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第3話 マーゴットとエラ

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 前回までのあらすじ。
 私――マーゴット(元の世界での名前は松本まりな)は、現実世界に戻るために様々な方法を試していたが、ことごとく失敗。
 どんなルートを辿っても、初日に戻されてしまう。
 何をしても元の世界には戻れないのだろうか……と落ち込んでいる私のもとに、シンデレラがやってくる。 
 そして、私の脳裏に、ある恐ろしい考えが浮かんだのであった……。

(もしも、私がここでシンデレラを殺したら、どうなるのかしら……?)

 もしかしたら、主人公のいなくなった物語は、強制終了するのかもしれない……。
 失敗したとしても、また初日に戻るだけ。
 なら、なんでも試してみるべきではないのでしょうか……?

「お義姉様……?」

 私は、シンデレラにゆっくりと近づき、両手でガッと彼女の首を掴みました。

「あっ……! お、お義姉様、何を……!?」

 私の両手の指が、シンデレラの喉に食い込んでいきます。
 彼女は必死に抵抗し、バタバタと腕を動かしますが、構わず首を絞めていきます。
 やがてシンデレラは、ガクリと力尽き、こときれました。
 生まれて初めて人を殺した私は、ガクガクと震えていました。
 しかし、その余韻に浸っている暇もありませんでした。
 
「痛っ……!?」

 私は突然走った痛みにうめきました。
 シンデレラの「友達」であるネズミが、私のすねに噛みついていたのです。
 いつの間にか私の周囲には、ネズミや鳩、小鳥や犬などの動物たちが集まっており、私をにらみつけていました。
 そして、動物たちは一斉に私に襲いかかり、私は目をつつかれ、喉笛を食いちぎられて、おそらくは死んだ……のだと思います。

 悪夢に目を覚ませば、また初日に戻されていたのでした。

「この方法もダメか……」

 私はため息をつきました。
 この世界はどんなエンディングを迎えようが、永遠にループしているように感じられたのです。

 これをきっかけに、私は無理に元の世界に戻ろうとするのをやめることにしました。
 よくよく考えてみれば、ここは私が夢見たおとぎ話の世界です。
 この世界を受け入れて、メルヘンの世界の住人になってしまったほうが、私にとってもプラスになるのでは、と思ったのです。
 元の世界には、きっと何か不慮の事故で死んだとかそういう不運で戻れないのかも、となんとか納得することにしました。

 そうと決まれば、私にはやることがあります。
 メルヘンの世界にはどんなものがあるのか、私はまだこの世界を探検していなかったのです。
 シンデレラをなんとかして元の世界に戻ろうと必死だった私は、この屋敷から外に出て、街の中をぐるりと回るなんてこともしていなかったのでした。
 善は急げ。私はひとりで屋敷を飛び出して、街の中を散策することにしました。

 街を調べてみると、どうやら17世紀後半頃のヨーロッパのような世界でした。
 とはいえ、何度も語られ、設定も少しずつ変わっていった童話の世界だからなのか、現実での17世紀ヨーロッパよりは平和そうな感じはしました。
 街並みは綺麗に舗装されていて、道の両端には店が何軒も軒を連ねています。人々は買い物や会話を楽しみ、にぎやかな喧騒が聞こえてきました。
 街の奥、ずっと向こうには、舞踏会の会場ともなる立派なお城が見えます。きっとあそこに王様や王子様がいるのでしょう。
 街には絶対王政が敷かれており、王様が指揮する軍隊もあります。その軍隊がガラスの靴を持って女の子のいる家の一軒一軒を回るのでしょう。
 街の周りには高い石垣があって、街の人はめったに外に出ないようです。外には盗賊や狼などの危険な存在がいて、迂闊に街の外に出れば死んでしまうからです。その代わりに、街の中にさえいれば安全。ちなみに私たちの父親は馬車で他の街へ移動しているようです。
 私の情報収集で得た内容はそんなところでした。

 私は、街の店でペンダントを買いました。
 青いラピスラズリの宝石がついた、タリスマン(お守り)のようなものです。
 家に帰ると、イライザとヴァネッサは出かけているようでした。
 私は家事をしているシンデレラに話しかけたのです。

「『エラ』、ただいま。これ、お土産。よかったら、もらってくれる?」

『エラ』と呼ばれた少女は、呆然と私を見て固まっていました。

「――私の、名前――」

『シンデレラ』という名前は、もともと「灰かぶりのエラ」という意味の言葉です。継母であるイライザが考えた、嫌がらせのあだ名なのです。

「ごめんね、エラ。私、お母様やヴァネッサの前ではあなたをいじめるしかないのだけれど、本当はあなたのことが大好きなの。だから、お詫びにこれをもらってくれないかしら?」

 そう言って、私はエラの手にペンダントを握らせました。
 エラは、涙を流して喜んでいたのです。

「お父さん以外の人に、エラって呼ばれるの、久しぶりで……。ありがとうございます、お義姉様……」

 それ以来、私はイライザとヴァネッサのいないところではシンデレラを「エラ」と呼んで可愛がることにしたのです。エラも私によく懐いてくれました。私がイライザとヴァネッサの前でエラをいじめるふりをするときは、エラも私に息を合わせてくれました。でも、意地悪な二人がいない時は、エラの家事を手伝ったり、街を散策したお土産を渡したりしたのです。
 この生活は、私によく馴染みました。人をいじめるのは好きではありません。どうせなら、楽しいおとぎ話の住人でいたい。それに、『シンデレラ』は、私の大好きなヒロインそのものなのですから。

 そして、運命の日がやってきました。
 お城からの、舞踏会の招待状。
 王子様が、国中の女の子を集めて、自分の未来の妃を決めるという、大事な日です。
 イライザは自分の娘を王子様に嫁がせてラクな暮らしをするために、ヴァネッサはイケメンと噂の王子様に会いたいがために、ドレスの準備を急いでいました。
 私は、イライザに申し訳無さそうに申し出たのです。

「ごめんなさい、お母様。私、舞踏会には行けません」

「え? どうして?」

「その日はどうしても外せない約束があるんです。きっとヴァネッサひとりいれば王子様のハートなんて鷲掴みだわ。ふたりとも、どうぞ楽しんできてください」

 約束があるなんて嘘です。私はエラと一緒にいたかっただけなのです。
 お話のとおりに進むなら、エラは彼女の守護妖精に出会って、魔法で綺麗なドレスやカボチャの馬車などを用意してもらえるのでしょう。私は家に残ってでも、その美しい魔法が使われる様子を、この目で生で見てみたいと思ったのでした。

 イライザは「その約束、どうにか日程をずらせないの?」と納得しきれない様子でしたが、私が頑なに拒むと、諦めてヴァネッサを連れて舞踏会へと行ってしまいました。

「よろしいのですか? マーゴットお義姉様……」

「いいの。私はエラが舞踏会に行ってくれれば」

「え? でも、私には舞踏会に行くドレスなんて……」

「中庭に行きましょう。きっと、あなたの願いを叶えてくれる方がいるはず」

 私はエラを連れて、中庭のカボチャ畑へ行きました。
 エラが家事の合間に丹精込めて育てているカボチャは、大きくて身が詰まっています。きっと、ステキな馬車になることでしょう。

 そして、お話のとおりにエラの守護妖精が現れました。
 しかし、エラの隣に私がいることに、妖精は驚いていました。

「あら、あらあらあら? 意地悪なお義姉さんがエラと一緒にいるなんて! 最近、お話の流れがおかしいと思ったら、アナタのせいだったのね!」

 妖精は私を見てカラカラと笑っていました。

「妖精さん、あなたがこの物語をループさせているの?」

「そうよ、アタシがやったのよ。このお話、何度も同じ展開を読み聞かせされて、流石に飽きてきたところだったのよね」

 妖精の言うところによれば、彼女は読者に読まれるたびに繰り返される『シンデレラ』のお話に飽きてきていて、新しい刺激がほしいと、外の世界から「お客様」を招いたということでした。その「お客様」として選ばれたのが私だったのです。

「エラが王子様と結ばれて、義理の姉たちに復讐を果たす。その『楽しみ』がアタシの糧になっていたんだけど、同じメニューばかり食べていたら、流石にねえ? アナタの考える話はなかなか面白かったわ」

 妖精には人間の心はありません。彼女は自分の「楽しみ」のために、私を何度もループさせていたのです。

「でもエラ、アナタはこれでいいの? お義姉さんと仲良しごっこして、この家でひどい目に合わされ続けて、楽しい?」

 エラは、黙ってわなわなと震えていました。

「――こんな結末でいいわけない! 私は虐げられ続けた! 本当はあの継母と義理の姉を血祭りに上げてやりたいくらいよ! 私には復讐する権利がある!」

 それは、エラの心からの叫びでした。いくら純粋な心を持っていたって、いじめられ続けたら、どこかしら歪んでしまっても当たり前なのです。
 憎しみを込めて喚くエラに呼応するように、カボチャ畑に潜んでいた動物たちがざわめき始めました。
 妖精は、その美しい顔で微笑んでいます。彼女にとっては、復讐心こそが「楽しみ」であり、彼女の糧なのでしょう。
 私は、思わずエラを優しく抱きしめていました。彼女はぽかんとしていました。

「エラ、私を置いて舞踏会へ行きなさい。王子様があなたを待っている」

「お義姉様は、王子様には興味が無いのですか?」

「私はお姫様を迎えに来る王子様なんて、別に好きでもなんでもないの。王子様と結ばれるために、幸せをつかむために、頑張っているあなたたちヒロインを応援するのが好きなのよ」

 エラは、妖精に魔法をかけてもらい、「マーゴットお義姉様、ありがとう! 私、あなたのご恩は一生忘れません!」とカボチャの馬車でお城へ急ぐのでした。

 妖精は、「アナタ、見事に話を書き換えたわね。なかなか面白いから及第点にしといてあげる」と、陽気に笑って消えていきました。

〈続く〉
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