理系女子が16世紀イタリアに似た異世界の貴族令嬢に転生。追放されたので、魔法科学で領地の文明水準を引き上げます

ねこまんまる

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22 ナノ科学と分子工学で塩作り

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翌日、私は「塩を生み出す装置を作ろう」と決意した。
 
16世紀のイタリア、トスカーナ地方では、塩は“金と同じ価値を持つ必需品”なのだ。
 
料理・保存・皮なめし・医薬・宗教儀式など、生活のすべてに欠かせない。
 
肉・魚・チーズ・オリーブの保存、家畜の飼料、皮なめし、ガラス製造・染色業。
あらゆる産業の基礎に、塩が必要となる。
 
けれど、16世紀のイタリアでは、塩は高級品。
誰でも自由に使える物ではなく、税と政治にがっちり管理されているのだ。
 
もし私が魔法科学で塩を生み出すことができるなら、それは「人々の生活を救う奇跡」であり、同時にフィレンツェの権力構造を揺るがす革命的発明になるはずだ。

 
午後の陽光を受けたアルノ川は、淡い翡翠色にきらめき、ゆっくりと流れている。
 
水車小屋の裏手で、私は川面をのぞき込んだ。
海のような塩の匂いはなく、かわりに湿った土と草の香りが鼻をかすめた。

まずは材料に『水』が必要なので、この川の水をくむことにする。
べつに海の水じゃなくてもいい。

革の水筒ほどの大きさの、口の狭いガラス瓶をそっと水面に浸す。
冷たい水が、瓶の中へと入っていく。
 
ヴェネツィア製の薄青いガラス瓶。
光を通すたび、水が宝石のように揺れた。

瓶を引き上げると、陽の光を透かして、水はほとんど透明――ほんのわずかに緑がかって見えた。
川風に揺れる柳の枝が、水の中で揺らめくように映る。
 
「キレイね……」

16世紀のイタリアには、ガラス瓶は存在していたが、庶民が日常的に使うものではなく、高価で貴重。
 
割れやすいから、布や革に包んで大切にあつかう。

「割ってしまいそうで、少しひやひやするわね……」
 
麻布を重ねて栓をし、ふと視線を横にむけた瞬間だった。
視界いっぱいに、革鎧と濃い影。

「……っ」

息をのむより早く、喉が詰まった。
いつからそこにいたのか。
音もなくとなりに立っていたのは、傭兵隊長のルカだった。

「そんなところで身を乗り出せば、川に落ちるぞ。姫君」

「お、おはようございます……?
ええと、その、大丈夫ですよ。ほんの少し、水をみたかっただけです」

すると、彼は眉をわずかに上げ、口元に小さな笑みを浮かべる。

「わざわざヴェネツィア製の瓶で? 川の水を? なんのためにしていたのか、理由を聞いてもいいか?」

「これは、魔法科学で実験をするために、どうしても必要な水なんです」

「魔法科学の材料になるのか。
それなら、瓶は俺が屋敷まで運ぼう。割れでもしたら、お前が泣くかもしれないからな」

「泣きませんよ」

「そうか? じゃあ、瓶より先に、お前が川に落ちて泣かないように気をつけろ」

彼の手が、わずかに私の体を支えた。
 
革手袋越しの温もりが一瞬だけ触れ、すぐに川風の冷たさにかき消される。
ただ、それだけのはずなのに、胸の鼓動が、水面よりも速く波打った。

「あ、ありがとうございます」
 
「で、今度はなんの魔法科学を使うつもりなんだ?」
 
「塩をつくる魔法科学です」
 
「……塩? 塩ってのは普通、海水を干して作るんじゃないのか?」

16世紀の塩は、地域によって作り方がわかれており、海からも作るし、岩塩や泉塩など海以外からも作る。

海から作る場合は、海水を浅い池(塩田)に引き入れ、太陽と風で水分を蒸発させるのが一般的なやりかただ。
海塩は、地中海沿岸(イタリア・フランス南部・スペインなど)で主流だった。

私は、瓶をかかえながら説明する。

「ええ。ふつうはそうですけど、魔法科学を使えば、塩は水の記憶から取り出せるのです。
むかしの魔法文献にありました。
海から来た水は、ほんの微かに“海の記憶”を覚えているのです」

この領地に流れているアルノ川は、イタリア中部、トスカーナ地方を流れる主要な川だ。

真水ではあるけれど、河口が海とつながっているため、潮の満ち引きで海水が逆流し、塩分が混ざることがある。
 
化学的には、塩(NaCl)を水から取り出すことは、蒸発や電気分解での塩析・電解・再結晶にあたる。
つまり、現代で言えば、ナノ化学・分子工学的な話だ。
 
水に溶けたナトリウムと塩素の分子情報を量子レベルで読み取り、魔法的なエネルギーで再結合させて塩を“再構成”し、塩を作り出そうとしていたのだった。
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