18世紀末ヴェルサイユに似た乙女ゲーム世界に転生した悪役令嬢は、断罪を回避したい

ねこまんまる

文字の大きさ
8 / 45

8 乙女ゲームのヒロイン

しおりを挟む
アランは、私に一歩近づいた。
声を落とし、宮廷のざわめきに紛れるほどの低声で告げる。

「この先の角に、伯爵夫人とその取り巻きが集まっている。
あなたの“遅刻”をのぞむ者たちだ。
きっと、王妃の前で話題にするつもりなのだろう」

「また……私をダシにして、陰口の楽しみを作ろうとしているわけね」

「あなたは標的にされやすい。この通路の先にいる伯爵夫人たちに『ヴァロア嬢を妨害するように』と命じたのは、マリアンナ・ド・ヴィルヌーヴ伯爵令嬢だ」
 
「……マリアンナ?」
 
それは、乙女ゲームのヒロインの名前だ。
 
マリアンナは、ヴィルヌーヴ伯爵家の一人娘で、王妃のサロンに正式に出入りできる貴族でもある。

ヴィルヌーヴ家は代々、文学と芸術の支援者として知られる。
母は病弱で宮廷に出ることが少なく、マリアンナは幼いころから完璧な令嬢として育てられてきた。

宮廷政治の渦に巻き込まれながらも、“純粋さ”を持つ少女。
それが、ヒロインのマリアンナだ。

しかしヒロインは無力ではなく、乙女ゲームでは心理戦やサロンでの駆け引きを通して成長していく。

なぜ、マリアンナが?
あの乙女ゲームでは、悪役令嬢を妨害するような子じゃなかったはずなのに。
まさか……。
 
私が考えていると、アランが小声で言った。
 
「こういった問題ごとを対処するのは、近衛隊のつとめでもある」

彼は手早く、失礼にならないよう距離をたもちながら、指で廊下の反対側を示した。

「むこうが、“王妃の控えの間”を通る最短ルートだ。
通常は、身分により制限があるが……」

そこでアランは、腰の剣に軽く触れた。
近衛隊士官の権限をしめす仕草。

「今は、俺が通行を許可する。
王妃への侮辱を防ぐための“職務上の判断”だ。早く行け」

その言い方は淡々としているのに、かすかな焦りと、私を守ろうとする意志が隠しきれていなかった。

私は扇子をゆっくり開き、いつものように“何も感じていない令嬢”の仮面をかぶる。

「……礼を言うわ、アラン中尉」

アランの目が細くやわらいだ。

私は、王妃のサロンへ続く秘密めいた最短ルートへと歩みを進めた。

ふりむくと、廊下の向こうで、アランをふくめた隊士官たちは何事もなかったように任務へ戻っていく。



王妃のサロンには、すでに多くの婦人が集まっていた。
まだ王妃は来ていない。
……間に合ってよかった。
 
絹の衣擦れ、扇子をあおぐパタパタという音。
高い天井には、金のレリーフ、
壁にはギリシア神話を描いたタペストリー。

そして、サロンの中央に――

「まあ、セシル様。ご機嫌よう」

清楚な声がひびく。

マリアンナがいた。
この世界のヒロイン。
マリアンナ・ド・ヴィルヌーヴ伯爵令嬢。

王妃の寵愛を受けているとウワサされ、近々“公式の侍女見習い”になるとも言われる令嬢だった。

金糸を編んだような柔らかい金髪に、蜂蜜のような瞳。
レースとリボンを控えめにあしらった清楚な装い。
小鳥のような声と、優雅な立ち居振る舞い、どこか親しみやすい微笑み。

宮廷令嬢にしてはめずらしく、派手よりも上品で控えめなドレスを好む。
薄いローズ色のドレスに、朝露を思わせるパールの首飾り。
 
来たわね……。
私を“断罪ルート”に押しこもうとしているかもしれない人物。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢だけど、私としては推しが見れたら十分なんですが?

榎夜
恋愛
私は『花の王子様』という乙女ゲームに転生した しかも、悪役令嬢に。 いや、私の推しってさ、隠しキャラなのよね。 だから勝手にイチャついてて欲しいんだけど...... ※題名変えました。なんか話と合ってないよねってずっと思ってて

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

悪役令嬢が睨んでくるので、理由を聞いてみた

ちくわ食べます
恋愛
転生したのは馴染みのない乙女ゲームの世界だった。  シナリオは分からず、登場人物もうろ覚え、タイトルなんて覚えてすらいない。 そんな世界でモブ男『トリスタン』として暮らす主人公。 恋愛至上主義な学園で大人しく、モブらしく、学園生活を送っていたはずなのに、なぜか悪役令嬢から睨まれていて。 気になったトリスタンは、悪役令嬢のセリスに理由を聞いてみることにした。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

悪役令嬢、隠しキャラとこっそり婚約する

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が隠しキャラに愛されるだけ。 ドゥニーズは違和感を感じていた。やがてその違和感から前世の記憶を取り戻す。思い出してからはフリーダムに生きるようになったドゥニーズ。彼女はその後、ある男の子と婚約をして…。 小説家になろう様でも投稿しています。

【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい

椰子ふみの
恋愛
 ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。  ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!  そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。  ゲームの強制力?  何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。

処理中です...