理系女子が16世紀イタリアに似た異世界の貴族令嬢に転生。追放されたので、魔法科学で領地の文明水準を引き上げます

ねこまんまる

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10 トスカーナ地方の夜

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夜になって、丘の上の空に星がまたたいた。

フィレンツェ郊外であるトスカーナの丘陵は、乾いた空気に晴天が多く、夜空は“銀の帯”のように見える。

電灯も街灯もないから、夜空が暗くて深く、そして人に近い。
夜を照らすのは、燭台の炎、すすけた油皿の灯、そして月と星だけだ。
星の数は、現代よりはるかに多く感じられる。
 
窓から空を見ていると、ルカが燭台を手にして近づいてきた。
 
「しばらくは雨をしのぐ屋根を直さねばならん」
 
「……ええ。いろいろ修理は必要ですが、でもこの屋敷がまだ建っているだけで十分です」

秋から冬にかけてのトスカーナは地中海性気候とはいえ、内陸では朝晩の冷え込みが厳しい。
十月や十一月には、気温が10℃を下回ることもある。

ルカは外套を脱ぎ、私の肩にそっとかけた。

「暖を取れ。夜は冷える」

16世紀の傭兵たちが用いたマントは、防寒と威厳を兼ね備えた高価な外套だ。

トスカーナ産の毛織物に、裏地には毛皮。
現代のコートよりも温かく感じる。
傭兵隊長にとっては権威の象徴でもあるのに、それを私にかしてくれるだなんて、やっぱりルカはやさしい。

「ありがとう。あなたは……?」

「俺は慣れている。戦場の夜はもっと冷たかったからな。これから外で見張りをしてくる。門が壊れていて、閉まらん」

この時代の農村では、財を失った屋敷が盗賊に襲われることも珍しくない。
領主が去った翌日から荒らされる例もある。

背を向けた彼に、小さく言葉をかけた。

「——おやすみなさい、ルカ」

「ああ。朝までには風も止むだろう」

しばらくして、窓の外に小さな火が見えた。
ルカの、見張りのために作られた焚き火だ。
彼に守られていると思うと、眠れぬ夜も少しだけやさしく感じられた。



翌朝、アルノ川からの湿った風が丘を渡り、薄い霧がオリーブ畑と葡萄畑をやわらかく包んでいた。
冬のトスカーナ特有の、土と緑が混じり合う匂いが空気に満ちている。

屋敷へ続く白い未舗装の道を、一台の荷車がきしみを上げながら登ってきた。
荷車の車輪は粘土質の土に深い跡を残し、ロバの息が白くのぼっている。

荷車を押していた農夫は、私の姿を認めるなり足を止めた。
彼は、この領地に住む民のひとりだ。
毛織の上着の袖はほつれ、指先には冬の畑仕事で刻きざまれた泥が黒く染み込んでいる。

「お、お嬢様……まことに、お戻りになったのですか」

「ええ。ただいま戻りました。村のみんなは無事で?」

農夫は肩を落とし、うつむいたまま答えた。

「畑は、アレッシオ公子の命令で来た徴税役人に荒らされました。
作物も、干しブドウも、オリーブ油も、みな持っていかれて……。
ですが、村人は生きております。ただ、領主がおられぬせいで、税を取り立てる者もおらず……皆、飢え気味で」

すると、私の背後でルカが足音を立てて現れた。
鎖帷子の上に古い旅用マントをまとい、腰には剣。

「この領地を守る兵はどうした?」

農夫は苦い表情で首を振った。

「兵など、とっくに散りました。給金も止まっているので、誰も残っておりません。……で、あんたは誰で?」

「ただの傭兵だ」

ぶっきらぼうな返答に、農夫は一瞬、眉をひそめた。
気をとりなおしたように、視線を私にもどし、言葉をつづける農夫。

「……お嬢様さえ戻られれば、村は救われます。
どうか……また畑に、光を。
今年のオリーブの木は、このままでは枯れてしまいましょう」

私はそっとこぶしを握りしめた。

霧の奥に、荒れた段々畑が見える。
このトスカーナ地方は、山と丘が連なる地形のため、斜面を“階段状”に削って畑にしている。
この時代では、とくにオリーブの木やワイン用のブドウ畑は、丘陵の段々畑に最も多く植えられていた。

かつて豊かだった領地の土地は、兵士たちに踏み荒らされ、今や枯れ枝と荒れ土の色をしている。

「ええ。約束します」

私はゆっくり言葉をつむぐ。

「私の知る知識と魔法科学で、この土地を立て直します。
必ず、皆がまた冬を越えられるようにしてみせます」

それを聞いた農夫は、感謝したように深く頭を垂れた。
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