17 / 30
本編
第17話 ストーカー妖怪、現る
しおりを挟む
「はぁ!? ストーカー被害!? お前が!?」
「何よその『ありえねー』みたいな態度は!? あまりにも失礼すぎない!?」
俺が驚いた相手――花田香澄は、俺の幼馴染の一人である。
たしかに女性に向かってストーカー被害に遭っているのが信じられないみたいな態度は流石に失礼だったかもしれない。
だが、香澄は男勝りでとても気が強い。ストーカーなんて言葉とは縁がないと思っていた。逆にストーカーなんてぶっ飛ばしてしまいそうだ。
「しかし香澄お嬢さん、ストーカーなら神社よりも警察に相談したほうがいいんじゃないかな?」
店長は鈴が運んできたお茶を香澄の前に置きながら優しく語りかけた。
香澄がこの鳳仙神社に来るのは実に久しぶりのことのように感じる。新聞部と水泳部をかけもちして随分忙しそうに駆け回っていると聞く。
「いえ、きっと警察は信じてくれません」
「どうして?」
「私がそのストーカーに気づいたのは一週間前の夜のことです。部屋の電気をつけないままカーテンを閉めようとしたから外の様子が見えたの。街灯の下に男が立ってて……その男には、角が生えていたんです」
その言葉に、店長はピクリと反応した。
「……妖怪が、人間をストーキング……?」
「その夜気づいてから、毎晩カーテンを閉めるときに確認したけど、いつもその男は街灯の下に立っているんです。雨が降ってても、傘もささずに……私、もう怖くて……」
香澄は、思い出したように震えていた。
「それは、怖い思いをしたね」
店長は香澄の恐怖を和らげるように、そっと香澄の震える手を撫でた。
「角が生えた男……鬼、でしょうか」俺は眉をひそめる。
「さあ、どうだろう。角が生えているというだけで鬼と断定するのは早計な気もするが……」
ふむ、と店長は顎に手を当てて考え込む。
「その男の角の特徴は? 本数は何本?」
「額の真ん中に、一本……。なんか、こう……ドリルみたいな形の……」
「は? ドリル……?」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「他にどう言ったらいいか分かんないのよ! うーん、私に絵心があればいいんだけど……」
香澄は新聞部なだけあって写真の腕は良いが、絵にはいまいち自信がないようだ。美術の時間でよく自画像を描かされることがあるが、香澄の絵は福笑いのようだったのを覚えている。
「うーむ、一本角の鬼は珍しくもないしな……とりあえずその男のいつも立っている場所に行って調べてみようか」
「百合さん……! ありがとうございます!」
香澄は感激で目が潤んでいるようだった。無理もない。恐ろしい思いをしているところに心強い味方ができたのだ。
しかし、俺の心配事は別にあった。
「店長、香澄から何を代償にもらう気なんですか?」
俺はヒソヒソ声で店長に耳打ちする。
そう、このアヤカシ堂は、依頼を受ける代わりに代価を渡さなければならない。あるいはお金であったり、あるいはその人の大事にしているものであったり、あるいはモノですらなかったり。
「そうだな……ひとまずどういう案件なのか確認しないと見積もりも取れない。お金で解決する事件ならいいがな?」
店長は魔女のような笑みを浮かべる。久しぶりに『アヤカシ堂の聖なる魔女』を見た気がする。
……最近の店長は少し性格が丸くなってきたかな、と思っていたが、そうでもないのかな。
香澄に代価のことをどう伝えるか、考えただけで頭が痛い。
とにかく、アヤカシ堂のいつもの三人は、香澄に連れられて彼女の自宅へと向かったのである。
「ふむ、この街灯の下に毎晩男が立っているわけか」
店長は街灯を見上げる。昼間なので当然明かりはついていない。
「で、あそこから見えるのが香澄お嬢さんの部屋というわけか」
細い指が示す方向を見ると、たしかにそこは香澄の部屋だった。以前窓に群がる妖怪たちを引っ剥がしたりもしたのでよく覚えている。
「双眼鏡のようなものは使っていたか、覚えているかな?」
「いえ、多分使ってなかったと思います」
「目がいいのかな、結構離れてるんだけど」
店長はそう言いながら背伸びをして、なんとか部屋を覗こうとするが、香澄の部屋は二階である。街灯の下からは角度の関係で見える範囲は限られている。
俺が代わりに立っても、数センチ背が高い程度では大して変わらない。
「香澄お嬢さんが窓際に立ったらやっと見えるくらい、かな」
ふむふむと店長は一人でうなずく。
「そうですね、私もカーテンを閉めようとしてやっと気づいたくらいですから。目が合って、ニヤッ……って笑われた時は心臓が止まるかと思いました」
香澄はブルッと身を震わせる。
「ふーん……じゃあ香澄が窓際に立つまで、その男は何をしていたんだろう」
俺は素朴な疑問を口にする。
「さあ……音楽でも聴いてたんじゃないの? そういえばアイツ、音楽プレイヤーみたいなの持ってたし、イヤホンしてたし」
「音楽……?」
店長は香澄の言葉にピクリと反応する。
「――お嬢さん、ちょっと部屋に上げてもらってもいいかな」
「あ、そうですよね。ずっと外にいるのもなんだし、お茶くらいなら出せますよ」
香澄は玄関のドアを開けて俺たちを迎え入れる。
玄関に入った瞬間、俺は思い切り顔をしかめた。
「うっわ、なんだよこの音!」
「音?」
「コンビニの前だってこんな耳障りな音しねえぞ」
最近のコンビニはモスキート音といって、若者にしか聞こえない不快な音を流すことで若者が店の前にたむろするのを防止しているらしい。
俺はまだ若い上に半妖の血で聴覚も常人より鋭くなっているから、半妖になってからはコンビニは苦手になった。
「虎吉、あんた何を言ってるの……? 何も音なんてしてないわよ?」
香澄は異星人を見る目で俺を見る。
「やはり……」
一方、店長は俺の反応を見てげんなりしていた。
「虎吉、音の一つ一つ、元は追えるか?」
「うーん、いろんな音が混ざり合ってるから時間は掛かりそうですけど……」
「そうか、では私達は先にお茶飲んで休んでるからちょっとやってみてくれ」
「ええ……人使い荒っ……」
一階の居間で香澄がお茶を淹れ、店長と鈴がティーブレイクしている間に、俺はキンキンする耳をこらえながら部屋をウロウロして音の出どころを追う。
しばらくして。
「――だいたいわかりました。わかりました、けど……」
「けど?」
「……香澄。どうか気持ちを落ち着けて聞いてほしい」
「え、私?」
香澄は自分を指差して不思議そうな顔をする。
「俺が聞こえてる音は多分特殊な音波か電波だ。隠してある場所から見ておそらく盗聴器か隠しカメラ」
「!?」
香澄が息を呑む。
「まず電話の受話器の中。コンセントの中。ぬいぐるみの中。災害用の懐中電灯の中。時計の中。オルゴールの中。それから……」
「す、ストップストップ! 部屋の中のほぼ全部じゃない!」
「どうやって仕掛けたかは本人を絞め上げて訊くとして、これ全部バラして盗聴器やらカメラやらを取り出すのは骨だな。そして――」
店長はため息をつく。
「今までの内容も全部向こうに筒抜けってわけだ」
ピーンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「虎吉、出ろ」
店長と鈴は、香澄を守るように背に隠す。
俺は注意深く玄関のドアを開ける。
と、勢いよく扉を開けられて、なにか長く鋭いものが俺の胸を刺し貫かんと突進してきた。
あらかじめ胸に如意棒を平たく伸ばして鎧にしていた俺は、その得物を受け流し、掴む。
――長い、ドリルのように鋭い角だった。
ブルル、とその角の持ち主である馬のような生き物が暴れる。
「犯人は鬼じゃない。――ユニコーンだ!」
店長が殺人事件を解決する探偵のごとく、犯人を指差す。
「おとなしくしろ、このストーカー馬!」
俺は全体重をかけて、ユニコーンを床に押し付け、取り押さえる。
「誰が馬だ! 俺は誇り高きユニコーンだ! 馬畜生と一緒にするな!」
ドロン、と煙が上がって、ユニコーンは人型に変身した。
前髪で隠れた額に、一本の長い角が生えた、男性の青年。
たてがみのせいか、人型になっても髪は長い。
「やだ、イケメン……」
香澄は手で口を覆って見とれているようだった。
そう、たしかにこのユニコーンの青年は端正な顔をしていた。
ただし、ストーカーである。
その赤い瞳は光をほとんど反射していない。ヤンデレ目、というやつだ。
「香澄ちゃん、やっと逢えたね」
店長が召喚した一反木綿の綿麻にグルグル巻きにされて抵抗手段を失ったにも関わらず、青年はニッコリと香澄に微笑みかける。香澄はまだ見とれているらしく、顔をほのかに染めている。
「お前の目的は何だ? 何故香澄お嬢さんにつきまとう? どうやって盗聴器を仕掛けた?」
「いっぺんに質問されても答えづらいんだけど」
ユニコーンは店長の質問に苦笑を漏らす。
「つーか、なにお前ストーカーに見とれてるんだよ。怖かったんじゃないのか?」
俺は呆れた目を香澄に向ける。
「なによ、ヤキモチでも焼いてんの?」
「焼いてねーよ」
「いや、だってね? こんな近くで顔見るの初めてだったし……フードかぶってたから口から上は隠れてて、ニヤリと笑うのは見えたんだけど、こんなかっこいいお兄さんだとは思わなくて……」
香澄はテレテレと顔を赤くしてうつむいている。女とは面食いで現金なものだな、と俺は冷めた目で香澄を見ていた。
「では、一つずつ質問していこう。お前の目的は?」
「目的、というか動機になるのかな? 香澄ちゃんに一目惚れしたんだ」
あまりにあっさりと言うものだから、香澄も俺も目を丸くする。
「だから、香澄ちゃんにつきまとう――いや、『つきまとう』は人聞きが良くないな。見守ってたのは、香澄ちゃんが好きだから」
恥ずかしげもなくそう言い切るユニコーンに、香澄の顔がますますカーッと赤くなる。
「あ、あの、ユニコーンさん……」
「俺の名前はバトーだよ。申し遅れてごめんね。覚えてくれると嬉しいな」
バトーと名乗る一角獣は香澄に優しい口調で微笑みかける。
「あの、百合さん……この人、悪い人じゃなさそうだし、そろそろ拘束を解いてあげても……」
「香澄お嬢さん、油断してはなりません」
すっかりバトーにほだされた香澄の言葉を、店長は否定する。
「まだ訊きたいことがある。――何故、盗聴器やカメラを仕掛ける必要があった?」
「だって、好きな人のことは何だって知りたいだろう?」
ストーカーの常套句のようなセリフを吐いて、「なんでそんなこと訊くんだ?」と言いたげな顔をしている。
「香澄お嬢さん、ユニコーンの美しい顔に惑わされてはいけない。ユニコーンは処女を護る守護獣だが、人外には人間の良識が理解できない。人間の価値観・倫理観が共有できないんだ」
「まあたまに同じ人間でもそういうのいますけどね」
俺は口を挟む。
「え? いや待って……処女を護る守護獣、って……」
香澄は動揺した視線をバトーに向ける。
「香澄ちゃんは俺の理想の処女なんだ!」
「いやぁぁぁ!?」
「キモッ!」
バトーの言葉に悲鳴をあげる香澄と、思わず本音が口から出る俺。
「誰がキモいだと!? 突き殺すぞクソガキ!」
「いやキモいわ! しょ、処女って……」
今度は俺の顔が赤くなる。
「香澄ちゃんは男勝りで気が強いから男が寄り付かないし、恋愛ごとにも疎いから女の子同士の恋バナにもついていけないのがすごく可愛いよね。まあ万が一、害虫が寄り付いても俺が全員突き殺してあげるから安心してね香澄ちゃん」
「やめて! それ以上喋らないで!」
香澄はすっかり頭を抱えてしまった。いくら顔がイケメンでもこれはきつい。
「ところで、そこのお姉さんは巫女服ってことは巫女さん? 処女?」
バトーの標的は店長に移ったらしい。処女なら誰でもいいのかこいつ。
「やだ、狙われてる……」
店長は胸の前で腕をクロスさせて拒絶のポーズを取る。
「この人バツイチだぞ」俺がバトーに教えると、
「あ、じゃあいいです」バトーはスンッと興味を失ったようだった。
「馬刺しにするぞお前……」
店長は禍々しい黒いオーラを放つ。
「この調子だと香澄お嬢さんの部屋にも大量に仕掛けられているな。仕掛けた場所全部吐かせて機械を除去しなければ」
どうやって侵入し、機械を仕掛けたのかという謎はあるものの、とにかく俺たちは一日かけて盗聴器やカメラなどをすべて取り除いたのであった。
「で、どうします、このバトーってやつ。マジで馬刺しにします?」
香澄の家を出て、綿麻に縛られたままのバトーをアヤカシ堂まで連行する。香澄の事件解決の代償として、この一角獣をもらうことにしたのである。香澄としても万々歳だし、悪くない結果であろう。
「いや、ユニコーンには使いみちがあってな。その角を患部に当てたり粉末状にして薬として患者に飲ませると、あらゆる病気を全快させる力があるのだよ」
「いやァァァ! 角折られるゥゥゥ!」
バトーは逃げようと暴れだすが、綿麻の能力で力を吸収され、束縛から逃れることは叶わない。
「どうせ角を折っても再生するんだから大丈夫だろう? 何度も魔法薬の材料が取れる貴重な人材だ、丁重に扱わなければなあ?」
「鬼! 悪魔! 誰か助けてェェェ!」
ストーカーユニコーンの叫びがこだまする。
――こうして、アヤカシ堂は妖怪――いや聖獣か――によるストーカー事件を解決したのである。
〈続く〉
「何よその『ありえねー』みたいな態度は!? あまりにも失礼すぎない!?」
俺が驚いた相手――花田香澄は、俺の幼馴染の一人である。
たしかに女性に向かってストーカー被害に遭っているのが信じられないみたいな態度は流石に失礼だったかもしれない。
だが、香澄は男勝りでとても気が強い。ストーカーなんて言葉とは縁がないと思っていた。逆にストーカーなんてぶっ飛ばしてしまいそうだ。
「しかし香澄お嬢さん、ストーカーなら神社よりも警察に相談したほうがいいんじゃないかな?」
店長は鈴が運んできたお茶を香澄の前に置きながら優しく語りかけた。
香澄がこの鳳仙神社に来るのは実に久しぶりのことのように感じる。新聞部と水泳部をかけもちして随分忙しそうに駆け回っていると聞く。
「いえ、きっと警察は信じてくれません」
「どうして?」
「私がそのストーカーに気づいたのは一週間前の夜のことです。部屋の電気をつけないままカーテンを閉めようとしたから外の様子が見えたの。街灯の下に男が立ってて……その男には、角が生えていたんです」
その言葉に、店長はピクリと反応した。
「……妖怪が、人間をストーキング……?」
「その夜気づいてから、毎晩カーテンを閉めるときに確認したけど、いつもその男は街灯の下に立っているんです。雨が降ってても、傘もささずに……私、もう怖くて……」
香澄は、思い出したように震えていた。
「それは、怖い思いをしたね」
店長は香澄の恐怖を和らげるように、そっと香澄の震える手を撫でた。
「角が生えた男……鬼、でしょうか」俺は眉をひそめる。
「さあ、どうだろう。角が生えているというだけで鬼と断定するのは早計な気もするが……」
ふむ、と店長は顎に手を当てて考え込む。
「その男の角の特徴は? 本数は何本?」
「額の真ん中に、一本……。なんか、こう……ドリルみたいな形の……」
「は? ドリル……?」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「他にどう言ったらいいか分かんないのよ! うーん、私に絵心があればいいんだけど……」
香澄は新聞部なだけあって写真の腕は良いが、絵にはいまいち自信がないようだ。美術の時間でよく自画像を描かされることがあるが、香澄の絵は福笑いのようだったのを覚えている。
「うーむ、一本角の鬼は珍しくもないしな……とりあえずその男のいつも立っている場所に行って調べてみようか」
「百合さん……! ありがとうございます!」
香澄は感激で目が潤んでいるようだった。無理もない。恐ろしい思いをしているところに心強い味方ができたのだ。
しかし、俺の心配事は別にあった。
「店長、香澄から何を代償にもらう気なんですか?」
俺はヒソヒソ声で店長に耳打ちする。
そう、このアヤカシ堂は、依頼を受ける代わりに代価を渡さなければならない。あるいはお金であったり、あるいはその人の大事にしているものであったり、あるいはモノですらなかったり。
「そうだな……ひとまずどういう案件なのか確認しないと見積もりも取れない。お金で解決する事件ならいいがな?」
店長は魔女のような笑みを浮かべる。久しぶりに『アヤカシ堂の聖なる魔女』を見た気がする。
……最近の店長は少し性格が丸くなってきたかな、と思っていたが、そうでもないのかな。
香澄に代価のことをどう伝えるか、考えただけで頭が痛い。
とにかく、アヤカシ堂のいつもの三人は、香澄に連れられて彼女の自宅へと向かったのである。
「ふむ、この街灯の下に毎晩男が立っているわけか」
店長は街灯を見上げる。昼間なので当然明かりはついていない。
「で、あそこから見えるのが香澄お嬢さんの部屋というわけか」
細い指が示す方向を見ると、たしかにそこは香澄の部屋だった。以前窓に群がる妖怪たちを引っ剥がしたりもしたのでよく覚えている。
「双眼鏡のようなものは使っていたか、覚えているかな?」
「いえ、多分使ってなかったと思います」
「目がいいのかな、結構離れてるんだけど」
店長はそう言いながら背伸びをして、なんとか部屋を覗こうとするが、香澄の部屋は二階である。街灯の下からは角度の関係で見える範囲は限られている。
俺が代わりに立っても、数センチ背が高い程度では大して変わらない。
「香澄お嬢さんが窓際に立ったらやっと見えるくらい、かな」
ふむふむと店長は一人でうなずく。
「そうですね、私もカーテンを閉めようとしてやっと気づいたくらいですから。目が合って、ニヤッ……って笑われた時は心臓が止まるかと思いました」
香澄はブルッと身を震わせる。
「ふーん……じゃあ香澄が窓際に立つまで、その男は何をしていたんだろう」
俺は素朴な疑問を口にする。
「さあ……音楽でも聴いてたんじゃないの? そういえばアイツ、音楽プレイヤーみたいなの持ってたし、イヤホンしてたし」
「音楽……?」
店長は香澄の言葉にピクリと反応する。
「――お嬢さん、ちょっと部屋に上げてもらってもいいかな」
「あ、そうですよね。ずっと外にいるのもなんだし、お茶くらいなら出せますよ」
香澄は玄関のドアを開けて俺たちを迎え入れる。
玄関に入った瞬間、俺は思い切り顔をしかめた。
「うっわ、なんだよこの音!」
「音?」
「コンビニの前だってこんな耳障りな音しねえぞ」
最近のコンビニはモスキート音といって、若者にしか聞こえない不快な音を流すことで若者が店の前にたむろするのを防止しているらしい。
俺はまだ若い上に半妖の血で聴覚も常人より鋭くなっているから、半妖になってからはコンビニは苦手になった。
「虎吉、あんた何を言ってるの……? 何も音なんてしてないわよ?」
香澄は異星人を見る目で俺を見る。
「やはり……」
一方、店長は俺の反応を見てげんなりしていた。
「虎吉、音の一つ一つ、元は追えるか?」
「うーん、いろんな音が混ざり合ってるから時間は掛かりそうですけど……」
「そうか、では私達は先にお茶飲んで休んでるからちょっとやってみてくれ」
「ええ……人使い荒っ……」
一階の居間で香澄がお茶を淹れ、店長と鈴がティーブレイクしている間に、俺はキンキンする耳をこらえながら部屋をウロウロして音の出どころを追う。
しばらくして。
「――だいたいわかりました。わかりました、けど……」
「けど?」
「……香澄。どうか気持ちを落ち着けて聞いてほしい」
「え、私?」
香澄は自分を指差して不思議そうな顔をする。
「俺が聞こえてる音は多分特殊な音波か電波だ。隠してある場所から見ておそらく盗聴器か隠しカメラ」
「!?」
香澄が息を呑む。
「まず電話の受話器の中。コンセントの中。ぬいぐるみの中。災害用の懐中電灯の中。時計の中。オルゴールの中。それから……」
「す、ストップストップ! 部屋の中のほぼ全部じゃない!」
「どうやって仕掛けたかは本人を絞め上げて訊くとして、これ全部バラして盗聴器やらカメラやらを取り出すのは骨だな。そして――」
店長はため息をつく。
「今までの内容も全部向こうに筒抜けってわけだ」
ピーンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「虎吉、出ろ」
店長と鈴は、香澄を守るように背に隠す。
俺は注意深く玄関のドアを開ける。
と、勢いよく扉を開けられて、なにか長く鋭いものが俺の胸を刺し貫かんと突進してきた。
あらかじめ胸に如意棒を平たく伸ばして鎧にしていた俺は、その得物を受け流し、掴む。
――長い、ドリルのように鋭い角だった。
ブルル、とその角の持ち主である馬のような生き物が暴れる。
「犯人は鬼じゃない。――ユニコーンだ!」
店長が殺人事件を解決する探偵のごとく、犯人を指差す。
「おとなしくしろ、このストーカー馬!」
俺は全体重をかけて、ユニコーンを床に押し付け、取り押さえる。
「誰が馬だ! 俺は誇り高きユニコーンだ! 馬畜生と一緒にするな!」
ドロン、と煙が上がって、ユニコーンは人型に変身した。
前髪で隠れた額に、一本の長い角が生えた、男性の青年。
たてがみのせいか、人型になっても髪は長い。
「やだ、イケメン……」
香澄は手で口を覆って見とれているようだった。
そう、たしかにこのユニコーンの青年は端正な顔をしていた。
ただし、ストーカーである。
その赤い瞳は光をほとんど反射していない。ヤンデレ目、というやつだ。
「香澄ちゃん、やっと逢えたね」
店長が召喚した一反木綿の綿麻にグルグル巻きにされて抵抗手段を失ったにも関わらず、青年はニッコリと香澄に微笑みかける。香澄はまだ見とれているらしく、顔をほのかに染めている。
「お前の目的は何だ? 何故香澄お嬢さんにつきまとう? どうやって盗聴器を仕掛けた?」
「いっぺんに質問されても答えづらいんだけど」
ユニコーンは店長の質問に苦笑を漏らす。
「つーか、なにお前ストーカーに見とれてるんだよ。怖かったんじゃないのか?」
俺は呆れた目を香澄に向ける。
「なによ、ヤキモチでも焼いてんの?」
「焼いてねーよ」
「いや、だってね? こんな近くで顔見るの初めてだったし……フードかぶってたから口から上は隠れてて、ニヤリと笑うのは見えたんだけど、こんなかっこいいお兄さんだとは思わなくて……」
香澄はテレテレと顔を赤くしてうつむいている。女とは面食いで現金なものだな、と俺は冷めた目で香澄を見ていた。
「では、一つずつ質問していこう。お前の目的は?」
「目的、というか動機になるのかな? 香澄ちゃんに一目惚れしたんだ」
あまりにあっさりと言うものだから、香澄も俺も目を丸くする。
「だから、香澄ちゃんにつきまとう――いや、『つきまとう』は人聞きが良くないな。見守ってたのは、香澄ちゃんが好きだから」
恥ずかしげもなくそう言い切るユニコーンに、香澄の顔がますますカーッと赤くなる。
「あ、あの、ユニコーンさん……」
「俺の名前はバトーだよ。申し遅れてごめんね。覚えてくれると嬉しいな」
バトーと名乗る一角獣は香澄に優しい口調で微笑みかける。
「あの、百合さん……この人、悪い人じゃなさそうだし、そろそろ拘束を解いてあげても……」
「香澄お嬢さん、油断してはなりません」
すっかりバトーにほだされた香澄の言葉を、店長は否定する。
「まだ訊きたいことがある。――何故、盗聴器やカメラを仕掛ける必要があった?」
「だって、好きな人のことは何だって知りたいだろう?」
ストーカーの常套句のようなセリフを吐いて、「なんでそんなこと訊くんだ?」と言いたげな顔をしている。
「香澄お嬢さん、ユニコーンの美しい顔に惑わされてはいけない。ユニコーンは処女を護る守護獣だが、人外には人間の良識が理解できない。人間の価値観・倫理観が共有できないんだ」
「まあたまに同じ人間でもそういうのいますけどね」
俺は口を挟む。
「え? いや待って……処女を護る守護獣、って……」
香澄は動揺した視線をバトーに向ける。
「香澄ちゃんは俺の理想の処女なんだ!」
「いやぁぁぁ!?」
「キモッ!」
バトーの言葉に悲鳴をあげる香澄と、思わず本音が口から出る俺。
「誰がキモいだと!? 突き殺すぞクソガキ!」
「いやキモいわ! しょ、処女って……」
今度は俺の顔が赤くなる。
「香澄ちゃんは男勝りで気が強いから男が寄り付かないし、恋愛ごとにも疎いから女の子同士の恋バナにもついていけないのがすごく可愛いよね。まあ万が一、害虫が寄り付いても俺が全員突き殺してあげるから安心してね香澄ちゃん」
「やめて! それ以上喋らないで!」
香澄はすっかり頭を抱えてしまった。いくら顔がイケメンでもこれはきつい。
「ところで、そこのお姉さんは巫女服ってことは巫女さん? 処女?」
バトーの標的は店長に移ったらしい。処女なら誰でもいいのかこいつ。
「やだ、狙われてる……」
店長は胸の前で腕をクロスさせて拒絶のポーズを取る。
「この人バツイチだぞ」俺がバトーに教えると、
「あ、じゃあいいです」バトーはスンッと興味を失ったようだった。
「馬刺しにするぞお前……」
店長は禍々しい黒いオーラを放つ。
「この調子だと香澄お嬢さんの部屋にも大量に仕掛けられているな。仕掛けた場所全部吐かせて機械を除去しなければ」
どうやって侵入し、機械を仕掛けたのかという謎はあるものの、とにかく俺たちは一日かけて盗聴器やカメラなどをすべて取り除いたのであった。
「で、どうします、このバトーってやつ。マジで馬刺しにします?」
香澄の家を出て、綿麻に縛られたままのバトーをアヤカシ堂まで連行する。香澄の事件解決の代償として、この一角獣をもらうことにしたのである。香澄としても万々歳だし、悪くない結果であろう。
「いや、ユニコーンには使いみちがあってな。その角を患部に当てたり粉末状にして薬として患者に飲ませると、あらゆる病気を全快させる力があるのだよ」
「いやァァァ! 角折られるゥゥゥ!」
バトーは逃げようと暴れだすが、綿麻の能力で力を吸収され、束縛から逃れることは叶わない。
「どうせ角を折っても再生するんだから大丈夫だろう? 何度も魔法薬の材料が取れる貴重な人材だ、丁重に扱わなければなあ?」
「鬼! 悪魔! 誰か助けてェェェ!」
ストーカーユニコーンの叫びがこだまする。
――こうして、アヤカシ堂は妖怪――いや聖獣か――によるストーカー事件を解決したのである。
〈続く〉
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる