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裏話(藤井スバル視点)
第3話・裏話
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それからわたくしは、毎日総務部へ足を運びました。
残念ながらこずえさんが休みの日もありましたが、逢えたときは胸が躍りました。定時で上がる日は、こずえさんを飲みに誘いました。
こずえさんとの毎日は、倦怠することもなく常に心の中で踊るような気持ちでした。恋人でもないのに楽しい毎日でした。
外野は「能登原さんと社長にいったい何が!?」と騒ぎました。まあ、今まで接点がなかったのですから、それは驚きますよね。
「能登原さんと社長って付き合ってるの?」
昼休みが近づいて、ウキウキと総務部に向かったわたくしは、そんな台詞が聞こえて思わず立ち聞きをしてしまいました。
「……付き合ってないよ」
「本当に?」
こずえさんは明らかに動揺していました。キーボードを打つ手はタイプミスを連発しています。
「じゃあ、昼休み、社長と何してるの?」
「ご、ご飯食べたり……」
そうですね、おにぎり食べながらカードゲームしてますから、嘘はついてないですね。
「え~、社長と一緒に食事なんてうらやましい~。やっぱり付き合ってるんじゃないの~?」
こずえさんの隣のデスクの女子社員は、面白半分で彼女を問い詰めました。
どこで止めるべきか、わたくしは迷っていました。このまま立ち聞きしていていいのか。
「付き合っては、いないよ」
彼女がはっきりとそう言ったので、わたくしは何と言ったらいいかわからなくなりました。
たしかに、わたくしたちは付き合ってはいないのですが、はっきりそう言われると、心のどこかにもやもやしたものが溜まりました。
――いずれ、機を見計らって告白しよう、と思っていました。
「能登原さん」
わたくしが声をかけると、こずえさんは初めて話しかけたときのようにビクリ、と震えました。
「そろそろお昼休みなので迎えに来たんですが……大丈夫ですか? 顔色が若干すぐれないようですが」
わたくしが顔を覗き込むと、こずえさんは若干青白くなった顔をわたくしから背けました。
わたくしは、そのときはまだ、どうしたんだろう、くらいにしか思っておりませんでした。
「社長って能登原さんとお昼休み、何してるんですか?」
と、興味津々といった様子で女子社員が訊ねるので、
「喫煙室でカードゲームしてるんですよ。能登原さんがカードゲーマーでして」
と普通に答えると、こずえさんはぎょっとした顔でようやくこちらを見ました。
このときのわたくしは、こずえさんが趣味を隠したいことを存じておりませんでした。
カードゲームは恥ずかしい趣味ではないと自分では思っていたからです。今も恥ずかしいなどと思っておりません。
「あ~、そういえば喫煙室ってカードゲーマーが集まって対戦してるんでしたっけ? でも能登原さんもゲームしてたなんて意外~」
女子社員もそう言っておりましたし、こずえさんももっと堂々としていて良いとわたくしは思うのです。
「でも、な~んだ。社長が能登原さんと付き合ってるのかってみんなでざわついてたからちょっとガッカリ」
「おや、付き合ってたほうが良かったですか?」
女子社員にそう返すと、こずえさんは何か言いたげに口をもごもごと動かしておりました。
「いや~、付き合ってたらそれはそれで……社長はみんなの社長ですもんね~」
「そそそ、そうそう! 社長を独占するなんてとんでもないですよ、ね~!」
女子社員の言葉に無理に笑顔を作って笑う彼女を見ると、心が痛みました。
みんなの社長。みんなの社長ってなんでしょうか。
わたくしはひとりの人間であり、偶像ではないのに。
「そんなことより能登原さん、お昼休みが終わってしまいますよ。早く行きましょう」
この場にいるのに耐えられず、私は上機嫌なふりをして、こずえさんの手首を掴みました。
こずえさんはかろうじてコンビニ袋をつかんで、わたくしと総務部を出ました。
「昨日の夜、新しいデッキを組んだので、早く喫煙室に行って試してみたいんです。よろしければ対戦にお付き合い願えませんか?」
こずえさんとふたりきりになると、わたくしは本当に機嫌が良くなってきました。
しかし、それに対してこずえさんは浮かない顔をしておりました。
「……すみません、社長。私が一緒にいて、ご迷惑ではありませんか?」
「? どうしてですか?」
言われた意味がわからず、私は笑った口のまま首をかしげました。
迷惑だなんて、思ったこともありません。
「その……私たちが、付き合ってるんじゃないかとか周りに噂されて……」
「能登原さんは、ご迷惑でしたか?」
「いえ、とんでもない! 社長のような素晴らしい方にお供できて、とても光栄です」
「わたくしも能登原さんと一緒にいると楽しいですよ」
それはわたくしの本心でした。
しかし、こずえさんはだんだん顔色が悪くなっていくばかり。なにか思いつめているご様子でした。
「…………ごめんなさい。今日は喫煙室に行くの、やめておきます」
「そうですか? 先ほどから顔色もすぐれませんし、体調でも――」
「すみません、失礼します!」
顔を覗き込もうとした刹那、彼女はわたくしの手を振りほどいて廊下を駆けていってしまいました。
わたくしは追いかけることもできず、呆然としておりました。きっと悲しい顔をしていたと思います。そして、彼女も悲しそうな顔をしていたのを覚えております。
何が起こったのか理解できず、わたくしはただただ立ち尽くすばかりでした。
〈続く〉
残念ながらこずえさんが休みの日もありましたが、逢えたときは胸が躍りました。定時で上がる日は、こずえさんを飲みに誘いました。
こずえさんとの毎日は、倦怠することもなく常に心の中で踊るような気持ちでした。恋人でもないのに楽しい毎日でした。
外野は「能登原さんと社長にいったい何が!?」と騒ぎました。まあ、今まで接点がなかったのですから、それは驚きますよね。
「能登原さんと社長って付き合ってるの?」
昼休みが近づいて、ウキウキと総務部に向かったわたくしは、そんな台詞が聞こえて思わず立ち聞きをしてしまいました。
「……付き合ってないよ」
「本当に?」
こずえさんは明らかに動揺していました。キーボードを打つ手はタイプミスを連発しています。
「じゃあ、昼休み、社長と何してるの?」
「ご、ご飯食べたり……」
そうですね、おにぎり食べながらカードゲームしてますから、嘘はついてないですね。
「え~、社長と一緒に食事なんてうらやましい~。やっぱり付き合ってるんじゃないの~?」
こずえさんの隣のデスクの女子社員は、面白半分で彼女を問い詰めました。
どこで止めるべきか、わたくしは迷っていました。このまま立ち聞きしていていいのか。
「付き合っては、いないよ」
彼女がはっきりとそう言ったので、わたくしは何と言ったらいいかわからなくなりました。
たしかに、わたくしたちは付き合ってはいないのですが、はっきりそう言われると、心のどこかにもやもやしたものが溜まりました。
――いずれ、機を見計らって告白しよう、と思っていました。
「能登原さん」
わたくしが声をかけると、こずえさんは初めて話しかけたときのようにビクリ、と震えました。
「そろそろお昼休みなので迎えに来たんですが……大丈夫ですか? 顔色が若干すぐれないようですが」
わたくしが顔を覗き込むと、こずえさんは若干青白くなった顔をわたくしから背けました。
わたくしは、そのときはまだ、どうしたんだろう、くらいにしか思っておりませんでした。
「社長って能登原さんとお昼休み、何してるんですか?」
と、興味津々といった様子で女子社員が訊ねるので、
「喫煙室でカードゲームしてるんですよ。能登原さんがカードゲーマーでして」
と普通に答えると、こずえさんはぎょっとした顔でようやくこちらを見ました。
このときのわたくしは、こずえさんが趣味を隠したいことを存じておりませんでした。
カードゲームは恥ずかしい趣味ではないと自分では思っていたからです。今も恥ずかしいなどと思っておりません。
「あ~、そういえば喫煙室ってカードゲーマーが集まって対戦してるんでしたっけ? でも能登原さんもゲームしてたなんて意外~」
女子社員もそう言っておりましたし、こずえさんももっと堂々としていて良いとわたくしは思うのです。
「でも、な~んだ。社長が能登原さんと付き合ってるのかってみんなでざわついてたからちょっとガッカリ」
「おや、付き合ってたほうが良かったですか?」
女子社員にそう返すと、こずえさんは何か言いたげに口をもごもごと動かしておりました。
「いや~、付き合ってたらそれはそれで……社長はみんなの社長ですもんね~」
「そそそ、そうそう! 社長を独占するなんてとんでもないですよ、ね~!」
女子社員の言葉に無理に笑顔を作って笑う彼女を見ると、心が痛みました。
みんなの社長。みんなの社長ってなんでしょうか。
わたくしはひとりの人間であり、偶像ではないのに。
「そんなことより能登原さん、お昼休みが終わってしまいますよ。早く行きましょう」
この場にいるのに耐えられず、私は上機嫌なふりをして、こずえさんの手首を掴みました。
こずえさんはかろうじてコンビニ袋をつかんで、わたくしと総務部を出ました。
「昨日の夜、新しいデッキを組んだので、早く喫煙室に行って試してみたいんです。よろしければ対戦にお付き合い願えませんか?」
こずえさんとふたりきりになると、わたくしは本当に機嫌が良くなってきました。
しかし、それに対してこずえさんは浮かない顔をしておりました。
「……すみません、社長。私が一緒にいて、ご迷惑ではありませんか?」
「? どうしてですか?」
言われた意味がわからず、私は笑った口のまま首をかしげました。
迷惑だなんて、思ったこともありません。
「その……私たちが、付き合ってるんじゃないかとか周りに噂されて……」
「能登原さんは、ご迷惑でしたか?」
「いえ、とんでもない! 社長のような素晴らしい方にお供できて、とても光栄です」
「わたくしも能登原さんと一緒にいると楽しいですよ」
それはわたくしの本心でした。
しかし、こずえさんはだんだん顔色が悪くなっていくばかり。なにか思いつめているご様子でした。
「…………ごめんなさい。今日は喫煙室に行くの、やめておきます」
「そうですか? 先ほどから顔色もすぐれませんし、体調でも――」
「すみません、失礼します!」
顔を覗き込もうとした刹那、彼女はわたくしの手を振りほどいて廊下を駆けていってしまいました。
わたくしは追いかけることもできず、呆然としておりました。きっと悲しい顔をしていたと思います。そして、彼女も悲しそうな顔をしていたのを覚えております。
何が起こったのか理解できず、わたくしはただただ立ち尽くすばかりでした。
〈続く〉
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