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9 家族の行方は
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私は、ドメニコに謝罪した。
「ごめんなさい。すべて、私のせいだわ」
「いえ、表向きは、お嬢様が政敵の貴族令嬢の杯に毒を落とした、という話になっていますが……本当は、旦那様が政治で敗れたのです」
「そうだったの?」
「旦那様は、フィレンツェでメディチ家に反対する評議会派に属しておられました。ですが政争に敗れ、家は解体され、旦那様は処刑をまぬがれるかわりに、ローマへ“幽閉”という形で送られたのです」
16世紀のフィレンツェでは、派閥争いは珍しくなかった。
父はその中で「負けた側」に属していたようだ。
直接の罪がなくても、敗者は追放・財産没収・人質としての送致(※ローマや他都市への移送)を受けるのが常だった。
ドメニコが、静かに頭を下げる。
「わたしは、せめてこの門だけでも閉じておこうと思いましてな。この屋敷に残らせていただいたのです」
「……ごめんなさい、ひとりで守らせてしまって」
「謝られることではありません。お嬢様がいつか戻ると信じておりました」
「――お父様を領地に戻すには、資金が必要ね。教皇への赦免の嘆願、枢機卿への献金、それからフィレンツェ評議会への和解金……銀貨100枚、いえ、200はいるわ。でなければ、帰る場所は作れない」
父は罪人として捕えられたのではなく、政治に敗れ、“ローマの教皇庁の監視下”に置かれている。
つまり――ただ迎えに行けばいいという話ではない。
母を修道院から戻すにしても、兄が傭兵生活をやめて帰るにしても、結局は『金』が要る。
さらに、彼らの帰る場所――屋敷や畑、食料を整えねばならない。
考え込む私のそばで、ルカが低く言った。
「俺は、この屋敷を立て直す。ドメニコ、手を貸してくれるか」
「もちろんですとも。今度こそ、灯りが消えぬように……。ところで、あなたさまは?」
「ルカ・ベラルディ。かつて傭兵団の隊長だったが、今は刻印も身分証も剥がされている。しばらくは、この屋敷の守りを引き受ける」
「傭兵隊長……?」
ドメニコの白い眉が、わずかに揺れた。
「つまり、戦の専門の方でございますな。ですが、なぜお嬢様と一緒にいるのです?」
「イザベラが“罪人”として裁かれたとき、俺もその場にいた。あの理不尽な裁きを、黙って見送ることができなかった。それだけだ」
老執事は黙り、やがて細く息を吐いた。
「世は乱れております。正しき者ほど早く処され、黙って従う者ほど長く生きる……」
16世紀前半のフィレンツェは、ルネサンスの華やかさの裏で、権力闘争と粛清が渦巻いていた。
メディチ家が政権を握ると、反対派は“平和を乱す者”として追放・没収・処刑された。
「正義」や「共和国」を掲げた者ほど、先に消されていったのだ。
石壁に触れながら、ルカがつぶやく。
「この家も、そうして沈められたのだろう」
「はい。それでも……お嬢様が戻られた今、再び仕える家がある。それが、わたしの最後の務めでございます」
「ならば、おまえと俺は同じだ。俺も、イザベラに救われた。ここを守ることが、今の俺の戦場だ」
「……なるほど、戦場、ですか。では私は、厨房と倉庫を守りましょう。食が尽きれば、どんな英雄も倒れますからな」
その言葉を聞いたルカが、わずかに笑う。
「頼もしい言葉だ。じゃあ俺は屋根と門から修理していこう。見たところ、役人や兵士どもに派手に壊されたままだ。雨を防げなければ、戦にもならん」
二人の間に、静かな共闘の気配が灯った。
「ごめんなさい。すべて、私のせいだわ」
「いえ、表向きは、お嬢様が政敵の貴族令嬢の杯に毒を落とした、という話になっていますが……本当は、旦那様が政治で敗れたのです」
「そうだったの?」
「旦那様は、フィレンツェでメディチ家に反対する評議会派に属しておられました。ですが政争に敗れ、家は解体され、旦那様は処刑をまぬがれるかわりに、ローマへ“幽閉”という形で送られたのです」
16世紀のフィレンツェでは、派閥争いは珍しくなかった。
父はその中で「負けた側」に属していたようだ。
直接の罪がなくても、敗者は追放・財産没収・人質としての送致(※ローマや他都市への移送)を受けるのが常だった。
ドメニコが、静かに頭を下げる。
「わたしは、せめてこの門だけでも閉じておこうと思いましてな。この屋敷に残らせていただいたのです」
「……ごめんなさい、ひとりで守らせてしまって」
「謝られることではありません。お嬢様がいつか戻ると信じておりました」
「――お父様を領地に戻すには、資金が必要ね。教皇への赦免の嘆願、枢機卿への献金、それからフィレンツェ評議会への和解金……銀貨100枚、いえ、200はいるわ。でなければ、帰る場所は作れない」
父は罪人として捕えられたのではなく、政治に敗れ、“ローマの教皇庁の監視下”に置かれている。
つまり――ただ迎えに行けばいいという話ではない。
母を修道院から戻すにしても、兄が傭兵生活をやめて帰るにしても、結局は『金』が要る。
さらに、彼らの帰る場所――屋敷や畑、食料を整えねばならない。
考え込む私のそばで、ルカが低く言った。
「俺は、この屋敷を立て直す。ドメニコ、手を貸してくれるか」
「もちろんですとも。今度こそ、灯りが消えぬように……。ところで、あなたさまは?」
「ルカ・ベラルディ。かつて傭兵団の隊長だったが、今は刻印も身分証も剥がされている。しばらくは、この屋敷の守りを引き受ける」
「傭兵隊長……?」
ドメニコの白い眉が、わずかに揺れた。
「つまり、戦の専門の方でございますな。ですが、なぜお嬢様と一緒にいるのです?」
「イザベラが“罪人”として裁かれたとき、俺もその場にいた。あの理不尽な裁きを、黙って見送ることができなかった。それだけだ」
老執事は黙り、やがて細く息を吐いた。
「世は乱れております。正しき者ほど早く処され、黙って従う者ほど長く生きる……」
16世紀前半のフィレンツェは、ルネサンスの華やかさの裏で、権力闘争と粛清が渦巻いていた。
メディチ家が政権を握ると、反対派は“平和を乱す者”として追放・没収・処刑された。
「正義」や「共和国」を掲げた者ほど、先に消されていったのだ。
石壁に触れながら、ルカがつぶやく。
「この家も、そうして沈められたのだろう」
「はい。それでも……お嬢様が戻られた今、再び仕える家がある。それが、わたしの最後の務めでございます」
「ならば、おまえと俺は同じだ。俺も、イザベラに救われた。ここを守ることが、今の俺の戦場だ」
「……なるほど、戦場、ですか。では私は、厨房と倉庫を守りましょう。食が尽きれば、どんな英雄も倒れますからな」
その言葉を聞いたルカが、わずかに笑う。
「頼もしい言葉だ。じゃあ俺は屋根と門から修理していこう。見たところ、役人や兵士どもに派手に壊されたままだ。雨を防げなければ、戦にもならん」
二人の間に、静かな共闘の気配が灯った。
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