没落令嬢の子育て記。12世紀ドイツに似た異世界で、拾った子犬がイケメン精霊犬になりまして

ねこまんまる

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2 四匹の子犬

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シレジア地方は、神聖ローマ帝国の北東の果てに実在した場所。
オーデル川の上流域に広がる、森と丘陵の土地だった。
 
12世紀では、神聖ローマ帝国の東はまだ完全には開拓されておらず、修道院や騎士たちが森を伐り開き、新しい村と畑を造ろうとしている最中。

その深い森の片隅に、名も記録に残らないほど小さな村がひっそりと息づいていた。

領主の城館からは遠く離れており、年貢の集金も年に一度あるかどうか。
 
飢饉ききんや災害がくれば、真っ先に地図から消える――そんな辺境のまずしい開拓村が、十六歳になった今の私の住む場所だ。

遠くで、農具を肩にかついだ村人たちが畑へ向かうのが見えた。
灰色の羊毛チュニックに革ベルト、脚には布を巻きつけただけの脚絆きゃはん
この時代の農民として、典型的な姿だ。

村へ足を踏み入れようとしたそのとき――
かすかに、鼻にかかったような鳴き声が耳に届いた。

クーン……クーン……

「え……?」

私は立ち止まり、音のする方へ目を向けた。

木柵の影に、小さな木箱が置かれている。
近づいてのぞき込むと、麻布の切れ端の上に、薄よごれた子犬が四匹、身を寄せ合っていた。

毛の色が、それぞれちがう。
青、赤、銀、琥珀こはく
地球なら自然界では見ないような、めずらしい毛色だ。
 
痩せて肋骨が浮き、まだ目の色も定まらないほど幼い。
生後数か月ほどだろう。
丸い腹と、少し大きすぎる手足。
短い脚が原因で、歩幅と重心が合わず、ころりと転びそうになっている。

私は思わずしゃがみ込み、その姿をじっと見つめた。

……犬種は、なんだろう。
転生者である私の頭が、反射的に“現代の分類”を探しはじめる。

耳は立ちきらず、先が少し折れている。
毛は長すぎず、けれど短毛でもない。
牧羊犬系……?
いや、シェパードにしては小さすぎるし、時代も違う。

現代でいうなら、
雑種の中型犬――
あるいは、スピッツ系と牧畜犬の中間のような体つきだ。

12世紀のシレジアでは、農村の犬は“番犬”や“家畜番の手伝い”として飼われることが多く、使い手のない子犬はこうして道ばたに置かれることも珍しくなかった。
村の食糧事情がきびしい年には、なおさらだ。

「……かわいい……けど、どうしよう」

思わず、そんな言葉が口からこぼれる。

胸の奥に、重たい現実がしみ込んだ。
――今の私は、没落の身。
持っているのは旅のかばんと、わずかな貨幣だけ。
村で働ける保証すらない。

子犬の一匹が、弱々しく鼻を鳴らし、私の指に頭を押しつけてきた。
小さな体は冷たく、震えている。

「……そんな目で見ないで……。私だって、生きるのに精一杯なのよ……?」

言いながら、胸がきゅっと痛んだ。

見知らぬ土地に投げ出され、頼れる者もなく、今日からどう暮らせばいいのかも分からない。
この子たちの境遇は、まるで――自分の姿そのものだ。

私はそっと木箱を抱き上げた。
子犬たちは不安げに身じろぎしたが、逃げようとはしなかった。

「……わかったわ。いっしょに来なさい」

ため息まじりに言いながら、けれど声は自然とやわらかくなる。

「どうなっても、泣かないでね。私も、お金なんてほとんどないんだから……」

それでも――
小さな命を置き去りにするなんてできなかった。

私は木箱を腕にしっかり抱え、村の中を見つめる。

煙の立つ暖炉、土の道、茅葺き屋根の家々。
ここで始まる新しい生活が、どれほどきびしくとも。
この子たちにとっても、私にとっても、もう後戻りはできない。

「……働かなくちゃね。あなたたちを守るためにも、私自身のためにも」

そう小さくつぶやき、私は村の中へ足を踏み出した。


 
空き家になっていた農家をかりることができ、私はこの村で働きながら、四匹の子犬たちの世話をした。
現代的な賃貸住宅とはかなり性質がちがい、家賃をお金で払う賃貸ではなく、農民として地代・年貢・労役を領主におさめる必要がある。

そうして数ヶ月がたち、季節は晩秋。
 
シレジア地方の村は秋の収穫を終え、畑も冬の眠りにつこうとしていた。
 
11月は、村人たちにとって“冬を迎える前の最後の働き月”だ。
脱穀した麦を倉に運び、余った家畜は屠殺して燻製や塩漬けにし、森へ入って薪を集める。
 
地面が凍りはじめれば、畑はもう耕せない。
村は、冬ごもりに入るのだ。
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