理系女子が16世紀イタリアに似た異世界の貴族令嬢に転生。追放されたので、魔法科学で領地の文明水準を引き上げます

ねこまんまる

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24 商人ギルドからの使者

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屋根の修理をしていたルカは苦笑し、ハンマーを腰に差して瓦屋根の上から声を返した。

「仕事の途中だ。手を止めると勘が鈍る」

「職人のようなことを言ってますね」

私は笑い、屋根の下の石垣に盆を置いた。

木の盆の上には、塩をひとつまみ振ったトスカーナのパン、煮込んだ豆、オリーブの実、そして陶器のカップに入った水。

「今日は、パンに塩を混ぜてみました」

「塩を?」

「ええ、村人たちにも塩をあげたら、すごくよろこんで、パン生地に塩をまぜてましたよ」

ルカは屋根の端に腰を下ろし、ロープをつかんで軽々と地上へ降りた。
土埃が舞い、陽光に照らされた赤い髪が赤銅のように光る。

「……すまん。食事まで世話になるとはな」

「あなたが屋根を直してくださるから、雨が降っても書庫が濡れずにすむのです。これは、お礼のつもりです」

ルカは私から木盆を受け取り、パンを手に取った。
パンの表面には、塩の粒が光っている。
 
彼は、パンを一口かじる。
厚い石窯で焼かれているため、焦げ茶の皮は堅く、歯を立てるとパリッと乾いた音がする。
  
「……悪くないな。塩が入っているだけで、こうもちがうのか」
 
「それは褒め言葉でしょうか?」
 
「俺の知る限り、戦場で食ったどんな軍用乾パンビスコッティよりも上等だ」

「あなたが屋根を直してくれている間、私も地下の薬室を片づけていました。
明日から、魔法科学で大量の塩をつくることができそうです」

「もう仕事か?」
 
「ええ。私には家族を取り戻すという夢がありますから。資金を作って、あなたに魔法科学で武器と防具をつくり、領地の資金を調達して、家族や使用人たちをつれもどさないと」
 
「……あいかわらずだな」

ルカは苦笑し、陶器でできたコップの水を飲み干した。
当時のトスカーナ地方は、マジョリカ陶器の中心地で、陶器は家庭でも広く使われている。

「もう少しで屋根の修理は終わる。これで雨も怖くない」
 
「では、今夜は屋根の下で一緒に食事しましょう」

「……ああ」
 
ルカは短くうなずき、再び木槌を手に取った。

私はその背中を見上げ、小さくつぶやいた。
 
「この屋根も、この村も――あなたが支えてくれているんですね」

彼は振り向かずに答えた。
 
「いや、支えてるのは……おまえの手だ。俺のことも、いつも支えてくれている」

風が吹き、屋根瓦の上を太陽の光が流れていった。
盆の上のパンの塩粒が、陽光の中できらりと輝いていた。



ある日、昼下がりの屋敷に、黒い外套をまとった男たちが訪れた。
 
胸には、メディチ政権下の商人ギルド――塩と油の取引を監督する組合のしるし。
老執事ドメニコが慌てて通すほど、その印章は重い意味を持っていた。

1530年ごろのフィレンツェでは、共和国が滅び、メディチ家による公国支配が始まっていた。
 
メディチ政権の監視下では、「新しい技術や商品を密かに作った」とウワサが立つと、すぐに役人やギルドが押しかけてくる。
 
塩の流通はすべて国家の監督下にあり、無許可の取引は「反逆」に等しい。

応接室に通されると、壮年の男が恭しく礼を取った。
 
「貴女様のお作りになる“塩”の噂が、すでに公国の耳にも届いております」

「……公国の耳に?」

「はい。いまや塩は公の財。質の良い塩を生み出せる方には、正式な許可と引き換えに、相応の義務も生じます」

ルカが壁にもたれ、腕を組む。
 
「つまり、“従うか、取り上げられるか”って話か」

その言葉を聞いても、男は微笑みを崩さなかった。
 
「ご理解が早い。メディチ殿下は、秩序を重んじられるお方です。
あなたの塩を、公国のメディチ家に献上しなさい。
見返りに、商人ギルドを通して“合法的に”販売できる許可を与えます」

つまり彼らは、買い取り交渉というよりも、半ば強制的な従属契約の申し出をしているのだ。

ルカの表情がわずかに険しくなる。
 
「やめておけ、イザベラ。塩税に触れれば、もう後戻りはできねえ」
 
16世紀では「自由な商売」はできない。
従えば生産者として生かされるが、逆らえば財産没収・処罰。

ルカはそれを理解していて、私に「政治に巻き込まれるな」と警告しているわけだ。
 
ここでうなずけば、政治の駒として利用される。
 
でも、メディチ政権からの申し出を断ることは、ほぼ不可能。
もし私が「売らない」と言えば、“密造商人”もしくは“反逆者”あつかいになる。
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