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裏話(藤井スバル視点)
第2話・裏話
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こずえさんと酒を酌み交わした翌日、彼女は自らの失態をわたくしに謝っておりましたが、わたくしは特に気にしておりませんでした。
実際、わたくしもよくお酒の失敗はいたします。社長などという仕事をしておりますと、取引先の社長から酒を勧められて断れず、酔い潰されるということはよくあります。急性アルコール中毒を起こすような危ない飲み方はいたしませんが、もう少しお酒との付き合い方を考えよう、と反省することはたびたびございました。わたくしはまだまだ若輩者ですので、これからも精進しなければいけない、と思っております。
わたくしとこずえさんはあらかじめコンビニで買っておいたおにぎりを手に、喫煙室へ向かいました。こずえさんはタバコのニオイが平気だそうなので、そのときは特に気にしませんでしたが、今思うと副流煙の問題もありますし、もう少し考えておくべきでしたね。
緊張気味のこずえさんと一緒に喫煙室に入ると、おなじみのメンバーがそろっていました。その日は三人でしたが、弊社には当時七人くらいはカードゲーマーがいたと思います。全員男性社員で、その日によって喫煙室にいるメンバーは変わります。有給休暇の消化などもありますしね。
メンバーにこずえさんを紹介すると、彼らは女性カードゲーマーの登場に興味津々といった様子でした。しかし、こずえさんがあんな激レアカードを二枚も隠し持っていたとは予想外でした。前日に彼女と対戦したときはすべての手持ちを見てはいなかったのですが、彼女には幸運の女神がついているとしか思えません。今にして思うと、彼女自身が幸運の女神だったのかもしれませんが。
男性社員のメンバーたちはこずえさんを歓迎してくださいました。こずえさんも安心した様子で、わたくしたちはその日、おにぎりを片手にカードゲームに興じました。今までひとりぼっちで『マジック&サマナーズ』をプレイしていたと言っていたこずえさんが楽しそうで、わたくしは微笑ましい気持ちで彼女を見ていました。
「それにしても、社長が女の子連れてくるなんてびっくりしたなあ」
メンバーのひとりが、そう漏らしました。
「ほんとほんと。とうとう彼女でも紹介するのかと思っちまったよな」
他のメンバーもうんうんとうなずき、わたくしは内心、多少は動揺しました。そんなつもりはなかったものですから。
「……あまりからかわないでくださいよ」
わたくしは苦笑を返すしかありませんでした。
「ねえねえ、能登原さんは今フリー? 彼氏いるの?」
「あ、俺も社長の彼女じゃないならちょっとお近づきになりたいな」
「え、え?」
男性特有の悪ノリが始まってしまい、こずえさんは動揺を隠せないご様子でした。
さすがにそれは看過できませんでした。
「おっと、出会い目的のカードゲームは見過ごせませんね」
わたくしは少し睨みましたが、昔からあまり怖がられません。何故でしょうか。
「冗談ですって、社長!」
「社長、目がマジになってますよ。おーこわ」
メンバーたちはわたくしを茶化すように笑いました。仮にも社長相手にこんな反応を返せるのは、ひとえにカードゲームでの交流を通して培ってきた信頼の賜物でございましょう。
やがて、昼休みの終わりが近づき、わたくしたちは後片付けをして喫煙室を出ました。「総務部に用事がある」と嘘をつきましたが、……いえ、嘘ではないですね、こずえさんを送り届けるという用事がありましたから。とにかく、わたくしはこずえさんと少しでも長く一緒に話をしたくて、総務部に戻る彼女についていきました。
「能登原さん、いかがでしたか?」
「とっても楽しかったです! 誰かと対面したりみんなでわいわいカードゲームするの、久しぶりで」
「それはよかった」
こずえさんの心底楽しそうな顔を見て、わたくしは安心いたしました。
男性社員が悪ノリした時、わたくしはもう彼女が来てくれないのではないかと内心ハラハラしておりましたから。
「ご気分を悪くされたのではないかと思って、安心いたしました」
「?」
素直な気持ちを伝えると、彼女は不思議そうな顔で首をかしげました。
「昨日も言いましたけど、私はタバコのニオイ、平気ですよ?」
「ああいえ、そうではなく」
わたくしはなんと言ったらいいものか、視線を宙にさまよわせました。
「その……わたくしの彼女、と思われたことなど、ですね……」
「え? それ気分悪くなることなんですか?」
彼女は真顔でそう言い放ちました。わたくしは顔には出しませんでしたが動揺しました。
――こずえさんが、わたくしの彼女だと思われたことに、拒否感を示さなかったことに、です。
「社長、もっと自信持ってください。社長は充分魅力ありますよ」
こずえさんにポン、と背中を軽く叩かれて、わたくしは「……ありがとうございます」と思わず赤面いたしました。
そうしているうちに、総務部の部屋に着いてしまいました。
「そういえば社長の用事ってなんですか? 私で良ければお取次ぎしますよ」
こずえさんは無邪気にそう言いました。可愛らしい笑顔だ、と思いました。
「いえ、もう用事は済みましたので」
「え?」
「――能登原さんをお送りしたかっただけですよ」
わたくしは名残惜しくもその場を去り、社長室へ戻りました。
――その頃にはもう、こずえさんに異性として惹かれておりました。
〈続く〉
実際、わたくしもよくお酒の失敗はいたします。社長などという仕事をしておりますと、取引先の社長から酒を勧められて断れず、酔い潰されるということはよくあります。急性アルコール中毒を起こすような危ない飲み方はいたしませんが、もう少しお酒との付き合い方を考えよう、と反省することはたびたびございました。わたくしはまだまだ若輩者ですので、これからも精進しなければいけない、と思っております。
わたくしとこずえさんはあらかじめコンビニで買っておいたおにぎりを手に、喫煙室へ向かいました。こずえさんはタバコのニオイが平気だそうなので、そのときは特に気にしませんでしたが、今思うと副流煙の問題もありますし、もう少し考えておくべきでしたね。
緊張気味のこずえさんと一緒に喫煙室に入ると、おなじみのメンバーがそろっていました。その日は三人でしたが、弊社には当時七人くらいはカードゲーマーがいたと思います。全員男性社員で、その日によって喫煙室にいるメンバーは変わります。有給休暇の消化などもありますしね。
メンバーにこずえさんを紹介すると、彼らは女性カードゲーマーの登場に興味津々といった様子でした。しかし、こずえさんがあんな激レアカードを二枚も隠し持っていたとは予想外でした。前日に彼女と対戦したときはすべての手持ちを見てはいなかったのですが、彼女には幸運の女神がついているとしか思えません。今にして思うと、彼女自身が幸運の女神だったのかもしれませんが。
男性社員のメンバーたちはこずえさんを歓迎してくださいました。こずえさんも安心した様子で、わたくしたちはその日、おにぎりを片手にカードゲームに興じました。今までひとりぼっちで『マジック&サマナーズ』をプレイしていたと言っていたこずえさんが楽しそうで、わたくしは微笑ましい気持ちで彼女を見ていました。
「それにしても、社長が女の子連れてくるなんてびっくりしたなあ」
メンバーのひとりが、そう漏らしました。
「ほんとほんと。とうとう彼女でも紹介するのかと思っちまったよな」
他のメンバーもうんうんとうなずき、わたくしは内心、多少は動揺しました。そんなつもりはなかったものですから。
「……あまりからかわないでくださいよ」
わたくしは苦笑を返すしかありませんでした。
「ねえねえ、能登原さんは今フリー? 彼氏いるの?」
「あ、俺も社長の彼女じゃないならちょっとお近づきになりたいな」
「え、え?」
男性特有の悪ノリが始まってしまい、こずえさんは動揺を隠せないご様子でした。
さすがにそれは看過できませんでした。
「おっと、出会い目的のカードゲームは見過ごせませんね」
わたくしは少し睨みましたが、昔からあまり怖がられません。何故でしょうか。
「冗談ですって、社長!」
「社長、目がマジになってますよ。おーこわ」
メンバーたちはわたくしを茶化すように笑いました。仮にも社長相手にこんな反応を返せるのは、ひとえにカードゲームでの交流を通して培ってきた信頼の賜物でございましょう。
やがて、昼休みの終わりが近づき、わたくしたちは後片付けをして喫煙室を出ました。「総務部に用事がある」と嘘をつきましたが、……いえ、嘘ではないですね、こずえさんを送り届けるという用事がありましたから。とにかく、わたくしはこずえさんと少しでも長く一緒に話をしたくて、総務部に戻る彼女についていきました。
「能登原さん、いかがでしたか?」
「とっても楽しかったです! 誰かと対面したりみんなでわいわいカードゲームするの、久しぶりで」
「それはよかった」
こずえさんの心底楽しそうな顔を見て、わたくしは安心いたしました。
男性社員が悪ノリした時、わたくしはもう彼女が来てくれないのではないかと内心ハラハラしておりましたから。
「ご気分を悪くされたのではないかと思って、安心いたしました」
「?」
素直な気持ちを伝えると、彼女は不思議そうな顔で首をかしげました。
「昨日も言いましたけど、私はタバコのニオイ、平気ですよ?」
「ああいえ、そうではなく」
わたくしはなんと言ったらいいものか、視線を宙にさまよわせました。
「その……わたくしの彼女、と思われたことなど、ですね……」
「え? それ気分悪くなることなんですか?」
彼女は真顔でそう言い放ちました。わたくしは顔には出しませんでしたが動揺しました。
――こずえさんが、わたくしの彼女だと思われたことに、拒否感を示さなかったことに、です。
「社長、もっと自信持ってください。社長は充分魅力ありますよ」
こずえさんにポン、と背中を軽く叩かれて、わたくしは「……ありがとうございます」と思わず赤面いたしました。
そうしているうちに、総務部の部屋に着いてしまいました。
「そういえば社長の用事ってなんですか? 私で良ければお取次ぎしますよ」
こずえさんは無邪気にそう言いました。可愛らしい笑顔だ、と思いました。
「いえ、もう用事は済みましたので」
「え?」
「――能登原さんをお送りしたかっただけですよ」
わたくしは名残惜しくもその場を去り、社長室へ戻りました。
――その頃にはもう、こずえさんに異性として惹かれておりました。
〈続く〉
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