アヤカシ堂の聖なる魔女

永久保セツナ

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本編

第16話 悪魔祓い

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「悪魔祓い、ですか」
俺、番場虎吉は多分いま目をぱちくりさせていると思う。
ここは鳳仙神社――神社、である。
「どういう宗教観の悪魔かにもよるが、まあこういうのはたいていキリスト教系の悪魔なんだよな」
店長は俺の困惑を理解していると言わんばかりに静かにうなずく。
「おそらく、黒猫様が失踪する前からアヤカシ堂をご存知のお客様なんだろうな。黒猫様はエクソシストだったから」
「エクソシスト?」
「悪魔祓いのエキスパートだ。ああ、あとヴァンパイアハンターもやってたと言っていたか」
「マジっすか、俺と黒猫さん鉢合わせしたらヤバいっすね」
半吸血鬼が自分の相棒に横恋慕しているなどと知られたら、恋の鞘当てとかそういう次元では済まない気がする。狩られる。
「まあ、悪魔祓いは黒猫様に付き添って何度か手伝っているからだいたいのやり方は知ってるし大丈夫だろう」
「店長がそういう楽観的なときに限って嫌な予感がするんですよね」
「お前、私を何だと思ってるんだ?」
店長はジト目で噛みつきそうな顔をしている。
「そういえば話変わりますけど、宗教によって神や悪魔の姿って変わりますよね。前から気になってたんすけど」
宗教によっては神を描くこと=偶像化することすらも禁止され、姿が不明のものもあるが、神話やゲームに登場する神や悪魔の似姿というのは十人十色といった感じである。まあお国柄もあるのだろうが。
「ああ、神や悪魔、妖怪といった霊的存在は人間のイメージから形作られるものだからな。人種や国によってイメージが変わるのは当然と言えるだろう」
「神が……人間のイメージから作られる? 神が人間を作ったのではなく?」
「それこそ鶏が先か卵が先かみたいな話だろう。あるいはお互いに影響しあって今の状態になってるのかもしれんが。少なくとも大概の悪魔や妖怪は人間の恐れ、恐怖のイメージが形を成したものだ」
女神様本人が言うのならそうなのだろうか。
いやしかし、弁財天も人のイメージから作られたとして、それは誰が証明できるのだろう。弁財天とて生まれた瞬間の記憶など残ってはいまい。
そもそも神が生まれる瞬間というのはどういうものなのだろう。どの神話でも、神がまず最初に存在し、世界や人間や生き物を作るシーンから始まる。
神はどこから来たのか? 人はどこから来てどこへ行くのか……?
――哲学になってきた。やめよう。
「特に日本では様々な宗教観が流入してカオスだからな。神は神で自分勝手に動くし、今頃天界はどうなっているのやら……」
「店長、そろそろこのへんにしておきましょう。変な宗教論争が起こりかねない」
「そうだな」
店長はため息をつきながら肩をすくめる。
「まあとにかく、悪魔祓いとは基本的に悪魔憑きから悪魔を祓うだけだ。狐憑きや蛇神憑きから動物霊を祓うのとそんなに変わらない。方法は多少違うかもしれんが」
簡単に言ってくれるよ、この人は。
「それでは、行くか。事態は急を要するかもしれない」
俺、店長、そして店長の影に潜む鈴は、着替える間もなく依頼人の元へ向かった。

「アヤカシ堂さん、お待ちしておりました」
玄関のチャイムを鳴らすと、ほっそりとした婦人が出迎えてくれた。
「悪魔に憑かれた方は?」
「うちの娘です。母は――娘の祖母は『蛇神憑きだ』と言うんですが、まあどちらでもいいのでなんとかしてほしいんです」
そんな会話を交わしている間にも、上の階からダンッダンッと足踏みをして暴れているような音が聞こえる。
「ご家族にお怪我などはありませんか?」
「いいえ、ちっとも。そもそも娘が部屋から出てきませんの」
「娘さんが心配だ。失礼します」
靴を脱いで上がり込み、婦人の案内で悪魔憑き――娘さんの部屋へ向かう。
部屋のドアの前で、おばあさんが数珠をじゃらじゃら鳴らしながら手を合わせて拝んでいた。おそらくこの人が娘さんの祖母なのだろう。
「お母さん、悪魔祓いの方々を連れてきたから、ドアから離れて」
「悪魔などではない、蛇神様が憑いとるんじゃ! 蛇神様が舞を踊っておられるのじゃ! 邪魔をすると祟られるぞ!」
「お母さんったら、またそんなことを……」
婦人は困り果てたように老婆を見る。
「ふん。蛇神様……ね。私も白蛇を神使にしているもんだから蛇の神様=蛇神様、なんて呼ばれるが、あの低級畜生霊と上手く差別化出来る言葉はないんだろうか」
「俺に言われてもどうしようもないっすね……」
婦人と老婆は、店長と俺の会話があまりうまく理解できないようだった。
「まあ、いい。ご婦人方はお下がりください。わたくしは巫女でございます。蛇神様と交信するならわたくしが適任でしょう」
珍しく店長の巫女服が役に立った瞬間であった。かしこまった様子で婦人と老婆を下がらせ、俺達は部屋に進入する。
――その少女は、奇怪な踊りを踊っていた。
ダンッダンッと足を踏み鳴らし、腕も首もちぎれんばかりに激しく振り回している。たしかにこれは悪魔に取り憑かれたと言われたら納得する。
「もう何日もこの踊りが続いているんです……。数日は飲まず食わずで睡眠もほとんど取っていないみたいで……」
婦人はドアの陰から震える声で店長に告げる。
「とにかく動きを止めよう。おそらく身体は衰弱しているからこれ以上激しい踊りをさせたら危険だ」
店長は巫女服の袖から人のような形をした御札を取り出し、バッと目の前に突き出す。
御札から魔法陣の形に光が縁取られる。そういえば、店長がまともに召喚術を使うのを見るのは、これが初めてかもしれない。
「――縛れ、綿麻!」
魔法陣の真ん中から、細長い包帯のようなものがビッと張るように伸び、少女を縛る。綿麻とは一反木綿の女の子である。
「ううう……邪魔、するなぁ……!」
少女はドタバタと暴れだす。
「綿麻、縛り上げて身動きを封じるだけにしておけ。人間の方は衰弱しているから体力を吸うと命が危ない」
「かしこまり~」
手足と胴体をぐるぐると細長い布で巻き上げて、まるで首だけ出した繭のようになってしまった。
「さて、君の名前を聞こうか」
「うるせえ、ブス!」
少女――の中にいる悪魔は口汚く店長を罵る。
「あ、そういう態度とるのか。ふーん。これは楽しめそうだな」
店長は鈴の潜っている影に手を突っ込む。どうやら蔵の中からなにか対抗策を出すらしい。
やがて、店長が手にしたものは――賛美歌集だった。
「ちょうどこの部屋にはキーボードもあるし、何から歌おっかな~」
そう、悪魔に憑かれた少女の部屋には、キーボードやギターなどの楽器が置いてあった。流石にピアノやオルガンは置いていないようだ。
「や、やめ、やめろ、」
悪魔――ネイクスは焦った顔をしているが、身じろぎ一つ出来ない。

♪荒野の果てに 夕日は落ちて

 妙なる調べ 天より響く

 グローーリア、イン エクセルシス デオ

 グローーリア、イン エクセルシス デオ♪(題:荒野の果てに)

俺は賛美歌には縁がない生活をしているが、なんと美しい歌なのだろうと思った。
特に「グローーリア」の伸びやかな声に聞き惚れる。音楽の神様、パねえな。
「ああああ! やめろ! そんな歌を俺に聞かせるな、音痴!」
悪魔は耳を覆いたいと言いたげに首を激しく振る。
「もっと聞きたいなら二番を歌うけど、名前を教えてくれる気になったかな?」
「……俺は蛇の悪魔ネイクス」
「何のためにその子に取り憑いた?」
「お前には関係ないだろ、この絶壁貧乳!」
あ、店長の触れてはいけない逆鱗に触れた。
店長はにっこり笑うと、蔵からバケツいっぱいの水を取り出した。
その水に手を浸してから――水を少女に頭からぶっかける。
「ギャアアァァーーー!?」
ジュウゥゥ、と硫酸をかけたような音がする。しかしもちろん少女には火傷ひとつついていない。店長の触れた水はすべて聖水となるのだ。聖水は魔物や悪魔に効果てきめんである。
「そうだな、私には関係ないな。とっととその子の中から出ていけクソ悪魔」
「グッ……ッウ……畜生!」
ネイクスは少女の身体から飛び出し、店長の胸に飛び込んだ。一瞬たしかに悪魔の翼を生やした蛇が見えた。蛇は店長の身体にぽちゃんと水たまりのように入って、それきりだった。
「……?」
これは店長も予想外だったようで、目を見開いたまま固まる。
「て、店長!? なんか悪魔入りましたけど大丈夫っすか!?」
「あ、ああ、私の中に悪魔を封じた……というか、自分から飛び込んできたように見えたが……」
店長も当惑していた。
シュルシュルと綿麻が少女から離れると、悪魔に憑かれた女の子はぐったりとしていた。
「響子!」
婦人と老婆が駆け寄る。
「これにて悪魔祓いは終了いたしました。しばらく響子さんを安静にしてあげてください」
店長は丁寧な口調でお辞儀をしたのだった。

「結局あの悪魔憑き――響子さんは、ダンスがうまくなりたかったそうだ」
鳳仙神社の社務所、その中の居住スペース。
店長はいつもの調子で湯呑にコーヒーを入れて飲んでいる。
「ダンス、ですか」
「ダンスチームに所属しているらしいが、最近は伸び悩んでて、病的に気にしていたらしくてな。そこを悪魔につけこまれたんだろう。ある人間いわく、『悪魔憑きとは狂気に堕ち果てた状態である』というくらいだからな」
たしかに悪魔に取り憑かれていたときのあの踊り――といっていいのか分からない奇怪な動きは狂気的だった。
「そういえばあの悪魔、どうなりました?」
「ああ、身体の中に入ったまま出てこないが……まあ、私が神である限り悪事はできないだろう」
うーん、なんか何かのフラグが立ってる気がするんだよなあ……。
まあ、現時点ではいつもの店長である。
蛇の悪魔ネイクスが、結局何を企んでいたのか。店長に取り憑き、何を成そうとしているのか。
謎に包まれたまま、今回はこれで悪魔祓いの話を終わろうと思う。
――まさか後ほど、これが思わぬ事態を引き起こすことになろうとは想像していなかったのだが。

〈続く〉
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