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7 アラン中尉の忠告
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この宮殿は、王ではなく“ウワサ”が支配している。
ヴェルサイユという都市そのものが、情報の迷宮でもあるのだ。
宮殿の廊下を歩きながら、私は思う。
私に関するわるいウワサを広げている犯人には、三つの心当たりがある。
まず、王妃派の貴婦人たち。
マリー・アントワネットの取り巻き――いわゆるポリニャック派だ。
18世紀後半のヴェルサイユでは、気に入らない者を排除するのが早い派閥。
王妃のサロンに自由に出入りできる“王太子妃候補”の私を、邪魔に思っている可能性は高い。
つぎに、政治で対立する貴族家。
ヴァロワ家の領地は豊かな地帯で、
宮廷でも『物資と献金』を通じて地位を固めてきた家柄だ。
宮廷では、富はそのまま派閥の力になる。
“邪魔な芽は早いうちに摘む”――これは旧貴族がしばしば用いた手法。
そして最後に、私と同じ“転生者”。
もしもあの乙女ゲームを知る者が、私以外にもいるなら……
もっとも効果的にウワサが広まる手順のすべてを理解しているはず。
私の記憶する乙女ゲームでは、“悪役令嬢セシル”は周囲の変化に気づかぬまま破滅していった。
けれど――
このヴェルサイユにひろまっているウワサの悪意は、もっと陰湿で、冷たい。
まるで誰かが意図的に私を追い詰めようとしているようにもみえる。
考えながら、廊下をすすんでいく。
この回廊は『王妃の内室群』と『王の大居室』をつなぐ、いわゆる通り抜け部屋の連続で、近代的な意味での廊下ではない。
その途中――
王の近衛隊士官が三名、規律正しく配置されていた。
彼らの礼装外套は青地に赤い縁取り。
肩章には百合の紋章。
胸には規則的に打たれた銀ボタン。
宮廷の華麗な衣装とは別世界の、軍務を象徴するものがある。
彼らは交代任務の確認をしているらしく、帳面の記録、巡回路の確認など、それぞれが黙々と仕事をこなしていた。
その中に、アラン中尉の姿があった。
私は、ブロケード生地のドレスの裾と、コルセットのきしむ音を静かに響かせて歩いていく。
私の目的地は、王妃のサロンだ。
お茶会の時間がせまっている。
王妃のサロンは、王妃が入室した瞬間にお茶会が開始となる。
遅刻したらすごく目立つし、宮廷では『敵意がある』と見なされる危険すらあった。
私は扇子を少しだけ閉じ、視線だけを横に向けてあるいていく。
女性が兵士を凝視するのは、作法に反する。
だけど、わずかな視線ならゆるされる範囲だ。
アラン中尉が、ふと顔を上げる。
目があった。
彼は宮廷式の礼法に従い、首を浅く傾けるだけで敬意を示した。
「ミス・ヴァロア、ご機嫌いかがでしょうか」
近衛士官としての、低く静かな声。
私は扇子を口元に当て、何も感じていないふうを装って歩き続けた。
でも、心臓は小さく跳ねる。
アラン中尉が一歩だけ前へ出る。
儀礼上、過剰ではない範囲で。
「ヴァロワ嬢。王妃のサロンへ向かわれるのですか?」
「ええ。急いでいるの。だから――」
言い終える前に、無表情のはずの彼の瞳が、鋭く廊下の奥を射抜いた。
アランは、王妃の近衛士官でありながら、王の私室周辺の異常にも即座に反応する職務を担っている。
彼の瞳が細くなった。
「……そのまま進んではいけない」
おもわず、私は立ち止まる。
「……なに?」
ヴェルサイユという都市そのものが、情報の迷宮でもあるのだ。
宮殿の廊下を歩きながら、私は思う。
私に関するわるいウワサを広げている犯人には、三つの心当たりがある。
まず、王妃派の貴婦人たち。
マリー・アントワネットの取り巻き――いわゆるポリニャック派だ。
18世紀後半のヴェルサイユでは、気に入らない者を排除するのが早い派閥。
王妃のサロンに自由に出入りできる“王太子妃候補”の私を、邪魔に思っている可能性は高い。
つぎに、政治で対立する貴族家。
ヴァロワ家の領地は豊かな地帯で、
宮廷でも『物資と献金』を通じて地位を固めてきた家柄だ。
宮廷では、富はそのまま派閥の力になる。
“邪魔な芽は早いうちに摘む”――これは旧貴族がしばしば用いた手法。
そして最後に、私と同じ“転生者”。
もしもあの乙女ゲームを知る者が、私以外にもいるなら……
もっとも効果的にウワサが広まる手順のすべてを理解しているはず。
私の記憶する乙女ゲームでは、“悪役令嬢セシル”は周囲の変化に気づかぬまま破滅していった。
けれど――
このヴェルサイユにひろまっているウワサの悪意は、もっと陰湿で、冷たい。
まるで誰かが意図的に私を追い詰めようとしているようにもみえる。
考えながら、廊下をすすんでいく。
この回廊は『王妃の内室群』と『王の大居室』をつなぐ、いわゆる通り抜け部屋の連続で、近代的な意味での廊下ではない。
その途中――
王の近衛隊士官が三名、規律正しく配置されていた。
彼らの礼装外套は青地に赤い縁取り。
肩章には百合の紋章。
胸には規則的に打たれた銀ボタン。
宮廷の華麗な衣装とは別世界の、軍務を象徴するものがある。
彼らは交代任務の確認をしているらしく、帳面の記録、巡回路の確認など、それぞれが黙々と仕事をこなしていた。
その中に、アラン中尉の姿があった。
私は、ブロケード生地のドレスの裾と、コルセットのきしむ音を静かに響かせて歩いていく。
私の目的地は、王妃のサロンだ。
お茶会の時間がせまっている。
王妃のサロンは、王妃が入室した瞬間にお茶会が開始となる。
遅刻したらすごく目立つし、宮廷では『敵意がある』と見なされる危険すらあった。
私は扇子を少しだけ閉じ、視線だけを横に向けてあるいていく。
女性が兵士を凝視するのは、作法に反する。
だけど、わずかな視線ならゆるされる範囲だ。
アラン中尉が、ふと顔を上げる。
目があった。
彼は宮廷式の礼法に従い、首を浅く傾けるだけで敬意を示した。
「ミス・ヴァロア、ご機嫌いかがでしょうか」
近衛士官としての、低く静かな声。
私は扇子を口元に当て、何も感じていないふうを装って歩き続けた。
でも、心臓は小さく跳ねる。
アラン中尉が一歩だけ前へ出る。
儀礼上、過剰ではない範囲で。
「ヴァロワ嬢。王妃のサロンへ向かわれるのですか?」
「ええ。急いでいるの。だから――」
言い終える前に、無表情のはずの彼の瞳が、鋭く廊下の奥を射抜いた。
アランは、王妃の近衛士官でありながら、王の私室周辺の異常にも即座に反応する職務を担っている。
彼の瞳が細くなった。
「……そのまま進んではいけない」
おもわず、私は立ち止まる。
「……なに?」
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