆られて嫌な気はしなかったのに。 今では疲れの取れていない翌朝みたいで、動きたくない。 二度寝したい。
(うっ……)
「ケホッ! ケホッコホッ!」
喉のイガイガに堪えきれず、本気で咳き込む。
「あぁ……はいなのです」
ナースちゃんに背中を支えられながら、もう何度目かの水を口に含んだ。
「……っん」
水分補給のペースが明らかに増えている。 なのに尿意を感じないのは、汗や口呼吸から全身の水分が気化しているせいだと思いたい。
もしかすると、室温・湿度も大変な事になっているのかも知れない。 雨音と深夜並みに暗いせいでか、気付くのが遅れた。
てかもうこれ、完全に夜なんじゃないかな。 お父さんが居ないせいで体内時計が狂ってそうだ。
ついでに上半身を脱がされ、汗を拭いてもらう。
「あっ、もう……。 エメルナちゃん♪」
と何かに気が付いたらしきナースちゃんに、子供をあやす笑顔で話し掛けられた。
中身は18才以上なので、何だか気を使わせているようで申し訳ない。
(なにぃ?)
ナースちゃんへ、顔を向ける仕草で返答とする。
「お夕飯……えっと、ごはん、食べられそうなのです?」
それは、体調を見て食べるべきか判断してほしいのですが……。 医師免許持ってるのに無知な患者に尋ねるってどうよ。
いやまぁ、栄養を理由に無理矢理食わされるよりはマシだけどさ。
お腹の調子は、よく分からない。 けど喉を通らないほど辛い感じじゃぁないので、お粥にしてくれればちょっとは食えそうかな。
朝食で食欲が無い時だって、少し食べたらもう少しってなったりしてたし。 無理なら残せば済むんだから。
念のため(……ちょっとくらいなら大丈夫だよね?)とお姉ちゃんに確認を取ると、((だね))と同意された。
なので、ナースちゃんにコクンと頷く。 「ごはん」と聞いて、ちょっと嬉しそうな感じに。
「分かったなのです。 すぐに作ってくるなのですよ♪」
両腕で小さなガッツポーズをとり、ナースちゃんはパタパタと病室から出て行った。
え! もしかしてナースちゃんの手作り?!
これは、一口たりとも残せんな♪
・ ・
作ってきてくれたのは、リゾットのような雑炊だった。
どういう事かと言うと……白いご飯に細かなキノコと野菜、それをトマトスープで煮込み、チーズを少々溶かした味。
私用なのかチーズは風味程度で、トロ~ッと伸びるCMみたいな絵は見れなかったけど、もちろん超絶美味しかったよ。
出来ればお薬の後にも食べたかったくらい。
……ただ、せっかくの「フー、フー。 あ~ん♪」を楽しめる気分には、最後までなれなかった。
量も、子供用スプーンで5杯だけ。 残りはナースちゃんの夕飯となっていた。
チーズ増し増しで。 ……治ったら夢で再現しよう。
とまぁ、そんなこんなで相変わらず「ハァ……ハァ……」横になっていると、その扉を蹴破るような轟音は突如、正面入り口の方角から鳴り響いた。
あまりの出来事に、ナースちゃんがバッと立ち上がる。
「***・・・**・・*****・・・・*!!」
雨音+遠過ぎで全く聞き取れなかったが、それでも獣耳人には充分だったらしく、みるみる顔が青ざめていく。
「*****、********……***、******……」
(何て?)
動揺し過ぎてなのか、またもや聞いたことのない単語の呟きで聞き取れなかった。
そういえばナースちゃん、国外出身なんだっけ? 母国がどうとか言ってたし。
ビクビクと私に振り向く視線が険しい。
察するに、急患なのだろう。 それもかなり危険な状態の。
しかし夜勤がいる筈だが。
私と急患の間で躊躇っていると、近付いてくる慌ただしい足音が私の耳にも入った。
扉を開け放つと同時に、看護師さんらしき女性がナースちゃんにヘルプを求める。
「いた! セラさん手術できる?! 重傷の女性冒険者2名。 背中に深い爪痕と、左足欠損の。 両者出血多量により意識不明。 直ぐに来て!」
言うだけ言って、看護師さんは返事も待たずに行ってしまった。
一刻を争う事態に、室内が凍り付く。
「******……**********……」
立ち尽くすナースちゃんの背中が葛藤に震える。
手術のヘルプを無視するか、熱で苦しむ1歳児を放置するのか。
手術を諦めれば私を看ていられるが、最悪の場合、死者が出る。
しかしヘルプに向かった場合、今度は熱で苦しむ1歳児を1人きりにしてしまい、対応が不可能になってしまう。
それこそ、誰かに私を頼めば済む話しなのだが……そんな宛があるなら、とっくに走り出している筈だ。
(どうしよう……)
私の存在が足枷になってる。
実際のところ、私は結構特殊な幼児なので、残されたからといって無闇に歩き回るような行動派ではない。
なんなら寧ろ、1人で水も飲めるし、汗だって拭ける。
普段出来ない魔力結晶作りの練習だって、今ならやりたい放題だ。
だがそんな事、ナースちゃんは知る由も無い。
(早く……行って……)
私は大丈夫だから、ちゃんと大人しく待ってるから。
何より、このまま行かずに誰かが亡くなったら、絶対に後悔する。
私も、ナースちゃんも。
(だけど……なんて伝えれば)
迷ってる暇なんて1秒たりとも無いのに。
もういっその事「行って!」って喋っちゃおうか。 振り向いても無視して、謎の声みたいな感じに誤魔化せれば、なんとか――
((目を閉じて! 呼吸はそのまま!))
(えっ……?!)
――突然の指示に面食らうが、何か考えがあるらしく、私はお姉ちゃんに言われるがまま瞼を下ろした。
「エメルナちゃん……」
「ハァ……ハァ……」
目を閉じてすぐナースちゃんが振り返ったらしく、頭を毛並みに沿って撫でられる。
暫しそれを繰り返すと、ナースちゃんは意を決したように「すぐ、戻るなのっ」と手を離し、ヘルプへと走って行った。
ホッと一息、瞼を上げる。
1人きりになった病室はやけに広く、洞窟のように暗く、雨だけが音を作った。
キャンドルの火が無かったら、どうなっていたやら。
これは……普通の1歳児には怖いかもな。 ナースちゃんが渋るのも分かる気がする。
けど大丈夫、少しも寂しくなんてないよ。
私にはお姉ちゃんがいるんだから。
(ナイス、さすがお姉ちゃん)
((運、だけどね♪ 上手く伝わってくれて助かったよ))
謙遜するお姉ちゃんだが、私じゃぁ「謎の声作戦」か「手術室近くまで着いていく(もちろん即却下)」の2択しか思い付かなかったんだから、やっぱりお姉ちゃんのおかげである。
私のアイデアは、どちらもナースちゃんを更に混乱させ兼ねない危険な行動なのだと、今になって気が付いた。
その点、お姉ちゃんは全ての判断をナースちゃんに委ね、私は大人しく待っていられる子なのだと、行動で示したのだ。
(でも、何で目を閉じたの? 寝たフリ?)
下手に大人しいと、ぐったりしてる風にも見られちゃいそうだったけど。
((やっぱり分かってなかった……♪))とでも言いたげに、お姉ちゃんが微笑む。
((エメルナちゃんは幼児なんだよ? 幼児に見つめられて、それでも放って行けるほど冷静には見えなかったからね))
(あぁ~……)
私達は、魔法は使えてもエスパーって訳じゃない。 目を見詰めるだけで相手の想いが伝わる程、都合の良いコミュ力スキルなんて備わっちゃいない。
どんな理由であれ、ナースちゃんのような優しい娘が、目まで合った子供を見捨てる真似なんて出来なかっただろう。
((切羽詰まってるとね、自分にとって都合の良いように解釈しちゃうものなんだよ。 あの娘は私達が『大人しい』『変わった子』だって驚いていたし、お母さんからもそう聞いていた。 そんな子がご飯を食べて眠たそうに目を閉じていたら、『大人しく眠っていてくれるんじゃないか』って期待しちゃうでしょ?))
(確かに)
ネガティブ思考の私だって、そう思うかも。
((頭を撫でていたのは、あの娘なりのヘルプだったんじゃないかな。 もし目を開けていたら、ここから動けなくなっていたでしょうね))
ナースちゃんも判断を委ねた訳か、私の容態と反応に。
まぁ、ほぼ想像だけどね。 お姉ちゃんも((運だ))って言ってるし。
(でも、これはこれで怖くない? 寝返ってうつ伏せって突然死とか……何歳児までの事故だったかは忘れたけど)
((そこまでは……何で不吉な方向にだけ頭の回転が早いかな?))
さぁ?
私にも分かんない。
・
不吉ついでに、私達は座って水をチョビチョビ飲みながら、あの事についても話し合ってみた。
深い爪痕と、左足の欠損……。
まるで巨大な猛獣に引き裂かれ、食い千切られたのではと想像してしまうのは、最近そんなゲームばかりをしているからだろうか。
(こっちの世界ってさ、モ○ハンみたいな巨大な魔獣まで生息してたりするの?)
空飛んだり、口から火炎放射したり、鉄より強靭な鱗を纏ってたりする、人の十数倍はあろう巨大なモンスター。
そんなのが生息しているんだとしたら、絶対に村から出たくないんだけど。
どころか村の中ですら超危険じゃない?
なんて不安も込めて伝えてみると。
((安心して良いよ。 今じゃ未開の地や魔王国にしかいないから))
(……いんのかよ)
安心して良いよとは一体何だったのだろうか。
せっかくのゲーム的要素なのに、全く心躍らないどころか、結構な絶望感から薄ら寒くなる。
『都心民「熊なんて山にしかいないからww」』みたいに軽く言われたけど、熊と火竜とでは話が別でしょうに。
てか重傷者がここに来たって事は、その魔獣は現在、村近くにまで来ているってことなんじゃないの?
ヤバイじゃん! どうしよ!
高まる動悸が、熱からかパニックからなのか分からなくなってきた。
そんな私の思考を感じ取ったらしく、お姉ちゃんが((いや、ちょっと待って!))と慌てて訂正する。
((そもそも大型の魔獣かすらまだ決まってないのに、逸り過ぎないで。 食い千切られたとは言ってなかったし、深い爪痕程度なら、熊でも充分作れるでしょ?))
(ぁ……)
確かに。
勝手に繋げて、勝手にパニクってた。 ……どうしようもねぇな私。
((それにね、ゲームみたいなあんな魔獣は、縄張りの主や森の守り神みたいな希少な存在だから、人里近くになんてまず出てこないんだよ。 魔王国のも、最近じゃぁそれほど大きくはならないし、飼い馴らされてるし))
(飼い馴らせるの!?)
異世界物でよく見る、馬の替わりを勤める地竜等の絵が浮かぶ。
もしくは魔物使い職。
そんなイメージを覗き見たお姉ちゃんが、((うん))と頷いた。
((野生に馬なんていなかったからね。 いても魔王国じゃ食料扱いだったから))
(あぁ~……)
そういう事なら……と、少しづつだが、さっきよりは気持ちが落ち着いてきたのを自覚する。
動悸は……治まりそうにないけど。
((それに、討伐対象がここまで来る心配もいらないと思うよ? 冒険者は複数人で組むのが基本だから、重傷者だけ離脱させて、残りはそのまま討伐を完了させる、なんて、あるあるだからね。 ゲームみたいな人数制限や即効性の回復アイテムなんて、こっちには無いもの))
(そっか……そりゃそうか)
今頃、残りのメンバーが死に物狂いで頑張ってくれているのだろう。
そう考えると随分気が楽になってきたし、頭が冷めたおかげもあって、今後私たち一般人に何が出来るのか、何をするべきなのかが自ずと理解出来た。
冒険者に必要なのは『癒し』だ。
(つまりは『温泉』か!)
((何が!?))
説明不足過ぎて驚かれた。
・
(……さて)
動悸が治まり、喉も潤ったところで、私達は私達の成すべき事を成すとしよう。
コップを戻し、万が一誰か来た時すぐ上体を倒して寝転がれる位置に座る。
もちろん熱苦しいので布団の上で。 これくらいは1歳児の範囲内でしょ。
これから行うのは、毎日練習してる魔素の結晶化だ。 せっかく大量の魔素があるんだから、有効活用しなきゃ勿体ない。
まず、体内に意識を集中し、保有魔力量を把握する。
(うっ……)
雨雲の中を覗いたみたいで息が詰まった。 少し前までは霧くらいだったのに。
(ちょっ! どうしよう、これ……)
明らかに、私の操作しきれる量を逸脱している。
いつもは、せいぜい風呂場の湯気程度の量しかなかったんだ。 それがいきなり……難易度跳ね上がり過ぎだろ。
((大丈夫、落ち着いて魔力の通り道を作ってみて。 授業の時みたいに))
(授業?)
通り道、と言うと。 思い当たったのはつい先日やった、遠くの魔素溜まりから魔力を吸収する時に使った、あの方法だった。
しかし、そもそも魔力量を把握出来ていないのにそんな……。
(っあ)
違う。 内側か!
右掌から体の中心に向けて、腕の中に導線をイメージした魔力の道を作っていく。
それは正解だったらしく、肩を過ぎた辺りで魔素がこっちに向かって流れ始めた。
池の水が水路に流れていくような、毛細管現象で吸い上げられていくような感覚。
気持ち若干、腕の中が熱くなってきたことで正解と確信する。
(よしよしよしよし!)
((後で説明しようと思ってたんだけど、把握して集めてからじゃないと使えないのは、魔力量がすっごく少ない場合の方法なの。 普通は、そんな感じに使うんだよ))
(そうなの?)
いつもの実戦練習ではHP・MPゲージ設定で、根性を鍛える(倒しても吐かないようになる)のがメインだから、細かい所は省略されていた。
杖で防御・回避に専念してないと、まともに戦えなくて……。
言われみれば大人の何分の一しかない稀薄さなら、掻き集めないと使い物にすらならんわな。
掌に魔力が流れてきたので、いつも通り皮膚呼吸的なイメージをしつつ、私の干渉領域を掌から半径数cmに意識して……
(あれ?)
いつも通り、魔力を掌の上に出したんだけど……なんか、出が酷く悪い。
穴の少ないフィルターで塞がってるみたいな。
こんな所にまで影響が?
「ん~~~!」
勢いを強め穴を押し広げるイメージで掌の筋肉に力を込めてみる。 と、ちょっとだけだけど量が増えてきた。
そのまま魔力を操作し、配列を整え、積み上げ、数分掛けて石粒大の結晶体を生成していく。
暖色の明かりに輝いていて綺麗だが、見た目が完全にガラスでしかないな。 あんな綺麗なダイヤモンドカットは、残念ながらまだまだ再現できそうにないからね。 仕方ないね。
にしても……遅い。 明日には筋肉痛になってそうなほど頑張ってるのに。
(……ねぇ、これ、作ってる場合じゃなくない?)
体感でしかないが、さっきからずっと消費している筈なのに、全然減っている気がしないのだ。
このままでは本末転倒でしかない。
((うん……。 練習は諦めて、とりあえず両手で放出してみて。 なるべく多くね))
お姉ちゃんの判断に、放出するだけなら……と頷き返す。
(分かった……)
持て余した結晶はベッド下へと放り捨て、私は両腕に意識を集中した。
毛細血管とも神経とも違う、魔力の導線をより太く構築していく。
肩を過ぎた辺りで、両腕へと、お湯を飲んだ時のような熱さが流れ込んできた。
(っ……!)
初体験な気持ち悪さに、指の筋肉がビククッと震える。 感電して痺れた感じに。
((交代する?))
(……大丈夫。 私じゃ危険だと思った時は、お願い)
気持ちだけありがたく受け取り、両腕の導線が乱れないよう、集中を続ける。
簡単に助けてもらえるより、いざと言う時の保険として見守っていてくれる方が、千倍嬉しい。
そうでもないと、私ってば一生成長できそうにないから。
腕を通り、掌に集まる魔力。 だったが、やはり両手共にフィルターが掛かっているようで、出が悪い。
これは……うんん、判断するにはまだ早い。
もうちょっとだけ。 せめて10分は様子見してからにしないと。
・
(痛っ……!)
あれから数分。 突如左掌の中央、魔力の放出口に火傷したみたいな刺激が走った。
反射的に手を振り、放出も中断する。
何度かグッパァしているとすぐに治まったけれど……なんだったんだろう。
((これこれ。 耐性が無さ過ぎるとね、こうして魔力焼けしちゃうんだよ))
(さっき言ってたやつか)
耐性うんぬんで諦めた、って意味を実感する。
これは、考えなしに全身の魔力を一点集中なんてさせていたら、ナースちゃんの目の前で悲鳴を上げていただろう。
(……低温火傷みたいな?)
((どちらかと言うと、腱鞘炎や疲労骨折に近いかな))
(あぁ~……)
だから『耐性』なのか。
痛みの引いた箇所に変色が無い事を確認し、指先でモミモミしながらシコリの有無も調べておく。
相変わらずのモチプニで、ホッと一息。
(もう大丈夫そうだけど……止めといた方が良いかな?)
痛みは治まったとしても、見えない所にダメージが残るタイプだったら……と思うと、このまま続けて良いのかに迷う。
こんな幼い内から体に負担をかけて、一生消せないシコリを残すのはなるべく避けたい。
かと言って、これ以外の方法なんて私には無くて……。
そんな葛藤まで伝わったのか、((そうねぇ……))とお姉ちゃんがアッサリ頷く。
((思っていたより虚弱過ぎるし、「魔力焼けは体が発する警告」とも、言われているからね))
(うっわっ……)
危うく続けるところだった。 だって前世なら「なん言うとるがよそんくらいで、ちょっとくらい我慢しられよ」と嘆かれられていただろうから。
((それに……大丈夫なの?))
(え?)
いきなりの深刻そうな声色に、何の事だか見当もつかず困惑する。
腫れもシミも無いし、痛みが引いているのはお姉ちゃんだって同じ筈だけど。
などと考えながら掌を見ていると、((そっちじゃなくて))と指摘された。
((体温……40度以上あるんじゃないかな? これ))
(え……)
「ハァハァハァハァ……」
言われて、漸く自覚する。
お姉ちゃんの……いや、私達の息がとんでもなく荒くなっていた事に。
渦巻く熱が、体の自由を蝕んでいた事に。
(あっ、これは……死ぬかも)
応援ありがとうございます!
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