理系女子が16世紀イタリアに似た異世界の貴族令嬢に転生。追放されたので、魔法科学で領地の文明水準を引き上げます

ねこまんまる

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11 水車の修理

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私は、屋敷の奥にある石壁の書き物部屋に移動した。
ここは領地管理(※年貢・地代の記録)をしたり、聖書や祈祷書を読むための部屋だ。

木箱をひらけて、魔法科学の研究記録を書いた紙を取り出した。

14世紀以降、紙は羊皮紙ではないものが徐々に普及しているけれど、まだまだ値段は高価だ。
紙は現代のような木材パルプではなく、使い古した衣類が原料。
中世の紙は布由来の手漉てすき紙で、白くはなく薄茶色。

ページを開くと、黒い炭筆と褐色に変色したインクで書かれたラテン語と俗語(※トスカーナ方言のイタリア語)が並んでいる。
 
インクは鉄胆汁液で作られているため、時間が経過するほど酸化して、ところどころ紙を焼いたような小さな穴があいていた。

紙を見ていると、ルカが部屋に入ってきた。

「むずかしそうなことしてるな」

彼は私のすぐ横に顔をよせて、手もとをのぞきこんでくる。

距離の近さに、私は一瞬フリーズしてから、深くため息をついた。

「ち、近いですよ、ルカ」

「すまん。なにをしているのか気になってな。嫌だったか?」

「い、いえ。びっくりしただけで、べつに嫌というわけでは……」

「それは魔法科学に関した記録か?」

「はい、そうですよ」

言いながら、私は内心首をかしげる。

……距離が近すぎて、緊張で集中力がきれてもおかしくないはずなのに。
むしろ、落ち着いてる……?

私は紙に書かれた文字を眺めながら、思考をまとめる。

「この魔法科学を使うには、まずは村の水車を修理しなければなりません。
水車は、アレッシオ公子側の兵士に壊されたままになっているんです」

「水車まで壊されていたのか」

「政治的な見せしめです。メディチ家の支配に逆らえばこうなる、って民に知らせるための。
軽い損壊なら農民でも直せますが……軸と歯車は専門の工人が必要です。でも、領地には今、その人手もお金もありません」

「なら、俺が村の男たちを集めて水車を直す。戦場では投石機も作る。木も滑車も扱いは同じだ。軸をかえて石臼を焼き直せば、まだ使える」

「いいんですか? 修理をおねがいしても」

「ああ。剣じゃなく、腕と背で守るのも悪くないからな」

ルカは笑って、私の頭を軽くなでた。



次の日、私とルカは領地にある水車の様子を見に行った。

アルノ川の支流にかかる水車小屋は、壁の半分が砕けていた。
公爵の兵たちは、この地を荒らし、水車を打ち壊し、ブドウ畑を踏みにじったのだ。

水車の車輪を支えるはりは折れ、鉄の軸は泥に沈んでいる。
かつて粉をいた音は消え、川辺にはただにごった水の流れる音だけが残っていた。

16世紀のイタリア・トスカーナでは、水車は領地をささえるかなめだった。
 
小麦を粉にひく『粉ひき小屋』は、村とパンをつなぐ命綱のようなもの。
水車が止まってしまえば、人々は手で回すうすで粉を挽くしかなくなる。
そうなると粉づくりは遅れ、暮らし全体の調子も狂いはじめる。

村の粉ひき小屋を見れば、そこも壊されており、石臼は泥と折れた木材の下に半ば埋もれていた。

老いた粉挽き職人が、土にまみれた手で顔を覆い、押し殺した声で言った。

「水車は流れもとまっちまって、うすもこわされた。粉が挽けねえんです。
だからパンも焼けません。……子どもらは、三日も薄い粥だけで過ごしてる」

私は壊れた水車と、川の水面を見つめた。

ふと、粉ひき職人たちが口ずさんでいた労働歌を思い出す。
父の代には、水車の板がきしむ音に合わせて、粉ひきたちは声をそろえるでもなく、低く歌を唄っていた。
もう、あの光景を見ることはできないのかしら……。

ルカが「俺が指示を出す」と言い、肩のマントを外して腕まくりをする。
 
そして、彼は指揮をとりはじめた。
 
梁の固定や水門の開閉などの力仕事を農民たちに割り振り、川の流速を確かめながら、水門の角度を短く指示する。

私も裾をたくし上げ、泥の中へ入った。
折れた羽根板の破片を拾い、釘を農民たちへ渡し、ぬれた縄を押さえる。

領主の娘が修理作業を手伝うだなんて、めずらしいことだ。
村人たちが驚いたようにこちらを見たが、誰も止めなかった。

ルカは剣の代わりに木槌を持ち、鉄環を打ち込み、外輪を組み直していった。

「水門を半分閉じろ。流れが強すぎる。おまえたちは縄を回せ、梁を支えろ」

若い農夫が丸太をかつぎ、女たちは泥を掻き出す。
川風に混じるのは、この地で生きていこうとする人々の声だった。
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