理系女子が16世紀イタリアに似た異世界の貴族令嬢に転生。追放されたので、魔法科学で領地の文明水準を引き上げます

ねこまんまる

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7 ロレンツィ家の荘園(領地)

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馬の歩調に合わせて、鞍がゆるやかに揺れる。
ルカと馬の背に二人乗りしていた私は、うしろに座っていた彼にむけて言った。

「……ルカ。あなた、妻がいるなら私の領地につれてくるといいですよ」

ルカは、しばらく答えなかった。
やがて低い声で言う。

「俺のような稼業に、妻はいない」

16世紀のイタリアでは、戦で各地を渡り歩く傭兵たちは、家庭を構えることもあったけれど、収入は戦の契約や雇い主次第で不安定だった。
 
戦場で命を落とす者も多く、教会や学識者の一部からは「血にまみれた職業」として忌避され、婚姻を後まわしにする傭兵は少なくなかった。

馬の背にゆられながら、私は言った。

「なんだか、もったいないですね。メディチ家の宴で見るどんな紳士よりも、あなたのようにまっすぐな人を、私は知りません。あなたは、本当に素敵な方だわ」

ルカは息をのんだ。

「……そんなこと、言われたのは初めてだ。誰も、戦の傭兵を“素敵”なんて呼ばない。剣を持つたび、血と泥をかぶるだけだ」

「それでも、人を守るために剣を持つ人は、誰よりもまっすぐで、きれいな心を持っていると思うわ」

ルカは視線を逸らしたまま、乾いた指先で馬の手綱を握った。

「そんなふうに言われたら、俺でも照れる」

私は、小さく笑う。

「……ルカ、あなたは追放されても、怖くないのですか?」

「怖いさ。戦場なら敵が見える。だが、街の外では、誰が敵で誰が友かもわからん。それに――」

彼は少し間を置き、笑いもせずに続けた。

「守る相手がいなければ、剣は鈍る」

その言葉に、胸の奥が熱くなった。
私は前を向いたまま、かすかに呟く。

「……では、私を守ってください。それがあなたの剣を錆びさせないなら」

風が一瞬だけ止まり、馬の耳がぴくりと動いた。
ルカは何も言わず、手綱を少し強く握る。彼の胸の鼓動が、背中越しにゆるやかに伝わってきた。


日が傾くにつれ、丘の影が長く伸びていく。

やがて遠くに、石造りの塔が見えた。
夕陽を受け、窓の鉄格子が金色に光る。

「――見えたぞ」

ルカが指さす。

そこは葡萄畑とオリーブの段丘に囲まれた、小さな荘園だった。
 
父の代からロレンツィ家が守ってきた土地。
追放されてフィレンツェ市民権を失っても、家名と土地までは奪われなかったから、この領地は昔と変わらずに私の実家のままだ。

丘の上に建つのは、私の家――自領ラストラにあるロレンツィ家の館。

中世の防衛塔付きの屋敷が、15~16世紀になって居住用として改修された造りである。
厚い石壁の二階建てで、角には小さな見張り塔が残っている。
 
アルノ川流域で切り出された灰褐色の石が使われ、雨風に強いこの石は、冷たい銀灰色の質感を帯びていた。

私とルカを乗せた馬は、石畳を踏みしめながら、ゆるやかな坂を登っていく。

坂の途中、低い石垣のそばで羊を追っていた羊飼いの男が、こちらに気づいて顔を上げた。
一瞬、おどろいた様子で目を見開き、それから慌てたように帽子を取る。

「イザベラお嬢様、今お戻りで?」

おずおずとした声だった。
問いかけというより、確かめるような響き。
私は馬上から軽く頭を下げる。

「ええ。しばらく、またこちらでお世話になります」

その言葉を聞いた瞬間、羊飼いの表情がフッとゆるむ。
深くしわの刻まれた顔に、安堵が広がった。

「そうでしたか。無事でよかったです。領民たちは、みんなお嬢様のことを心配していたんですよ」

そう言って、羊飼いの男は胸の前で帽子を握りしめる。
追放のことを知らないはずがない。
それでも、同情や好奇の視線ではなく、心配そうにしてくれている。

「イザベラお嬢様、何もございませんが、必要なものがあれば声をかけてください」

「ありがとう」

私は言葉につまりながらも、はっきりと礼を言った。

馬が動き出し、石垣を離れる。
背後から、羊飼いが羊を追いながらこちらに手を振る気配がした。
しばらく無言で進んだあと、ルカが馬上でぽつりと言う。

「……いい領民だな」

「ええ。私も、そう思います」

追放されても、拒まれなかった。
その事実が、胸の奥を静かに温めていた。
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