理系女子が16世紀イタリアに似た異世界の貴族令嬢に転生。追放されたので、魔法科学で領地の文明水準を引き上げます

ねこまんまる

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30 ガラス瓶

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ゴブリンのもう1匹が、背後からルカに飛びかかる。

ルカはとっさにマントをひるがえし、ゴブリンの顔にかぶせるようにして動きを止め、その隙にポメル(柄頭)で側頭部を殴りつけた。

鈍い音がして、ゴブリンが崩れ落ちる。
人間とおなじで、モンスターも即頭部は急所のひとつ。

剣の『握る部分』の先端であるポメル(柄頭)は、衝撃を集中させやすい形であり、つまり小型の鉄製ハンマーに近い。
16世紀にあるフェンシング指南書でも、柄頭で攻撃する打撃は正式な技法としてあつかわれている。

ゴブリンたちは、すべて倒されて動かなくなった。

16世紀の社会構造に似たこの異世界において、ゴブリンのような魔物は “人間ではない危険生物” とみなされている。

そのため、ゴブリンを殺しても罪にはならない。
むしろ、害獣駆除として賞賛されることさえある。
多くの地域では、魔物の死体は放置されるか、感染防止のため焼却される。

ルカはふりむくと、私を見た。

「……無事か?」

その時、私は鞍にすがるように座っていた。
恐怖で体が小さく震えてしまう。

ルカは「怖かったな……よくやった、よく耐えた」と言い、私を抱き寄せた。

最初は驚きで硬直したけれど、やがて肩の力が抜けていく。
彼の胸板に顔を埋め、目に涙をためてしがみついた。

この世界で、モンスターを間近に見るのは初めてだった。

イタリアの貴族令嬢は、日常的に外を歩くことはない。
移動は常に馬車か騎馬隊の護衛付きであり、領地や都市国家の外に出るのは、結婚・巡礼・避難・外交など、特別な事情のときだけだった。
だから、こんな戦闘を見る機会など、まったくなかったのだ。

ルカは私の頭をなでた。

「必ず目的地まで安全に送る。俺と一緒なら、誰もお前に手は出せない」

「ええ……ルカ、すごく強いですね。助けてくれてありがとう」

「いや、あれは……“守りたい”って思った瞬間、剣が勝手に動いた」

「ねえ、ルカ」

「なんだ?」

「この装備を作ったのは、生きて帰るためだったんです。……私たち、どちらも」

私は顔を上げ、微笑んだ。



ローマ街道の敷石は、昼の陽をたっぷり吸って、じんわりと熱を返していた。
木陰に入れば風は冷たいのに、ひとたび道を歩けば汗が背をつたう。

ルカは肩のマントを外しながら言った。

「秋とはいえ、ローマへ向かう道はまだ夏の名残がしぶといな」

馬の呼吸も荒い。
ルッカ共和国まで、まだ一日はかかる。

「……少し休もう」

木陰に馬を止め、彼は鞍を外した。
だが、馬のトルナードに水をあげようと水袋を持ち上げると、中はもう空だった。

ルカが眉をしかめる。

「悪いな、トルナード。水がない。さがしてくる」

ローマへ通じるこの道は、石畳いしだたみがととのえられているが、水がつねに手に入るわけではない。

まず目につくのは、古代の水道橋の残骸だ。
崩れかけたアーチが、丘の向こうへつらなっている。
でも、そこに水が流れているとは限らない。
ローマでは、修復された水道もあれば、放棄されたままのものも多い。

その時、背後から私は声をかけた。

「すみません。言うのをすっかり忘れてました。水ならありますよ」

私は淡い青色の金属でできた水筒を抱えていた。

それは、淡い青色の金属の外装に、ムラーノ島の透明ガラスをはめ込んだ水筒。

ムラーノ島(ヴェネツィア北方)は、16世紀にはすでに世界屈指のガラス工芸の中心地だった。

「これ、魔法科学で作ってきました。あなたとトルナードのために」

私は微笑み、栓をひねった。

――その瞬間、水音が生まれる。
空気の中から冷たい蒸気が立ちのぼり、透明な水が静かにあふれ出す。

ルカは言葉を失っていた。
私の差し出した水筒から、まるで泉のように絶え間なく水が湧いているのだ。

「すごいな」と、ルカが感想を口にする。

「ローマ市内には、教皇庁が管理する公共噴水があるが、その水のように透明感がある」

ただの川の水をくんだものであれば、家畜の排泄物や死獣、上流の集落から流れ込む汚水がまじることも珍しくない。
でも、この水筒の水は、透明でキレイだ。
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