正義のミカタ

永久保セツナ

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正義のミカタ第2章~北の大地の空の下~

第4話 旅館での一幕

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函館はこだて空港。
真冬の北海道は、ぼく達の想像をはるかに超えていた。
空港に着くと、そこは雪国だった、とでも言うのだろうか。空港から外に出て、ぼく達は外のありさまに言葉が詰まってしまった。
冷たい風。歩道の半分を埋めている、雪かきによって人間の身長よりも高く積み上げられた雪。そして、残像が見えるほどの勢いで、ほぼ横向きに飛んでいく吹雪。
確かに、ぼく達は冬の北海道に死にに来たのかもしれない。今着ている服と、上着一枚では寒さを防げない。
「見てごらん、重之君。これが雪だよ」
ぼくの上着をはおったお嬢は、パソコンを開いて重之君に外の様子を見せている。上着がなくてぼくは死にかけている。
「うわ~、俺、自分が生身じゃなくて良かったって実感したの初めてかも」
まったくだ。今だけは、パソコンの中の彼がうらやましい。
とにかく、亀追さんが車を呼んで、ぼく達は車の中で震えながら予約した旅館へ移動した。
車内がようやく暖房で暖かくなった頃に、車は旅館へたどり着いた。駐車場もすっかり雪で埋もれてしまっている。ぼく達五人とパソコン一台は地上の雪に四苦八苦しながらも、転ぶことなく無事に玄関に着いた。
とりあえず、吹雪で観光どころではないため、外出は明日にして、今日のところは旅館でゆっくり休むことになった。
旅館は老舗の和風なつくりで、歴史を感じる割にきれいで、古い旅館につきものな、何か出そうな嫌な雰囲気はなかった。
ぼくが温泉から出て、中庭に面した渡り廊下を歩いていると、崇皇先輩が、ぼくと同じ柄の浴衣――まあ、どの浴衣も同じなんだろうけど――を着て、首にタオルをかけて中庭を眺めていた。
足を止めてその横顔を見ていると、ふと、先輩がぼくに気づいてこちらを見た。
「あ、月下君」
「先輩、いいお湯でしたね」
「そうね。旅館の雰囲気もいいし」
ぼくは崇皇先輩の隣に立った。熱い湯を浴びて火照った顔に、外の冷たい空気が心地いい。
「雪、綺麗ですね」
「そうね。私、ここまで積もってる雪見るのは、初めてかも」
「ぼくもです。東京じゃほとんど降りませんもんね」
「雪といえば、北海道に着いた時、日暮警部、全然寒がってなかったの、気づいた?」
「そういえば、震えてすらなかったですね」
「そう。それで、警部に聞いてみたら、あの人、こんなの持ってたのよ」
崇皇先輩はそういって、袋を取り出した。お茶のパックを大きくしたような白くて四角い紙の袋に、何か黒い粉のようなものが入っている。
「これ……カイロ、ですか?」
「ずるいわよね~。一人だけカイロ持ってたのよ! 私、文句言ってコレもらっちゃった♪ 警部のカイロ、記念にとっとくの」
先輩は、とても嬉しそうに笑っていた。おやっさんからもらったカイロを、自分の顔に当てて、本当に嬉しそうに。
「先輩は」
ぼくは、少し時間をおいて、ゆっくり口を開いた。
「――本当に、日暮警部がお好きなんですね」
「ん? うん、大好き」
先輩は、無邪気に笑って、あっさりと言った。
ぼくは、胸が、ギュッと音を鳴らした気がした。
とても、鈍い痛み。
少しずつ、心臓を握られているような。
息苦しい。
「――ですよね。見てて、わかります」
「えっ、嘘っ!? みんなにバレてる!?」
「ええ、多分」
そりゃあ、常におやっさんのデスクの横に立って、おやっさんだけに一日十杯以上お茶汲んでたら、他の刑事もさすがに気づくと思う。多分気づいていないのはおやっさん本人だけだ。
「日暮警部には、昔、すごくお世話になって……。私が刑事になったのも、警部に出会ったのがきっかけなの。どうしても、あの人に恩返ししたくて。だから、そうね、恋愛対象としてじゃなくて、純粋にお父さんに対するみたいな好き、かな」
「あ、そうなんですか」
心臓を握りつぶそうとする手が、少し弱まった。
「……ね、卓球しない?」
崇皇先輩が、ぼくの顔を覗き込むようにして言った。
「卓球、ですか? いいですよ」
ぼくは、なるべく平静をよそおって答えた。
「やった♪ やっぱりお風呂上りと言えば卓球とコーヒー牛乳よね~♪ ほら、卓球台とられる前に早く行かなきゃ」
「はいはい……」
ぼくは微苦笑しながら、先輩に手を引かれて卓球台のある部屋へ向かった。
ぼくと先輩が廊下を去ると、お嬢がパソコンを持ちながら廊下に現れた。
「いや~、甘酸っぱいね、重之君!」
「ギャハッ、他人の恋路ってのは、見てておもしれえな」
「まったくだよ! わかってるじゃないか、重之君」
「しっかしまあ、刑事の兄ちゃんの場合、あの美人と進展なしで終わっちまいそうだぜ。大丈夫かねえ?」
「まあ、ダメならボクがお婿にもらうまでさ」
「ギャハハハ、面白いソレ! じゃあ、人外の俺様は、のんびり他人事で高みの見物させてもらうぜ」
「ボクは温泉入ってくるよ」
――もちろん、こんな会話があったことは、ぼくには知る由もなかった。

〈続く〉
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