19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

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5 決意

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レオンは、何も言わずに小さな靴音を響かせながら、私たちの横を通り過ぎた。

エミリーは息をのんで後ずさる。

「ほ、ほら……! あの灰色の目……絶対おそろしいわよ……。昔話で“闇を呼ぶ子”は、光のない色の瞳をしてたって聞いたことがあるわ」

実際、十九世紀の家庭教師の教本や田舎の迷信では、『黒魔術を使う者は、普通と違う目をしている』という民間信仰が根強くあった。

……あんなふうに扱われて、レオン様はどんな気持ちでいるんだろう。

前世でプレイしたあの場面が、否応なく胸によみがえる。
ラスボスのレオンは、世界のすべてに忌み嫌われ、誰にも手を差し伸べられないまま、絶望して闇に堕ちていった。

広い屋敷の廊下を歩くレオンの背中は、ただ一人だけ、廊下の光に溶けて消えてしまうかのようだった。
 

 
夕食の片付けがようやく終わるころ、
家政婦長(ハウスキーパー)のターナー夫人が名簿を手にして食器室へ入ってきた。
 
地味だけど、質のいい濃色のドレスを着て、頭には白いレースのキャップをつけ、エプロンは上質で装飾が少ない。
 
19世紀イングランドにおけるハウスキーパーは、大きな屋敷の女性使用人のトップ。
一言で言えば、屋敷の運営を支える女主人の右腕だ。

ターナー夫人が、その場にいたメイド・下女頭・洗濯女・リネン係など女性使用人を見渡しながら言った。
 
「いい? 乳母が怪我で数日休むから、次男坊ちゃまに“日中付き添う者”をひとりつけるわよ」

当時の大邸宅では、乳母(ナニー)が子どもの世話をする。
乳母不在のときは、ハウスキーパーが代わりを割り当てていた。
 
ターナー夫人が名簿を見ながら考えると、食器室の空気がぴんと張った。

夫人の視線がエミリーに向けられる。

「エミリー。あなた、どうかしら」

「えっ!? む、無理です……! だって……坊ちゃま……あの目がこわいですし……!」

「エミリー。あなたはハウスメイド見習いよ。“怖い”では仕事は務まらないわ」

「で、でも……」

彼女の声はすっかり弱くなっていた。
 
そのとき、私はハッキリと気がついてしまった。
 
――たしか、幼少期のレオンをいじめて、殺されるメイドがいた。
 
背中を冷たいものが走り、呼吸が一瞬だけ浅くなる。
前世で何度も見返した、あの最終決戦のシーン。
剣を手にしたラスボスのレオンが、感情の抜け落ちた声で語る過去。
 
『……最初に殺したのは、使用人だった。
僕を世話するふりをして、魔法で痛みを与えた女だ』
 
画面の中で、彼は名前を口にしていた。
――そうだ。
たしか、そのメイドの名前は。
 
「……エマ」
 
声に出した瞬間、胸がひどく脈打った。
 
え。それって、つまり。
私のことだよね……?
 
頭の中で、点が音を立ててつながっていく。
 
メイドのエマ。
名前しか出てこない、使い捨てのザコキャラ。
幼少期のレオンの専属メイドで、裏でこっそり魔法を使い、言葉にできない不満や苛立ちを、弱い子供にぶつけていた女。
 
陰湿で、卑怯で、どうしようもない存在。
 
彼女は、レオンにとって最初の敵であり、最初の裏切りであり、最初の絶望だった。
 
そしてメイドのエマの死は、レオンが「世界と決別する」ための、最初の一歩。

指先が冷たくなっているのが、自分でもわかった。

フラグを知っているのは、私だけ。
レオンやエマが“そうなるはずだった未来”を、私は知っている。
だったら、未来を選べるはずだ。
 
レオンを、かわいがろう。
甘やかしてもいい。
優しくして、守って、「あなたは大切にされていい存在だ」と、何度でも伝えよう。
愛情を知らずに闇に堕ちたのなら、先に愛情を教えてしまえばいい。
そうすれば、レオンの闇落ちや、世界の破滅、そして――私自身の死。
すべて回避できるかもしれない。
 
胸の奥で、決意が灯った。
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