理系女子が16世紀イタリアに似た異世界の貴族令嬢に転生。追放されたので、魔法科学で領地の文明水準を引き上げます

ねこまんまる

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29 ゴブリン

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街道の両脇には、石灰岩の崖が切り立っている。
ローマ街道は石畳で馬が通れるけれど、丘陵や森沿いでは急に道幅がせまくなる箇所も多い。

「……待て」
 
馬上で、ルカが手を上げた。
彼の声に、私は息を呑む。

もしかして、盗賊が出たのだろうか。

16世紀のローマ街道は交易や巡礼、軍用路として用いられていたが、街を離れた丘陵地帯では盗賊団の出没が絶えず、旅人や商隊が襲われることがあった。
 
教皇庁や都市国家が兵を差し向けても、完全に治安をたもつのはむずかしい。

『教会帰りの行列が襲われた』『巡礼者が身ぐるみをはがされた』などのウワサ話は、定期的に私の領地の村にも届いていた。

そのとき、茂みの奥から乾いた音がした。
矢が、風を裂いて飛んでくる。

ルカは反射的に手綱を引き寄せ、私をかばうように片腕を広げた。
矢は彼の肩に当たる――が、火花のような光を放って弾かれた。
青い膜が一瞬、空気に浮かんだ。

私は、それを見てつぶやいた。
 
「……“魔法科学の鎧”が、発動したのね」

ルカは矢を払いのけ、苦笑を漏らす。
 
「どうやら効いてるらしい。礼を言うぞ、発明家殿」

茂みの中から、何かが跳び出した。
私は顔色を失う。
 
「ゴブリン!」

前世で読んだファンタジー小説やゲームに出てきた、あの存在。

この世界では、“モンスター”と総称される怪異だ。
学者や聖職者は、神の秩序から外れた存在と呼ぶらしい。

見た目は、緑色・尖った耳・集団で襲う……など、20世紀以降のファンタジー設定そのままだ。

背丈は、人間の子どもほど。
やせた体に、灰緑色の皮膚。
顔は猿とコウモリを混ぜたようなかんじで、鼻が低く、耳は裂けた葉のように長い。
 
衣服は人間の残した布切れや獣皮をつなげたもので、鎧を嫌うため金属の装甲はなく、短いナイフや鉱夫のピックのような刃物をかまえている。

私たちの目の前には、五体の群れがいる。
 
ルカは馬を降り、腰の片手剣を抜いて前に出た。
 
「このゴブリンどもは、森に帰る気はないようだな。イザベラ、馬から下りるなよ」

ゴブリンの一匹が石を投げ、二匹が飛びかかってきた。
彼らの手にあるのは短い曲刀やダガー、あるいは海賊崩れや傭兵上がりの盗賊が持つような粗雑な刃物だ。
 
ルカは低い姿勢でむかえ、踏み込みながら横薙ぎの一閃を振るう。
ゴブリンの灰色の皮膚が裂け、黒い血が飛ぶ。

ルカの主な戦法は、接近戦での片手突きと横斬りの併用だ。

マントを即席の盾代わりに使っているけれど、これはイタリア流の実戦技法。
ルカは複数相手なら足を狙い、マントを使って視界を奪うなどの戦術も用いている。

そのとき、一匹のゴブリンが小さな火縄式の火器を構えた。
 
十五世紀末から十六世紀にかけて、ヨーロッパでは、火縄式の銃が普及し始めていた。
 
ゴブリンは火縄を火皿に押し当てて点火する。
次の瞬間、乾いた破裂音が谷に響いた。
 
弾丸は石畳に跳ね、馬のひづめをかすめる。
ルカが、ゴブリンをにらみつけてつぶやいた。

「火縄銃か……ゴブリンにしては上等だな」
 
火器は装填に手間がかかる。

ルカは右足を半歩引いて体を捻り、刺突に向いた柄で深く突きを放った。
 
刃先が相手の喉元をかすめ、返しの動きで相手の手首を断つと、銃は地面に落ちて血が飛んだ。

ゴブリンが、耳ざわりな悲鳴を上げる。
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