19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

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20 ベイワース家のお茶会

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その日、ベイワース侯爵家の屋敷は、いつになくにぎやかだった。

侯爵夫妻が、近くの領主たちを招いて小さなお茶会を開くのだという。
19世紀のイングランド貴族・地主階級にとって、アフタヌーン・ティー(※午後のお茶会)は大切な社交手段だった。
貴族や地主階級の屋敷は広いとはいえ、同地域に複数あるので、ご近所づきあいはかかせない。
 
応接室のカーテンは新しいものに掛け替えられ、銀器は夜明け前から使用人たちにより、ピカピカに磨き上げられていた。

私も朝から階段と廊下を走りまわっていた。
スカートの裾を手で少し持ち上げ、盆を抱えたままサロンへ砂糖壺を運ぶ。
 
サロンというのは、ヨーロッパ全般で使われる言葉だけど、19世紀のイングランドでは『社交のための応接間』を意味する。

貴族・富裕層の邸宅には、客人をもてなす部屋があり、とくに女性の社交に使われる。
 
下女頭の女性が、いつものきびしい声でせかす。
 
「エマ、急いで! 紳士淑女がいらしているのよ!」
 
「はい、ただいま運びます」

テーブルクロスの白と、窓からさしこむ淡い光がまぶしい。
中流メイドである私の黒いメイド服は、そんな場の中で逆に目立つほど整っていた。

廊下に出ると、ちょうど上階から足音が降りてくるのが聞こえた。
小さな靴音と、年配の家庭教師のものらしい硬い足音。

レオンだった。

今日は珍しく、そこそこ見栄えのする服を着せられていた。
こげ茶の上着に、きれいにしめられたネクタイ。
髪も少しだけ整えられている。

「……エマ」

レオンは私を見つけると、わずかにホッとしたように目をゆるめた。
私はレオンに歩みよって、笑みを見せる。
 
「坊ちゃま、今日はお客様の前に顔を見せるのですね」

「うん……父上が、『長男だけでは体裁が悪い』って」

言葉は弱々しく、緊張がにじんでいた。

家庭教師の老人が、鼻にかかった声で口をはさむ。

「レオン坊ちゃま、あまりみっともない態度をなさいませんよう。
本日は他家の御子息もおいでになります」

その言いぶりは、忠告というより侮蔑ぶべつに近かった。
私の胸に小さな怒りが灯る。

「坊ちゃまは、立派にふるまわれますわ」
 
私はあえて、穏やかに言った。
 
「ねえ、レオン坊ちゃま」

レオンは、わずかにあごを上げてうなずく。

「……がんばる」

その姿に、私はほんの少しだけ微笑んだ。



お茶会のあいだ、私はサロンの隅で給仕として控えていた。

侯爵夫妻と、いくつかの領主夫婦。
農地や狩猟地で、普段から顔を合わせているメンバーだった。
政治の話、舞踏会の流行、地元選挙区の話題、子どもの教育など、雑談を楽しんでいる。
 
暖炉のそばには、同じ年頃の少年たちが集まっていた。
長男アーチボルドも、その輪に入っている。

レオンは輪のはしに座らされてはいたが、誰とも目を合わせようとしない。
口数の多い少年の一人が、わざとらしく声をあげた。

「ほら見ろよ、ベイワース家の『ウワサの次男』だ」
「闇魔法で乳母を吹き飛ばしたってやつか?」
「こわいなあ、近づいたら呪われるんじゃないか?」

少年たちの笑い声が、ティーカップの触れ合う音に紛れて、じわじわとレオンに刺さっていく。
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