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裏話(藤井スバル視点)
第7話・裏話
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わたくしの家にこずえさんを泊めてから、一週間ほどで「社長と能登原さんが付き合い始めた」という噂はまたたく間に広まりました。まあわたくしが広めたのですが。
わたくしとこずえさんが付き合っていることを周知させることで虫除けにしようと思っていたのですが、なぜか逆効果でした。かえって今まで以上に女子社員たちがわたくしに群がるようになったのです。なぜだ。
気を取り直して、もしかしたらこずえさんの嫉妬心をあおることができるかもしれない、そして恋がさらに燃え上がるかもしれないという打算もありましたが、それも予想が外れました。彼女は女性たちを押しのけることもせず、女子社員の壁で隔たれたわたくしの三歩後ろを歩くようになりました。近づきすぎず、離れすぎず。その微妙な距離を保ち続けました。わたくしにとってそれは不可解なものでした。今まで見てきた女性たちは皆、自分こそがわたくしにふさわしいと目の前でキャットファイトを繰り広げるほどわたくしを獲得するために必死でした。正直わたくしは引きましたが。それを考えると、こずえさんがそういったタイプの女性ではなかったことには安堵いたしましたが、このままわたくしを諦めて離れていってしまうのでは、という懸念がありました。
わたくしにとって、砂糖にたかる蟻のようにわたくしに群がってくる女子社員たちは、こずえさんとわたくしの恋を燃え上がらせるためのスパイスとしてしか見れませんでした。……最低な男だとお思いになりますか? しかし、わたくしはこずえさん以外の人間は本当にどうでもよかったのです。こずえさんだけいればそれでよかった。まさしく溺れるようにこずえさんへの愛にのめり込んでいきました。
「こずえさん、お迎えにあがりました」
その日もわたくしは昼休みにこずえさんをお迎えに参りました。相変わらず毎日総務部に通い詰めておりました。こずえさんは困ったような顔をするばかり。その表情もまことに可愛らしい。
「社長、社内では名字でお呼びください」
「ああ、失礼しました」
こずえさんは事務的に言いますが、わたくしはその反応すらも楽しんでおりました。こずえさんと会話できるだけで楽しい。わざと下の名前で呼ぶほどに。
「そんなことより、会議室に参りましょう。時は金なり、一分一秒たりとも無駄にはできません」
喫煙室に女子社員が押しかけて超満員になり、喫煙者の男性社員が迷惑をこうむったので、次の日から会議室を借りる羽目になりました。まあ、その頃にはこずえさんに副流煙を吸わせるのはどうかと思っていたので、丁度いいと言えばそうだったのですが。
なるべく早く総務部を離れて、女子社員の壁を回避しようと思っていたのですが、
「社長、私たちもお邪魔していいですか?」
「社長にカードゲームのこと、いろいろ教えてほしいです」
捕まってしまいました。
「いいですよ。それではみんなで行きましょうか」
わたくしは顔がこわばるのを感じながら、努力して微笑みを絶やしませんでした。
こずえさんの前では、スマートでかっこよくて、優しくてイイヒトでいたい。その一心でした。
廊下を歩くわたくしと、その周りに群がる女子社員、やはりその三歩後ろをついていくこずえさん。
女子社員と会話をするのは、はっきり言って苦痛でした。けばけばしい化粧に、仕事に来ているという自覚のない衣服。こずえさんを見習ってほしい。爪の垢でも煎じて飲め、というやつですね。
隣を歩く女子社員に顔を向けるふりをして振り返ると、何故か急にこずえさんが立ち止まったので、わたくしも止まりました。
こずえさんは握りこぶしを作って何かを決意した顔をしていました。やはり彼女の考えることはまだまだ読めません。もっと精進しなければ。
「能登原さん」
わたくしが優しい声音を作って呼ぶと、彼女はハッとした顔でわたくしを見ました。
「どうしたんです? 立ち止まっていたら、うっかり置いていってしまいますよ」
――置いていくはずがありません。わたくしは、こずえさんのことしか見えていないのですから。
「は、はい! すみません!」
慌てたような、しかし嬉しそうな声色。よくわかりませんが、彼女の機嫌は良かったようで、わたくしも嬉しく思いました。
***
そんな生活を続けて一ヶ月後の春。
我が社の社員総出で社員旅行をする日でした。
部署ごとに分かれてバスに乗り、それぞれの目的地を目指します。部署ごとに行く場所は違いました。
わたくしは秘書に掛け合って、総務部のバスに同乗させていただくことにしました。もちろんこずえさん目当てです。職権乱用もやむなし。
「能登原さん、隣空いてますよ」
バスに乗り込んだこずえさんに、わたくしはニコニコと微笑みかけながら隣の席をポンポンと叩きますが、彼女は困惑した顔でした。
「社長の隣って普通秘書の方が座るものじゃないんです……?」
こずえさんはなんと慎ましい女性なのでしょうか。自分から図々しくわたくしの隣に座るような女性ではないのです。
しかし秘書に話は通してあるので(カードゲームを教えていただいた恩もありますし)、秘書たちは彼女にわたくしの隣の席に座るように促しました。
それでもこずえさんが迷っていると、
「え~、ずるい! 私も社長のお隣座りたい!」
「私も!」
と、その他の女性たちがハイハイと手をあげます。違う、あなた方ではない。わたくしが隣りにいてほしいのはあなた方ではない。
「じゃあ私、後ろに詰めますんで……」
こずえさんはそう言ってそそくさと後部座席に向かいました。慎み深いにもほどがある。それこそ彼女の美徳なのでしょうが。
思わず「あ……」と、わたくしは情けない声を出してしまいました。こずえさんが絡むと、わたくしはかっこつけようと貼り付けたメッキが思わず剥がれそうになります。
バスの後ろの席へと移動してしまうのを見届けるわたくしの横ではじゃんけん大会が始まっていましたが、わたくしは秘書を隣の席に座らせることにしました。こずえさん以外の女が座っても意味がないのです。なんのために席を空けたのか。なんのためにこのバスに乗り込んだのか。
……いや、まだだ。まだ旅館でチャンスがあるはずだ。わたくしは気を取り直して席につきましたが、うしろのこずえさんがどうしても気になりました。
ちらっと後ろの席を見ると、男性社員と笑顔で会話するこずえさんが見えて、感じたのは嫉妬心。カードゲーム仲間の男性社員にまで嫉妬を抱くなんて、わたくしは本当にどうかしている。
こずえさんへの恋心をつのらせ、わたくしは狂わんばかりでした。
前を向き直して、落ち着こうと深呼吸をしても、彼女の他人への笑顔が浮かんで、どうしようもない感情が渦を巻くようでした。まるでヘドロとマグマを混ぜ合わせて煮詰めたような醜い感情です。
なんとかしてこずえさんに発信機なり盗聴機なり付けられないだろうか、などと犯罪めいた考えすら浮かぶほどでした。
「社長、お茶飲みますか?」
秘書はわたくしの心中を察したようにお茶のペットボトルを手渡しました。というか、うしろをチラチラと見るわたくしの様子から察したのだと思います。
「……いただきます」
わたくしはおとなしくお茶を受け取り、口をつけました。
***
バスは温泉旅館にたどり着き、社員たちは温泉を堪能しました。
わたくしも湯船に浸かりましたが、こずえさんは今頃どうしているだろう、と思うばかりで、ろくに温泉も楽しめませんでした。一緒に温泉に入った男性社員が何か話しかけていた気がしますが、どんな会話をしたのかも覚えておりません。
上の空のまま、わたくしは浴衣を着て廊下を歩いておりました。正直ぼーっと湯船に浸かりすぎてのぼせてきたので、廊下で涼もうと思っていただけでした。
ですから、こずえさんがいるとは予想しておりませんでした。
「あ、こずえさん」
わたくしが声をかけると、少し驚いたような顔をして、ぽーっとわたくしに見惚れているようでした。過去に浴衣を着たときに、「藤井さん和服も似合う」と女性に言われたのを思い出しました。
……わたくしの浴衣姿に見惚れている、とうぬぼれてもよろしいでしょうか。
わたくしは社員旅行についてきてよかったと心底思いました。普段は社員旅行に参加することなく通常通り業務をこなしているのですが、こずえさんの浴衣姿が見られただけで来た甲斐があるというものでございましょう。旅館の浴衣なんて当たり前ながらどれも同じデザインですが、こずえさんが一層美しく華やかに見えました。
「雰囲気の良い旅館ですね。眺めもいいし、温泉も気持ちよくて」
こずえさんと話がしたい一心で、わたくしは話題を振って外を眺めました。
この温泉旅館は海の近くに建てられており、眺めは絶景でした。季節は春だったので、海はとても穏やかでした。やっとこずえさんとふたりきりになれて、わたくしの心もこの海のように凪いでいました。
「こずえさんと、どこか出かけたいな……」
思わずひとりごちると、こずえさんはスン、と表情をなくし、「……社長。名字で呼んでください」とまた事務的な口調になりました。
「おや、ここは会社ではないですよね?」
「そういう問題ではないです。社員旅行なのですから、業務時間です」
「まあ、そうですけど」
真面目な方だな、と思わず苦笑いがこぼれました。
「なんだか最近の能登原さんは、以前よりもよそよそしくなりましたね」
とわたくしが言うと、こずえさんは言われたくないことを言われたような、傷ついたとはまた違う表情を浮かべました。
わたくしは、しまった、と思いました。何か地雷を踏んだような気がします。
「……すみません」
「ああ、そんな顔しないでください。別に責めているわけではないんです」
うつむいて謝罪するこずえさんに、そんなつもりはなかったとわたくしは思わず慌てた声を出しました。
……こずえさんが絡むと、本当にわたくしは情けない部分が表出してしまいます。
「なにか、わたくしに言えない悩みでもあるんでしょうか?」
「……そんなところです」
いえ、懺悔します。わたくしは知っていました。というか、今まで見てきて気付かないほど、わたくしは鈍感ではありませんでした。
やはりわたくしに群がる女性たちとの関係の問題でしょう。わたくしがこずえさん以外の女に関心を示していないとはいえ、彼女たちがこずえさんに危害を加える可能性は前々から感じてはいました。
どうにかしなければ。
「なら、無理には聞きませんが……つらくなったら、いつでも頼ってくださいね?」
そのためにわたくしはここにいるのですから。
――絶対に、貴女はわたくしが守りますから。何を犠牲にしても。
わたくしはその決意を込めて、こずえさんに微笑みかけるのでした。
***
宴会場は、どんちゃん騒ぎでした。
居酒屋でバイトをしていた頃を思い出します。酔った客の相手が大変なんですよね。
こんなに騒がしいなら、今まで参加していなくてよかったと思いました。
しかしカラオケ大会をBGMに、お刺身を夢中で食べるこずえさんを隣で見つめる幸せ。
こずえさんがいなければ、今年も社員旅行に参加することはなかったでしょう。
「能登原さんは歌わないんですか?」
「あ、私ヒトカラ派なので、人前ではちょっと」
「そうですか……」
歌っていただけないだろうか。こずえさんの歌声には興味がありました。
わたくしは例のしょんぼりした顔で上目遣いをしますが、
「そんな顔しても歌いませんよ」
とそっけなく返されました。何度も使うと耐性がついてしまうようです。
まあ、今度一緒にカラオケに行けないか聞いてみよう。こずえさんの歌を独り占めするのも悪くない。
「しゃちょー、なんか歌ってくださいよ~」
酔っ払った女子社員がわたくしにマイクを渡しました。
「え? わたくしですか? いいのかな……」
わたくしはとりあえず困惑した顔をしましたが、――正直チャンスだ、と思いました。
わたくしが歌えば女性は離れていく。これで、もうつきまとわれなくて済む。
こずえさんは、まあ、大丈夫だろうという確信がありました。男が好きなものはだいたいこずえさんも好きですし。
「社長、何歌うのかな?」
「ヂャヌーズとか似合いそう~」
何も知らない女子社員はキャッキャしていました。
わたくしが選んだ曲は――『鮮血の十字架』。かなりヘヴィーなメタルです。ほとんど知っている者のいないマイナーな曲ですし、これを歌うと必ず女性が離れていくのを、わたくしは知っておりました。
「???」
「???」
「???」
予想通り、宴会場にいる社員たちは皆一様に首をかしげました。こずえさんもこの曲は知らないようでした。
あとは歌うだけ。
イントロを終えて、わたくしは「ヴァァァァァァァァァイ!!!!!!」とデスボイスで叫びました。
「!?」
宴会場は一気にざわつきました。こずえさんも目を見開いて驚いています。
……正直、歌っている間のことは、よく覚えておりません。
「ありがとうございました」
曲を歌い終えてぺこりと頭を下げると、宴会場はシーンと静まり返りました。
「ヂャヌーズとか似合いそう~」とかのんきに言っていた女たちは皆ドン引きというのでしょうか、そんな顔をしておりました。これで百年の恋も冷めるというものでしょう。
こずえさんをちらりと見やると、彼女の反応は他の女たちとは明らかに違いました。声も出ない状態なのは同じでしたが、こずえさんは目を輝かせ、頬が紅潮していました。
「カッケーーーーーーー!!!!!!」
彼女の声は男性社員たちの雄叫びにかき消されましたが、同様の言葉を言っていたのは口の動きでわかりました。
「ちょ、社長~! どっからそんな声出るんすか!?」
「デスボでシャウトして声枯れてないし!」
「喉が傷まない発声法があるのですよ」
男性社員と話をはずませながら、思わず両手でピースサインして写真を撮られてしまいました。
――計画通り。何もかも計画通り。
わたくしはこずえさんのほうを見て、にっこり笑いました。
もう安心していいですよ、こずえさん。
こずえさんも微笑み返して水を手渡してくださいました。
思いが通じた瞬間でした。
***
宴会の最中、電話に着信があり、わたくしは一旦会場を出ました。
廊下で電話に出ると、取引先の社長でした。彼にも『マジック&サマナーズ』を教えたらまんまとドハマリし、ゴルフにも行かなくなったと聞いております。
通話を終えて電話の電源を切った時、人の気配を感じました。
女――女子社員がひとり、立っていました。
「――社長、お話があります」
あの歌を聴いて、このうえまだつきまとうツワモノがいようとは。
わたくしは逆に感心してしまいました。
「能登原こずえさんとの噂、本当なんですか」
「本当だと言ったら?」
「私にチャンスはありませんか」
――……一応念のため、用意しておいてよかった。
「残念ながら、わたくしはもうこずえさんしか愛せません」
わたくしは左手にはめた指輪を見せました。
別に婚約指輪ではありません。家にあった指輪を適当に持ってきただけです。
それでも相手は勝手に勘違いしました。息を呑むのが聞こえてくるようです。
「他の女子社員の方にも、お伝え下さい。わたくしはもうこずえさんのものだと」
「……」
「それと……こずえさんに手荒な真似をしたらわたくしが許さない、とも」
「……失礼します」
わたくしはやはり、王子様でもないですし素敵な男性でもありません。女を平気で泣かせますし、平気で騙します。
それでも、こずえさんがどうしても欲しかった。
「しゃ、社長……?」
「ああ、こずえさん。そこにいらしてたんですか」
こずえさんがいたことには本当に気づきませんでした。言ってくださればいいのに、と笑いましたが、まあ言えませんよねあんな状況で。そのくらいはわたくしにもわかります。
「その指輪はいったい……?」
「ああ、これですか? 家にあった指輪を適当につけてきました」
こずえさんを混乱させたことはまことに申し訳ない、と思いました。
「えっ、――騙したんですか!?」
「? 騙してませんよ。わたくしは左手を見せただけで、向こうが勝手に勘違いしたのです」
いえ、どう考えても騙してますよね。自覚はあります。
「……社長は悪い男ですね……」
「こずえさんにそう思われるのは心外です」
こずえさんは呆れた顔をしていましたが、見捨てるような表情ではありませんでした。
わたくしはまたあのしょんぼり上目遣いをしましたが、やはり耐性がついているようでした。
「まあ、いずれ婚約指輪を作りに行きましょうか。――受け取ってくださいますよね?」
わたくしはこずえさんの左手を取り、薬指の付け根を撫でました。
いずれはここに、わたくしの用意した指輪が入る。そう思うと、笑みが止まりませんでした。
こずえさんは赤面していました。本当に、……可愛らしいお方だ。
***
宴会は終了し、帰りのバスの中。
わたくしはバスに乗り込む時、気づけば無意識にこずえさんの手を握ってしまっておりました。
驚くこずえさんを無視して、そのまま半ば強引に隣の席に座らせました。
秘書は「あらあら~」といった感じでニヨニヨと微笑んでおりましたがそれも無視しました。
女子社員はもうわたくしの隣に座りたいとは誰も申し出ませんでしたし、近寄る気配もございませんでした。
「楽しかったですね、社員旅行」
わたくしはもう上機嫌でしたが、こずえさんはみぞおちのあたりを押さえて「私は胃が痛いです……」とボヤきました。
「おや、鯛のお刺身にでもあたったんですかね」
わたくしはわざと素知らぬふりをして、こずえさんの耳元に口を寄せ、
「――もう邪魔者も消えたんですから、大丈夫ですよ」とささやきました。おそらくは誰にも聞こえていなかったと思います。
「なんか今日の社長、いろいろ怖いですね……」とこずえさんは怯えた様子でつぶやきました。怖がらせるつもりはなかったのですが。反省反省。
バスが走り出してから、わたくしとこずえさんは小声で会話をはじめました。バスのエンジン音で周りにはほとんど聞こえない音量です。
「社員旅行の次の日は休みですよね? また私の家に来ませんか?」
「いいですけど……もう百年もすごろくはやりませんよ」
『浦島太郎鉄道』の百年モードはわたくしも流石に疲れましたので、しばらくはお腹いっぱいです。
「そうですね、あれはもうこりごりです。何して遊ぼうかな……」
こずえさんとゲームの話をするのは楽しくて、少年の頃に戻った気持ちです。あの頃にこずえさんと出会っていたら、今頃はどうなっていたのでしょう。そう考えただけでも胸がいっぱいになります。
「なんでしたら、指輪を作りに外に出かけるのもいいですね」
「……あ、あれ本気だったんですね……」
「もちろんです」
冗談だと思われていたのでしょうか。心外です。
「婚約どころかこのまま結婚してしまいたいくらいです」
「……っ」
このときのわたくしはきっとものすごい笑顔だったのだと思います。こずえさんの反応があまりに違いましたから。
「……ああ、すみません。バスの中でプロポーズはちょっとシチュエーションが良くないですね。後日改めてプロポーズするので忘れてください」
わたくしはそう言って、プロポーズのプランを立てることにしました。
どこで、どんなタイミングでプロポーズしようか。式はどこで挙げようか。ウェディングドレスも素敵でしょうが白無垢も捨てがたい。二回ほど結婚式を挙げないと足りない。いや、むしろ一度の結婚式の中でお色直しということで衣装を替えればいいのでは? 入籍の日はいつにしようか。ああそうそう、新婚旅行の場所も考えないといけませんね。ヨーロッパか、わたくしの行き慣れているハワイなら道案内も出来る。でもこずえさんがパスポートを取得する時間を考えると国内かな。国内なら北海道もいいですね。
わたくしはテンションの高まりから、すでに脳内でそこまで話が飛躍していました。
〈続く〉
わたくしとこずえさんが付き合っていることを周知させることで虫除けにしようと思っていたのですが、なぜか逆効果でした。かえって今まで以上に女子社員たちがわたくしに群がるようになったのです。なぜだ。
気を取り直して、もしかしたらこずえさんの嫉妬心をあおることができるかもしれない、そして恋がさらに燃え上がるかもしれないという打算もありましたが、それも予想が外れました。彼女は女性たちを押しのけることもせず、女子社員の壁で隔たれたわたくしの三歩後ろを歩くようになりました。近づきすぎず、離れすぎず。その微妙な距離を保ち続けました。わたくしにとってそれは不可解なものでした。今まで見てきた女性たちは皆、自分こそがわたくしにふさわしいと目の前でキャットファイトを繰り広げるほどわたくしを獲得するために必死でした。正直わたくしは引きましたが。それを考えると、こずえさんがそういったタイプの女性ではなかったことには安堵いたしましたが、このままわたくしを諦めて離れていってしまうのでは、という懸念がありました。
わたくしにとって、砂糖にたかる蟻のようにわたくしに群がってくる女子社員たちは、こずえさんとわたくしの恋を燃え上がらせるためのスパイスとしてしか見れませんでした。……最低な男だとお思いになりますか? しかし、わたくしはこずえさん以外の人間は本当にどうでもよかったのです。こずえさんだけいればそれでよかった。まさしく溺れるようにこずえさんへの愛にのめり込んでいきました。
「こずえさん、お迎えにあがりました」
その日もわたくしは昼休みにこずえさんをお迎えに参りました。相変わらず毎日総務部に通い詰めておりました。こずえさんは困ったような顔をするばかり。その表情もまことに可愛らしい。
「社長、社内では名字でお呼びください」
「ああ、失礼しました」
こずえさんは事務的に言いますが、わたくしはその反応すらも楽しんでおりました。こずえさんと会話できるだけで楽しい。わざと下の名前で呼ぶほどに。
「そんなことより、会議室に参りましょう。時は金なり、一分一秒たりとも無駄にはできません」
喫煙室に女子社員が押しかけて超満員になり、喫煙者の男性社員が迷惑をこうむったので、次の日から会議室を借りる羽目になりました。まあ、その頃にはこずえさんに副流煙を吸わせるのはどうかと思っていたので、丁度いいと言えばそうだったのですが。
なるべく早く総務部を離れて、女子社員の壁を回避しようと思っていたのですが、
「社長、私たちもお邪魔していいですか?」
「社長にカードゲームのこと、いろいろ教えてほしいです」
捕まってしまいました。
「いいですよ。それではみんなで行きましょうか」
わたくしは顔がこわばるのを感じながら、努力して微笑みを絶やしませんでした。
こずえさんの前では、スマートでかっこよくて、優しくてイイヒトでいたい。その一心でした。
廊下を歩くわたくしと、その周りに群がる女子社員、やはりその三歩後ろをついていくこずえさん。
女子社員と会話をするのは、はっきり言って苦痛でした。けばけばしい化粧に、仕事に来ているという自覚のない衣服。こずえさんを見習ってほしい。爪の垢でも煎じて飲め、というやつですね。
隣を歩く女子社員に顔を向けるふりをして振り返ると、何故か急にこずえさんが立ち止まったので、わたくしも止まりました。
こずえさんは握りこぶしを作って何かを決意した顔をしていました。やはり彼女の考えることはまだまだ読めません。もっと精進しなければ。
「能登原さん」
わたくしが優しい声音を作って呼ぶと、彼女はハッとした顔でわたくしを見ました。
「どうしたんです? 立ち止まっていたら、うっかり置いていってしまいますよ」
――置いていくはずがありません。わたくしは、こずえさんのことしか見えていないのですから。
「は、はい! すみません!」
慌てたような、しかし嬉しそうな声色。よくわかりませんが、彼女の機嫌は良かったようで、わたくしも嬉しく思いました。
***
そんな生活を続けて一ヶ月後の春。
我が社の社員総出で社員旅行をする日でした。
部署ごとに分かれてバスに乗り、それぞれの目的地を目指します。部署ごとに行く場所は違いました。
わたくしは秘書に掛け合って、総務部のバスに同乗させていただくことにしました。もちろんこずえさん目当てです。職権乱用もやむなし。
「能登原さん、隣空いてますよ」
バスに乗り込んだこずえさんに、わたくしはニコニコと微笑みかけながら隣の席をポンポンと叩きますが、彼女は困惑した顔でした。
「社長の隣って普通秘書の方が座るものじゃないんです……?」
こずえさんはなんと慎ましい女性なのでしょうか。自分から図々しくわたくしの隣に座るような女性ではないのです。
しかし秘書に話は通してあるので(カードゲームを教えていただいた恩もありますし)、秘書たちは彼女にわたくしの隣の席に座るように促しました。
それでもこずえさんが迷っていると、
「え~、ずるい! 私も社長のお隣座りたい!」
「私も!」
と、その他の女性たちがハイハイと手をあげます。違う、あなた方ではない。わたくしが隣りにいてほしいのはあなた方ではない。
「じゃあ私、後ろに詰めますんで……」
こずえさんはそう言ってそそくさと後部座席に向かいました。慎み深いにもほどがある。それこそ彼女の美徳なのでしょうが。
思わず「あ……」と、わたくしは情けない声を出してしまいました。こずえさんが絡むと、わたくしはかっこつけようと貼り付けたメッキが思わず剥がれそうになります。
バスの後ろの席へと移動してしまうのを見届けるわたくしの横ではじゃんけん大会が始まっていましたが、わたくしは秘書を隣の席に座らせることにしました。こずえさん以外の女が座っても意味がないのです。なんのために席を空けたのか。なんのためにこのバスに乗り込んだのか。
……いや、まだだ。まだ旅館でチャンスがあるはずだ。わたくしは気を取り直して席につきましたが、うしろのこずえさんがどうしても気になりました。
ちらっと後ろの席を見ると、男性社員と笑顔で会話するこずえさんが見えて、感じたのは嫉妬心。カードゲーム仲間の男性社員にまで嫉妬を抱くなんて、わたくしは本当にどうかしている。
こずえさんへの恋心をつのらせ、わたくしは狂わんばかりでした。
前を向き直して、落ち着こうと深呼吸をしても、彼女の他人への笑顔が浮かんで、どうしようもない感情が渦を巻くようでした。まるでヘドロとマグマを混ぜ合わせて煮詰めたような醜い感情です。
なんとかしてこずえさんに発信機なり盗聴機なり付けられないだろうか、などと犯罪めいた考えすら浮かぶほどでした。
「社長、お茶飲みますか?」
秘書はわたくしの心中を察したようにお茶のペットボトルを手渡しました。というか、うしろをチラチラと見るわたくしの様子から察したのだと思います。
「……いただきます」
わたくしはおとなしくお茶を受け取り、口をつけました。
***
バスは温泉旅館にたどり着き、社員たちは温泉を堪能しました。
わたくしも湯船に浸かりましたが、こずえさんは今頃どうしているだろう、と思うばかりで、ろくに温泉も楽しめませんでした。一緒に温泉に入った男性社員が何か話しかけていた気がしますが、どんな会話をしたのかも覚えておりません。
上の空のまま、わたくしは浴衣を着て廊下を歩いておりました。正直ぼーっと湯船に浸かりすぎてのぼせてきたので、廊下で涼もうと思っていただけでした。
ですから、こずえさんがいるとは予想しておりませんでした。
「あ、こずえさん」
わたくしが声をかけると、少し驚いたような顔をして、ぽーっとわたくしに見惚れているようでした。過去に浴衣を着たときに、「藤井さん和服も似合う」と女性に言われたのを思い出しました。
……わたくしの浴衣姿に見惚れている、とうぬぼれてもよろしいでしょうか。
わたくしは社員旅行についてきてよかったと心底思いました。普段は社員旅行に参加することなく通常通り業務をこなしているのですが、こずえさんの浴衣姿が見られただけで来た甲斐があるというものでございましょう。旅館の浴衣なんて当たり前ながらどれも同じデザインですが、こずえさんが一層美しく華やかに見えました。
「雰囲気の良い旅館ですね。眺めもいいし、温泉も気持ちよくて」
こずえさんと話がしたい一心で、わたくしは話題を振って外を眺めました。
この温泉旅館は海の近くに建てられており、眺めは絶景でした。季節は春だったので、海はとても穏やかでした。やっとこずえさんとふたりきりになれて、わたくしの心もこの海のように凪いでいました。
「こずえさんと、どこか出かけたいな……」
思わずひとりごちると、こずえさんはスン、と表情をなくし、「……社長。名字で呼んでください」とまた事務的な口調になりました。
「おや、ここは会社ではないですよね?」
「そういう問題ではないです。社員旅行なのですから、業務時間です」
「まあ、そうですけど」
真面目な方だな、と思わず苦笑いがこぼれました。
「なんだか最近の能登原さんは、以前よりもよそよそしくなりましたね」
とわたくしが言うと、こずえさんは言われたくないことを言われたような、傷ついたとはまた違う表情を浮かべました。
わたくしは、しまった、と思いました。何か地雷を踏んだような気がします。
「……すみません」
「ああ、そんな顔しないでください。別に責めているわけではないんです」
うつむいて謝罪するこずえさんに、そんなつもりはなかったとわたくしは思わず慌てた声を出しました。
……こずえさんが絡むと、本当にわたくしは情けない部分が表出してしまいます。
「なにか、わたくしに言えない悩みでもあるんでしょうか?」
「……そんなところです」
いえ、懺悔します。わたくしは知っていました。というか、今まで見てきて気付かないほど、わたくしは鈍感ではありませんでした。
やはりわたくしに群がる女性たちとの関係の問題でしょう。わたくしがこずえさん以外の女に関心を示していないとはいえ、彼女たちがこずえさんに危害を加える可能性は前々から感じてはいました。
どうにかしなければ。
「なら、無理には聞きませんが……つらくなったら、いつでも頼ってくださいね?」
そのためにわたくしはここにいるのですから。
――絶対に、貴女はわたくしが守りますから。何を犠牲にしても。
わたくしはその決意を込めて、こずえさんに微笑みかけるのでした。
***
宴会場は、どんちゃん騒ぎでした。
居酒屋でバイトをしていた頃を思い出します。酔った客の相手が大変なんですよね。
こんなに騒がしいなら、今まで参加していなくてよかったと思いました。
しかしカラオケ大会をBGMに、お刺身を夢中で食べるこずえさんを隣で見つめる幸せ。
こずえさんがいなければ、今年も社員旅行に参加することはなかったでしょう。
「能登原さんは歌わないんですか?」
「あ、私ヒトカラ派なので、人前ではちょっと」
「そうですか……」
歌っていただけないだろうか。こずえさんの歌声には興味がありました。
わたくしは例のしょんぼりした顔で上目遣いをしますが、
「そんな顔しても歌いませんよ」
とそっけなく返されました。何度も使うと耐性がついてしまうようです。
まあ、今度一緒にカラオケに行けないか聞いてみよう。こずえさんの歌を独り占めするのも悪くない。
「しゃちょー、なんか歌ってくださいよ~」
酔っ払った女子社員がわたくしにマイクを渡しました。
「え? わたくしですか? いいのかな……」
わたくしはとりあえず困惑した顔をしましたが、――正直チャンスだ、と思いました。
わたくしが歌えば女性は離れていく。これで、もうつきまとわれなくて済む。
こずえさんは、まあ、大丈夫だろうという確信がありました。男が好きなものはだいたいこずえさんも好きですし。
「社長、何歌うのかな?」
「ヂャヌーズとか似合いそう~」
何も知らない女子社員はキャッキャしていました。
わたくしが選んだ曲は――『鮮血の十字架』。かなりヘヴィーなメタルです。ほとんど知っている者のいないマイナーな曲ですし、これを歌うと必ず女性が離れていくのを、わたくしは知っておりました。
「???」
「???」
「???」
予想通り、宴会場にいる社員たちは皆一様に首をかしげました。こずえさんもこの曲は知らないようでした。
あとは歌うだけ。
イントロを終えて、わたくしは「ヴァァァァァァァァァイ!!!!!!」とデスボイスで叫びました。
「!?」
宴会場は一気にざわつきました。こずえさんも目を見開いて驚いています。
……正直、歌っている間のことは、よく覚えておりません。
「ありがとうございました」
曲を歌い終えてぺこりと頭を下げると、宴会場はシーンと静まり返りました。
「ヂャヌーズとか似合いそう~」とかのんきに言っていた女たちは皆ドン引きというのでしょうか、そんな顔をしておりました。これで百年の恋も冷めるというものでしょう。
こずえさんをちらりと見やると、彼女の反応は他の女たちとは明らかに違いました。声も出ない状態なのは同じでしたが、こずえさんは目を輝かせ、頬が紅潮していました。
「カッケーーーーーーー!!!!!!」
彼女の声は男性社員たちの雄叫びにかき消されましたが、同様の言葉を言っていたのは口の動きでわかりました。
「ちょ、社長~! どっからそんな声出るんすか!?」
「デスボでシャウトして声枯れてないし!」
「喉が傷まない発声法があるのですよ」
男性社員と話をはずませながら、思わず両手でピースサインして写真を撮られてしまいました。
――計画通り。何もかも計画通り。
わたくしはこずえさんのほうを見て、にっこり笑いました。
もう安心していいですよ、こずえさん。
こずえさんも微笑み返して水を手渡してくださいました。
思いが通じた瞬間でした。
***
宴会の最中、電話に着信があり、わたくしは一旦会場を出ました。
廊下で電話に出ると、取引先の社長でした。彼にも『マジック&サマナーズ』を教えたらまんまとドハマリし、ゴルフにも行かなくなったと聞いております。
通話を終えて電話の電源を切った時、人の気配を感じました。
女――女子社員がひとり、立っていました。
「――社長、お話があります」
あの歌を聴いて、このうえまだつきまとうツワモノがいようとは。
わたくしは逆に感心してしまいました。
「能登原こずえさんとの噂、本当なんですか」
「本当だと言ったら?」
「私にチャンスはありませんか」
――……一応念のため、用意しておいてよかった。
「残念ながら、わたくしはもうこずえさんしか愛せません」
わたくしは左手にはめた指輪を見せました。
別に婚約指輪ではありません。家にあった指輪を適当に持ってきただけです。
それでも相手は勝手に勘違いしました。息を呑むのが聞こえてくるようです。
「他の女子社員の方にも、お伝え下さい。わたくしはもうこずえさんのものだと」
「……」
「それと……こずえさんに手荒な真似をしたらわたくしが許さない、とも」
「……失礼します」
わたくしはやはり、王子様でもないですし素敵な男性でもありません。女を平気で泣かせますし、平気で騙します。
それでも、こずえさんがどうしても欲しかった。
「しゃ、社長……?」
「ああ、こずえさん。そこにいらしてたんですか」
こずえさんがいたことには本当に気づきませんでした。言ってくださればいいのに、と笑いましたが、まあ言えませんよねあんな状況で。そのくらいはわたくしにもわかります。
「その指輪はいったい……?」
「ああ、これですか? 家にあった指輪を適当につけてきました」
こずえさんを混乱させたことはまことに申し訳ない、と思いました。
「えっ、――騙したんですか!?」
「? 騙してませんよ。わたくしは左手を見せただけで、向こうが勝手に勘違いしたのです」
いえ、どう考えても騙してますよね。自覚はあります。
「……社長は悪い男ですね……」
「こずえさんにそう思われるのは心外です」
こずえさんは呆れた顔をしていましたが、見捨てるような表情ではありませんでした。
わたくしはまたあのしょんぼり上目遣いをしましたが、やはり耐性がついているようでした。
「まあ、いずれ婚約指輪を作りに行きましょうか。――受け取ってくださいますよね?」
わたくしはこずえさんの左手を取り、薬指の付け根を撫でました。
いずれはここに、わたくしの用意した指輪が入る。そう思うと、笑みが止まりませんでした。
こずえさんは赤面していました。本当に、……可愛らしいお方だ。
***
宴会は終了し、帰りのバスの中。
わたくしはバスに乗り込む時、気づけば無意識にこずえさんの手を握ってしまっておりました。
驚くこずえさんを無視して、そのまま半ば強引に隣の席に座らせました。
秘書は「あらあら~」といった感じでニヨニヨと微笑んでおりましたがそれも無視しました。
女子社員はもうわたくしの隣に座りたいとは誰も申し出ませんでしたし、近寄る気配もございませんでした。
「楽しかったですね、社員旅行」
わたくしはもう上機嫌でしたが、こずえさんはみぞおちのあたりを押さえて「私は胃が痛いです……」とボヤきました。
「おや、鯛のお刺身にでもあたったんですかね」
わたくしはわざと素知らぬふりをして、こずえさんの耳元に口を寄せ、
「――もう邪魔者も消えたんですから、大丈夫ですよ」とささやきました。おそらくは誰にも聞こえていなかったと思います。
「なんか今日の社長、いろいろ怖いですね……」とこずえさんは怯えた様子でつぶやきました。怖がらせるつもりはなかったのですが。反省反省。
バスが走り出してから、わたくしとこずえさんは小声で会話をはじめました。バスのエンジン音で周りにはほとんど聞こえない音量です。
「社員旅行の次の日は休みですよね? また私の家に来ませんか?」
「いいですけど……もう百年もすごろくはやりませんよ」
『浦島太郎鉄道』の百年モードはわたくしも流石に疲れましたので、しばらくはお腹いっぱいです。
「そうですね、あれはもうこりごりです。何して遊ぼうかな……」
こずえさんとゲームの話をするのは楽しくて、少年の頃に戻った気持ちです。あの頃にこずえさんと出会っていたら、今頃はどうなっていたのでしょう。そう考えただけでも胸がいっぱいになります。
「なんでしたら、指輪を作りに外に出かけるのもいいですね」
「……あ、あれ本気だったんですね……」
「もちろんです」
冗談だと思われていたのでしょうか。心外です。
「婚約どころかこのまま結婚してしまいたいくらいです」
「……っ」
このときのわたくしはきっとものすごい笑顔だったのだと思います。こずえさんの反応があまりに違いましたから。
「……ああ、すみません。バスの中でプロポーズはちょっとシチュエーションが良くないですね。後日改めてプロポーズするので忘れてください」
わたくしはそう言って、プロポーズのプランを立てることにしました。
どこで、どんなタイミングでプロポーズしようか。式はどこで挙げようか。ウェディングドレスも素敵でしょうが白無垢も捨てがたい。二回ほど結婚式を挙げないと足りない。いや、むしろ一度の結婚式の中でお色直しということで衣装を替えればいいのでは? 入籍の日はいつにしようか。ああそうそう、新婚旅行の場所も考えないといけませんね。ヨーロッパか、わたくしの行き慣れているハワイなら道案内も出来る。でもこずえさんがパスポートを取得する時間を考えると国内かな。国内なら北海道もいいですね。
わたくしはテンションの高まりから、すでに脳内でそこまで話が飛躍していました。
〈続く〉
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