16 / 30
16 できることは?
しおりを挟む
その日、私は屋敷の居間にいて、石の壁にもたれながら窓の外を眺めていた。
厚いガラス越しに見えるのは、霧に沈んだ畑と、その向こうの低い丘。
刈り込まれたブドウ棚が、冬の空の下で規則正しく並んでいる。
足元では、火鉢の炭が小さく音を立てていた。
それでも石造りの屋敷は底冷えがする。
いま私が考えていることは、じゃがいもを作るべきかどうか。
じゃがいもは、中世ヨーロッパには存在しない食べ物だ。
原産は南米アンデスで、ヨーロッパに伝わるのは、ずっと後……十六世紀の終わりから十七世紀にかけてのことになる。
中世ヨーロッパでは、気候や土壌によって、育つ野菜も、日々食べられている野菜もちがう。
それは、品種改良が未発達で、温室栽培もなく、化学肥料も存在しない時代だからだ。
地中海性気候のイタリア、トスカーナ地方では、夏は乾き、冬は比較的温暖だ。
そのため、黒キャベツやリーキ(西洋ねぎ)、玉ねぎ、カブといった野菜が、冬でも畑に残る。
「うーん……」
魔法科学を使えば、じゃがいもを作ること自体はできるはず。
地下で栄養を集め、塊になるよう成長を調整すればいい。
けれど、作ったところで売れるとは思えなかった。
領地の村人たちも、口にするだろうか。
この時代の感覚では、見たことのない食べ物は怪しくて不気味で、ときに魔術的に見えてしまう。
それは善悪ではなく、価値観の違いだ。
いくら現代的な感覚でおいしいものを作っても、この時代の人たちはよろこんで食べてくれない可能性は高い。
それに、じゃがいもは花や実に毒があり、生では食べられない。
正しい調理法を知らなければ、死人が出る可能性すらある。
「……やっぱり、やめておこうかな」
魔法科学でじゃがいもは作れる。
けれど、それは世界を変えてしまう。
私は窓から視線を戻し、ため息をついた。
「じゃあ……ほかに、なにができるかしら」
マヨネーズでも作ってみる?
いや、この時代の生卵は、現代のように洗浄・消毒されてないから衛生面に問題がある。
卵の管理状況が悪く、サルモネラ菌でお腹を壊す確率がすごく高いから、生はNGだ。
魔法科学で卵がたくさん取れるようにするのはどうだろう?
卵は貴重な栄養源だし、たくさんあればみんなが助かるはず。
いや、でもそれをすると、生き物を直接いじる魔法を使うことになる。
生物改変は、神の領域侵犯となり、宗教的にかなり危険だ。
それに、あまったたまごを大量に売ると、市場価格が下がり、商人・村人の反感を買う。
魔法科学でなにかをするのは、なかなかむずかしい……。
そのとき、扉が軽く叩かれた。
「考えごとか?」
入ってきたのはルカだった。
「悩みごとがあれば、相談にのるぞ?」
「……じつは」
私は、さっきまで考えていたことをかいつまんで話した。
じゃがいものこと。
作れるけれど、作らないと決めたこと。
ルカは黙って聞き、やがて窓の外に目を向けた。
「新しいものを無理に増やさなくてもいいんじゃないか?」
「……というと?」
「今あるものを、生かすほうがいい。
この土地で育つものを助けてやるんだ。
戦でも同じだ。
補給が足りないのに、新しい武器を欲しがるやつは、真っ先に死ぬ」
ルカはそう言って、窓の外の畑に視線をむける。
厚いガラス越しに見えるのは、霧に沈んだ畑と、その向こうの低い丘。
刈り込まれたブドウ棚が、冬の空の下で規則正しく並んでいる。
足元では、火鉢の炭が小さく音を立てていた。
それでも石造りの屋敷は底冷えがする。
いま私が考えていることは、じゃがいもを作るべきかどうか。
じゃがいもは、中世ヨーロッパには存在しない食べ物だ。
原産は南米アンデスで、ヨーロッパに伝わるのは、ずっと後……十六世紀の終わりから十七世紀にかけてのことになる。
中世ヨーロッパでは、気候や土壌によって、育つ野菜も、日々食べられている野菜もちがう。
それは、品種改良が未発達で、温室栽培もなく、化学肥料も存在しない時代だからだ。
地中海性気候のイタリア、トスカーナ地方では、夏は乾き、冬は比較的温暖だ。
そのため、黒キャベツやリーキ(西洋ねぎ)、玉ねぎ、カブといった野菜が、冬でも畑に残る。
「うーん……」
魔法科学を使えば、じゃがいもを作ること自体はできるはず。
地下で栄養を集め、塊になるよう成長を調整すればいい。
けれど、作ったところで売れるとは思えなかった。
領地の村人たちも、口にするだろうか。
この時代の感覚では、見たことのない食べ物は怪しくて不気味で、ときに魔術的に見えてしまう。
それは善悪ではなく、価値観の違いだ。
いくら現代的な感覚でおいしいものを作っても、この時代の人たちはよろこんで食べてくれない可能性は高い。
それに、じゃがいもは花や実に毒があり、生では食べられない。
正しい調理法を知らなければ、死人が出る可能性すらある。
「……やっぱり、やめておこうかな」
魔法科学でじゃがいもは作れる。
けれど、それは世界を変えてしまう。
私は窓から視線を戻し、ため息をついた。
「じゃあ……ほかに、なにができるかしら」
マヨネーズでも作ってみる?
いや、この時代の生卵は、現代のように洗浄・消毒されてないから衛生面に問題がある。
卵の管理状況が悪く、サルモネラ菌でお腹を壊す確率がすごく高いから、生はNGだ。
魔法科学で卵がたくさん取れるようにするのはどうだろう?
卵は貴重な栄養源だし、たくさんあればみんなが助かるはず。
いや、でもそれをすると、生き物を直接いじる魔法を使うことになる。
生物改変は、神の領域侵犯となり、宗教的にかなり危険だ。
それに、あまったたまごを大量に売ると、市場価格が下がり、商人・村人の反感を買う。
魔法科学でなにかをするのは、なかなかむずかしい……。
そのとき、扉が軽く叩かれた。
「考えごとか?」
入ってきたのはルカだった。
「悩みごとがあれば、相談にのるぞ?」
「……じつは」
私は、さっきまで考えていたことをかいつまんで話した。
じゃがいものこと。
作れるけれど、作らないと決めたこと。
ルカは黙って聞き、やがて窓の外に目を向けた。
「新しいものを無理に増やさなくてもいいんじゃないか?」
「……というと?」
「今あるものを、生かすほうがいい。
この土地で育つものを助けてやるんだ。
戦でも同じだ。
補給が足りないのに、新しい武器を欲しがるやつは、真っ先に死ぬ」
ルカはそう言って、窓の外の畑に視線をむける。
0
あなたにおすすめの小説
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
悪役令嬢だけど、私としては推しが見れたら十分なんですが?
榎夜
恋愛
私は『花の王子様』という乙女ゲームに転生した
しかも、悪役令嬢に。
いや、私の推しってさ、隠しキャラなのよね。
だから勝手にイチャついてて欲しいんだけど......
※題名変えました。なんか話と合ってないよねってずっと思ってて
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤
凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。
幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。
でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです!
ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる